コミックナタリー Power Push - 「銀河英雄伝説」

藤崎竜×田中芳樹 両雄が語る「銀河英雄伝説」の舞台裏

怒らないラインハルトなんて!(田中)

──外伝「黄金の翼」や小説1巻で書かれた出会いからスタートし、その後マンガ版は幼年学校を卒業した後の「白銀の谷」編に突入しました。フーゲンベルヒ伍長は、原作より悪役度が……。

フーゲンベルヒ伍長

藤崎 下がっていますね。階級も大尉から伍長に。ラインハルトとフーゲンベルヒとのやり取りは、アニメの別のエピソードを織り交ぜちゃっています(笑)。ラインハルトの精神が成長する上で、あったほうがいいなと思ったので。

田中 フーゲンベルヒ伍長の、しょぼくれた感じがいいんですよね。

藤崎 その分、ヘルダー大佐をすごく悪くしちゃいました。「白銀の谷」編が終わった後は、ヤンのエピソードに移ります。その次はまたラインハルトのエピソードに戻り、という感じで進めていく予定です。ヤン編も、ヤン視点ではなくユリアン視点で描いていくつもりです。

田中 なるほど、ラインハルトのときがキルヒアイス視点だったように、ヤンのときはユリアン視点に。あの子、日記を書きますからね(笑)。ヤンとユリアンの関係は、ドリトル先生とスタビンズ……ということになりますか。

藤崎 そうなんです、「ユリアンのイゼルローン日記」。なんていい設定なんだと(笑)。ユリアンが日記を書きはじめるのを少し早める予定です。

マンガ版読者に「ここから先ネタバレがあります」と注意を(藤崎)

──ヤンの被保護者であるユリアンは、かなりしっかりした少年ですね。生活能力が皆無のヤンを献身的に支えています。そう思うとユリアンも、目標に一直線に向かうラインハルトをフォローするキルヒアイスも苦労が絶えませんね。

田中 確かに。キルヒアイスというキャラがなぜ生まれたかというと、ラインハルトがとにかく危なっかしいから、彼をコントロールする奴が必要だと考えました。それで地味なのを1人付けておくか、と思って作ったキャラです。小説の2巻で殺してしまったときは、急に読者から「私は誰それのファンですが、殺さないでください」という手紙が増えまして……。

ラインハルトに釘を刺すキルヒアイス。

藤崎 僕も考えたんですよ、キルヒアイスがもうちょっと延命する方法。結構初期の段階で死んでしまいますが、あの場面以外に死ぬ機会がない。

田中 実はラインハルトが暴走したときに、苦悩の末に決裂するというパターンも考えてはいたんです。

藤崎 死なずに決裂する?

田中 まあ決裂したら結局は死にますね。

──いま、マンガ版では2人の友情がすごく美しく描かれています。2人の行く末を知っている身としては美しすぎて悲しくて……。

アンネローゼを救うべく突き進む、ラインハルトとキルヒアイス。

藤崎 それが狙いです(笑)。

田中 私もそのシーン、期待しています(笑)。

藤崎 「銀英伝」ファンからしたらキルヒアイスの死は当然のことですが、マンガ版からの読者のために「ここから先にはネタバレがあります」と書いておいていただけると。

──承知しました。「銀英伝」全体を振り返ってみて、おふたりの印象に残っているシーンはどこですか?

田中 ヤンの最期の場面は、さすがに能天気な私でも十分に注意して書かねばと思いまして。でも何度書いてもダラダラと長くなるものですから、もう撃たれてから死ぬまで原稿用紙4枚と決めました。

藤崎 僕もやっぱりヤンが死んでしまうところは悲しかったですね。ヤンロスにしばらくかかりました。次はキルヒアイスが死ぬシーンですね。これもキルヒロスに(笑)。

──もちろんすべてのキャラの死に意味がありますが、田中先生は多くの登場人物を死なせることで有名です。

田中 悪名は無名に勝るということで。やっぱり人が死ぬごとに何通かお手紙をいただきました。すごく美化して言うとね、死ぬのが様になるキャラをたくさん作ったのではないかと。

藤崎 そうだと思います。

──ヤンの登場もすごく楽しみです。ラインハルトの幼年期から少年期を描いてきて、気をつけていたことはありますか?

皇帝と対峙し、怒りに震えるラインハルト。

藤崎 1話ごとに必ず1回、怒らせようと(笑)。

田中 あはは、「怒らないラインハルトなんて!」といったところでしょうか(笑)。

藤崎 ええ。ラインハルトのいいところは、怒ったり喜んだりする感情表現がものすごく豊かなところ。こっちとしても盛大に感情を表してほしいので、1話1怒り(笑)。

藤崎さんの「銀英伝」をずっと読み続けたい(田中)

──ラインハルトは意外と激情型の人ですからね。スケールの大きい戦いが多い「銀英伝」ですが、描くのが大変だと思っているシーンはどこですか?

