「メタモルフォーゼの縁側」×「凪のお暇」|「このマンガがすごい!2019」上位に揃ってランクイン つるちゃん、ミサトちゃんの「やったな俺ら!」対談

こんな生きづらい思いを描いた作品に、みんなが共感するとは

──「凪のお暇」で鶴谷さんが好きなシーンも伺えますか?

凪のアパートの隣室に住む女子小学生・うららのお母さんが工事現場で働くシーン。

鶴谷 いっぱいあるんですけど一番は、凪の隣の部屋に住んでる女子小学生・うららちゃんのお母さんが工事現場で働いているところ。お話自体もいいんですけど、絵としてすごくいいなと思って。ミサトちゃんの絵って線はシンプルだけど、ちゃんとこってりしてるというか。字とかも隙間なくかわいく詰め込まれているのに、すごい抜け感があって、こんなふうに景色を描くことができるんだ!と思った。

コナリ そのページは、トミカを買ってティッシュの箱と並べて置いて、それを見ながら描きました。クレーン車をあんな引きで資料用に撮ることができなかったので。

街中でクレーンを見つけ、うららのお母さんを思い出す凪。景色を通して人の存在を感じる味わい深いシーンだ。

鶴谷 どうやって描いてるんだろうって思ったけど、トミカとティッシュだったんだね。なるほど。この工事現場の話のあと何回もマンガの中でクレーンが出て来るんですけど、それを見るたび「ああ、ここであのお母さんが働いてるんだ」と思える。そういう、人ありきで景色を眺めるみたいなシーンが私は大好きですね。それにミサトちゃんは、サービス精神がすごいと思う。

コナリ ホントに? そんなこと初めて言われたよ。

鶴谷 人と人の気持ちが通うシーンは読んでて気持ちがいいし、お得情報みたいな小ネタも仕込むし、なにより登場人物が多いじゃないですか。あっちとこっちで分かれてた人が繋がっていって、凪を巡ってライバル関係にある慎二とゴンがなぜか仲良く一緒にゲームをやってる!みたいなことも起きるし。主人公の視点だけじゃなく、人と人の関係性を組み合わせで見られるのとか、「本当の社会がマンガの中にもある」って感じがして、読んでて満足感がすごいあります。

コナリ ……。

──コナリさん?

コナリ ……やばい。褒められて、気持ちよくなってきた。

鶴谷 大丈夫?(笑) 主人公の凪ちゃんが失敗を反省して、「こうなのかも、じゃあ次はこうしよう」ってアップデートしていくのもわかるというか。ちょっとよくなるように、ちょっとよくなるようにって一生懸命やってる姿は、自分もこういうふうにできたらって思います。

──「凪のお暇」は、読者からの共感の声も多いみたいですね。

コナリ 共感する人がたくさんいるっていうのが、けっこうびっくりしました。こんなに生きづらい思いを描いた作品に、社会で適応してしっかりと生きてそうな人たちが共感してくれるなんて。

鶴谷 人の煩悩みたいなところに目を向けるのってしんどいから、私は割とマンガに自分の理想を描いちゃうんです。でもミサトちゃんはそこをフラットに見ていて、人の成長をちゃんと描けているから共感できるんじゃないかな。凪ちゃんだけじゃなくて、登場人物がみんな自分のダメなところと向き合っていくじゃないですか。ゴンも魔性の男みたいな感じで現れるけど、その実「なんでみんな、俺の周りからいなくなっちゃうのかなー」って思ってて。

ゴンと関係を持った女性はみんな心を病み、最終的には「あなたといると私はダメになる」と去って行ってしまう。他人からはわからないが、そのことにゴン自身は寂しさを感じている。

コナリ ゴンはね、描いててどんどん楽しくなってきた。今はとにかく、ゴンみたいな男にハマっていた女の子たちとお酒を飲みながら「あいつ、なくない?」みたいな話をしたい。でも酔っ払って「LINE送っちゃうー?」とか言って、みんなまだほんのりそいつのことが好きなんですよ。それで誰が一番早く返信が来るか、みたいなことをゲラゲラ笑いながらする、みたいなのがしたい。「既読つかなーい!」とか言ってモヤモヤもしつつ飲み明かしたい。

鶴谷 楽しそう(笑)。

──描いてるコナリさん本人も、キャラクターに共感しているのでしょうか。ゴンとか、女性から見て地雷でしかないと思いますが。

コナリ 共感というよりは、ゴンみたいな人がこういうことを考えていたとしたら救いがあるな、という気持ちですよね。ゴンのような人間が、自分の欠落している感情について寂しいと思っていたとしたら、クズな男の人にハマってしまったあの日の自分たちを許せるのではないでしょうか、みたいな……。

「ヤバい」「わかる」「わかる?」「ごめん。わかってなかった」

──おふたりがお互いの作品について語り合ったように、「メタモルフォーゼの縁側」ではうららと雪さんがマンガの話で盛り上がっていて、好きなものについて語り合う楽しさが詰まった作品だと感じました。普段からこういったお話は、お友達とされますか?

