コミックナタリー PowerPush - ファイブスター物語

あなたを永野護ワールドへと誘う 西島大介&さやわかのF.S.S.入門

マンガを意識して描かれていない

さやわか さて、「F.S.S.」が普通のマンガじゃない理由、最後は(4)「そもそも永野護はマンガというジャンルを意識していない」です。

西島 これは大事です。ほとんどのマンガ家は、マンガというジャンルに属するためにマンガを描くんだよね。あるいはマンガ大賞とか「このマンガがすごい!」とかも、マンガというジャンル内で価値を共有しているわけです。コミックナタリーとかも、マンガ読者を対象としたサービスですよね。ところが永野護さんは、たとえば「文化庁メディア芸術祭のマンガ部門にノミネートされたいな~」とか、きっと思ってないんだよ。

西島大介がホワイトボードに描いたイラスト。

さやわか じゃあ、永野さんはどのフィールドで勝負してるのか。つまり彼が張り合ってる相手ですが、おそらく音楽、ファッション、そしてアニメとかなんですね。つまりマンガの土俵で勝負していないんです。

西島 たぶん永野さんは、マンガとして「ONE PIECE」と勝負するよりも、レディー・ガガに負けたくない人なんだよね。あと、きゃりーぱみゅぱみゅとか増田セバスチャンにも負けたくない。ロジャー・ディーンとか、プログレッシブ・ロックの人たちにも負けたくない。ジョージ・ルーカスにも負けたくない。

さやわか そうそう。永野さんは「『スター・ウォーズ エピソード1』のデザインがよくなかった。あれなら自分にやらせてほしいと思った」みたいなことを言うんですよね。つまり、デザイン上でルーカスフィルムと戦っている。

西島 「F.S.S.」で騎士が持ってる武器のスパッドも、まんま「スター・ウォーズ」だもんね。でも「スター・ウォーズ」には巨大ロボットは出てこないから、自分は巨大ロボットも出てくる、もっとすごいシーンを描いてやろう、負けないぞ~、という発想。

さやわか あとは新技術。ステルス型戦闘機とかが実用化されると「あんな形のものが飛ぶのか!」と衝撃を受けて、ならばということでメカニックデザインをどんどん変えていく。「F.S.S.」は大河ドラマだから、作品内の時代と共にデザインが変わっていけばいいんだけど、そうじゃなくて作者が描いてるときに現実から受けた影響で変わってしまうんですよ。

西島 デザインだけじゃなくて、たとえばクラブが流行ったら、渋谷みたいなクラブ描写を入れて、Bボーイとチーマーが混ざったような若者の個性的な喋り方を真似してみたりとか。あと「ドラクエ」とかファンタジーRPGが流行ったらドラゴンを出したり。

さやわか そうだね。ちなみにドラゴンもそうだけど、メイド服とかゴスロリとか、いわゆるオタク的デザインは、世間やファッション方面でそういうものが流行ってから、それに対抗する意識で取り入れられてるんだよね。「F.S.S.」がオタク向けのコンテンツだからそれをやっているわけじゃない。

「マンガ」ではなく「マンガ以上」

さやわか というわけで、この4点で「F.S.S.」が普通のマンガじゃないのはおわかりいただけたかと思います。まとめると以下のようになります。

(1)コミックナタリーに載ってなさそう
(2)アメトーーク!で「F.S.S.芸人」がやれない
(3)コスプレのハードルが高い
(4)そもそも永野護はマンガというジャンルを意識していない

西島 「普通のマンガ」としてこれを読めないのも、つまりこれが「マンガ以上」だからだと思うんですよね。作品のやろうとしていることが、明らかにマンガの範疇を越えてしまっているんですよ。

さやわか ただし、マンガを越えているけど、マンガを内包するものでもありますよね。だからこれをちゃんと読みこなすと、マンガとしてもやっぱり面白いんですよ。さっきも言いましたが、マンガとしてというか、物語としての骨格を取り出すと、実は極めてオーソドックスなラブストーリーがあったり、人情話があったりする。

西島 永野さんも「これはただのラブストーリーですよ。ただのお伽話ですよ」みたいなことをたまにポロッと言うしね。

「ファイブスター物語 リブート」1巻

さやわか たとえば第1巻のラストって、よく見るとダスティン・ホフマンの「卒業」みたいなドラマティックなシーンなんですよね。変態オヤジに嫁いでしまう女の子を、彼女とは身分の違いがあるとかで迷っていた主人公が、さらって逃げるという。すごくいいラブストーリーになってるんです。

西島 物語全体の中でいちばん大きなストーリーラインも、滅ぼされた王朝の子孫による復讐劇だもんね。すごく典型的な物語を描いてるから、読んでいてグッとくる。しかし普通のマンガじゃなく要素があまりにも多いから、ちょっと読んだだけだと気づきにくいけどね。じっくり読まないとグッとこれないんだよ(笑)。やっぱね、久保ミツロウさんとか羽海野チカさんとか、コミナタ的に愛されるマンガ家さんは、永野さんのように強くはなくて、ある種の作家の弱さが読者との共感を生んでる。「F.S.S.」はその逆で、マンガとして読んでも理解できない部分まで、永野さんが強大な力でコントロールしている。編集者も読者も追いつけないくらいの場所にいる。だからコミナタ的な共有の場を必要としていない。

