コミックナタリー Power Push - たらちねジョン「グッドナイト、アイラブユー」
神経質で小心者の男子が初の海外にびくびく カルチャーショックと心の成長描く旅ドラマ
絶対マンガに出したい、でも描くのは嫌なグラン=プラス
──作中では、パリの次にブリュッセルへと移動します。
ストーリー的にはオランダに向かうはずだったのに、大空くんが途中下車してしまうという展開です。彼なりに「このまま母さんの遺書通りに行動しているだけでいいのか」と思ったところで、咄嗟に降りたところがブリュッセル中央駅です。
──ブリュッセルと聞いても、どこにあるのかピンと来ないというか「ベルギーにあるんだ」みたいな人も多いかもしれませんよね。
取材でも、行くか迷っていたんです。でもパリからまっすぐオランダに行くんじゃ、彼の成長を描くという意味ではスムーズすぎるかなと。寄り道も大事だと思うんです。
──実際どんな街なんでしょうか?
お伽話に出てくるような石畳の、日本人がイメージする“ヨーロッパ”の小さい町ですね。ロンドンやパリと比べると田舎というか、地方都市って感じです。でも街並みもキレイだし、蚤の市がそこかしこで開かれてて、私はそういうわちゃわちゃしているのが大好きなので楽しいですよ。ただ、行くならオススメは夏。取材は11月だったんですけど、寒くなるとギスギスしているというか。街のムードが暗くなるので。
──暗いムード……そんな中でも「ブリュッセルを描こう」と思ったポイントは、どこだったんでしょう。
グラン=プラスという大広場です。世界で最も美しい広場と呼ばれていて世界遺産に登録されている名所です。夜はライトアップされて、その雰囲気がすごく幻想的なんです。取材に行くまでは「あのキレイな景色をマンガに出したい!」と思っていたんですけど……、実際に絵に描くのは本当につらくて……。
──(笑)。
まず大広場の石畳がものすごい細かいじゃないですか。あと広場を市庁舎の建物が囲っているんですが、どの角度から描いても背景に市庁舎が入ってしまうのと、その建造物が装飾が多くてめちゃくちゃ繊細なんですよ。背景にはアシスタントさんを入れてないから、すべて自分で描かないといけないので……。
──大空くんは、そのグラン=プラスでバックパッカーのノブくんと会ったんですよね。
これは取材旅行より以前にブリュッセルに行ったときの実体験なんです。お酒を飲みに行きたいけど1人はちょっとやだなーと思っていたら、日本人っぽい人がいたので思い切って私から誘ったらOKしてくれて。その時は「デリリウム」っていう日本でも展開されている有名なビールブランドのお店で飲みました。土曜日の夜だったので、通りは酔っ払いでごった返してて。その時は楽しくなっちゃって、記憶をなくすまで飲んでしまいました……。
──えっ! 海外で記憶なくすほど飲むって怖くないですか……?
さすがに怖かったですね。起きたらベッドの上にいて、そこまでの記憶が全然ない。起きたときには、大事にしていたガイドブックが破けて床に落ちてるし……気分も最悪です。
──そういえばマンガでも、大空くんは毎回飲んでは倒れてますね。危ないと思っていたけど、ご自身の体験談だったと。
お酒で記憶をなくしたのは人生で初めてです。それがよりによって海外でという……(笑)。
──途中下車だったブリュッセルを、大空くんにとってどんな街として表現されたのでしょうか?
先ほども言ったのですが、ブリュッセルのグラン=プラスは夜に行くと、豪華な建造物に囲まれた大きな広場がライトアップされ異様な空間になっています。小さい街の中に突然現れるその広場に迷い込んだ大空が圧倒され、自分が向かう方向を改めて考え直す場所として、表わせたと思います。
昼はのどか、夜はピンク色、ふたつの顔を持つアムステルダム
──そして取材旅行の最後はアムステルダム。大空くんはパリからの道中、ブリュッセルで途中下車していましたが、距離的には近いのでしょうか。
ブリュッセルからアムステルダムへは、高速列車のタリスを使いました。2時間くらいの距離ですけど、ヨーロッパではそれぐらいで隣国へ移動できるというのを、こういう弾丸ツアーでもない限り知らない人も多いかもしれません。
──アムステルダムも、あまり日本人には馴染みがないのかなと思いますが。
そうですよね。知ってても「オランダ……風車とチューリップ?」ってとこですよね。私は姉がアムステルダムに住んでいるのもあって、好きな街です。姉の子供と一緒に出かけたりもするんですけど、とにかく人が親切で優しいんですよ。
──街の雰囲気はどうですか?
なんと言っても自転車がめっちゃ多い。みんな一生モノと思っていい自転車に乗ってて、道も自転車優先なんです。あと……ほかの国との一番の違いは、マリファナとか風俗の文化があることですかね。飾り窓っていう合法の売春街があって、下着のお姉さんたちがそこらじゅうにいるんですよ。日中は子供も多いし、運河でヨットに乗ってる人がいたりして「ああ、のどかな風景」って思うんですけど。夜になるとピンクのライトに照らされて、ガラッと雰囲気が変わる。昼と夜ですごくギャップのある街です。
──なんだか少し治安が心配ですが。
でも不思議と治安はそんな悪くはないんですよ。アダルトグッズのお店が普通にあるし、町中も甘い草の匂いがしてるけど(笑)。今日話した4都市の中では一番観光しやすいと思います。
──大空くんにとっての4つ目の都市・アムステルダムは、大空くんにどういったことを感じさせる、体験させる都市として描きましたか?
アムスは、昼間は美しい穏やかな水と花の都市の一方、夜になると飾り窓や麻薬といった二面性、両極な面を持つ都市。そこを、母親という1人の人間の二面性を感じ取れるようリンクさせました。また大空の親友との偶然の再会と、母親の元愛人の家族と対面という、“安心”と“不安”という両極な出会いも体験させられました。
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一人で、母を看取った。「私の死を、ロンドンの友人に伝えて」そう書かれた遺書に従い、大学3年生の夏、大空は久しぶりに再会した兄と共にイギリスへ渡ることになった。
初めて訪れた異国の地で、母の若き日、兄の秘密、そして“家族”の真実に出逢うとは知らずに……。
新鋭・たらちねジョンが鮮やかに描き出す、ファミリールーツジャーニー待望の第1巻。
執筆陣
秋山シノ、oimo、川床たろ、佐倉チカ、たらちねジョン、中条亮、藤谷陽子、雪広うたこ、武蔵野ぜん子
たらちねジョン
1月20日生まれ。別名義にたらつみジョンがあり、BABY(ふゅーじょんぷろだくと)などでも活躍している。COMIC it vol.1より、初の少女マンガ「グッドナイト、アイラブユー」を連載開始。