鶴谷 私はめっちゃします。

コナリ 仕事中に友達とスカイプとかするけど、マンガの深い話はそんなしないかなあ。全部がブーメランになって自分に返ってくるから。「『SLAM DUNK』の誰が好き?」みたいな話は大好きだけど。

鶴谷 自分に返ってくるといえば、実は私「凪のお暇」が最初は読めなかったんですよ。ミサトちゃんに1巻をもらったのだけど、面白すぎて。これ絶対に影響を受けちゃうやつだから、読まないでおこうと思って。

「メタモルフォーゼの縁側」に登場するうらら。 「凪のお暇」に登場する女子小学生・うらら。

コナリ その話、私からしてもいい? つるちゃんは「凪のお暇」に出てくるうららと「メタモルフォーゼの縁側」の主人公のうららちゃんが同じ名前なのを気にしてて「私たち今、マンガ感度が似てるのかもしれない」って話をされて。

鶴谷 マンガの「今これがいいぞ」みたいなイマジネーションって空間を飛んでいて、同時にそれを掴んじゃったりすることって、けっこうある気がするんですよね。だから「この人、近いぞ」みたいな人には、意識的に近寄らないようにしてる。

コナリ わかる、わかるよ。だからつるちゃんはわざわざCOMITIAの会場に「ちょっとミサトちゃんのマンガを(影響受けるのが怖くて)読めてないんだよね」って言いに来てくれたんです。

──なるほど。

コナリ で、私はその前につるちゃんに「メタモルフォーゼの縁側」めっちゃ面白い! 読んでるよ!って言ってたんだけど、実は最新話までは追えてなかったんです。私もつるちゃんが言ってるのと同じことを感じていて、すごい影響されるだろうし、面白すぎて歯ぎしりして爪を噛んでしまうんじゃないか、みたいな気持ちがあった。でも私はそれを言わなかったのに、つるちゃんはすごい正直に言ってくれて、なんて誠実な人なんだろうって、もう好感度が爆上がり! 私の悪いところは、こういうとこだなって思い知った。つるちゃんのマンガには、その誠実さが現れているんですよ。そのとき好感度が爆上がりしたのもあって、ちょっと避けてた「メタモルフォーゼの縁側」をすぐ全部読んじゃった。もう本当にすごいマンガ。このマンガがすごい!ですよ。

「メタモルフォーゼの縁側」2巻。

鶴谷 私も我慢できなくて、結局COMITIAのあとに「凪のお暇」は読んじゃった。そんなことを気にして、面白いマンガとの出会いを退けてしまうほうがもったいないですよね。

コナリ あと、読んでみたらそんなに似てない(笑)。

鶴谷 それ! 要素が近かっただけで、別に内容は似てなかった。全然。

──影響を受けるのが怖いということですが、流行りのマンガはチェックしておこうという気持ちはないんでしょうか。

コナリ 私は最近ジャンプコミックスをすごい読んでて。「鬼滅の刃」(吾峠呼世晴)とか。主人公の炭治郎は思慮深くて、首の筋がエロくていいんですよ。

鶴谷 「鬼滅」、私も読んでる! ジャンプやっぱ面白いわーってなる。

コナリ ねっ、「鬼滅」ヤバくない!?

鶴谷 わかる。ヤバい。ジャンプだと「鬼滅」と「チェンソーマン」(藤本タツキ)もヤバい。「チェンソーマン」はまだ単行本とか出てないんだけど、最高面白いから読んで。

──「ヤバい」「わかる」で会話が進んじゃうの、“心の友”感がすさまじいですね。いい意味で、オタクの会話という感じが。

学校でオタク話をしているクラスメイトに、羨ましそうな視線を向ける「メタモルフォーゼの縁側」のうらら。

鶴谷 マンガ描いてる人なんて、みんなマンガ大好きだから。読みながら「このシーン、あの人としゃべったらヤベえな」とか考えて、すぐ友達に感想をメールしちゃったりします。

コナリ 人からハマってるものの話を聞くのは楽しいし、もちろん自分がするのも好きです。「ルパパト」(「快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー」)がすごい好きな人とお酒飲みながらスカイプをよくするんですけど、もう本当にどんどんどんどんその子がハマって来てて、話を聞くほうとしても熱いんですよ。初めにオススメしたのは私なんですけど。

鶴谷 ミサトちゃんは人にものをオススメするの上手だよね。

コナリ いやいやいやいや。「すごいの」「エモいの」「エロいの」しか語彙ないですよ。でもとにかく見て!みたいな、熱量だけはあるから。それで相手がズブズブズブズブって沼に落ちていく瞬間をリアルに見るのは、すっごい面白いです。私が勧めたの!みたいな興奮が。

鶴谷 いいなー、私とも作業スカイプしようよ。

コナリ やろう! なんか最近ね……。

鶴谷 わかる!

