30分間ほぼ歌いっぱなしの第3話に、度肝を抜かれたアニメファンも多かったのではないだろうか。先日全12話の放送を終えたばかりのオリジナルアニメ「ヒーラー・ガール」は、歌で病気やケガを治す職業“ヒーラー”を目指す少女たちの健やかな成長ぶりを、ミュージカル調で描いた意欲作だ。話すように歌い、歌うように話す彼女たちの日常がテンポよく描かれつつも、医療行為としての歌に向き合うヒューマンドラマとしても楽しめるものとなっていた。
コミックナタリーでは並々ならぬ熱量をもって「ヒーラー・ガール」を作り上げた入江泰浩監督と、作品の要ともいえる主題歌・劇中歌・劇伴を一手に担った音楽の高橋諒、歌詞を担当した松井洋平にインタビュー。この“新感覚ミュージカルアニメ”がどのように作られていったのか、そして“人の命を救う歌”という難題に音楽家の2人はどんな思いで挑んだのか、たっぷりと語ってもらった。なお音楽ナタリーではメインキャストと歌唱を務めるコーラスユニット・ヒーラーガールズへのインタビューを掲載しているので、併せてお楽しみいただきたい。
取材・文 / 柳川春香
ミュージカルはキャラクターの感情表現の拡張
──取材の時点ではアニメ放送が折り返しを迎えたところですが、視聴者からの反響や感想などは届いていますか?
入江泰浩 自分が見たところでは、やはりミュージカルアニメということで、第1話の冒頭の時点で「自分には合っていない」って思われる方と、「なんじゃこりゃ!」ってびっくりしながら観た方と、まず2つに分かれましたね。それ以降は話数を経るごとに、「なんか面白いものがあるっぽいぞ」って観てくれている人がどんどん増えてるなって印象があります。
松井洋平 「癖になる」っていう感想がよかったですね。最初はミュージカルに慣れてなかった人も、歌で会話するシーンが少ないと、だんだん寂しく感じるようになるという(笑)。
高橋諒 「なんか観ちゃう」とかね(笑)。あとは逆にミュージカルに普段から親しんでいる方が「あまりない形の新しいミュージカル作品」っておっしゃっていて。どちらから見ても新鮮な切り口に感じられる、面白い立ち位置の作品なんだなって思いました。
──そもそもミュージカルアニメを作りたいというのは、監督の意向だったそうですね。
入江 はい。アニメーションで、それもTVシリーズでミュージカルをやりたいと。ですが自分もミュージカルは初めてでしたし、そもそも日本のTVアニメでミュージカルをやるというのはあまり前例がなかったので、「こういうふうに作ればいい」っていうノウハウが確立されていなくて。映像制作上どんなワークフローにするかを考えるところからスタートしました。
──ライブシーンが独立しているようなアニメと違い、劇中歌とセリフやシナリオがかなり密接につながっているので、どうやって作っているんだろう?と思っていました。やっぱり制作は大変でしたか?
入江 いえ、私の作業上は、日頃からやっている感情芝居や、キャラクター同士の会話、感情表現を拡張するという方向で作ったので、そんなに頭を抱えるようなことはなかったですね。1つのエピソードの中での感情の波があるとしたら、その一番ピークになるところを、さらに音楽で持ち上げるというようなイメージで。その方向性が決まってしまえば、あとは歌に口パクを合わせたりとか、どこのリズムでカットを切り替えるか、などの技術的な話になっていきました。
松井 例えばブロードウェイのミュージカルって、“音楽のための音楽劇”のように感じるんですけども、「ヒーラー・ガール」は“感情のための音楽”っていう立ち位置なんですよね。それが新鮮に感じる要素なのかなって。
入江 そうですね。いわゆるミュージカルはシナリオができた段階で、ここでこの曲を聴かせる、というふうに曲を確立させるんですが、本作は“会話が歌になってる”っていうアプローチなので、会話と歌、どちらも主なんです。そのあたりは確かにミュージカルとしてもちょっと特殊だったかもしれません。
──てっきり「制作はすごく大変でした」って答えが返ってくるかと思っていました。
入江 大変だったのは、高橋さんと松井さんです(笑)。
松井 実は、一番大変だったのはファイル管理です(笑)。今まで見たことない数のファイルが飛び交ってたんで。
高橋 あはは(笑)。すごかったですよね。
入江 今回は特に、ある曲の一部分を別の話数でメドレー的に使ったり、ワンフレーズだけ使ったりすることもあったので、そこの作詞って発注したっけ?とか、高橋さんに組み直してもらうのはどこのファイルだっけ?とか(笑)。
松井 送ったはずのメールが見つからなかったりとかね。ちゃんと管理しようと思いました、この作品を通して(笑)。
“人の命に関わる歌”へのプレッシャー
──高橋さんと松井さんは音楽のプロとして、「歌でケガや病気を治す」という“ヒーリング”の設定を最初に聞いたとき、どう思われました?
