コミックナタリー Power Push - 花もて語れ
心揺さぶる「朗読マンガ」誕生! 声の世界を写し取る技法に迫る
かるた、書道、薙刀など新しいマンガの題材が日々開発されている中、「朗読マンガ」という地平を切り拓いたのが、月刊!スピリッツ(小学館)で連載中の片山ユキヲ「花もて語れ」(朗読協力・朗読原案:東百道)だ。3月30日に第2巻が発売され、店頭でもこの未開の新ジャンルに注目が集まりつつある。
朗読という一見地味な世界を、深いリサーチと熱い筆致で提示する片山に、コミックナタリーはインタビューを敢行。朗読世界を描写するために編み出された薄墨とペン画のコンビネーションに焦点を当て、編集者まで巻き込んだオリジナルなマンガ表現に迫っていきたい。
取材・文・撮影/唐木 元
マンガというフォーマットに向いてないものって何だろう
──最初「朗読マンガ」と聞いたときはまた地味なテーマを、と思ったのですが、始まってみたらまあ熱いこと激しいこと、驚かされました。まずはこのテーマに至った経緯などから教えていただければ。
前作が「空色動画」という、女子高生がアニメを作るお話だったんですね。そこでアニメーションっていう動いてるものをどうマンガという静止画の中で見せたらいいか、ひとつの挑戦みたいなものがありまして。ただ劇中劇みたいにするんじゃなく、同じ次元の中でアニメの世界を描いてみたかったんですよ。
──具体的にはどのような方法を編み出されたのですか?
簡単に言うと、普通のペンで描いた人物や背景の中に、マーカーやスプレーで描いたアニメのキャラを出現させたんです。そうしてタッチを変えてやると、現実世界の、たとえば教室の床にアニメーションの世界が立ち上がって動き出したように、まあ自分では、描けたんじゃないかな、と。じゃあ動画の次、マンガというフォーマットに向いてないものって何だろうと考えたら、音声。それも音楽はもう十分やられてるので、読み上げるようなのに行き当たりまして。
──他メディア、それもマンガにされてないものをマンガで表現してみせることに何か執着みたいなものがあるのでしょうか。こだわりみたいな。
正直に言いますと、僕はかわいい女の子とか描けないんです、絵が下手で。だから自分なりの武器が欲しいんですよ。だったら誰も手を付けてないとこ探しというか、大げさに言わせていただけば、マンガの可能性を広げるほうをやってみたいというか。それで口承文学、つまり琵琶法師とかマンガにできるかなあとか、最初の打ち合わせでは言っていたんですよね。
──そのときにはもう、アニメのときみたいに、マンガに写し換える方法論は決めていたんですか?
決めていた、というか……薄墨、言い換えれば水墨画ですけど、それくらいしか思いつかなかったんです。当初はそりゃあ安易な、竹やぶに月、みたいな和のイメージでいいんじゃないかと(笑)。それを普通のマンガと組み合わせたら、誰でも別次元だと識別できるとは踏んでいたんですね。あとスピリッツで松本大洋さんが「竹光侍」を薄墨でやってらっしゃったので、ああ、スピリッツは薄墨いいんだ、と。
──普通のマンガの印刷(活版印刷)では水墨画の濃淡は出ないんですね。ハイライト製版というのを使わないと出せない。
ええ。そうした、読み上げた世界が薄墨で描写されるマンガ、という方向性の中で朗読をご専門にされてる方のところに取材に行きましたら、もう雷に打たれたようなショックを受けまして。「朗読の理論」というご著書のある東 百道(ひがしももじ)さんという方なのですが、東先生に朗読とはどういうものかを伺ったら、もうこれしかない、なんとかこのすごい世界をマンガで描いてみたいと、決意しましたね。
──僕もこの「花もて」で初めて朗読というジャンルに触れまして、驚きの連続でした。こんなとこまで読み解いて、声にしていくと、ここまでできるのかと。その驚きの朗読体験については「花もて」に存分に描かれていますので、ぜひ読んでもらうとしまして(笑)、今日はもう少し、その朗読体験を薄墨とペン画のコンビネーションにどう落とし込んだのかについて教えてもらえたらと思うんですが。
38ページのマンガなのに、原稿が80枚あるんです
薄墨で描こうと言った割には、まったくなかったんですね、水墨画の教養が。それこそ最初は「NHKはじめての水墨画」とか買ってきて。墨なんか摺ってみたら気分出るかと思って墨と硯も買ってみたんですけど、結局1度も使わずじまいですね。
──墨汁って便利だなあ、という(笑)。
そういうことです。ちょっと青みがある、薄墨用というのが売ってるんで、もうこれでいいやという。
──素朴な疑問ですけど、薄墨って原稿用紙に描けるんですか?
描いて描けないことはないんでしょうけど、水を含ませるのでボコボコに波打ってしまうと思うんですね。それで水墨画用画仙紙という、日本で言うところの和紙に当たる中国の紙とか、あと最近はキャンソン紙というのかな、画用紙みたいな質感のある紙に墨絵を描いて、原稿用紙に描いた普通の原稿と合成してもらっています。
──合成。ということは、ひょっとして原稿の枚数が……。
38ページなのに、80枚とかあるんです(笑)。担当編集の高島さんはよく引き受けてくださったというか、高島さんじゃなかったら実現しないマンガでしたね。入稿のときはどの絵がどの位置に入るかというのを、アタリを取って全部いちいち指定しなきゃならないらしくて、「ほかのマンガの5倍は時間かかる」って。あと小学館さんは作家に原稿を返却するとき、担当のほかにもうひとり別の人が確認して、ダブルチェックしないといけない決まりらしいんですけど、その返却担当の人が「このマンガの原稿は揃ってるのか揃ってないのか、高島さんじゃないとわかりません」って音を上げたらしくて(笑)。
作品紹介
7歳の佐倉ハナは、引っ込み思案で声が出ず、空を眺めては空想ばかりしている少女。ある日、学芸会のナレーション役を任されて臆するハナに、朗読をやっているという教育実習生は言うのだった。「きっと伝わる。伝えたい気持ちがあれば」
朗読という題材を通じて描かれるのは、「想いを伝えること」「想いが伝わること」の感動。
やがて22歳になった佐倉ハナが、社会人になって再び朗読の魅力と出会う、癒やし系で熱血な物語。
片山ユキヲ(かたやまゆきを)
5月1日、神戸生まれ。「うしおととら」「からくりサーカス」の藤田和日郎のもとで、アシスタント生活を経て独立。2007年9月から2009年3月まで、月刊少年シリウス(講談社)誌上で「空色動画」を連載。アニメ制作を題材に女子高生3人の友情を描き、話題になる。2010年4月より月刊!スピリッツ(小学館)誌上で「花もて語れ」を連載開始し、現在も連載中。好きな小説家は宮沢賢治、泉鏡花、江戸川乱歩、夢野久作。
朗読協力・朗読原案
東百道(ひがしももじ)
著書は「朗読の理論」(木鶏社)。「花もて語れ」では朗読の理論面で協力し、「やまなし」以降の朗読原案を提供。