9周年の「FGO」で学ぶ清少納言、平安の女流作家が「枕草子」で伝えたかったことは 1000年の時を越えてゲームで示された新解釈をたられば氏が解説 (2/2)

清少納言は「言葉を放って、相手の心に刺さる」アーチャー

──清少納言は、これから新しい作品を書く予定がないという理由から自分を「なぎこ」と呼ぶことを推奨していますよね。「FGO」プレイヤーにとってはすっかりこの呼び名も定着しました。

史実の清少納言とは別の存在として、「なぎこ」という呼び方が広まったのはすごくうれしいし、ありがたいですね。清少納言の本名はわかっていないのですが、江戸時代の注釈書に清原諾子きよはらのなぎこと記されています。これも明確な根拠はないのですが。ただ、諾子の“諾”って、国生みの神である伊弉諾尊イザナギノミコトと同じ漢字なんですね。非常に特殊な名前ですし、後世の創作にしては出来過ぎているなとも思います。清少納言の父親の清原元輔は、学識が深く趣味人で茶目っ気もあった人なので、いかにも付けそうな凝ったネーミングな気もします。個人的にはそうであってほしいし、当時から「なぎこ」と呼ばれていてほしいです。

──クラスはアーチャーですが、たらればさんはどう解釈されましたか。

アーチャーというクラス、なんでだろうと考えてみたんですが、清少納言には「言葉を放って、相手の心に刺さる」というイメージが、確かにあるなあと思いました。あと、深読みしすぎかもしれないんですけど、平安期には吉兆を占ったり厄除けのために放つ“梓弓”という神事がありまして。「万葉集」や「古今和歌集」では「春≒張る」の枕詞になっているんですが、それにちなんでアーチャーというのもありえるのかなと。

清少納言(アーチャー)の宝具「枕草子・春曙抄(エモーショナルエンジン・フルドライブ)」

清少納言(アーチャー)の宝具「枕草子・春曙抄(エモーショナルエンジン・フルドライブ)」

──素敵な解釈です。システム面で言うと、清少納言の宝具が紫式部に対して特攻を持っている(※)のも面白いですよね。

※清少納言の宝具は“人”“中立”属性に対して威力がアップし、紫式部は“人”“中立”属性を持っている。

完全に狙ったんだろうなと思いました(笑)。スキルの構成も、原則として紫式部は敵パーティへのデバフと自パーティへの防御強化、清少納言は自パーティへのバフと自分への回避付与、というあたりも、2人の性格を反映している気がしています。ゲーム内での清少納言と紫式部の関係性もすばらしいですよね。史実での2人はほぼ同時期に平安京に存在しながらも、直接会ったという明確な記録は残っていません。第2部第5.5章「地獄界曼荼羅 平安京 轟雷一閃」ではその文脈が活かされていて、2人は特異点でも対面しない。それが、長年の歴史研究に対する敬意を感じてうれしかったです。

──第2部第5.5章では行き場を失ったマスターたちを、顔も知らない紫式部の家に案内しちゃうんですよね(笑)。そういえばその際も、紫式部には会わずに去って行きました。

そのときに「『草の庵』がよろしく云ってた、って伝えておいてよ」と紫式部への伝言を頼むのですが、「枕草子」の「頭の中将のすずろなる空言」という章段のオマージュとして読み解くと「華やかな場所で華やかな時を過ごす友よ、わたくしは離れて寂しく過ごしているよ(でも詩を詠むくらいには元気だよ)」というメッセージに受け取れます。それを「紫式部なら伝わる」と信じて伝えるところが刺さりましたね。

第2部第5.5章「地獄界曼荼羅 平安京 轟雷一閃」より。清少納言は顔も知らない紫式部の家にマスターたちを案内し、紫式部とは対面せず伝言だけを残す。

第2部第5.5章「地獄界曼荼羅 平安京 轟雷一閃」より。清少納言は顔も知らない紫式部の家にマスターたちを案内し、紫式部とは対面せず伝言だけを残す。

──セリフ一言でそこまで……! まったく気づかずに読み進めていました。

プレイヤーでこれに気づいた人は日本に100人くらいしかいないんじゃないかっていう。勝手に「私宛のすごいパスが飛んできたな」と思ってうれしかったですね。腕まくりして興奮しながらSNSに背景を呟きました。あのストーリーを書いた人は本当に魔術的です。第2部第5.5章は自分の中で殿堂入り級に好きなストーリーになりました。

──今のお話を伺うと、お互いを意識しつつも平安京で対面することがなかった2人が、召喚されてカルデアで出会うことの感動もひとしおです。

パリピギャルの清少納言と、大人しくて恥ずかしがり屋な地下図書館司書の紫式部。「FGO」のサーヴァントとして2人が出会うと、こんなやり取りが生まれるんだと思いながら楽しんでいます。お互いにリスペクトがありつつも、生前の複雑な感情を抱え続けた2人の会話が見られるのは眼福ですね。今後も積極的に絡んでいただきたい。

