アニメ「グラゼニ シーズン2」特集 森高夕次×大根仁対談|主人公が絶対に打たれなきゃいけない、野球マンガの妙

中継ぎ投手・凡田夏之介のプロ野球人生を描いたアニメ「グラゼニ」のシーズン2が10月にBSスカパー!で放送スタートする。コミックナタリーは放送開始に合わせ、原作者の森高夕次と、本作のファンである映画監督・大根仁の対談をセッティングした。

豊富な知識と鋭い観察眼を持つ2人のトークは、本題である「グラゼニ」をフックにしながら、縦横無尽に展開。原作やアニメにまつわる話はもちろん、森高が描いてみたいという映画監督版「グラゼニ」や、大根が本作を映画化するなら誰をキャスティングするかといった話題にも及んだ。

取材・文 / ツクイヨシヒサ 撮影 / 石橋雅人

行き当たりばったりにスタートした「グラゼニ」

──本日は「グラゼニ」対談ということで、まず大根監督は作品をいつ頃お知りになりましたか?

左から森高夕次、大根仁。

大根仁 掲載誌のモーニング(講談社)はずっと購読しているので、たぶん始まったときから読んでいます。最初は週刊連載じゃなかったですよね?

森高夕次 最初の頃はそうですね、ほぼ月イチで始めました。

大根 ですよね。お金という面白い切り口で始まったなあと思っているうちに、今となってはモーニングの「グラゼニ」と、ヤングマガジン(講談社)で連載されている殺し屋マンガの「ザ・ファブル」が、僕の中で“ドキドキしながら読んでいる2大作品”になっています。

森高 「ザ・ファブル」は面白いですよねえ。

大根 今日はお話したいことがいっぱいあるんです。森高先生の作品は例えば(コージィ城倉名義の)「プレイボール2」や「おれはキャプテン」なんかもそうですけど、王道の天才プレイヤーを描くのではなくて、ある種のコンプレックスを持った凡人にスポットを当てている部分があるじゃないですか。その視点が「グラゼニ」にもあって、すごくいいなと思います。

森高 ありがとうございます。

大根 あとは、壮大なサーガと言うんですかね、どんどんと物語を広げていくじゃないですか。中には「え、こっちの方向に進むの?」みたいなエピソードもあったり。そういう広げ方が、やっぱり面白いなと。どこまで戦略的にやっていることなのか、それとも行き当たりばったりなのかはわかりませんけども。

森高 行き当たりばったりなんですよね、これが(笑)。「グラゼニ」に関しては、僕は最初から戦略とかそういったことは一切なくて、ただ描きたいことを描いているだけなんですよ。どういった読者層を狙おうとかも、まったく考えていなかった。とにかく行き当たりばったりで話を転がしてみて、そうしたら「あ、これはもしかしたら何か伏線になるかな?」みたいな感じで進めていくんです。

アニメ「グラゼニ シーズン2」より。ストレッチをする夏之介。

大根 へえ、そうなんですね。

森高 本当は伏線でもなんでもないんだけど、読者に「これは初めから伏線だったのかな?」と思わせながら、今週はこのネタを使ったから、次週はこのネタの続きを描けばいいじゃん、っていう考えで、ずーっと進めている感じが「グラゼニ」にはありますね。多少の流れみたいなものは、考えてないわけでもないんだけど。

大根 僕は脇にいる人たちというか、サブキャラの話がだんだんと太くなっていくところが好きなんです。神宮スパイダースで夏之介のチームメイトの丸金千太郎や、番長って呼ばれている瀬戸内カーナビッツの原武裕美とか。いまやプレイヤーだけじゃなくて、球団グッズを作る人とか、脱サラして蕎麦屋を始める人とかも出てきて、「いったいどこに向かっていくの、このマンガ!?」っていう(笑)。

アニメ「グラゼニ」の場面カット。一番右が松本秀夫アナウンサー。

森高 プレイヤー以外の話に関しては、要するに僕が50代になっちゃったっていうところから始まっているんです。僕は今55歳なんだけど、サラリーマンにしたら、あと5年で定年でしょう。だとすると、同年代の人たちはそろそろ自分の身の振り方をどうしようかと、考え始めるんじゃないかなと。あと同じような時期に、「グラゼニ」によく出てくる松本秀夫アナウンサーが、ニッポン放送から独立されたんですよ。確か55歳か56歳ぐらいだったと思う。そのときに、「定年で第2の人生をスタートさせるよりも、50代で出発したほうがエンジンがかかる」というようなことをおっしゃっていたんです。なるほど、そういう考え方があるんだったら、定年前に会社を辞めて、次の人生へ向かう話を「グラゼニ」に入れても面白いかなと思ったんです。

大根仁最大級の褒め言葉「『のたり松太郎』的な作品になってきた」

大根 とにかく全体的にね、いつも読者に対する裏切り方が巧みなんですよ。心地よくハズされるというか。例えば主人公がわざわざメジャーリーグに挑戦したなら、普通に考えればもっと長く描くと思うんですよ。それが、実際に夏之介がアメリカにいたのって、単行本にしたら2巻もないくらいでしょう。