さやわか マンガの形になっているだけで、マンガを目指しているわけではない。たまたま永野さんの頭の中にある世界、イマジネーションを伝えられる手段がマンガだったというわけですね。

永野護は神である

さやわか というわけで、永野さんというのはつまり、そういう超然とした人であるということがだんだん皆さんにもわかってきたのではないでしょうか。ということはですよ、ここでひとつの結論にたどり着きます。それは「永野護は神だ」ということです。「F.S.S.」の主人公もアマテラスっていう神様なんですよね。ということはもう、これは自己投影した主人公ではないかと。アマテラスは永野さんそのものなわけで、神が自分の心情を作品に描いている。

 

西島 うん。永野さんはマンガ家としてじゃなくて「神」と考えるのが、最も自然でわかりやすいんだよね。しかも、最近ネットとかでたまに見かける「神キター」みたいな安い神じゃなくて、ちょっと古い意味での神ですね。

──か……み?

さやわか 実際、熱心な読者が信者呼ばわりされたりもするんです。だけどそれは言い方を変えると、永野護という人やその作品には信ずるに足る何かがあるんだっていうことですよね。

西島 「聖☆おにいさん」の中村光さんとか、神を描くマンガ家はいますよね。でもそれはレオナルド・ダヴィンチとかミケランジェロと一緒で、人間が神を描いてるだけですよね。でも永野さんはなんたって自分が神ですからね。まさに高次元の存在ですよ。言ってみれば「F.S.S.」というのは、神が自分の思ってることをポロッとマンガにしてくれたみたいなものなんだよね。ちょっと読みにくいしわかりにくいんだけど、でもそれは神のやることだからしかたない!

さやわか 神が語る、神々の物語。すなわち神話である、と。神話って、現代から見ると不条理だったり説明不足だったりして、わかりにくいものですし。でも神話だからこそ、物語の根幹は骨太でシンプルなわけですね。ただまあ、どれだけ僕らが「永野護が神だ」と言っても、信者の戯れ言だと思って信じない人もいるでしょう。しかし、永野さんが神である証拠があるんですよ。というのも、神は常識を超えた存在ですから、永野さんはいろいろと普通のマンガ家には不可能な超常現象を起こせるんです。

永野護「ファイブスター物語」
5つの星からなる星団の歴史と、モーターヘッドと呼ばれる戦闘兵器を駆る騎士・ヘッドライナーたちの活躍を描いたSFファンタジー。既刊12巻分の内容を雑誌掲載時の構成で再編集したリブート版は、目下7巻まで刊行中。
永野護「ファイブスター物語 トレーサー Ex.1」 / 2012年10月10日発売 / 1260円 / 角川書店
ジョーカー星団史上初、永野護公認のファンブックついに登場!人気クリエイター、ミュージシャン、役者、芸人がイラスト、インタビューなどで「F.S.S.」の世界を語りつくす!
劇場アニメ「花の詩女 ゴティックメード」 / 2012年11月1日公開
永野護が監督する劇場アニメ。2012年11月1日(木)より角川シネマ新宿、シネマサンシャイン池袋ほかで上映開始。
永野護(ながのまもる)

デザイナーとして「重戦機エルガイム」をはじめ、数々のアニメ、ゲーム作品などにデザインを提供。1986年から月刊ニュータイプ(角川書店)で「ファイブスター物語」を連載開始。同作は数多くのファンを獲得し、現在も連載中。2012年11月1日に、初監督した劇場ロボットアニメーション「花の詩女 ゴティックメード」が公開を控えている。

西島大介「西島大介のひらめき☆マンガ学校 マンガを描くのではない。そこにある何かを、そっとマンガと呼んであげればいい。」
表紙
2010年6月1日発売 / 1365円 / 講談社
講談社BOXが主催するマンガ家養成企画として2009年にスタート。マンガ家の西島大介、ライターのさやわかが講師を務め、公募で集めた生徒全員をマンガ家にすることを目標に授業を行なっている。「そこにある何かを、そっとマンガと呼んであげればいい」を合言葉に、マンガという概念を拡張中。授業内容をまとめた単行本1巻が発売されており、第2巻も今秋刊行予定。
西島大介「Young,Alive,in Love」1巻 / 2012年10月10日発売 / 630円 / 集英社
“あの日”から僕らは何か変わったのだろうか──。三つの巨大な湯沸し器が100年間稼働している東京都M市。ガイガー・アプリで放射能を測定するマコトと幽霊が視えるオカルト少女マナ。「視えないもの」が降り注ぐ街で、二人は恋に落ちた!大切なのは除染それとも除霊?西島大介が描くポスト3.11のLOVE&POP開幕!!