松井 プレッシャーでビビっちゃいました(笑)。高橋さんと一緒に「どうします?」って話をたくさんしましたね。
高橋 そうですね。音楽が実際に人の体や世界に影響を及ぼす、そういうパワーがあるというのは、もちろん僕らも個人的体験では信じていても、いざ作品としてその力がある曲、そういう歌を実際に提示しなきゃいけないとなると……。例えば映画版の「BECK」なら、“聴いたらみんなが涙する歌”を見せるにあたって、ボーカルを聴かせないというソリューションがあったわけですけど、今回絶対に曲は聴かせないといけないし(笑)。
松井 あはは(笑)。
高橋 もう設定上、そういう力がある曲だということが約束されているので、僕らは自信を持って送り出さなきゃいけない。そういう意味ではプレッシャーがありました。それで松井さんと「どうしましょうかね?」って、おろおろしながら話し合って(笑)。
松井 最初は設定について考えすぎて。歌詞にしても何か特定の“痛みが取れる言葉”があるんじゃないの?とか。
高橋 そうそう。それぞれの調によって効果が違うんじゃないか?とか。そこまで詰めて作らないとまずいんじゃないか、いやでも……って話をずっとしていましたね。
松井 大変だったのは、「ヒーラー・ガール」はアニメだし、現実から見たらファンタジーなんですが、医療作品という一面もあって。人の命に関わることだから、歌詞にもあんまりふざけた要素は入れられないですよね。特に手術シーンで使われる歌に関しては、作品の世界の作詞家が人の命に関わるものを書くときに、どんな緊張感を持って書いているのか、というのはすごく考えました。
──自分の書いた歌詞やメロディが人の命に関わることって、実際にはなかなか経験できないですもんね。
松井 でも高橋さんがおっしゃったように、音楽にそういう部分が少なからずあるっていうのは日頃感じてもいるので。音楽からのいい影響も悪い影響も絶対に世の中に存在して、社会を動かす要素になり得るとは思うので、“ヒーリング”に関しても、物理的に起こること以外の部分は素直に受け止められました。
──では、いざお三方が揃って曲を作っていくにあたり、どんな話をされたんでしょうか。
入江 おふたりに会う前の、脚本を練っている段階で、各話の「ここは歌わせたいよね」っていう箇所のラフコンテをまず作ったんです。さらにラフコンテに対して既存の映画音楽やポップス、ミュージカルソングをはめて、“ラフコンテ撮”みたいなものを用意したんですね。作りながら歌唱シーンのリズム感や雰囲気を自分の中でも煮詰めていって、おふたりにお会いしたときにそれをお渡ししました。この話数は激しい感じですとか、この話数はウキウキする感じですとか、曲の方向性において共通認識を持てるように。
松井 あのラフコンテ撮がなかったら、正直詰んでました(笑)。
高橋 そう、あれが全部の指針になっていますね。
入江 ただ高橋さんには、あくまで既存曲のパロディではなく、全然違うものにしてくださいとお願いしました。歌詞に関しても、ミュージカルだと英語の歌詞のほうがなじみやすい場合もあるんですけど、日本語の歌詞にするというのは決めていたので、松井さんには「このシーンではこういう情報を伝えないといけない」「こういう気持ちを伝えないといけない」というのをお伝えして、あとは2人に「よろしくお願いします」と(笑)。
──それで上がってきた曲は、監督のイメージ通りのものでしたか?
入江 「こう来たんですね!」という曲もありますし、「そうです! これを待っていたんです!」って曲もありました。曲が届くたびに毎回新しい驚きと、「これはうまくいきそうだ」っていう確信を得ることができました。誰よりも最初に聴かせてもらったので、本当にいいポジションでしたね。「私のために作ってくれた曲だ!」みたいな気分が味わえて(笑)。
高橋 そうですよ、監督のために作ってます!(笑)