「グラゼニ」17巻より。メジャーリーグに挑戦する夏之介は、チーム事情のためマイナー契約でキャンプに挑む。

森高 「メジャーリーグ編」だけは、もう予定通りだったんです。実際に渡米して、キャンプでクビを切られて帰ってくる人がいっぱいいる。夏之介も、その運命が一番似合っていると。

大根 あそこはうまいなあと思いました。現状だって、パ・リーグへ移籍したということで読者として活躍を期待しているのに……。

森高 ほとんど活躍しないっていうね(笑)。元プロ野球選手で今はスポーツ界の交渉代理人をやっているダン野村さんにお会いしたときに、「『グラゼニ』って主人公が打たれちゃうところがいいよねー」って言っていただいたんですよ。僕も打たれるところがいいと思って描いているんで、その感想はすごい勇気づけられましたね。しょっちゅう抑えていたら、年俸が5億とか6億になっちゃうんで。この作品の主人公は、絶対に打たれなきゃいけないんです。

大根 僕、今から最大の褒め言葉を言いますけども、「グラゼニ」はいよいよ、ちばてつや先生の「のたり松太郎」的な作品になってきた感じがしますよ。

森高 ああ、それはうれしいです!

アニメ「グラゼニ シーズン2」より。夏之介はシーズン中に怪我をし、チームを離脱してしまう。

大根 僕が生涯で一番好きなマンガが「のたり松太郎」なんですけど、主人公がまったくうまくいかない感じとか、サブキャラが膨らんでいく感じなどが、似ている気がするんですよね。

森高 アニメの第2シーズンで夏之介がお酒を飲んでラジオに出演して失言をするっていうエピソードをやるんですけど、それも「のたり松太郎」で田中清くんが酔っ払って暴れるっていうシーンに影響を受けて描いたものですからね。

大根 そうなんですね。全然気付かなかった。

森高夕次

森高 「グラゼニ」はモーニングで描いてますけど、最終的に目指しているのはビッグコミックオリジナル(小学館)に載っているような作品なんです。こんなことを作家が言っちゃいけないのかもしれないけど、やっぱり長く続けることも目標というか。本当は面白くすることを一番の目標にしなくちゃいけないんでしょうけど、長く続いていて安心するものって世の中にあると思うんですよね。それこそ連載は終わりましたけど、オリジナルに「あぶさん」だったり「はぐれ雲」が載っているだけで安心する、みたいな部分もあるだろうと。モーニングで言えば「クッキングパパ」とか「島耕作」シリーズになるのかな。

大根 なんかわかるなあー(笑)。

アニメ「グラゼニ シーズン2」
BSスカパー!にて2018年10月5日より毎週金曜日22:30~放送
アニメ「グラゼニ シーズン2」
スタッフ

原作:森高夕次・アダチケイジ「グラゼニ」(講談社「モーニング」連載)

監督:渡辺歩

シリーズ構成・脚本:高屋敷英夫

キャラクターデザイン:大貫健一

音楽:多田彰文

音響監督:辻谷耕史

アニメーション制作:スタジオディーン

製作:スカパー!・講談社

キャスト

凡田夏之介:落合福嗣

ユキ:M・A・O

田辺:二又一成

追田:乃村健次

小里:石野竜三

徳永:浪川大輔

渋谷:星野貴紀

松本アナ:松本秀夫

森高夕次(モリタカユウジ)
森高夕次
1963年長野県生まれ。コージィ城倉名義で作品を執筆し、森高夕次名義でマンガ原作者としても活躍する。1989年に週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて「男と女のおかしなストーリー」でデビュー。デビュー時から野球を題材にすることが多く、同年ミスターマガジン(講談社)にて「かんとく」、1995年に週刊少年サンデー(小学館)にて「砂漠の野球部」、2003年には週刊少年マガジン(講談社)にて「おれはキャプテン」など数々のヒット作を生み出している。一方で人間の暗い心理を浮き彫りにするような作品も手がけ、2002年にビッグコミックスピリッツで連載した「ティーンズブルース」では、ホストクラブにはまって転落していく女子高生を描き読者を驚かせた。現在の連載作に「グラゼニ ~パ・リーグ編~」「プレイボール2」など。
大根仁(オオネヒトシ)
大根仁
1968年12月28日、東京都生まれ。「アキハバラ@DEEP」「湯けむりスナイパー」などの深夜ドラマで演出を手がける。2011年に映画監督デビュー作「モテキ」で第39回日本アカデミー賞話題賞作品部門を受賞。その後「バクマン。」「SCOOP!」「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール」などで監督・脚本、劇場アニメ「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」で脚本を担当。現在、監督・脚本を担当した最新作「SUNNY 強い気持ち・強い愛」が公開されている。