縦スクロールで読むフルカラーWebマンガ、一般的に“Webtoon”などと呼ばれる韓国発のマンガ形式が今、日本でも徐々にその勢力を拡大しつつある。そこでは多くの場合、従来の版面マンガのように1人の作家が編集者と二人三脚で作品作りを進める方式ではなく、映画やアニメーションのようにチーム体制で制作されるのが通例だという。だが、実際にその制作現場で働く人たちが具体的にどんな仕事をしているのかは、現状あまり知られていない。
そこで今回、かねてからマンガに造詣が深く、Webtoonも積極的に課金して読んでいるというコスプレイヤーの伊織もえにWebtoon編集者の仕事を体験してもらった。DMMグループ内でオリジナルマンガ制作事業を展開するGIGATOON Studioに“出社”して新人研修を受けるほか、GIGATOON Studioと協業するイザナギゲームズのオフィスにも赴き、生の制作現場に立ち会う。
“マンガをチームで作る”とは一体どういうことなのか、そもそも“Webtoonの編集”とは何をする仕事なのか。並々ならぬマンガ愛の持ち主である伊織ならではの視線を通して、その謎を解き明かしていく。
取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / ヨシダヤスシ
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伊織もえの1日編集体験、
まずは編集長からネームチェックのレクチャー
ブルーのワンピースに身を包んだ伊織もえが円卓の備えられた会議室に姿を現し、それをGIGATOON Studioの五十嵐悠編集長が迎え入れた。この日は、編集長自ら彼女に“新人研修”を行う手はずとなっている。
伊織が円卓の一席にちょこんと腰を下ろすと、ノートパソコンを携えた五十嵐もその傍らに着席。「そもそもWebtoonって読んでます?」という問いに、伊織は「めっちゃ読んでます。毎月2万円くらい課金してて……」と明かし、驚愕をともなった笑いを誘う。主に悪役令嬢ものを好んで読むという彼女に対し、「僕らももっと悪役令嬢ものを作らないといけないな」との宣言が五十嵐の口から飛び出すなど、研修はいたって和やかなムードで幕を開けた。
この日の研修メニューは、主にネームのチェックについて。制作現場から上がってくるネームを確認し、それに対する修正指示を的確かつ迅速に出すことは、編集者に求められる最も重要な職能のひとつだ。GIGATOON Studioでは、編集者がどのようなポイントに留意してネームチェックを行い、どういったフィードバックを返すべきなのかをまとめた指南書を用意している。従来のマンガ編集者が「先達の仕事を見て学べ」と言われてきたような実践的なノウハウが、ここでは明文化された共有資料として存在しているわけだ。
実際にその資料を参照しながらレクチャーが行われていく中、五十嵐から「Webtoonは“インスタントに読まれるもの”という前提で画面作りを考えていくことが大事」という基本姿勢が説かれると、すかさず伊織が「今の若い世代では『どのコマから読んでいいかわからない』みたいに“マンガを読む力”が弱くなっているという話も聞きます。今後そういう層が増えてくると、コマ割りが複雑なヨコのマンガよりもWebtoonが主流になってくるのかな」との見解を示す。これには五十嵐も舌を巻き、「おっしゃる通り、マンガリテラシーの低下は編集者の間でも話題に上がります。その一方で、ネットでの考察ムーブメントも含めた“わかる人だけわかればいい”という難解な作りのマンガも増えていて、それが二極化している傾向にあるんです」と付け加えると、「その間を埋めるのがアニメ化なのかな」と伊織。その的確な分析力を前に、五十嵐も思わず「僕、もう伊織さんに教えることないです(笑)」と漏らした。
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2
クリエイティブな現場での“マニュアル”の存在、
伊織もえの感想は
研修は次第に具体性と実践性を増していき、話題は“絵とフキダシの見せ方”に及ぶ。五十嵐によると、Webtoonにおいてはヨコのマンガで培われてきた作法にとらわれることなく“絵を魅力的に見せること”にフォーカスしたフキダシの配置を考える必要があるという。伊織も実際にWebtoonに対しては絵のクオリティをかなり重視していると言い、特に悪役令嬢ものにおける衣装の描写についてはスマホ上で拡大表示しながら細部に至るまで味わい尽くしているのだそう。さらに「Instagramで韓国の作家さんのアカウントやファンアカウントをフォローして、『この絵かわいいな』って日本版が公開されるのを楽しみに待っていたりしますね」と高度な読者アビリティを垣間見せた。
