ハクメイやミコチの感じた温度感を、視聴者とシンクロさせる
須江 今回、プロデューサーさんからお話をいただいたときに、「これは背景売りの作品なんです」と、熱い思いを聞かされまして。原作を読んだら確かに描き込みがすごくて、これは気を付けないと怪我しちゃいそうだなと思ったくらい。
──「怪我しちゃいそう」というのは?
須江 基本的にうちのスタッフは絵を描くのが好きだから、どんな背景もがんばって仕上げてくれます。とはいえ、それもあくまでスケジュール次第。原作のイメージを壊さず、限られた時間で背景を量産していくにはどのくらいのクオリティが適切か。そのバランス取りが下手くそだと、アニメを観た原作ファンをがっかりさせてしまうんじゃないかと思ったんです。ですので監督と話し合いを重ね、草薙としても方法を模索しながら制作を進めています。納期とクオリティを天秤にかけつつ、いかにスタッフに楽しく描いてもらうか。これが美術統括としてのやりがいであり、悩みどころでもありますね。
安藤 実際、限られた時間のなかでいい画をいただいてますよ。アラビの街並みとか、すごく気に入っています。
栗林 やっぱり時間があると、どうしようかなと考えながら描けるので楽しいです。現場ではなかなか、そうも言ってられないんですけど(笑)。描いてみて難しいと思ったのはスケール感ですね。森のような自然物の中なら、ハクメイたち以外のモチーフを大きくしたり、地面の小石や土の質感を粗くしたりとわかりやすく表現できます。でも、マキナタやアラビのように街の中だと、彼らの生活に合わせて人工物の縮尺が統一されているので、スケール感を出しづらくて。逆にそこは先生にお聞きしたいんですけど、マンガではどうしてますか?
樫木 動物が多い街だったら少し大きめに建物を描いたり、ですかね。とはいえ、そこはあんまり意識しないようにしてます。僕も以前、この世界のスケールを厳密に揃えたほうがいいんじゃないかって考えたことがあるんですけど、それを突き詰めるとただ小さい人を観察するだけのマンガになってしまうんですよね。
安藤 ああ、わかります。水の表面張力はもっと大きいんじゃないかとか、ポットのお湯はもっと早く沸騰するんじゃないかとか。
樫木 そうなんです。なので今はもうあまり深く考えず、無視するところは無視して描いちゃってます。そういう部分を忠実に見せようとするより、キャラクターが僕たちと同じ温度感で生活しているほうがいいかな、と思いまして。
安藤 監督としても、そこは割り切って考えるようにしました。むしろ、ハクメイたちが感じる日常生活の豊かさや居心地のよさが、我々が日常の中で感じる「あのお店に行ってみたい」や「この料理が美味しそう」みたいな感覚ときちんと重なるよう、丁寧に表現できているほうが、この作品にとって重要だろうなって。小さい人の目線を突き詰めていくと、その魅力が失われちゃうんですよね。まあその分、細かく描いていかなきゃいけないので、スタッフのみんなにしわ寄せが行くわけですが(笑)。
──とはいえ、そこにアニメ制作のやりがいや達成感があるわけですよね。
栗林 そうですね。実際に完成した映像を観て「やってよかったなあ」と感じる瞬間は、毎週のようにあります。
安藤 絵コンテを描いていても、ほかの作品より背景で魅せるコマは多いんじゃないか、と感じます。栗林さんたち美術チームに負担をかけるケースも増えてしまうので、そこは本当に申し訳ないなと。
栗林 いえいえ(笑)。しっかり見せないといけないカットに重点的に力を入れつつ、全体的なバランスを取りながら、スケジュールを守って仕上げる。さっき須江が言った通り、バランスの取り方がこの作品の難しいところかなと思いますね。
──皆さんは背景を描くときに、何を資料にしているんですか?
