池澤真と津留崎優のマンガを原作とするTVアニメ「異世界美少女受肉おじさんと」が現在放送中。同作は平凡なサラリーマン生活を送っていた男性・橘日向と神宮寺司が、魔王を倒す勇者として異世界に転移させられ、橘は女神の小粋な計らいによって、精神は男性のまま美少女の姿になってしまうことから始まる。突如異世界に連れてこられた2人は女神に文句を付け、怒った彼女に“是が非でもこの世を救いたくなる呪い”をかけられた結果、お互いを意識し始めてしまう。長年の心地よい友人関係を守るため、それぞれ相手のことを好きになってしまう前に、魔王を倒すことを決意する2人。しかし理性とは裏腹に、2人の胸はふとした瞬間に高鳴り……。
コミックナタリーでは、クライマックスを迎えているアニメの魅力を深掘りする特集を展開。おっさんと元おっさん美少女による、“絶対に惚れてはいけない”異世界ラブコメディを謳う「異世界美少女受肉おじさんと」の複合的な見どころを紹介するコラムや、“バーチャル美少女受肉系Vtuber”として人気を博す兎鞠まり、魔王マグロナ、ふぇありすからの推薦コメントも掲載している。
異世界あるある、混沌ギャグ、そしてBL……?
エンタメ要素盛りだくさんの“闇鍋アニメ”
「異世界美少女受肉おじさん」の魅力とは
文 / 青柳美帆子
バ美肉ならぬファ美肉
「バ美肉」という言葉がある。「バーチャル美少女受肉」の略で、主に男性がバーチャルの世界において女性の3Dモデルアバターの姿を得て活動することを指す。言葉が生まれたのはVTuberが活動を開始した2017年頃だが、VRChatなどが普及してきた2022年現在ではより一般的になっている。
そんな「バ美肉」を異世界転移ものに持ってきたのが「異世界(ファンタジー)美少女受肉おじさんと」という作品だ。公式の略称は「ファ美肉」!
32歳の平凡なサラリーマン・橘日向はベロベロに酔っ払った合コン帰り、異世界の女神に魔王討伐の勇者として召喚されてしまう。女神は召喚の引き換えとして橘の望みを1つ叶えた──「女子になりたい」「できれば少し幼くてでもキリっとしてて ふわふわ金髪低身長の子がいいなあ」。
酔っぱらいの戯言が反映されてしまったファ美肉おじさん爆誕の瞬間である。それだけではなかった。異世界にやってきたのは橘1人ではなく、召喚時にそばにいた幼なじみにして親友の神宮寺司も一緒。神宮寺はなんでもできるモテ男だが、モテまくったゆえに女性に興味がなく、橘の世話をあれこれと焼いている。属性を並べると「スパダリ」「世話焼き」「真面目」「執着」「幼なじみ」「親友」といったものになるだろうか。
神宮寺は美少女と化した橘を見て……なんと、ときめいてしまう! 美少女となった橘の美貌は、その美しさでみんながメロメロになりすぎるというありえんレベルのものだった。しかも女神の呪いのせいで、2人はお互いに惹かれ合ってしまう。
「俺は決してこいつと男女の関係になりたいわけではない!」と悶える神宮寺。「俺が男を好きになることなんてありえない!」と動揺する橘。美少女になったぐらいで、2人の関係は変わってしまうのか!?
