コミックナタリー Power Push - 池谷理香子「ハコイリのムスメ」
「シックス ハーフ」作者が新作で描くは箱入りお嬢様とイケメン男子の偽装婚約
気持ちが全部伝わるようなシンプルさが一番強い
──「シックス ハーフ」は5年間にわたる長期連載でしたが、描いたことでご自分の中に変化はありましたか?
終盤のほうで、ネームを描くときの思考がシンプルになっていったんですよ。少し……ですけどね。いまだにぐちゃぐちゃ考えて、ぐるぐるしちゃうタイプなのは変わらないんですけど、ヘタに凝ろうとしないで、シンプルでいいんだ、と。連載を始めた頃は、こういう出来事があったほうがいいんじゃないかとか、これじゃあ先が読めちゃってつまらないんじゃないかとか、考えたりもしたんですけど、登場人物の気持ちがストーンと伝わればいいのかなと思うようになりました。ディテールをぐちゃぐちゃ工夫しようとするよりも、気持ちが全部伝わるようなシンプルさが実は一番強いんだな、と。
──なぜそう思うようになっていかれたのでしょう。
「シックス ハーフ」の最後のほうは、展開がそもそもシンプルなんですよね。色々あったけど全部取っ払って……みたいな感じになっていって。それで、「あ、これでいいんだ」と。ドラマチックに、すごく凝ったシチュエーションで2人をくっつけるとかそういうことじゃなくて、ストレートにそれぞれの感情が見えるような状況が描ければいいんだなと思いました。
──確かに、ストレートに自分の気持ちを言うあーちゃんの姿が印象的でした。
もちろん今も、ネームを切るときには「出ないよー」とかめちゃくちゃ苦悩してはいるんですよ。でもちょっとシンプルな思考になれたかな、と思い……たい(笑)。
──作家人生を重ねてきたことでそう気づいた、というのもあったのでしょうか。
うーん。毎回、何かに気付くんですけどね。私、すごく成長が遅いんですよ。ほかの人が1年目で気付くことを10年くらいかけて気付くタイプで。1本描くたびに「そうだったのか! こうやればよかったんだ!」みたいな。「最近私、絵がうまくなってきたな」とか「この顔カッコよくない?」とかいまだに思うので。
──そうなんですか! でもそれだと、長くやってきても、飽きたりすることがないですね。
ないですね。へたっぴなので、本当に。なんていうのかな、私から見ると、ほかの作家さんたちはみんな、世界がすごく確立されている感じがあるんです。でも私はけっこう1コマずつに目が集中してしまって、全体が見られないようなタイプなんですよ。背景を描いているといまだに「おもしれー!」って思う(笑)。
──読者は意外だと思います。デビュー作から完成度が高かったですし、絵もかわいいし、池谷先生の作風というのは確固たるものとして読者の中にもありますし。安定感があるというか……。
いえいえ。迷走しまくりです。さらさらりん、と描いてると思ってました?
──はい、思ってました。
もう、めちゃくちゃ下描きしてますよ!
──大変失礼いたしました(笑)。
いえいえ(笑)。
「今の私」が描く大学生の話、でいい
──以前、YOUNG YOUなどの大人向け雑誌から、Cookie(ともに集英社)で描かれるようになった理由を「若い世代に向けて描きたい」気持ちがあった、とおっしゃっていました。Cookieで8年間描いてきて、今どんなことを感じていらっしゃいますか?