安藤 須江さんとは長野へロケハンに行きましたよね。自然の中にある苔や小さい植物を取材しておこう、と。
須江 残念ながら、あれはあんまり使えなかったんですよ。イメージしていたものより、チクチクしている苔ばかりで……。
安藤 ええっ、せっかく長野まで行ったのに(笑)。でも、自分たちが森の住人になれた気がして、あれはあれでいい経験でしたよ。
栗林 僕はそのロケハンには参加してないですけど、石神井公園とかに生えてる苔は割と参考になりました。
樫木 意外と近場でいいんですよね。僕の場合、フラッと外を歩いたときに見つけた植木鉢の苔や土なんかがいい資料になったりします。建物の場合は、旅行中に見つけた面白い風景を写真に撮っておいて、あとでモチーフのヒントにすることもありますね。あとは原体験として子供の頃に遊んでいた地元・熊本の山の自然が基になっていると思います。
安藤 樫木さんの取材力というか、観察力ってすごいんですよ。僕が一番実感したのは、小骨のマスターがコーヒー豆をわざわざ砕いてからミルで挽くシーン。あの砕く道具って、樫木さんが考えたオリジナルの機構だと思ってたんですけど、聞いてみたらくるみ割り器の応用だったんですよ。
樫木 もともと、ああいった道具とか職人とか、アナログ的なものが好きなんです。
安藤 樫木さんにはいろいろと作品について質問をさせていただきましたが、全部にちゃんと考えがあるんですよ。こんなに打てば響く原作者もなかなかいないんじゃないかって思います。
ハクメイとミコチの関係性を明確に掘り下げていく
──原作の「ハクメイとミコチ」は基本的に1話完結型で、エピソードもすでにたくさんありますし、アニメでどのお話を描くかという点も悩みどころだったのでは?
安藤 そこはもう、シリーズ構成をまとめていただいた吉田玲子さんの手腕によるところが大きいです。今回は毎話A・Bパートの2部構成で進めていますが、単純に単行本の頭から流していくんじゃなくて、各パートのつながりと、全12話による盛り上がりがきちんと計算されていて、さすがだなあと感心してしまいました。例えば第1話のBパートに、ハクメイが自分用のマグカップを買うというアニメオリジナルのシーンを入れているんですが、あれって要するに、ハクメイがミコチに同居人として認められたことを意味しているんです。
──確かに、そうですね。
安藤 アニメでは、こういったハクメイとミコチの関係性をしっかりと描きたいと思っていました。今後予定しているエピソードの1つに、原作5巻で描かれた、2人が緑尾老のキャラバンに会いに行くお話があります。ハクメイはもともと旅人ですから、ミコチの中にはハクメイがこのままマキナタに居続けるのか、本当は前にいたキャラバンに未練があるのか、というような複雑な思いがある。そういう気持ちを丁寧にくみ取りながら、アニメでは2人の関係性をより明確にさせていきたいなと考えています。まだまだ面白くなっていくので、どうぞご期待ください。
樫木 第12話のラストにもオリジナルの展開が入るんでしたね。僕もすごく楽しみにしてます。
──第4話では「コードギアス 反逆のルルーシュ」などでおなじみの大河内一楼さんが脚本に参加されていましたね。
安藤 いやあ、自分もビックリしました。吉田さんにお仕事を依頼したとき、多忙なこともあって「ヘルプを呼んでもいいですか?」と言われてはいたのですが、吉田さんのお声掛けで大河内さんと國澤真理子さんにご協力いただけることになって。僕も大河内さんの作品のファンなので大変光栄なのですが、まさか誰も死なないこの作品でご一緒することになるとは。
一同 (笑)。
須江 でも、第4話は不気味で存在感のあるオロシ(ミミズク)が登場するお話だから、ある意味大河内さんらしいのかもしれませんね。
──全12話を構成する上で、苦労された点はありますか?