「BLやないかい」「ほなBLと違うかあ」
この作品は1話から「おっさんと元おっさんのラブコメです」と言い切っている(アラサーとしては「32歳っておっさんか!?」と思うところがあるが、この文章では公式の言い方に添いたい)。
本作は普段「おじさん×おじさん」を見ていない層の脳をきっとぐわんぐわん揺らしているだろうが、「おじさん×おじさん」を見慣れている身としても動揺に近い気持ちが生まれる。
「バ美肉」という概念が生まれる前から、ある日突然異性に性転換してしまうという作品ジャンルは存在しており、「女体化・男体化」「TS(トランスセクシャル) / TSF(トランスセクシャルフィクション)」などの名称で呼ばれている。
二次創作のカルチャーでも、原作では男性同士のキャラクターを片方女性化し、カップリング創作を行うことがある。これは一般的には「女体化BL」と呼ばれ、BLの1カテゴリとして扱われることが多い。元となっているキャラクターが男性であるから、BLとして扱うという考え方だ。
一方オリジナル作品で、「女体化・TS」を話のメインに据えていると、話はだいぶ複雑になってくるというか、「※諸説あります」の世界になっていく。作者がどう受け取ってほしいと考えているか、どのレーベルで連載しているかによって、「同性同士の恋愛もの」とみなすか「男女の恋愛もの」とみなすか分かれていく。
ここまでを前提に「ファ美肉」を考えると、「思いも寄らないところから飛んできた、めっちゃいいコースの球」という印象だ。1話の冒頭は、異世界に転移する前の2人の会話から始まる。何かと橘の世話を焼く神宮寺。そんな神宮寺にまんざらでもない思いを抱きつつ、(自分が好きになった女の子はみんな神宮寺を好きになってしまうので)早く結婚相手を見つけてほしいと思う橘。酔い潰れた橘に、神宮寺は心を許したひと言をそっと告げる……。
もうこの時点で私のBLセンサーは「はーん、サラリーマン無自覚両片思いBLだな?」とピンとくるのだが、そこからあれよあれよと異世界に転移し橘は美少女になってしまう。そんな美少女橘に神宮寺は顔を赤らめて「かわいい」と漏らす。と思えば、エピソードの都度都度、2人の思い出話が挟まれてきて、「なぜ神宮寺は橘に特別な感情を抱いているのか」の理解がどんどん深まっていく。
この例えが伝わるかわからないが、脳内で芸人のミルクボーイが「BLやないかい」「ほなBLと違うかあ」と反復横跳びするような視聴感なのだ。女性向けエンタメにどっぷりハマっている身として、「おう……!」とうなり声が出たのが第3話。謎の触手の魔の手から助けられた橘は、「性別って肉体と精神どっちに宿ると思う?」とこぼす。こんな直球のセリフ、なかなか遭遇できない。ジャンル越境的な作品だからこそ出てくるやつだ。
異世界転移がなくてもいずれ2人は惹かれ合っていたかも。異世界転移のおかげでストッパーが外れているのかも。この「かも」に、視聴者も橘も神宮寺も揺れている。
疲れた社会人を癒す闇鍋パワー
原作の連載スタートは2019年。当時はバ美肉もまだまだメジャーではなかったし、そこに「おっさん×元おっさんラブコメ」というこれもまたメジャーではない要素を掛け算するという、かなりニッチなところを突き刺している。とはいえ、原作もアニメも、ニッチな印象はない。2022年になって「バ美肉」そのものがなじみのあるものになったのはまず大きい。そこに「異世界あるある」をふんだんに詰め込んで、そこからすべてをちょっとずらしているのだが、その雑多な感じが一周回って収まりがいい感じになっている。いわゆる中二病っぽい勇者、喧嘩っ早いエルフ、やたら色気のある怪しげな男、一見ファンシーだが形が変わればグロいモンスターなど、異世界あるあるボケからのツッコミがスピーディー。
橘を演じるM・A・Oの演技は、「中身は32歳のおっさん」というのを前面に出しているため、金髪美少女の外見から甘くなりすぎずバランスがいい。神宮寺を演じる日野聡による、「橘よ、しょうがないやつだな……」と甘やかしているときの声の余韻にぐっとくる。
しかもテーマソングも豪華。オープニング「暁のサラリーマン」は福山芳樹×福山恭子書き下ろしで往年のロボットアニメ的アツさ、エンディング「“FA”NTASYと!」は女性アイドルグループLuce Twinkle Winkによるものでとにかくかわいい。
今日も一日仕事で疲れたな……という夜にぼーっと見たいアニメなのだ。たぶん異世界転移前の橘は「今期はファ美肉に意外に癒されててさあ……」と語っていたと思う。現在放送中のアニメは、シリーズとしてはクライマックスを迎えるタイミング。追いかけてから観てもいいし、なんだったら最新話からいきなり観てそこからさかのぼっても大丈夫。「このかわいい金髪美少女は元おっさん」ということを踏まえて、混沌ギャグの世界に突入してほしい。