今は、あんまりがんばってないですね(笑)。最初は、「若い子描くぞ!」「キラキラしていて、ピュアな、手を握っただけでドキドキするような女の子描くよ!」とか思っていたんですよ。その前はお酒が飲める年齢の人の話ばっかり描いていましたし(笑)。でも、気持ちのブレや揺らぎ方は、どの世代を描いてもあんまり変わらないんだなあと気付きました。初めてのことは大人も怖いですし、知らないことがあったらびっくりするし。高校生は知らないことが大人より多いっていうだけで。50歳になっても、イケメンに手を握られたら、たぶん高校生のときと同じくらいドキドキすると思うんですよ。大人になってわかることって、大人って案外大人じゃないんだなっていうこと。昔よりはマシになってるのかもしれないけれど、あんまり変わらない気がします。
──では逆に、特に大人の話が描きたくなった、と思うこともないんですね。どんなものを描いても楽しく思えるというか。
と、思いますね。キャラクターにちゃんと気持ちがあったら一緒なのかなって。私が高校生のときってどうだったっけ? みたいな考え方もしたりしたんですけど、そんなの思い出せるわけがない(笑)。だったら今の気持ちのまま、主人公が素直に動けばいいと思います。
──逆に今の若者にがっちり取材をして合わせようとすると、ズレてきたりするのかもしれません。
たぶん、私はそうなるタイプです。だったら話しているのを聞いたりして、「あ、こんな感じなんだ」と思ったら、あとはわーっと自分で膨らませるほうが向いている。真面目に取材とかしたら、本質が見えなくなってしまいそうですし。不安定な時期の親との関係とか気持ちとか、世代で変わったりはしない、誰もが経験してきたものだと思うので。無理せず、身の丈以上のことはしない、ということですね。
──自分が感じることだけを描く、ということですか?
うーん。「今の私が描いた高校生の話」でいい、というか。「90歳の人が描いた高校生の話」でもいいですよ。それはそれで、違う面白さが出てくるはずで。年齢だけじゃないですよね。「ドイツ人が描いた日本の女子高生の話」だっていいわけです。私が今、この歳で描く高校生の話と、ハタチの頃に描いた高校生の話が一緒のわけがなくて、それがいいんじゃないかなと。「そのときの自分」が描ける話を、描いていけたらいいな、と思っています。
- 「ハコイリのムスメ」
- 園田珠子は東京に行きたいと願う箱入りのお嬢様。そんな彼女が祖父から東京行きの条件として提示されたのは、仕出し屋の跡取り息子・紀之と許婚になり、彼と同じ大学に合格することだった。珠子が自身の目的のため、紀之に「大学を卒業したら婚約破棄すればいい」と提案したことから、2人の偽装婚約生活が始まる。
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- 「シックス ハーフ」
- 兄の明夫、妹の真歩と3人で暮らす女子高生の菊川詩織は、ある日交通事故に遭い記憶喪失に。記憶の戻らぬまま学校に復帰した詩織を待っていたのは「ヤリマン」「ビッチ」と以前の自分に対するよくない噂ばかり。過去を精算し新しい自分として生きていこうとする詩織だったが、兄への恋心に気づいてしまう。
- 第1話の試し読みはこちら
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あらすじ
珠子は東京暮らしに憧れる箱入り娘のお嬢様。偶然出会った紀之にも後押しされ、その夢は膨らんでいく。猛反対していた祖父だが、珠子と紀之が許婚同士となり、2人が同じ大学に合格すれば、東京行きを認めると!!まさかの提案に珠子と紀之は、なんと偽装婚約を!?
- 池谷理香子「シックス ハーフ」全11巻発売中 / 集英社
- 1巻 / 432円
- 11巻 / 453円
あらすじ
バイクで事故った詩織は目覚めると記憶を失っていた。家に戻り兄・妹と暮らし始めるが関係はぎくしゃくするばかり。学校ではヒドい噂を流され孤立してしまう。過去の自分が分からず、居場所を見つけられない詩織は……!?
「ハコイリのムスメ」が表紙&巻頭カラーで登場。1巻の続きが掲載されている。このほか、ままかり「まわれ!白川さん」と櫻井リヤ「無頼だるR」の新連載2本もスタート。付録は矢沢あい描き下ろしのイラストを使った「NANA」のクリアファイル。
池谷理香子(イケタニリカコ)
11月5日茨城県生まれ。1989年、多摩美術大学在学中にYOUNG YOU(集英社)にて「いつか何処かで」でデビュー。以後、同誌で作品を発表するが2006年掲載誌の廃刊にともない発表の場をCookie(集英社)へと移す。同年より年下男子との恋愛模様を描く「微糖ロリポップ」、2009年より事故で記憶を失った女子高生を主人公に据えた「シックス ハーフ」をそれぞれCookieにて連載。その他の代表作に「サムシング」「FUTAGO -ふたご-」など。