9周年の「FGO」で学ぶ清少納言、平安の女流作家が「枕草子」で伝えたかったことは 1000年の時を越えてゲームで示された新解釈をたられば氏が解説

スマートフォン向けゲーム「Fate/Grand Order(以下、「FGO」)」が、7月30日に9周年を迎えた。同作では人類の未来が失われた世界で、プレイヤーは主人公となり“マスター”として、伝説上の英雄などを召喚した“サーヴァント”と契約。ともに人類存続のための戦いに挑んでいく。人類滅亡の原因となる歴史上の7つの特異点を修正する第1部が2016年に完結。第1.5部の公開を経て、これまでの人類史とは異なる歴史を歩み繁栄した異聞帯ロストベルトを巡る第2部が現在展開されている。400騎以上登場する個性的なサーヴァントのキャラクターデザインには、羽海野チカや田島昭宇といったマンガ家も参加している。

コミックナタリーでは9周年を記念した特集を展開。「FGO」のファンであり、「FGO」にも登場する歴史人物・清少納言を敬愛し多くの知識を有する編集者・たられば氏にインタビューを実施した。「FGO」のサーヴァントとして登場する清少納言は、アニメーション制作も手がけるイラストレーター・Mika Pikazoがデザインを担当。キャラクターボイスはファイルーズあいが務め、パリピギャルという斬新な設定で登場する。清少納言ファンであるたられば氏ならではの視点で清少納言をたっぷりと解説し、その魅力を語ってもらった。

取材・文 / 伊藤舞衣

舞台となる世界×サーヴァントたちが起こす化学反応

──清少納言をはじめとした古典文学の話題などをXに投稿しているたらればさんですが、ご自身ついては“編集者”という情報だけ公開されていますね。古典文学に関するお仕事をされているのでしょうか?

いえ、仕事で古典文学と関わることはまったくありません。大学は文学部出身ですが、専攻は近代文学でした。純粋に“清少納言のファン”として本などから得た情報を、「これすごく楽しいですよね!」と発信し続けてきて、今がある……という状況です。本日もこうしてインタビューをお受けしていて、なんだか不思議な気分です。好きなものを好きだと言い続けることの大切さを噛み締めています。

──とはいえ、豊富な知識をお持ちなので、どんなお話が飛び出すか楽しみです。たらればさんは「FGO」プレイヤーでもありますが、いつ頃から遊び始めたのでしょうか?

2019年のバレンタインのイベントで、紫式部の実装が発表された際に「へえ……話題のソーシャルゲームで紫式部……ですか。ちょっとやってみるか」というテンションで始めて、どハマりしました。すばらしい出会いでしたね。

紫式部は、2019年開催の期間限定イベント「バレンタイン2019 ボイス&レター・これくしょん!~紫式部と7つの呪本~」で実装された。

紫式部は、2019年開催の期間限定イベント「バレンタイン2019 ボイス&レター・これくしょん!~紫式部と7つの呪本~」で実装された。

──普段からスマートフォン向けのゲームはプレイされるんですか?

「FGO」しかやっていません。TYPE-MOONさんのコンテンツにもほとんど触れたことがなくて。でも「FGO」は最初から難しくは感じませんでしたし、世界観は理解できました。始めてすぐに、サーヴァントを召喚して戦うという“聖杯戦争の仕組み”は、エンタテインメントとしてすばらしい発明だと感じました。

──聖杯戦争の仕組み、ですか。

「Fate/stay night」で発明された聖杯戦争の面白さは、舞台となる世界と、それぞれ歴史や事情を持ったサーヴァントたちが交わって化学反応が起こるところにあると思います。舞台とキャラクター、キャラクターとキャラクターの掛け算。そしてさまざまな世界に移動する「FGO」での“レイシフト”という技術の導入によって、舞台とサーヴァントとなり得る人物の数は無限大です。こうした仕組みの上にある「FGO」の世界の広がりは計り知れないですよ。「FGO」最大の魅力はこうした“仕組み”の土台作りと、それを最大限に利用した舞台や人物造詣の深さだと感じています。

──サーヴァントがたくさん登場するだけでなく、それぞれのキャラクター設定や物語の舞台設定も考え抜かれていますからね。

そうなんです。シナリオライターさんの知識が深くて、キャラクターごとにとてつもない掘り下げがされていますよね。最初、わたくしはその“意図”をなるべく多く汲み取りたくて、第2部第4章「Lostbelt No.4 創世滅亡輪廻 ユガ・クシェートラ 黒き最後の神」くらいまでは、それぞれの舞台で登場するサーヴァントの関連書籍を読み込んでいました。1章進めるごとに10冊くらいずつ買って読んでいたんです。

──それはすごい労力ですね……!

