14世紀の食事とは? 謎のお菓子・ディブスの正体は? 歴史グルメマンガ「バットゥータ先生のグルメアンナイト」作者&歴史料理研究家の止まらない“歴メシ”トーク!

亀による「バットゥータ先生のグルメアンナイト」の単行本2巻が発売された。月刊ミステリーボニータ(秋田書店)にて連載中の同作は14世紀が舞台の旅行記。地理学者のイブン・バットゥータと、彼に「歯が丈夫」という理由で買われた奴隷の少女・リタが、さまざまな料理に触れながら旅をする姿が描かれる。

コミックナタリーでは単行本の発売に合わせて作者・亀と、歴史料理研究家・遠藤雅司(音食紀行)氏の対談をセッティング。「バットゥータ先生のグルメアンナイト」の舞台となる14世紀ではどんな食生活を送っていたのか、当時の料理はどんな味だったのかなど、歴史や料理についてたっぷり語ってもらった。

取材・文 / 小田真琴撮影 / 武田真和

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」あらすじ

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻

奴隷の少女・リタはある日ダマスクスで売られていたところ、歯が丈夫で健康的な奴隷を求めていた地理学者のイブン・バットゥータに買われた。変わり者の彼はモロッコから出発し、インドに向かう“命がけの三大陸周遊”中で、リタもその旅路をともにすることに。バットゥータとリタはさまざまな人々、そして美味しいグルメや驚きのグルメと出会いながら各地を巡っていく。

出会いのキッカケは、ヨーロッパの歴史料理

──おふたりは以前からのお知り合いだとか。

 遠藤先生とは著書を献本し合う仲でしたよね。

遠藤雅司 そうですね。私は2017年、「歴メシ!」という本でデビューしたんですけど、その頃からSNSでお互いを知っていて、感想を言い合う仲でした。たしか2019年刊行の「宮廷楽長サリエーリのお菓子な食卓」の感想を亀先生が伝えてくださって。その翌年に出した次の著書である「古代メソポタミア飯」をお送りして、それからですよね、本格的に交流し始めたのは。

 そうですね。でも、かといって頻繁に話すわけでもないんです。

亀

遠藤雅司氏

遠藤雅司氏

遠藤 相互フォローでDMを送り合うくらいの関係性ですね。親友みたいなつながりではないんですけど、お互いリスペクトしていて「こういった本ができたんで」という感じで、お中元じゃないですけど、送り合うという。私も亀さんから「バットゥータ先生のグルメアンナイト」の1巻をご恵贈いただきました。今回このような場に“召喚”してくださってありがたい限りです。

 「なんかすごく面白い活動をしてる人がいて、私のことも知ってくれているようでうれしい!」みたいな関係です。わかりますかね(笑)。直接話すのは今日が初めてなんですよ。だから遠藤先生のことは実はあまりよく知らないと言ったほうがいいのかもしれません(笑)。遠藤先生はそもそもなんで料理を研究し始めたんですか?

遠藤 肩書きとして歴史料理研究家と名乗っているんですけども、実は私のバックグラウンドは歴史ではなくて、音楽でした。国際基督教大学で音楽学を専攻していたんです。卒業論文の指導の時間に恩師や同期との雑談の中で音楽と料理をセットにした、中世ヨーロッパの貴族の宴の話を聞いたのがそもそもの始まりでした。その後実際に中世貴族の宴を再現したり、ルネサンスのレオナルド・ダ・ヴィンチの宴を再現したり、古代メソポタミアの料理を再現したり……。最初に再現した中世貴族の宴では、サロンで音楽を楽しみつつ、夜な夜な美食を堪能するわけですよね。そうした宴の場を再現するのが楽しかったんです。

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第5夜より。

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第5夜より。

 どういうところが楽しかったのですか?