安藤 実は最初のシナリオ打ち合わせのとき、吉田さんから「視聴者目線で考えると、ハクメイが初めてミコチの家に来る、という話から始めたほうがわかりやすいのでは?」という提案もあったんです。ただ樫木さんに相談したところ、そこはまだ原作でも描かれていない部分なので曖昧にしておきたいというお返事があって。それで、第1話から2人の日常的なお話を描くというプランで進めました。今の反響を見ていると、結果的にこの判断でよかったなあと思ってます。
樫木 本当を言うと、ハクメイとミコチの出会いに関しては、かなり細かく考えてあるんです。でも、いつかマンガで描こうと思ったときに内容を変えてしまう可能性があるので、そういう部分はアニメでやらないほうがいいなと思いまして。それはほかのキャラクターやエピソードについても同じで、もっと面白い展開が浮かんだらいつでも変更できるように、何事も完全に決めてしまわないようにしてます。
安藤 樫木さんはお話の実がちゃんと成熟して果実になるまで、じっくりと育てていらっしゃるんですよ。
樫木 まだ収穫できないものばかりですけど(笑)。以前は描けなかったけど時間が経った今なら描ける、というものもあります。それこそ連載が始まった当初は、3人以上のキャラクターを同時に動かせなかったので。
安藤 アニメは時間的な制約もあるので、本当に削って削ってギリギリの芯の部分だけを映像にしていますから、原作が本来持っている豊かさを完全に表現することは難しくて。でも、その代わりに話の筋はわかりやすくなっていると思います。
樫木 それは僕も感じました。情報が整理されているおかげで、アニメを観て「このお話が伝えたかったのはこういうことだったんだな」と再発見しているんです。自分のマンガを振り返るいい機会にもなりました。
──樫木さんから、アニメサイドにリクエストしたことは何かありますか?
樫木 えっと、どうでしたっけ。
安藤 できるだけ時代性を反映しないで、普遍的なカタチで演出やセリフ回しをしてほしい、といったお話はした記憶はあるけど、具体的なものはなかったかなあ……。そうだ、キャスティングで1人、「ぜひこの方でお願いします!」っていうキャラクターがいましたね。
樫木 そうでした(笑)。ジャダ役の新谷真弓さんです。
──新谷さんと言えば「フリクリ」のハルハラ・ハル子など、個性的な声を持つ声優さんです。
樫木 初めてジャダを描いたとき、なかなかキャラクターが掴めずにいたんです。でも、ふと新谷さんの声を思い浮かべた瞬間、一気にイメージが沸いてきまして(笑)。
安藤 アフレコも完璧でしたね。「新谷さんのまましゃべってください」とお伝えしただけなんですが、ほぼ一発OKでした。
樫木 あまりにイメージ通りだったのでビックリしました。新谷さんに演じていただけてうれしかったですね。
安藤 小骨のマスターを演じた緒方恵美さんはじめ、いろいろなゲストに参加していただいたので、アフレコも楽しかったです。大御所声優さんの登場も、視聴者の皆さんに注目してほしいポイントですね。
アニメでは、蜂蜜館のエピソードが1話に
──そろそろまとめに入りたいのですが、最後にアニメの今後の見どころをお聞きしてもいいですか?
安藤 1つ、ヤマとなるのは蜂蜜館じゃないですか?
栗林 絶賛作業中のところですね(笑)。
安藤 シナリオ的にも、ここやっちゃうんだって感じですよね。見どころの多い回だと思いますね。かなり起伏の激しい、ほかのエピソードではありえないアクション回になってますよ。
樫木 あのお話、登場人物も多いですし、描くの大変じゃないですか? 僕も正直トラウマになるくらい必死で描いてました。
栗林 確かに建物もすごい構造をしてますよね。上にも下にも階層があって……。
樫木 もう無茶苦茶ですよね。
須江 参考として九龍城の資料などもいただいたんですが、どういう建物なのか全体像を把握することに苦労しましたね。
安藤 原作だと複数話にまたがる長編エピソードですが、アニメではちょっと交通整理をして、1話分にまとめさせていただきました。敵味方の配置も含めて、映像的に観やすくなるような構成にしています。
樫木 すごくいい尺感でした。よくぞまとめていただきましたという感じです。
──それはすごく楽しみです。美術チームとしてはいかがですか?