「銀河英雄伝説」のカラーカット。

藤崎 これから出てくるシーンだと、イゼルローンの内部ですね。

──軍事拠点のイゼルローン要塞の奪い合いは、小説序盤の見せ場のひとつです。

藤崎 ええ、イゼルローンには100フロアを突っ切る吹き抜けがあるらしいんですよ。そこで花火を打ち上げるんですよ、あはは(笑)。

田中 (笑)本当、描きたいように描いてください。もう僕がね、そうしてますから。書いていた当時、宇宙艦隊戦についてさすがに調べなきゃマズイだろうと思って、実際の宇宙戦争はこうなるだろう、というムックを何冊か読んだんです。「銀河英雄伝説」が1982年に出たので、ちょうど「スター・ウォーズ」と前後していて関連書が出ていたんですよ。

藤崎 なるほど。

田中 もうね、1冊1冊書いていることが全部違う(笑)。

藤崎 あはは(笑)。

田中 考えあぐねた挙句、「宇宙艦隊を見た人はいないんだから、一番カッコよく書こう」と。違うというならどこがどう違うのか見せてくれ、と開き直りました。

藤崎 本当に、イゼルローンのことを考えると気が遠くなるんですけどね。何をどう描けば……。だいたい、戦艦がイゼルローンにどうやって停まっているのかすらよくわからない。ただ、考えるのはすごく楽しいんですけどね。

──マンガ版でも、イゼルローン要塞は一度登場しましたね。「イゼルローン編に突入?」と思ったらスッと通り過ぎて惑星カプチェランカに行って「白銀の谷」編に(笑)。

「銀河英雄伝説」より。

藤崎 あれは「本当はイゼルローンが描きたいんですよ」という私の意思表示です。

田中 「いずれ描くぞ」ということですね。信頼して藤崎さんに「銀英伝」をお任せしたからには、僕は一切口を出しませんので、藤崎さんにしか描けない「銀河英雄伝説」を描いていただきたいですね。悪ガキどもばかりで申し訳ないですが。

藤崎 ヤンがチェン・ウー・チェンに「最良と思う行動を取るように」って言われたときと同じだ、あはは(笑)。

田中 藤崎さんの「銀英伝」を私もずっと読み続けたいですし。これからもひたすら場外からエールを送ります。がんばってくださいね。

藤崎 ありがとうございます。

藤崎竜が描き下ろした対談の様子。

(画)藤崎竜

原作:田中芳樹 漫画:藤崎竜「銀河英雄伝説(1)」 / 2016年2月19日発売 / 555円 / 集英社
「銀河英雄伝説(1)」

遠く、遠く、遥かなる未来──
“常勝の天才”と“不敗の魔術師”と称される2人の英雄、ラインハルト・フォン・ミューゼルとヤン・ウェンリーがこの世に生を受ける。
時代の波濤に煌めく2つの灯火が銀河を翔け、人類の命運を動かす──。
悠久の戦乱に終止符を打つべく現れた、2つの巨星の運命を描くSF英雄譚!!

藤崎竜(フジサキリュウ)
藤崎竜

1971年3月10日生まれ、青森県出身。1990年、「ハメルンの笛吹き」が第39回手塚賞佳作を受賞。同年、第40回手塚賞で準入選を受賞した「WORLDS」が少年ジャンプ ウインター・スペシャル(集英社)に掲載されデビューを果たす。1992年に週刊少年ジャンプ(集英社)において、「PSYCO+」で初連載。1996年に同誌で連載を開始した「封神演義」ではアニメ化やゲーム化も果たしている。その後も「サクラテツ対話篇」「屍鬼」「かくりよものがたり」など、 独特な作風で、多くの読者の支持を得る。2015年より週刊ヤングジャンプ(集英社)にて、田中芳樹原作による「銀河英雄伝説」を連載中。

田中芳樹(タナカヨシキ)

1952年10月22日生まれ。1978年に「緑の草原に……」で、探偵小説専門誌・幻影城(幻影城)の新人賞を受賞しデビューを果たす。1982年より「銀河英雄伝説」シリーズを発表。同作で1988年に星雲賞の長篇部門を受賞している。そのほか代表作に「アルスラーン戦記」やうつのみやこども賞を受賞した「ラインの虜囚」など。