8周年を迎えたスマートフォン向けゲーム「Fate/Grand Order(以下、『FGO』)」。数多の英雄、偉人とともに人類の未来を取り戻す同作のメインストーリーは、第2部第7章が配信され、現在は最新エピソード「奏章Ⅰ 虚数羅針内界 ペーパームーン」が公開されている。キャラクターデザインには羽海野チカや田島昭宇といったマンガ家も参加。次々と登場する個性的なキャラクターたちは、ゲームのリリースから8年が経過した今も多くの人を魅了し続けている。
ナタリーでは8周年を記念し、「FGO」の特集を展開。コミックナタリーでは8周年に合わせ作られたアニメPV「Memorial Movie 2023」の制作秘話に迫るインタビューを掲載する。Hana Hopeの楽曲「flowers」に乗せて英雄たちが躍動する姿を描き、作品ファンを魅了した映像がいかに作り上げられたのかを、監督を務めたシュウ浩嵩とCloverWorksプロデューサーの福島祐一氏に語ってもらった。
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取材・文 / 伊藤舞衣撮影 / 小川遼
「Memorial Movie 2023」
大切にしているのは日常的に得るインスピレーション
──シュウ監督がアニメの仕事を志したきっかけはなんだったのでしょうか。
シュウ浩嵩 自分は中国の北京電影学院という映画の知識を学ぶ美術大学で、ロシアの移動派(※)に影響を受けた正統派の美術を学んでいました。そんな中、日本のアニメを観て、こんなに楽しくてエンタテインメント性が溢れる映像があるということに感銘を受け、作りたいと考えるようになったんです。自分がアニメーションの道を選んだことについて、シリアスな映画作りを目指す当時のクラスメイトからは珍しく思われているかもしれません。でも今はシリアスな内容もアニメーションという手法で表現することが多くなってきたので、自分のルーツと今の仕事がうまく合致していると思っています。
※移動派…19世紀後半にリアリズム美術運動を行なったグループ。
──影響を受けたアーティストや作品をお聞かせください。
シュウ アニメですと自分が中学生のとき(2004年くらい)に観た「新世紀エヴァンゲリオン」「攻殻機動隊」からはかなりインスピレーションを受けました。映画は大学時代にもたくさん観ましたが、リドリー・スコットの「ブレードランナー」は最初に想像力を掻き立てられた作品でもありますし、クリストファー・ノーランの「インターステラー」も好きな作品です。もしSF的な作品を手がけるとしたら、リドリー・スコットの表現の手法をどうアニメに落とし込むかを考えてみたいですね。
──シュウ監督は「チェンソーマン」第5話エンディングで絵コンテと演出、「BLUE GIANT」ではライブディレクションを担当されるなど、幅広い作風のアニメーションに携わっていますが、普段はどのように情報収集していますか。
シュウ 作品制作の際に、自分なりの調査やインプットをする手法があるのですが、それは大学で自然に身についたもので今でも実践しています。あと、旅行に行ったり、本を読んだり、映画やアニメを観たりするのも好きですね。建築や音楽、文学といった日常的に得るインスピレーションを大切にしていて、そこから作品にアウトプットしています。今回で言うと、チェコの旅行に行った際に見た伝統的なデザインを「Memorial Movie 2023」にも取り入れました。
日本と中国のスタジオが一丸となって挑んだ映像制作
──福島さんはなぜ「Memorial Movie 2023」の制作をシュウ監督にオファーしたのでしょうか。
福島祐一 「Memorial Movie 2023」の企画以前に、シュウさんと一緒に映像制作をしたいと思っていて、そのタイミングでアニプレックスさんから8周年のお話をいただきまして。面白い試みになると思い、シュウさんにお声がけさせていただきました。
──福島さんは作品のディレクション的な部分でご意見を出されることはありますか?
