コミックナタリー Power Push - 創刊5周年記念 月刊ヒーローズ
"3カ月連続企画 第2回 白井勝也×樹林伸 対談
編集者から作家へ、貪欲な創作への極意を紐解く
ミステリー界にアイデアは出尽くしている
白井 樹林さんは独立してから何年になりますか。
樹林 結構長いですよ。僕が辞めたのは1999年ですから、もう17年になります。
白井 今は何本描かれてるんですか?
樹林 週刊はちょっと休みを入れる作品を含めると3本で、新連載の準備を進めているものが2本あるので、計5本進行中です。
白井 ハードだねえ。
樹林 かなり大変ですね。そのうちの1本は「金田一少年」の新作で、これは定期的に休みをとっています。そうしないと僕も作画のさとうふみやさんもしんどいので(笑)。ミステリーはやっぱりアイデアが大変なんです。「金田一少年」は1つのシリーズが終わると2カ月くらいは載らないはずなのに、もう翌週から打ち合わせに入ってるんです(笑)。
──実姉である樹林ゆう子さんと共作の「マリアージュ ~神の雫 最終章~」(オキモト・シュウ作画)のように、取材があって作品化していくものと違って、ミステリーはアイデアやトリックをその都度新たに作りださねばならない大変さがありますね。
樹林 基本的にミステリーのトリックのアイデアを考えているのは、ほとんど僕なんです。どんなに編集スタッフが入れ替わっても、それは変わりがない。そもそも、新しいアイデアってミステリー界にそんなにないんです。小説の分野としては、もうほとんど出尽くしてると思います。
白井 そうなんですか?(笑)
樹林 僕は見たことがないです、ミステリー小説の中にまったくの新しいアイデアは。だから僕が「新しいもの」を出せているとすると、それは絵で表現するマンガだからできているんです。例えば3D映像を映せる3Dテレビがありますよね。人間が右目と左目で観る映像って、実は観てるものがちょっとずつ違うんですよ。「視差」を作ってテレビの画面上で再現していて、それが立体に見えているんです。だから左右で全然違うものを流すことも実はできる。そうやって考えていくと、右目を隠してる人間と左目を隠してる人間は、同じテレビを同じ空間で観ているのに内容は全然違う……というストーリーができてくる。これをトリックにしてマンガや映像で示せれば効果的ですね。こんなこと考えた作家は、時代的に過去には絶対にいませんでしたから、新しいと思うわけです(笑)。
白井 なるほどなあ。樹林さんは新人と組むことが多いけど、新人の絵を見るときって何がポイントなんですか? 絵のうまさとか持っている魅力とか、これからマンガ界で磨かれていく原石を見出すポイントはなんなんでしょう。
樹林 表情に“実在感”があることです。マンガとしては下手でも、「この人はここにいる人間を描いている感じがする」もの。作品に魅力がある・なしはその先の話であって、それは打ち合わせの中で変えられますよね。でも「いる・いない」っていう実在感の部分が最重要で。「そこに人がいない絵」を描く人っていうのは、なかなか直らないものです。
──白井さんの場合は、どこを見ますか?
白井 持っている魅力です。作家それぞれに魅力はあるけど、やっぱり絵の巧拙もありますね。池上遼一さんを見れば、(新人のときであっても)桁違いにうまいとすぐわかるでしょう?
樹林 うまいですし、個性的ですね。
ヒット作の要素は第1話に詰まっている
──先ほど樹林さんは、子供のころからマンガを尋常じゃなく読んできて、「優れたマンガ」と「そうでないもの」の区別が自分の中にあったと話されていましたね。
樹林 優れたマンガの内部にはいくつかパターンがあると考えたんです。それを今はマンガ家に合わせて出していく。すごくスピード感のある絵が描けるマンガ家なら、例えばサッカーマンガを始めたときは試合のシーンをやや多めに描いていく。それができないマンガ家であれば、試合以外のシーンを多く描いていかないと、試合シーンが続いたときにガーンと人気が下がったりする。
白井 毎回のアンケートにはかなりナーバスになるほうですか?
樹林 今はそんなにないですけど、基本的にアンケートの数字は見ます。あんまり低くなったらまずいので。
白井 アンケートは読者の生の声だから、私も気にしました。
樹林 あと、ズバ抜けて優れたものは1話目で人気のトップになってきますね。読者が支持したくなる要素は、第1話の設定やキャラクター、物語の展開に全部入ってるものですから。1話目がトップをとれるマンガ家は大型新人である可能性が高い。そういうときはやっぱり「こりゃ当たるな」と思います。「GTO」もそうだったし、「金田一」もそうでした。
白井 そういう作品が載るとき、自分も周囲もザワザワってしますよね。
樹林 時代を走り抜けるようなヒットっていうのは、やっぱり1話目の時点でダントツのトップを取って、その先にも何かあるっていう鉱脈を感じさせてくれるんですよね。
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樹林伸(キバヤシシン)
早稲田大学政経学部卒業後、講談社に入社しマンガ編集者として「シュート!」「GTO」等のストーリー制作に深く関わる。作家として独立後は、多くの筆名で「金田一少年の事件簿」「神の雫」「サイコメトラー」「エリアの騎士」「BLOODY MONDAY」「Get Backers―奪還屋―」などのマンガ原作、ドラマ「HERO」の企画のほか、「ビット・トレーダー」(幻冬舎)「陽の鳥」(講談社)「ドクター・ホワイト」(角川書店)などの小説も著した。また2016年10月より放送されているテレビ東京のドラマ「石川五右衛門」の原作・脚本も担当している。
白井勝也(シライカツヤ)
1942年生まれ。小学館最高顧問。1968年に小学館に入社し、少年サンデー編集部に配属され、「男組」(雁屋哲・池上遼一)、「まことちゃん」(楳図かずお)などを担当する。ビッグコミック副編集長を経て、1980年にはビッグコミックスピリッツの創刊編集長に就任。「めぞん一刻」(高橋留美子)、「美味しんぼ」(雁屋哲・花咲アキラ)などのヒット作を手がけ、創刊5年足らずで100万部雑誌に押し上げた。2016年、株式会社ヒーローズ代表取締役社長に就任。
2016年12月1日更新