さらに、絵のクオリティが重視される一方でストーリー展開が類型化している傾向にも触れ、伊織は「それを楽しんでいるんですけど」と前置きしたうえで、Webtoonのカジュアルさと“お約束の展開”は相性がいいのではと推論を立てる。「紙の単行本や電子書籍を購入して読む版面マンガと違って、Webtoonは読み始めるハードルも読むのをやめるハードルも低いというか。1日1話無料で読めたりする分、読むことに責任が生じにくいと思うんです。例えば読んでいる途中でLINE通知が来たら簡単にやめられるし、ちょっとでも『なんか違うな』と思ったら簡単に読むのをやめられちゃうから、“損切り”が早い。我慢して読んだ先にあるびっくり展開までたどり着いてくれる読者さんが、Webtoonだと少ないのかな」と述べ、だからこそおおむね想像した通りに展開してくれる悪役令嬢ものや異世界転生ものがWebtoonでも人気なのだろうと論じた。
これを終始うなずき続けながら聞いていた五十嵐は「まったくおっしゃる通りで、今のWebtoon読者は傾向として“裏切り”を嫌うんです。従来のマンガは“いかに読者の予想を裏切るか”という勝負だったんですけど、それとはまったく逆になっている」と現在の市場傾向を解説。伊織は「その“定型”に対して、作品ごとにどんな味付けがされるのかを見るのがWebtoonでは楽しいです」と笑顔を見せる。なるほど、例えば悪役令嬢ものという“決められた型”があっても、現代の女性が物語の世界に転生して悪役令嬢になったのか、もしくは悪役令嬢だった自分の人生をやり直してるのかといったヒロインの背景が違えば味付けは異なってくるだろう。言うなれば俳句にも近しいような定型の美をそこに見いだしているようだ。
研修ではその後も具体的な構図の作り方や視線誘導、人物の効果的な見せ方といった実践的なチェックポイントが解説されていき、つつがなく終了。伊織は「こういうマニュアルが存在することによって、新しく入ったスタッフさんでもすぐにレベルの高い仕事ができますよね。それはこういうクリエイティブな現場ではすごく強いなと思います。個人のセンスに頼らないから、担当する人によって仕事に差が出ないのはいいことだなと思いました」と感心しきりだ。さらに「普段マンガに対して思っていたことを存分に話せて楽しかったです。周りにこういうことを話せる相手がいないので(笑)」と笑わせた。
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3
編集だけでなく、“生の制作現場”へ!
ペン入れ&色塗り体験
続いて一行は、GIGATOON StudioのWebtoon作品制作において作画などの技術的な作業を担当するイザナギゲームズのオフィスへ移動した。ここで伊織には、編集者としての立場で現場の作業を自分の目で見てもらうだけでなく、作画作業の一部も体験してもらう。
雑居ビルの一角に構えられたオフィスに足を踏み入れると、そこでは約10名のスタッフがおのおのパソコンに向かって作業にいそしんでいた。イザナギゲームズで行われる業務は、GIGATOON Studioから届く“文字ネーム”と呼ばれる原作テキストを元にネームを起こす作業、線画作業、着色作業、仕上げ作業に大きく分かれ、それぞれ1人から数人が担当する体制が取られている。伊織はスタッフの案内で各工程を順に見学させてもらい、各担当者への細かい質問なども挟みながら興味深そうにモニター画面を覗き込んでいた。
一通り見学を終えると、いよいよ作画作業を体験させてもらう運びに。いわゆる“島型”にレイアウトされたデスク群の一角に着席するよう促された伊織は、そこに用意された液晶ペンタブレットに目を輝かせる。その液タブ画面には、現在GIGATOON Studioが制作中のWebtoon作品「喧嘩女子眼鏡大王」の主人公・イズミのカットが下描き状態で表示されている。指導スタッフから「今日はこの下描きにペン入れをしていただきます」と告げられると、伊織は「やったー! 楽しみです」とストレートに喜びを表明した。
制作ソフトの操作説明をざっと受けた伊織は、右手にタッチペンを握り、左手はパソコン本体にかざしてショートカットキー操作に備える構え。「液タブで絵を描くことはほとんどない」との言葉とは裏腹に、まるで熟練者のようなその居住まいに指導スタッフから感嘆の声が上がる中、「どこから描くとか、ありますか?」と指示を仰ぎながら一筆目を入れる。その迷いのないペンさばきで周囲を驚かせ、みるみるうちに線画を描きあげていくのだった。
顔の部分は下描き段階で比較的細かく描き込まれていたおかげもありスムーズにペン入れが進んだが、体部分は大まかなアウトラインが示されているのみで、やや苦戦する様子も見せた伊織。しかしながら、「手の部分が難しいですね」「ここ、どうなってるんだろう……」とつぶやきながらも「こんな感じですかね」と着実に筆を進めていき、結果的にはものの5分程度でペン入れを完了させてしまった。
続いて、作業体験は着色フェーズへ。肌色部分、髪の毛、目、制服……と、順調に伊織の手によって色彩が加えられていく。陰影の付け方については特に細かく指導を仰ぎ、アートディレクターの「迫力を出すために下から光が当たっているように塗ることもあります」との助言を採用。「これ、気が済むまで塗っていていいんですか?」との言葉が飛び出すほど、この作業を楽しんでいる様子だった。