──カルデアで清少納言とよく絡んでいる……というか絡まれている人物ですと、蘆屋道満も思い浮かびます。

“蘆屋道満(道摩法師)”というのは、実在したかどうかわからない謎多き人物です。平安時代の陰陽師は、安倍晴明を代表とする国家公務員のような立場と、それ以外にお寺などに所属している法師陰陽師とで、属性が分かれていました。この構図から着想を得て、江戸時代の創作物に晴明の敵役として道満が登場したことから一躍有名になったんですが、法師陰陽師の資料というのはとても少なかったんです。どんな服を着て、普段何をしていたのかもわからない中、「枕草子」がその姿を伝える貴重な資料のひとつとなっています。法師陰陽師が儀式の際に紙冠を着けていたとか、童を連れていたとか、河原で祈祷していたとか、いろいろと情報が書かれています。

──「Fate」の世界では、サーヴァントは歴史や伝承から構成された存在なので、清少納言は道満という存在のある意味生みの親というか、根底に関わっていることになりますね。

はい。「枕草子」と清少納言が、蘆屋道満という存在の、“川”の最初の1滴になっていると思うと、あんなに強そうな道満が清少納言に頭が上がらないのも納得いきますよね。道満が清少納言にミカンの皮の汁で目つぶし攻撃を受けたりする姿が微笑ましく感じられます。

期間限定イベント「アークティック・サマーワールド! ~カルデア真夏の魔園観光~」より。清少納言に対して困惑する蘆屋道満の姿は、ゲーム内でたびたび描かれる。

期間限定イベント「アークティック・サマーワールド! ~カルデア真夏の魔園観光~」より。清少納言に対して困惑する蘆屋道満の姿は、ゲーム内でたびたび描かれる。

──今後清少納言との絡みをもっと見たいキャラクターはいますか?

前述の通り、定子と同じく“悲劇の后”であるマリー・アントワネットですね。マリー・アントワネット〔オルタ〕が登場したので、ぜひ会話を見てみたいです。あと実装はされていませんが、安倍晴明、藤原道長との絡みも期待しています。「FGO」にはまだ登場していない平安時代の人物もたくさんいますが、小野小町とか、藤原定家とか、面白い人がたくさんいるので、いつか実装されて清少納言と出会ってほしいです。

「FGO」が示した「枕草子」の新解釈

──ここまで史実とゲームを交えてお話を伺って、改めて清少納言の聡明さを感じました。

「FGO」ストーリー上での、さり気ない清少納言の賢さの見せ方がすばらしいと思います。その上で「FGO」の解釈から、わたくしの“清少納言像”が更新された瞬間がありまして……。

──こんなに清少納言のことを学ばれているたらればさんにとっても、新しい視点があったんですか。

そんな……日々更新ですよ……。先ほどもお話しした通り、「枕草子」は中宮定子の鎮魂ために書かれた作品であり、中関白家の栄華を記したものなので、わたくしはこれを“過去を祝福する作品”だと思っていました。でも2020年のバレンタインのイベントでは、「枕草子」は“未来に開かれている作品”だとしているんです。

──イベント終盤のシーンですね。確か清少納言が、悲しみで凍りついた自身の心を「枕草子」で描いた華やかな日々の記憶が溶かした、と言っていました。

期間限定イベント「バレンタイン2020 いみじかりしバレンタイン ~紫式部と5人のパリピギャル軍団~」より。

期間限定イベント「バレンタイン2020 いみじかりしバレンタイン ~紫式部と5人のパリピギャル軍団~」より。

清少納言は「枕草子」で、「この世界はすばらしい」「この世は生きるに値する」ということを伝え続けていて、それは1000年後の世界である現代の若者が読んでも同じことが受け取れると思います。それは過去だけじゃなくて、現在だけじゃなくて、未来をも祝福し続けることなんですよね。わたくしはそんなこと考えたことがなくて……。「枕草子」の解釈であんなに感動したことは、専門書を読んでいてもあまりないくらいでした。個人的に最も衝撃を受けたシーンです。

──直後のバトルで清少納言の宝具を見ると、全然見え方が変わってきますよね。

清少納言の宝具が「枕草子・春曙抄エモーショナルエンジン・フルドライブ」という名前だと初めて知ったときは、理解が追いつきませんでした(笑)。でも、キャラクターボイスを担当するファイルーズあいさんの声を聞きながら宝具演出を見たら、「ああ、もうこれは、確かにエモーショナルなエンジンがフルドライブだ。何も足すことはなく、何も引けない、完璧なフレーズだ」と思いました。

