heisoku「ご飯は私を裏切らない」が8月4日、瀬野反人「ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~」3巻が9月4日に発売された。この連続リリースに合わせて、作者同士に対談をさせたいという依頼がコミックナタリーに届く。一見、共通点の感じられない組み合わせに「え、対談ですか?」と思わず聞き返す記者。「面白いと思うんですよね」という担当編集者の直感を信じ、取材日を迎えた。
短期バイトを転々とする中卒女性の労働と食事の日々を描いた「ご飯は私を裏切らない」、かたやモンスターの言葉を研究する新人言語学者の魔界冒険譚「ヘテロゲニア リンギスティコ」。厳しい現実とファンタジーのミスマッチと思われた対談だが、作品が生まれたきっかけを掘り下げていくにつれて共感は深まり、場には奇妙な連帯感が生まれていった。「ヘテロゲニア リンギスティコ」の掲げるテーマ「“わからない”が面白い」にも通ずる、2人のトークをお楽しみいただきたい。
取材・文 / 淵上龍一
人としゃべっていると、イマイチ話が通じていないことが多い(瀬野)
──「ご飯は私を裏切らない」と「ヘテロゲニア リンギスティコ」3巻という2冊の連続発売を記念した本特集ですが、急に対談というのも読者的に不思議に思われるかもしれませんね。タネ明かしをしてしまうと、この2作品は同じ編集者さんが担当しているもので「世の中を見る視点が少し変わっているお2人なので、引き合わせたら面白いんじゃないか」というご提案のもと実施させていただいていたわけですが……。
瀬野反人 こんな企画を考える担当さんもかなり変わってると思います。
heisoku そもそも「ヘテロゲニア」の読者の方は「ご飯」を読んでくれるのでしょうか。
瀬野 いやいや、それを言うなら逆に「ご飯」の読者さんも「ヘテロゲニア」を読んでくれるのかなあと(笑)。でもheisokuさんのマンガは大好きで、個人サイトで描かれてるものなども読んでいたのでお会いできたのはうれしいです。
heisoku こちらこそ今日、瀬野さんにお会いできるのを楽しみにしていました。よろしくお願いします。
──瀬野さんの「ヘテロゲニア」は、モンスターの言葉を研究している新人言語学者の主人公・ハカバが、人間とワーウルフの混血少女・ススキを案内人に迎えて魔界を旅する物語です。このマンガは、どのように発想されたものなのでしょうか。
瀬野 もともとは全然違うマンガを考えていたんですよ。ススキは3mくらい身長がある、トトロみたいなデカい女の子になる予定で。
heisoku え、デカい。その子と旅をする話だったんですか。
瀬野 本当の最初に考えていたのは、ディスコミュニケーションをテーマにしたエッセイ風のマンガだったんです。でもテーマ的に直球で描くとマジメに見え過ぎちゃうんじゃないかという意見をいただき、それでいろいろと案を出していく中でファンタジー風の世界観と組み合わせてみようということになり。そこから徐々に、コミュニケーションを取れないモンスターとの話という現在の形になっていった感じですね。
──ディスコミュニケーションというテーマはどこから出てきたんですか?