須江 「ハクメイとミコチ」では、機関車も走るし、水の中も潜るし、山にも登るし、いろいろなところに行きますから、いろいろな風景を楽しんでいただけたらうれしいですね。行かないのは宇宙くらいかな? 今日もここに来る前に機関車のモデリングをチェックしてましたけど、いい感じにできていたので、この先もいっぱい見どころがありますよ。
栗林 今回は基本的に話数が2部構成で、エピソードごとに違った場所が出てきますから、背景的には1話で2度美味しいんじゃないかなあと思います。
安藤 現場はものすごいことになってますけどね。
栗林 最後までなんとかがんばります(笑)。
──(笑)。では最後に、監督からメッセージをお願いします。
安藤 SNSを見ていると、我々がアニメで描きたかった部分をちゃんと受け取ってくれているコメントが溢れていて、それにいつも元気をもらってます。最初こそゆるふわっとした感じの日常エピソードで始まりましたが、3話目からは2人に災難が降り掛かるなど、うまく立ち行かないお話も登場します。すべてのエピソードに共通しているのは、ハクメイとミコチの関係性なら、どんな逆境でも2人のペースで乗り越えていけるということ。「ハクメイとミコチ」はその関係性に癒やされたり、元気をもらったりできる作品だと思うので、アニメでもその部分をしっかり描いていけたらと思っています。アニメもいよいよ後半ですが、須江さんと栗林さんをはじめ、スタッフ一同全力で制作をしておりますので、この先のハクメイとミコチの生活も楽しみにしていてください!
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松田利冴&下地紫野と行く! ハクミコさがし in 代々木公園
- テレビアニメ「ハクメイとミコチ」
- 放送情報
-
AT-X:毎週金曜21:00~
TOKYO MX:毎週金曜22:30~
サンテレビ:毎週金曜24:30~
KBS京都:毎週金曜25:30~
テレビ愛知:毎週金曜27:05~
TVQ九州放送:毎週月曜26:30~
BS11:毎週金曜23:00~
Amazonプライム・ビデオでも見放題独占配信
ほか
- スタッフ
- 原作:樫木祐人(「ハクメイとミコチ」/KADOKAWA刊)
監督:安藤正臣
シリーズ構成:吉田玲子
キャラクターデザイン・プロップデザイン:岩佐とも子
総作画監督:岩佐とも子、伊藤麻由加
背景美術:草薙(KUSANAGI)
美術監督:栗林大貴
美術統括:須江信人
美術設定:須江信人、綱頭瑛子
色彩設計:南木由実
撮影監督:中川せな
編集:及川雪江(森田編集室)
音響監督:飯田里樹
音楽:Evan Call
音楽制作:Lantis
アニメーションプロデューサー:比嘉勇二
アニメーション制作:Lerche
製作:ハクメイとミコチ製作委員会 - キャスト
-
ハクメイ:松田利冴
ミコチ:下地紫野
コンジュ:悠木碧
セン:安済知佳
イワシ:松風雅也
©樫木祐人・KADOKAWA刊/ハクメイとミコチ製作委員会
- 「ハクメイとミコチ」上巻
- 2018年4月25日発売 / KADOKAWA
収録話数:第1話~第6話 -
Blu-ray BOX(Amazon.co.jp限定版) 19440円 / ZMAZ-11931
DVD BOX(Amazon.co.jp限定版) 17280円 / ZMSZ-11941
- 「ハクメイとミコチ」下巻
- 2018年6月27日発売 / KADOKAWA
収録話数:第7話~第12話 -
Blu-ray BOX(Amazon.co.jp限定版) 19440円 / ZMAZ-11932
DVD BOX(Amazon.co.jp限定版) 17280円 / ZMSZ-11942
テレビアニメ「ハクメイとミコチ」OP主題歌
- Chima「urar」
- 発売中 / Lantis
-
[CD]
1296円 / LACM-14705
- 収録曲
-
- urar
- hey, Mr.July
- urar(Instrumental)
- hey, Mr.July(Instrumental)
テレビアニメ「ハクメイとミコチ」ED主題歌
- 「Harvest Moon Night」
- 2018年3月7日発売 / Lantis
-
[CD]
1296円 / LACM-14706
- 収録曲
-
- Harvest Moon Night / ミコチ(CV:下地紫野)、コンジュ(CV:悠木碧)
- 水底のリズム / コンジュ(CV:悠木碧)
- Harvest Moon Night(Instrumental)
- 水底のリズム(Instrumental)
- 樫木祐人「ハクメイとミコチ①」
- 発売中 / KADOKAWA
- 樫木祐人「ハクメイとミコチ⑥」
- 発売中 / KADOKAWA