「ヒーラー・ガール」入江泰浩×高橋諒×松井洋平、新感覚ミュージカルアニメの音が生まれるまで (2/3)

“音声医学が存在する世界で作られたお仕事ドラマ”を作る感覚で

──松井さんは歌詞を作るにあたって、どんなことを意識されましたか?

松井 やっぱり歌詞で“音声医学”のリアリティをどう出していくか、というのはかなり悩みました。最終的に僕は、「“音声医学が存在する世界で作られたお仕事ドラマ”を作る」みたいな感覚でやろう、というところに落ち着いて。

──えっ、どういうことですか?

松井 例えば僕らが観ている医療ドラマは、ドラマティックな演出はするけども、医療行為に関しては綿密に取材や研究をして作りますよね。だから説得力が生まれるし、ドラマならちょっとファンタジーなところがあっても許される。僕は音声医学の歌詞を書いている専門家ではなく、その音声医学の人に取材して書いている……という立ち位置だと考えることで、僕自身が100%音声医学の専門家じゃないことへの許しも得られるというか(笑)。そのフィルターがあることによって、逆にリアリティが生まれるんじゃないかと。

──“その世界で歌詞を作った人物”になりきるよりも、“専門家ではないけど綿密に取材をした人”のほうが、実際の自分に近いものになり、説得力が生まれると。

松井 例えば歌が日本語である理由についても、頭の中で専門家にインタビューしてみたんです。あれは聴く人が日本語話者だから日本語なのであって、きっとどの国も母国語で歌ってるんだと思うんですよ。「ヒーリングはきっと医学と同じように、西洋の宗教的なものから派生して徐々に科学的に認知されていったんじゃないか。だから“ヒーラー”っていう言葉が外来語として日本に入ってきたんじゃないか」とか、「最初にヒーラーが日本に入ってきたときに、英語で歌ったら効果が弱くて、日本語にしてみたらすごく効くようになったという歴史があるんじゃないか」とか、そんなことを考えてました。

TVアニメ「ヒーラー・ガール」より。

TVアニメ「ヒーラー・ガール」より。

──音声医学の歴史まで考えられていたとは……!

入江 治療シーンでの歌は、「このメロディでこの歌詞を歌ったらこういう効果があります」っていうふうに作詞した人があの世界にはいるわけです。その人は「この言葉とこの言葉を組み合わせるとこういう効果がある」っていう膨大な知識があって歌詞を構成しているわけで、松井さんの歌詞はそのことをすごく考えて書かれていると思います。例えば傷口を治す効果がある歌なら「元に戻っていく」とか「思い出す」であるとか、そういう言葉が使われていて。僕もそれはすごく面白いし、理にかなっているなって感じました。CDの歌詞カードで読み直していただいたら、「この言葉にはこういう効果があるんじゃないか」って、さらに考察して楽しめると思います。

劇中歌と劇伴をシームレスにスイッチするための工夫

──高橋さんは例えばサウンド面でこういう音色を使おうなど、意識した要素はありますか?

高橋 曲を最大限に活かすサウンドにしようっていうのは常に変わらないので、何か制約を設けるということはなかったんです。ただ今回オケ(ボーカルの曲の伴奏にあたる部分)の機能として、例えば2話でかなとソニアが歌う場面は、2人がピンチになったところでオケがシームレスに劇伴になって、またオケに戻ってと、1曲の中で機能がスライドするんですよね。そうすると劇伴と劇中歌のどちらをも包括する編成にする必要があるので、基本的にあまり奇をてらわないオーケストラサウンドで統一するっていうところは、最初の設計段階で決まったことでした。

TVアニメ「ヒーラー・ガール」より。

TVアニメ「ヒーラー・ガール」より。

──劇中歌と劇伴がグラデーションのように使われる場面はちょくちょくありましたが、あらかじめそうやって使う予定で曲を作っていたんですね。

高橋 はい。劇中歌と劇伴の兼ね合いについては、最初に監督とお話させていただいて。

入江 第2話ではしのぶが曲を流していますが、かなとソニアがピンチになって歌っていないときは、流れている曲は2人の耳には入っていないと思うんです。なのでそこからは劇伴にスイッチしているっていうことですね。劇中でそのあたりの説明はしないんですが……。

高橋 その作品の世界では、みんな普通のことですからね。でも説明がなくても観れちゃう、ちゃんと内容が入ってくるのは、監督の演出やテンポ感のなせる業かなと。

松井 アニメを観てるっていうより、ドラマを観てる感覚なんですよね(笑)。

入江 歌唱シーンにおける詞や音楽が、キャラクターの気持ちや状況を雄弁に語ってくれているので、それをわざわざセリフにする必要はないと思うんです。だったらその分の尺を別のことに使いたいし、曲そのものを視聴者の耳に届けたほうが、この作品としては有益なんだろうなっていう判断ではありますね。

──ちなみに、ヒーラーガールズが“コーラスユニット”ということもあって、特に声のハーモニーが引き立つような曲になっていると感じたのですが、そういった意識はありましたか?

高橋 確かに第9話や第11話の曲は、“みんなの合唱”っていうところをより見せるような編曲をしていて。後半になってきて役者が揃い、みんなで全員野球をしにいくみたいな(笑)。全員の活躍を過不足なく見せたいところもあって、後半曲になってくるとコーラスラインもだんだん厚くなってくるような仕様にしていますね。

ピアノのメロディにも実は歌詞がある

──ではここからはおひとりずつ、特に印象に残っている劇中歌やエピソードをお伺いできればと思います。まず松井さんから。

松井 ボリューム的にはやっぱり、第9話の手術曲(「SONG FOR LIFE」)。ヒーリングの曲なので、変な盛り上げ方はできないというのと、起こっていることに対する整合性の取り方が難しかったです。あともう、TVアニメで6分間曲流すなんてこと、普通ないですからね(笑)。

TVアニメ「ヒーラー・ガール」より。

TVアニメ「ヒーラー・ガール」より。

──そうですよね。私もびっくりして、思わず何分間曲がかかっていたか測りました(笑)。

松井 6分間テンションをずっと維持しなきゃいけないのと、命に関わるという部分も含めて、やっぱり緊張感がすごかったですね。あとは第8話の「Nesting birds」は、それまでの曲とは作り方が違っていて。

──玲美がセリフでは嘘をついて、歌では葵に本音を言えるというのが、ミュージカルアニメらしくて印象的なエピソードでした。

入江 ヒーラーの歌う曲は基本的に、あの世界にいる音療楽譜士や作詞家が作ったものであるのに対して、第8話の「Nesting birds」は、曲や詞が玲美の気持ちをダイレクトに表現する手段になっているんですよね。「ヒーラー・ガール」は1話ごとにアイデアを入れて曲の使い方を変化させていったんですが、第8話はその中でも特殊な部類に入ってくると思います。

松井 実はあの曲、ピアノのメロディにも和訳があるんですよ。

──えっ?

松井 2人が歌とピアノで会話をしてるようにしようと思って、玲美の歌の歌詞の間に、葵の言葉を埋めていって。歌詞を先に作って、高橋さんに渡したんだっけ?

高橋 そうそう。で、松井さんの言葉を汲んで、ピアノのメロディに変換するみたいな。どこかでその歌詞も見ていただけたらいいですが、でも秘密にしておくほうがいいのかな(笑)。

──それは見たいような、想像のままにしておきたいような、複雑な気持ちです……!