清少納言(アーチャー)の宝具「枕草子・春曙抄(エモーショナルエンジン・フルドライブ)」

清少納言(アーチャー)の宝具「枕草子・春曙抄(エモーショナルエンジン・フルドライブ)」

──先ほど「現代の若者が読んでも」とおっしゃっていましたが、「枕草子」には現代人でも共感できるというか、今の時代に合っているようなエピソードが書かれていますよね。

その通りだと思います。そのうえで、古典文学というのは、“書かれた当時”と“今の時代”を点と点で結ぶというよりは、“線”なのだとも思います。いつの時代にも「今の時代と合ってる」と解釈されてきたんだろうなと。鎌倉時代は鎌倉時代なりに、江戸時代は江戸時代なりに、「この作品はすばらしい、現代的である。この作品が古くなって色褪せないように、次の時代に残そう」とバトンがつながれて、現代まで「枕草子」が伝えられていったのだと思います。

──確かにそうかもしれません。

だからこそわたくしは、「FGO」という現代的な作品で清少納言と「枕草子」が取り上げられたことがすごくうれしいんです。ものすごく“今”が詰め込まれた「FGO」という作品で、いろんな人に清少納言を知ってもらい、楽しんでもらう。そして解釈が広がっていき、作品の世界がどんどん広がっていく……。これがまさに今「枕草子」を読む意味だし、清少納言を知る意義だろうと思います。「FGO」が令和の時代に清少納言を独自の解釈で描いたというのは、1000年続いた「枕草子」の歴史の1ページに強力なしおりが挟まった感じがしてとても喜ばしく思っています。

紫式部&清少納言とともに歩んだ旅路

──たらればさんが紫式部をきっかけに「FGO」を始めたように、サーヴァントの実装をきっかけにプレイを始める方がいるかもしれませんね。

わたくしは2019年に「FGO」を始めたとき、終わってしまった期間限定イベントなどの存在を知って「ああ……自分は、たとえ今後どんなに楽しんだとしても、このゲームのローンチ直後の2015年から始めた人たちの体験には及ばないんだ……」と愕然としたんです。最初はそれが悲しかったんですけど、その一方で、わたくしはオケアノスやロンドンを紫式部とともに巡ってきました。そして清少納言が実装されてからは、紫式部や清少納言と一緒に旅路を歩んで世界を救っている。その体験は自分だけのものだと思っています。

──サーヴァントの実装がきっかけでプレイしはじめた人は、そのサーヴァントが「ずっと一緒に旅をしてきた相棒」になるかもしれませんね。

はい。あと、ローンチから遊んでいないわたくしとしては、第1部終章「終局特異点 冠位時間神殿 ソロモン」のクライマックスで、援軍として続々と登場するサーヴァントたちの中に、「だ……だれ?」という期間限定イベントで登場した知らないサーヴァントもけっこういたんです。ただ、そのサーヴァントたちはフレンドからお借りしたサポートサーヴァントというかたちで共闘したことがありました。そのときに、「ああ、自分は自分ひとりの力だけでなく、多くの見知らぬ誰かの力を借りてここに立っているんだ。自分だけでは決して辿り着けなかったんだ」ということをストーリー上で気づかされましたね。

──すばらしい解釈です。ものすごく「FGO」を楽しんでますね。

今から始める人も、ローンチからずうっと遊んできた方とは違った面白みがあるのだと思います。“誰と一緒に旅するか”で、感じ方が変わり、受け止め方が変わり、旅の内容が大きく変わって、気づくと自分だけの物語になっている。それって“人生”と同じですよね。今さらと思わず、皆さんそれぞれの好きなサーヴァントと一緒に世界を救う旅に出てみるのもいいと思います。

プロフィール

たられば

古典文学をはじめ、さまざまな情報をSNSで発信する編集者。自称「大型犬と平安朝文学を愛するオタク」で、最推しは清少納言と「枕草子」。「FGO」のプレイヤーであり、マスターレベルは2024年7月末時点で170に到達している。「FGO」平安朝関連サーヴァントの解説もたびたびSNSで発信しており、平安朝関連以外のサーヴァントではオベロンとマーリンが好き。

「FGO」9周年記念アニメPV

「FGO」9周年に合わせて公開されたアニメPV。日本、北米、中国の3バージョンが制作された。

「Fate/Grand Order Explore Movie 2024 “nippon memoir”」

アニメーション制作:ラウズアクト

「Fate/Grand Order Explore Movie 2024 “WANTED!”」

アニメーション制作:シャフト

「Fate/Grand Order Explore Movie 2024 “Food & Adventure”」

アニメーション制作:HANABARA Animation