それが、第2部で中国やインドが舞台になったあたりから、あまりに元ネタの海が広すぎて、これはさすがに無理だ……となって、今は自分がわかる範囲を全力で楽しむスタイルになりました(笑)。「FGO」というドアを開けたら、その先にまたたくさんのドアがあるような感覚で、「広すぎる!」と驚愕しましたね。

──わかります。サーヴァント同士の出会いで、興味深かった組み合わせはありましたか?

平安時代のサーヴァントのかけ合いはもちろん全部大好きなのですが、例えば……そうですね、第1部第1章「第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン」でのジャンヌ・ダルクとマリー・アントワネットの出会いは熱かったです。最初期でしたが、これが「FGO」にハマったきっかけのひとつになりました。

第1部第1章「第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン」より。特異点となった西暦1431年のオルレアンで、ジャンヌ・ダルクとマリー・アントワネットが出会う。

第1部第1章「第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン」より。特異点となった西暦1431年のオルレアンで、ジャンヌ・ダルクとマリー・アントワネットが出会う。

──2人ともフランスのサーヴァントですね。

はい。どちらも一時期フランスという国を代表する存在でありながら、どちらも“フランス”そのもののような存在に殉じて亡くなっています。この2人は時代もかけ離れていて、勉強してきた歴史の知識だけでは一見共通点がないようにも思えるんですが、同じ舞台に召喚されて、やりとりがあることで、つながる線が見えてくる。それを第1章でまざまざと感じて「FGO」に感動したことをよく覚えています。

「枕草子」は“敗者の物語”

──清少納言といえば「枕草子」の作者であり、一条天皇の后である藤原定子ふじわらのていしの女房というのが一般的な知識かと思います。「枕草子」はエッセイのような作品と認識していますが、すごいと思われるポイントはどこでしょう。

「枕草子」は日本文学史の流れの中で、かなり特殊な存在です。直近前後に類似した作品が見当たりません。“三大随筆”と呼ばれて同じカテゴリーに括られる「方丈記」は200年後、「徒然草」はさらにそこから100年後の、世を儚む僧侶が書いた作品です。「枕草子」はさまざまな事情が絡み合う宮中で、エッセイのような作品として書かれ、10万字くらいの文章としてまとまって平安中期の宮中の文化を彩り豊かに現代へ残しているわけです。そして、形態が特殊なだけでなく、内容も面白いという。さらに個人的に一番重要なのは、「枕草子」が“敗者の物語”であることです。

──敗者、ですか。

“中関白家”と呼ばれる中宮・定子の家系は、藤原道長との政争に敗れ衰退していきます。定子も宮中で居場所を失っていき、最期は出産が原因で若くして亡くなってしまうんですよね。栄華を極めた関白家が、急転直下で没落する無常感に、「この世がこんなに儚くていいのか」という空気が当時の貴族の中で漂っていたと言われています。「枕草子」はそんな定子のための、鎮魂の物語であったと言われています。

期間限定イベント「バレンタイン2020 いみじかりしバレンタイン ~紫式部と5人のパリピギャル軍団~」より。

期間限定イベント「バレンタイン2020 いみじかりしバレンタイン ~紫式部と5人のパリピギャル軍団~」より。

──表面的には華やかな暮らしの様子を綴った、陽キャな平安貴族の作品に見えますよね。

その通りなんですが、当時の政治状況や歴史を調べると「枕草子」は大変な悲劇の中で書かれた文明の記録であるということがわかる。わたくしが清少納言を好きになったのは、平安文学研究者の山本淳子先生が書かれた「源氏物語の時代」を読んだことがきっかけです。この本に“敗者の物語”であるという解釈が書かれていて、いっぺんに心を撃ち抜かれました。

──「枕草子」を改めて読んでみたくなりますね。

「枕草子」は鎮魂の作品でありながら、読んで元気になるために書かれたものでもあります。「FGO」きっかけで興味を持った人にもぜひ読んでほしいですね。角川ソフィア文庫さんから出ている「新訂 枕草子」はすばらしい出来で、電子版にもなっています。……早口でたくさんお話ししてすみません(笑)。

主を敬愛し、ナイーブな一面も持つ清少納言

──清少納言は最初、真名が伏せられて、“キラキラのアーチャー”という名前で先にイラストが公開されていましたね。

イラストが公開された際、“清少納言である可能性”が胸をよぎりましたが、すぐ頭の中で否定しました。今思い返すと、どこかで「自分の一番好きな歴史上の人物が、大ヒットゲームに登場するなんていう僥倖が訪れるはずが……なくない?」という心理的な抑制だったのではないかと思います。買った宝くじが当たったかもと聞いて信じられない心情のような。