福島 TVシリーズや映画は本数や尺で物語の構成も変わりますし、制作体制などと直結しますので僕から意見を出させていただくこともありますが、今回のような音楽に合わせた映像作りでは監督の中に明確なアイデアや構成のイメージもありましたので。シュウさんが「FGO」やキャラクターのバックボーンを勉強されていて、描きたいものをプレゼンしていただいたこともあり、あまり指示出しのようなことはしていません。もちろん相談や意見の交換はしましたが、僕はシュウさんが作ってくれた絵コンテや構成が一番いい形で映像化できるよう、制作体制の構築やスケジュールの調整をしていました。
──制作途中の映像には、日本語と中国語が入り乱れるように指示が記載されていました。どのような制作体制だったのでしょうか?
福島 シュウさんの作品を最大化するため、シュウさんが制作しやすい環境をベースに体制を構築しました。シュウさんには監督として絵コンテ演出を主に担当していただいています。今回はシュウさんとのお仕事に慣れている中国の協力会社・大火鳥文化さんというスタジオに加わってもらいました。CloverWorksは作画監督など作画面を主に担当しつつ、背景なども部分的に請け負っています。肝になるシーンを判断してこれまでお仕事したアニメーターさんに依頼もしましたし、シュウさんと相談して海外のアニメーターの方々にもオファーさせていただきました。
シュウ けっこうグローバルな制作体制なんですよね。修正の指示を書き込むのは、誰が見るかを考えて書かなければならず本当に大変でした。スケジュールが逼迫しているときは日本語と中国語両方を書いたりもしましたね(笑)。国の違う2つのアニメスタジオの共同制作で体制が問われる中、自分が中間に立ち一丸となって制作を進めることができて、本当によかったなと思います。
テーマは“原点に返る”
──制作途中の映像を拝見しました。FGOは周年に何度かアニメPVを制作していますが「Memorial Movie 2023」はこれまでの映像と異なり、強いメッセージ性と監督の作家性が表現されていたように感じました。どんなコンセプトやテーマで制作しましたか。
シュウ “原点に返る”ということをテーマにしています。このテーマはアニプレックスさんとの最初の打ち合わせでいただいたもので、当時は文字上のぼんやりしたイメージだったので、それをいかに映像で表現するかを自分なりに考えました。比較的初期に実装されたサーヴァントを描いたことや、時間の逆戻りという演出で“原点に返る”ということを表現しています。映像を観たプレイヤーには、最初に「FGO」に触れた理由や、「FGO」を始めた頃の感動を思い出してもらえればと思っています。
福島 「Fate」シリーズの映像には、偉人がサーヴァントとしてマスターと出会った後を映し出すものが多い中で、「Memorial Movie 2023」では偉人が活躍した最盛期と、いなくなったその後、そしてサーヴァントとしてプレイヤーと出会うまでの間の物語を描写しました。偉人だけでなく名もない兵士も登場していることで、ゲームを題材にした映像なんですけど、キャラクターが僕らの身近な、本当に過去に存在したもののように感じられると思います。破壊される家を見つめるマーリンなど、ありそうですがこれまであまり描かれていない部分を見せることで映像としての説得力が増して、これまでと違った角度の「FGO」の映像になっているのではないでしょうか。
──「Memorial Movie 2023」では、マシュ・キリエライトに加え、アルトリア・ペンドラゴンも多く登場します。なぜアルトリアにフォーカスされたのでしょうか。
シュウ アルトリアは「Fate」の象徴的な存在です。“原点に返る”というテーマで「FGO」を表現していくうえで、アルトリアを軸としたシーンができあがっていきました。そして、マシュも今や「Fate」を代表するヒロインです。「Memorial Movie 2023」では、マシュを今の主人公、アルトリアを過去の主人公として描いています。マシュの中に存在する英霊はアルトリアとも関係性があり、それはすごく奇妙な縁だと思うんです。そのリンク性を映像で表現したいと思い、アルトリアは過去の偉人、マシュはその意思をつなぐ存在という位置づけをしています。
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一瞬のシーンに詰め込まれたこだわり