コナリ わかる!?

──わかるんですか、今のだけで。

鶴谷 「最近作業が進まない」的な話かと思ったんだけど、「最近……」なんだった?

コナリ いつも一緒にスカイプしてた人と、タイミングが合わなくなっちゃったんだよね。だから昼がいいか、夜がいいか聞こうかなって。

鶴谷 ごめん。わかってなかった(笑)。私はいつでもいいから、とにかく1回やってみよ!

衿沢世衣子さんからのご質問です

──今日はお友達対談ということで、おふたりの共通の知り合いからも質問を集めてみました。まずは衿沢世衣子(衿沢世衣子 (@knutknut) | Twitter)さんから。コナリさんは衿沢さんの単行本「ベランダは難攻不落のラ・フランス」に推薦文を寄せていらっしゃいましたよね。

コナリミサトが帯コメントを寄せていた、衿沢世衣子の単行本「ベランダは難攻不落のラ・フランス」。

コナリ 衿沢さんのマンガ超好きで、この間やっと会えたんです、私。マンガ家クロッキー会にも衿沢さんが参加されてるので、会おうと思えば会うチャンスは今までもあったんですけど。

鶴谷 そのクロッキー会はオカヤさんが主催しているやつですね。みんなでモデルさんと会場のお金を出し合って定期的に開いていて、私と衿沢さんはクロッキー会仲間なんです。

コナリ 私はクロッキー会に参加してなくて、行けば会えるのだろうけれど「ここまで来たら、会う場所はクロッキー会ではない!」みたいに意地になっちゃって。初対面のための会をオカヤさんにセッティングしてもらって、ようやくお会いできました。

衿沢世衣子

質問その1「最近面白かったもの、映画とか小説とかマンガとかありますか?」

コナリ 私は最近「SLAM DUNK」の新装版を買って。リアルタイムで読んでるときから流川が好きだったんですけど、大人になってから読んだらなんか変わるのかなって思ったら、別に推し変することはなくやっぱり流川が大好きでした。

ちなみに「凪のお暇」の慎二とゴンでは、鶴谷は慎二派と語っていた。

鶴谷 私は仙道が好きで。なんか、ああいう高いところで「フッ」って笑ってるみたいなやつにやられちゃうんだよすぐ。

コナリ あー、うちのお母さんも仙道が超好きだった。流川は変わらず好きなのだけど、歳を取ってしまった身から読むとまた違った味わい深さがありましたね。流川、彩子ちゃんのことを「先輩」って呼ぶんですよ。

──流川は1年、彩子さんは2年ですからね。

コナリ あの生意気な流川が「先輩」って呼ぶんですよ。おねショタ!?ってなって。あとゲームだと、最近はキムタクのゲーム(※「龍が如く」シリーズのスタッフによるPlayStation4用ゲーム「JUDGE EYES:死神の遺言」。主人公を木村拓哉が演じている)をやってます。22時から夜の2時までは、キムタクゴールデンタイムです。

鶴谷 長くない?

コナリ もうずっとやっちゃうんだよ。私ゲームすごい下手で、ああいう操作性が必要なやつ、つっこんじゃったりするんですよ、車道のチャリンコとかに。キムタクなのに。でもこのゲームをやってるときは「私がキムタクを操ってるんだからちゃんとしなきゃ」みたいに気を引き締めてプレイしてるから、ほかのゲームよりちゃんとできてる。

鶴谷 いーなーいーなー。楽しそう。

コナリ 私的に一番オススメの遊び方があって。車道に車があるんですけど、そのボンネットに乗り上げられるんですよ。なんでもないときにそこに乗り上がると、通行人がスマホでキムタクの写真を撮り始めるの。そこで、ボンネットに乗ってるのはこっちなのに「見てんじゃねーよ!!」ってアテレコして、キムタクとして群衆を蹴散らすのが超楽しい。以上が、私の今ハマってるものです。ハー、興奮して一気に話したからすっごい汗かいちゃった。