“キラキラのアーチャー”公開時のたられば氏の投稿。清少納言への淡い期待を持ちつつも、石川五右衛門であると予想を立てている。

──ははは(笑)。では“キラキラのアーチャー”が清少納言だと発表された際は驚かれたでしょうね。

仕事の休憩中にXを見たら、「たらればさん、今すぐ『FGO』を見て」というリプライがたくさん来ていて。それで「……え?」と思って「FGO」を開いて、新登場サーヴァントが清少納言だと知ったときは、椅子から落ちるくらい驚きました。

──清少納言だと理解したうえで、改めてキャラクターデザインをご覧になっていかがでしたか。

無時代感のあるデザインに驚いた、というのが正直なところです。わたくしはこれまで清少納言の関連書籍を何十冊、何百冊と読んできて、自分の中にはそれなりに“清少納言像”があるわけですが、このときはその“像”に自分の想像力が縛られていたことに気づかされました。

清少納言(アーチャー)。左から第1再臨、第2再臨、第3再臨と育成段階が進むごとにデザインが異なる。

清少納言(アーチャー)。左から第1再臨、第2再臨、第3再臨と育成段階が進むごとにデザインが異なる。

──Mika Pikazoさんはデザインについて、「清少納言だったら、何を選ぶだろう、何を良いと思うだろうというインスピレーションをとにかく考えた」と、資料集「Fate/Grand Order material X」でコメントされています。

細かいパーツもかわいいし、見ていて楽しいです。そのうえで、もっと根本的な人間像、清少納言が持っていたであろう「“かわいい”というのはよいことだ」だとか、「“楽しい”ということがあれば前に進める」という根底の思想をもとに、遊び心いっぱいに描かれていると思います。また、最終再臨のセイントグラフの表情には、彼女が“悲劇”を経たことを感じさせる憂いもありますよね。すばらしいイラストですし、新たな解釈を加えてくださってありがたいなという気持ちで、本当に大好きです。

──「FGO」では清少納言がパリピギャルという設定で登場しますが、清少納言の思想を「FGO」なりに解釈して出力されたものなのかもしれませんね。

そうなんですよ。「FGO」の“なぎこさん”は、明るくて元気で、悲劇に負けない、強くて優しくて賢いキャラクターという設定で、解釈完全一致で非常に気に入っています。あとギャルに関しては、作家の橋本治先生が「桃尻語訳 枕草子」という、1980年代当時の女子高生っぽい口調で「枕草子」を現代語訳している書籍の影響もあるかもしれません。清少納言の女性像というものが時代ごとに解釈されていて、わたくしたちの望む“令和の清少納言”が活写されている。それが“パリピギャル”なんだと思います。

──サーヴァントとしては底抜けに明るい清少納言ですが、実際はどんな人物だったと思われますか?

「枕草子」を読んでいると、ナイーブな一面も見えてきますよ。悪口を言われて凹んで引きこもったり、自分の容姿にコンプレックスを持っていたりして。そして定子のことを本当に尊敬していて大好きなんです。「枕草子」には、清少納言が周囲から陰口を言われた……おそらく「藤原道長のスパイではないか」という心ない噂をたてられたと言われるエピソードが綴られています。そのことで清少納言は傷ついて里下がりするんですが、そのとき定子はクチナシの花と「言はで思ふぞ」と一行だけ書いた手紙を清少納言へ送るんです。

──“クチナシ”と“口無し”がかかってるんですね。

はい。それを「何も言わなくても、あなたの気持ちはわかっていますから、早く帰ってきてね」と読み解いた清少納言が、自身を信頼してくれる定子のもとへ戻る……というエピソードです。そこも「FGO」では、バレンタインの礼装「いとお菓子」で拾っていますね。で、「FGO」はそういうことをゲーム内で説明しないんですよ! 「わかる人にだけわかればいい」くらいにチラ見せする、その温度感がにくい。

バレンタインの期間限定イベントで清少納言(アーチャー)からもらえるチョコレートを描いた概念礼装。「言はで思ふぞ」というメッセージが添えられている。

バレンタインの期間限定イベントで清少納言(アーチャー)からもらえるチョコレートを描いた概念礼装。「言はで思ふぞ」というメッセージが添えられている。

──藤原定子といえば、清少納言の幕間の物語「エモーショナルな私達」では、藤原定子がマリー・アントワネットのシルエットに姿が置き換えられて登場しましたね。

2人には“悲劇の后”という共通点がありますよね。どちらも“体制”のために幼い子を遺して犠牲になった帝妃です。何気なくプレイしていると見逃しがちですが、なるほど確かに境遇が似ているなと。一瞬登場するだけのキャラクターのシルエットが、ほかのサーヴァントの歴史もふまえてここまで考え抜かれていると気づいて、感銘を受けました。

清少納言の幕間の物語「エモーショナルな私達」より。藤原定子はマリー・アントワネットのシルエットで登場している。

清少納言の幕間の物語「エモーショナルな私達」より。藤原定子はマリー・アントワネットのシルエットで登場している。