遠藤 まず「宴」という場があって、そこに料理があって、中世音楽のライブコンサートがあって、来てくださった人たちと味わって、語り合うという空気感がすごく楽しかったんです。演奏家もライブ終了後に再現料理を味わいながら参加者と語り合える場となったようである種、特別な「打ち上げ」となり、結果、全員がニコニコできる空間となりました。

──パリピ!?

遠藤 パリピではないです! パリピが歴史料理の本は出さないでしょう(笑)。ホストとして、参加者が楽しんでくれて、それで「あ、やってよかった」とほっとするみたいな、ある種マゾヒスティックな快感を味わっていました。

 パリピにはなれないから、おもてなす。わかります、その温度感。

遠藤 そういうことをやっていたら、各国の歴史料理を現代日本で美味しく再現するイベント企画家になってしまったっていうところですかね。歴史料理を再現することに軸足を置いているので「バットゥータ先生のグルメアンナイト」も以前から拝読していてとても楽しみにしていたんです。

原典「大旅行記」をときに忠実に、ときにデフォルメして描くイスラム世界

──遠藤先生は本作を初めて読んだときにはどのような感想を抱きました?

遠藤 ダマスクスから話を始めたのがすごいと思いました。

 史実では、バットゥータ先生とリタはトルコのアナトリアで出会うんですよ。旅の行程においてはだいぶ先なんですよね。だけど物語を描くうえで、イスラム世界の学者であるバットゥータ先生目線だと、現代人にはわかりづらいと思ったんです。そこで媒介として女奴隷のリタを最初から登場させて、その目線でお話を描いていこうと考えました。

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第1夜より。
「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第1夜より。

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第1夜より。

──やはり一般的な日本人からするとイスラム世界は遠く感じてしまうかもしれませんよね。

 そうですね。私自身は昔からアラビアンナイトが好きで、「イスラム文化、そんなに人気なくもないんじゃない?」とも思っていたんですけど、文化的・宗教的なルールのところで難しいものがあって。それで多くの人が尻込みしているだけで、そのあたりがクリアできたら、誰もが興味深く読めるマンガになるんじゃないかなという感覚はすごくあったんですよ。

遠藤 それこそアラビアンナイトはもう皆さんご存じで、果ては「映画ドラえもん のび太のドラビアンナイト」と、もじられるくらい名前が通っておりおなじみかと思うんですけど、アラビア世界、もしくはイスラム世界をマンガに落とし込むとなると、膨大な歴史のバックグラウンドを知っていなければならないわけです。亀先生はそのあたりの不安がまったくありませんから、まさに満を持して登場、という作品になっているんです。

 でも逆に言うとその「縛り」があるっていうのは、文化的な特色が強いことの裏返しではあるから、読みごたえにもつながるんじゃないかなと思うんです。日本とはまったく違う文化を紹介することに大きな価値があるというか。

遠藤 イスラム世界に関する知識があまりなく、「イブン・バットゥータ」という名前だけは知っているレベルの読者の方がこのマンガを読んでいくうえで、リタ目線で物語を追っていくと非常にわかりやすいんですよね。リタもそもそもイスラム世界とはあまり縁がなかったギリシャ系の人間ですから。そんな彼女が、「ダマスクスすごい! デーツ美味しい!」っていう素朴な喜びを感じながら、さまざまな知見を得ていく。読者もまたリタとともに、その素朴な喜びに共感し、スポンジのようにイスラム世界の知識を吸収して、バットゥータ先生にその世界へ引っ張ってもらっていける。バットゥータ先生や多くの登場人物が14世紀のイスラム世界での常識の中で生きている様子に、非イスラム文化圏で育ったリタは驚きますし、現代の日本人もまた驚くわけです。そうした仕掛けがあって、読者は物語の世界に入り込みやすくなってるんじゃないかと思います。

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第3夜より。
「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第3夜より。

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第3夜より。

 ありがとうございます。いやあ、お恥ずかしい。考えていた部分と、描いているうちにそうなった部分が半々ですね。リタはナビゲート役として作りましたが、あとはもう計算っていうよりかは、キャラクターが勝手に動いたという感じです。

──この時代の人や文化の動きはダイナミックですよね。

 この時代にイブン・バットゥータのような人が出てきたのは、モンゴル帝国の時代に東西の交流が盛んになったという背景があるんですよね。歴史の大きな流れが作った人物であることは間違いないんです。

──ちなみに原典であるイブン・バットゥータの「大旅行記」(家島彦一訳注)を読んでいても本作は自然に読めましたか?