鶴谷 えー。この熱量で紹介できるかな……。私はこの間、映画の「アリー/ スター誕生」を観てすっごい面白かったです。

──レディー・ガガ主演で、昔のミュージカルドラマをリメイクしたやつですね。

鶴谷 今までレディー・ガガのことあんまり知らなかったのですけど、観たらめちゃくちゃカッコよくて。ブラッドリー・クーパー演じるロックスターみたいな人が、アルバイトをしているレディー・ガガ(アリー)を見つけて、その才能に惚れ込んで自分のライブにいきなり出して歌わせたら会場が大喝采、みたいなシーンがあるんですけど。好きなロックスターのライブに無名の彼女が突然出てきたら引くかもとか、そもそも急にアレンジされた曲をそんなになめらかに歌えるのかとかいう心の中のツッコミを一掃するほどレディー・ガガの存在感が圧倒的で。文脈でないところで感動しました。

衿沢世衣子

質問その2「コナリさんもつるちゃんも、カラーのカバーや扉がとってもキレイなので、その辺り(彩色)のテクニックなどを教えてください」

コナリ 「メタモルフォーゼの縁側」のカバー絵はアナログで描いてるよね。画用紙とかさ、何を使ってる?

鶴谷 マーメイドを使ってるんだけど、最初はよくわかってなくて黄色い紙で描いちゃったんだよね。だから1巻のカバー絵はすごく色味とか調整してもらっていて、デザイナーさんの力がとても大きいです。ミサトちゃんはデジタルだよね?

コナリ 着色はデジタル。マンガは本文のペン入れまではアナログで描いて、そっからスキャンしてデジタルで仕上げ。クリスタ(CLIP STUDIO)でやってます。

「ぐりぐり水彩ぼかし」を使って塗ったという「凪のお暇」4巻カバー。

鶴谷 クリスタのどんなペン使ってる? 衿沢さんが聞きたいのも多分それだと思う。

コナリ クリスタのフリー素材で「ぐりぐり水彩」っていうのと「ぐりぐり水彩ぼかし」っていうのがセットでダウンロードできるのがあるんだけど。この「ぐりぐり水彩」っていうのでベチャベチャベチャッて塗って「ぐりぐり水彩ぼかし」でふぁーっとやってる。「凪」4巻の表紙とか、これは「ぐりぐり水彩ぼかし」を使ってますね。

──鶴谷さんはデジタル機材は使っているんですか?

鶴谷 ミサトちゃんと一緒でペン入れまでアナログで、トーンとか仕上げはデジタルでやってるんですけど。カラーはまだうまく扱えなくて、思った感じにならないのでアナログで塗ってます。

コナリ でもアナログってさ、やり直しが効かないじゃん。

鶴谷 私はけっこうやり直してる。1巻のカバー絵は、1回最後まで塗ったやつが超ダサくなっちゃったんでもっかい描き直しました。線画は残してあるので、それをもう1回トレースして描いてっていうふうにやってる。1巻での失敗があったから2巻は、なんでもない紙に1回描いてざざっと塗ってみてから、本番を塗った。

コナリ 色の置き方とかに悩むよね。

鶴谷 完成図を予想して塗るっていうのができなくって。やってみないとわからない。色のセンスがすごい人ってやっぱりいて、そういう人は大体こう塗ったらこうなるってわかるみたいなんですけど。色調を、トーンを合わせるっていうのかな。デジタルだったらパッとできるんですけど、アナログだと、色を作るとこからだから、トーンがバラバラになっちゃったりするんですよ。

──できあがったものと、ボツにしたものを見比べたいですね。

「メタモルフォーゼの縁側」1巻カバー絵の没バージョン。雪さんの洋服などは、本番と色がわかりやすく異なる。 「メタモルフォーゼの縁側」1巻カバー絵に採用されたもの。鶴谷が言った通り、黄色い紙に描かれている。

鶴谷 じゃあ、このインタビュー記事に載せてもらえたら。でもあの、本当に没だなーっていう感じの色ですよ……。

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鶴谷香央理(ツルタニカオリ)
鶴谷香央理
1982年富山県生まれ。2007年に「おおきな台所」でデビューし、同作品で第52回ちばてつや賞準大賞を獲得する。「メタモルフォーゼの縁側」が初めての単行本。初連載作品の「don't like this」もリイド社より発売中。
コナリミサト
コナリミサト
7月22日生まれ。ファッション雑誌のCUTiE(宝島社)で「ヘチマミルク」の連載をきっかけにデビュー。既刊に「珈琲いかがでしょう」(マッグガーデン)、「恋する二日酔い」(イーストプレス)など。月刊エレガンスイブ(秋田書店)で「凪のお暇」連載中。