瀬野 経験豊富なネタとして。……私、昔から人としゃべっているとイマイチ話が通じていないと感じることがあるんですよね。人が何を言ってるのかややわからない、そしてこっちの伝えたいこともややうまく伝わらないっていうのをずっと繰り返してきているので、例には事欠かないという。
──話が通じていないというのは、相手の言わんとしていることの意図がうまく掴めないみたいな。
瀬野 例えば、このインタビューをする前に質問リストをもらったのですけど。その中にある「変わり者っていうワードに対してどう思いますか」っていう質問に対しても、変わり者っていう言葉そのものの辞書的な意味に対して意見を聞きたいのか、変わり者と聞いて自動的に思い浮かぶ自分の経験から来る印象みたいなものを聞きたいのか、変わり者って呼ばれることにポジティブな思いを持つ2人っていうことで対談をまとめたいからこういうことを聞いてるのかとか、相手の求めているものを考えるとよくわからなくなるわけですよ。
heisoku (静かに頷く)。
──でも「ここがわからない」という疑問を持って、今のようにその考えを説明することができていれば普通に会話する分には問題ない気もするのですが。
瀬野 長い年月から来る経験がそういうやり取りを可能にさせたというか……今日みたいによく考えて話す取材じゃない、日常レベルの会話ではトンチンカンなことになることもいっぱいありますよ。いっぱい失敗をしてメモをしてやり直して、また同じ失敗をして、そういうのを5回ぐらい繰り返すと会話の成功率もちょっとずつ上がっていくわけです。
──まるで「ヘテロゲニア」のハカバですね。モンスターとの意思疎通に失敗しながらコミュニケーションの方法を探っていくトライ&エラー感が、そのまま瀬野さんの体験から来ているのがわかります。
瀬野 悲しいですけど、本当そうですね。
heisoku (静かに頷く)。
──heisokuさん、お話を聞いている間だいぶ頷いていましたが共感される部分とかが。
heisoku いや、はい。私も質問リストを読んだとき、この質問の意図ってなんだろうって悩んだので。
──ちょっと漠然とした質問でした、すみません……。
瀬野 ちなみにheisokuさんは、どう答えようと思っていたんですか。
heisoku 変人って言われるより変わり者って言われたほうが受け入れられていると感じるような気がしないでもない、みたいな。でもこの回答は、求められてるものと違うだろうなとも思ってて。だから瀬野さんは、3つも定義を検討していてすごい!と思っていました。
「ご飯」の主人公は私の憧れでありヒーロー(heisoku)
──「ご飯は私を裏切らない」の成り立ちもお聞きできたらと思うんですが、このマンガは中卒で非正規雇用の派遣アルバイトをしながら一人暮らしをする29歳女性のご飯マンガ……ご飯マンガっていう言い方でいいんでしょうか。
heisoku グルメマンガの体裁を取った生活マンガ、ですかね。今までWebで描いてた個人的なマンガはファンタジーものが多かったんですけど、何本か読み切りのアイデアを担当さんに持っていったら、その中にあったご飯ネタがひっかかって。でもグルメだけでやっていく下地が自分にはないので、これまで体験したアルバイトの話とか生活全体のことを描くことにして、その芯にご飯があるって感じです。
──過酷なアルバイトの話が多いですよね。居酒屋の客に声をかけてタバコを売るプロモーションとか、休憩が1時間もらえるという話だったのに実態は1時間半勤務するごとに10分休憩があるという勤務形態で食事する暇もない仕事とか。このマンガの主人公はheisokuさんがモデルだと思ってよいのでしょうか。
heisoku マンガで描いてるバイトの9割は実際にやったものですね。でも、エッセイというわけではなくて創作です。この主人公は、自分に似ているところがもちろんあるとは思うんですけど、私よりもずっと明るいというか。マンガのキャラクターなので、自分からしたら理想的に見えるぐらいの性格の人を描いているので。
瀬野 ちょっとわかります。この子、つらい目に遭っても人を責めないんですよね。
heisoku 私がアメコミをすごく好きなので、ヒーローを描くような気持ちで描いてるんです。ほかの人から見てどうあれ、とにかく主人公は自分が憧れられる人間にしたいと思っているので。
──アメコミがお好きなんですね、意外です。特にお好きな作品とかはありますか?
heisoku 一番好きで本も多く持ってるのは「バットマン」ですね。入り口はアメコミじゃなく、バンドデシネのメビウス氏だったんですけど。イラストレーターさんとかが、好きな作家さんとしてよくあげるじゃないですか。絵の勉強してたので、じゃあそれを読んでみようと思って。そこから海外コミックを読むようになって。
瀬野 私はアメコミは齧るくらいですけど「ウォッチメン」の話なら多少は。
heisoku えっ、それはコミックのほうですか? 「ウォッチメン」ってアメコミの入り口としては、割と難易度が高いと思うんですけど。私は初読で挫折してしまい……でも、数年後にちゃんと読み直して今ではとても面白い作品だと思えます。
瀬野 私が最初に視たのは映画でしたね。原作と全然違うって話を聞いたので。
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計算ドリルの答えのページみたいなことはしたくない(瀬野)