遠藤 はい、まったく自然に。エピソードの取捨選択がうまくて、整合性がとれているように思います。

 いやいや、描きながらもう1人の私が「よくもばったばったと削りやがって!」って言い続けてくるんですよ。「ごめんごめん」っていう……。

──セリフやエピソードに「あ、これはあの部分だな」って感じるところがありますか?

遠藤 あります。バットゥータ先生とリタが、ダマスクスには優しい人が多く、弱い人を守る団体があることを知るシーンなんかがそうですね。マンガでは2人が「ダマスクス最高かよ…」と一言つぶやいていて端的に表されていますが、「大旅行記」にも実際に同様のことが書いてあります。バットゥータ先生は「ダマスクスは楽園の喜び……」なんて数ページにわたってダマスクスを褒め称える詩を詠んでいるんです。

 バットゥータ先生がモロッコあたりの田舎から、神学やイスラム哲学の頂点であるダマスクスに上京してきて、いちばんテンション上がっちゃってるところですね。

遠藤 テンション上がってますね。その高揚感をめっちゃ記してる。それを亀先生はスパッとこの2ページに収めている。なるほど、最高なんだなと伝わりますよね。

 もっと盛りたい気持ちもあったんですけどね。

──1巻の最後にバットゥータ先生がリタに対して「ちょっと興奮する」と魅力を伝えたのも史実なんですか?

 まったく史実ではないです(笑)。これは私の創作ですね。

──面白かったです(笑)。

 ただ、バットゥータ先生は女奴隷を連れて、あちこちで結婚したりしている事実があるので、彼はすごく女性が好きだったんじゃないかと考えています。私からしてみれば、そりゃ20年も一緒に旅していたらそうなるだろうと思う部分もあるんですけど、なんにせよ女性が嫌いな人ではないはず。

遠藤 ちゃんと性癖を開示してるところがいいですよね(笑)。

 逆に言うとこれは私の性癖ですね(笑)。実際のバットゥータ先生はそんな言い方をする人ではないないと思いますが……。

──この1巻の最後の引きはほんと素晴らしいですよね(笑)。これは気になりすぎて2巻を読まずにはいられないでしょう。

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第7夜より。
「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第7夜より。
「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第7夜より。

「バットゥータ先生のグルメアンナイト」1巻第7夜より。

──そうして原典をときに忠実に、ときにデフォルメしながら描いて、うまくエンタメ化してるのがすごいです。

遠藤 純粋にストーリーが面白いですし、キャラクターに愛嬌があります。キャラクターを愛せるかどうかっていうのは、読者がそのマンガを愛せるかどうかの分かれ目だと思うんですよね。リタに親近感を持つ人も、バットゥータ先生をカッコいいと思う人も、それこそいろんな方がいらっしゃると思うんですけど。すべてのキャラが立っていて、どのキャラにも愛せるポイント・推せるポイントがあるところがとてもいいなと思いました。

──現代的な口調が違和感なく物語の世界になじんでいます。

 それはもう私の逃れられない作家性みたいなものなんだと思います。どうしても難しい言葉は使えない。1回噛み砕いて自分の中に落とし込んで、自分の言葉として発するものしか、怖くて公にできないという強迫観念があるんですね。

遠藤 でもおかげですごく読みやすくて、共感しやすくなっていると思います。

 いい面と悪い面があると思うんですけど、少なくとも風情みたいなものはなくなってしまっているとは思うんですよね。私はそのキャラクターになりきって描いてるんですよ。私と私がケンカして、私と私が旅してるみたいな感じです、本当に。