コミックナタリー Power Push - 花もて語れ
心揺さぶる「朗読マンガ」誕生! 声の世界を写し取る技法に迫る
どんな仕上がりになるかドキドキしながら待ってる
──ちょっと実例を挙げて教えてもらえますか。第4話で主人公のハナが、宮沢賢治の「やまなし」を朗読する場面をサンプルにしましょう。まず印刷された完成のコマを。
これも東先生に教えていただいたことの受け売りなんですけど、「やまなし」のお話に出てくる沢蟹は、当たり前ですけど小さいじゃないですか。そうすると「水面を見て」という文章にしても、我々が見てる水面とはぜんぜん違うんですよ。水底の低いところから、人間のスケールに換算したら30mくらいになる高い天井を見上げている。それを描いたコマです。
──その朗読を聞いて物語世界に没入している人間の絵が、原稿用紙に描かれていますね。でも背景は真っ白で、背景には薄墨で描かれた沢蟹視点の風景が別の紙に。さらに朗読されている文章がトレーシングペーパーに書かれていて、これを写植(活字)に直したものが印刷所で組み合わさるという。3枚のレイヤー、まあ紙ですけど、が合成されているわけです。
このやり方だと、完成形を僕が見るのは校正紙(内容をチェックするための試し刷り)の段階なんです。校正紙を見て、「よし、思い通りにハマったな」とか、「ちょっと失敗したかー」とか。もちろん仕上がりをイメージしながら原稿を描くわけですけど、あくまで想像しながらなので、どんな仕上がりになるかは僕もドキドキしながら待ってるんです。
集中して、多少揺れようが絶対に動かないつもりで
──これはうまくいったな、というコマはありますか?
どうでしょう、この見開きは朗読シーンいちばんの見せ所ですから、気合いを入れて描きましたけど。
──すごい迫力ですね、このカワセミのくちばし。こんなパース付けて描きますか。
長いこと藤田和日郎のアシスタントをやっていたもので、「うしおととら」の獣の槍がですね、すごいパース付きで飛んでくるところを描くというのは得意ですから。ほんとここは、描きながら自分でも、獣の槍描いてるみたいだった。
──絵の上下にベタを敷いて文字を配置したのも、片山さんのアイデアですか。
ここは編集の高島さんと、ずいぶん長い時間話し合って、悩みました。絵に文字を乗せるとどうしても目が文字を追ってしまうので、くちばしのインパクトが薄れてしまうんですよ。位置や書体、級数を調整しても、どうしてもうまく行く気がしなくてウンウンふたりで唸ってたら、「そうか、字幕だ」と。それで下だけじゃ入らないので上下に字幕風に入れることにしました。
──さっきのコマもそうでしたが、魚の腹とか、薄墨ならではの表現ですね。
ペン画はホワイトを使えばいくらでもやり直せるんですけど、墨絵はまたぜんっぜん直しが効かないんですよ。だから集中して、余震で多少揺れようが絶対に動かないつもりで、もう一発で全部描き切るぐらいの。そういうつもりでやってますね。水を多く含ませたときの表現、片側に濃いものをおいてジワーッと広がっていくときの表現は、計算通りにならないですから。気合い入れて。
作品紹介
7歳の佐倉ハナは、引っ込み思案で声が出ず、空を眺めては空想ばかりしている少女。ある日、学芸会のナレーション役を任されて臆するハナに、朗読をやっているという教育実習生は言うのだった。「きっと伝わる。伝えたい気持ちがあれば」
朗読という題材を通じて描かれるのは、「想いを伝えること」「想いが伝わること」の感動。
やがて22歳になった佐倉ハナが、社会人になって再び朗読の魅力と出会う、癒やし系で熱血な物語。
片山ユキヲ(かたやまゆきを)
5月1日、神戸生まれ。「うしおととら」「からくりサーカス」の藤田和日郎のもとで、アシスタント生活を経て独立。2007年9月から2009年3月まで、月刊少年シリウス(講談社)誌上で「空色動画」を連載。アニメ制作を題材に女子高生3人の友情を描き、話題になる。2010年4月より月刊!スピリッツ(小学館)誌上で「花もて語れ」を連載開始し、現在も連載中。好きな小説家は宮沢賢治、泉鏡花、江戸川乱歩、夢野久作。
朗読協力・朗読原案
東百道(ひがしももじ)
著書は「朗読の理論」(木鶏社)。「花もて語れ」では朗読の理論面で協力し、「やまなし」以降の朗読原案を提供。