「メタモルフォーゼの縁側」×「凪のお暇」|「このマンガがすごい!2019」上位に揃ってランクイン つるちゃん、ミサトちゃんの「やったな俺ら!」対談

鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」が、宝島社刊「このマンガがすごい!2019」のオンナ編1位を獲得。同ランキングの3位にはコナリミサト「凪のお暇」も選ばれており、両名の活躍は日々コミックナタリーをチェックしているマンガ通であればご存知のことかと思う。

マンガ界にニューウェーブを巻き起こすこの2人が、実は古くからの友人だという情報をキャッチしたコミックナタリーは対談をセッティング。作家としてお互いの作品へリスペクトを贈り、友人としてオタク談義に花を咲かす、約1万5000字に及ぶ“つるちゃん”“ミサトちゃん”のマシンガントークをお楽しみいただきたい。ブルボン小林による2作品のマンガ評も、特集の最後に掲載する。

取材 / 淵上龍一、松本真一 文 / 淵上龍一

やったな俺ら! 10年越しで手にした栄冠

──「このマンガがすごい!2019」オンナ編では鶴谷香央理さんの「メタモルフォーゼの縁側」が1位、コナリミサトさんの「凪のお暇」が3位と、ともに上位にランクイン。そんなマンガ界をリードする新鋭おふたりが実は昔からのお友達と聞き、今日は対談をセッティングさせていただきました。

鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」
鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」

ずっと誰かと漫画のお話したかったの

17歳の女子高生・佐山うららはアルバイトをしている書店で、75歳の老婦人・市野井雪がBLマンガを購入する場面に遭遇。マンガを通じて出会った2人を描く、歳の差58歳の友情譚。

コナリミサト「凪のお暇」
コナリミサト「凪のお暇」

大島凪28歳無職、しばしお暇いただきます

場の空気を読みすぎる性格が災いし、過呼吸になって倒れてしまったOL・大島凪。仕事を辞め、モラハラ気味な彼氏からも逃げ、人生リセット!のはずが、そう簡単にはいかず……共感続々の断捨離ラブコメ。

コナリ 友達対談ってお話をいただいたときに「超ソウルメイト!みたいなのを期待されてる?」って焦ったんですよね。

鶴谷 ミサトちゃんと知り合ったのは10年以上前で、そのときはちょこちょこ会って遊んでいたんですが、なぜか疎遠になってた時期が長くて。最近になってようやく再会したみたいな……きっかけはウラモト(ユウコ)さんだっけ?

コナリ いや、オカヤ(イヅミ)さんのおうちに行ったときにたまたま会って。

──ウラモトユウコさん、オカヤイヅミさんと鶴谷さんは同人サークル「しりとりコ」を一緒にやっていますよね。

鶴谷 オカヤさんとは一緒に住んでいた時期があって。でも10年以上前にもミサトちゃんは家にたまに遊びに来てくれて、私が作ったカレーを一緒に食べていたりしていたんです。なのに、ある時期を境に自然と会う機会がなくなって……。

コナリ あのときのカレーは美味しかったよ。そんな感じだから、つるちゃんとは普段から2人で一緒に遊んだりしてるような仲ではないんですよ。

──でもお互いを「つるちゃん」「ミサトちゃん」と呼び合う様子や、今のやり取りにしても、とても10年近くも疎遠だったとは思えないくらい仲良しに見えますが。

「このマンガがすごい!2019」

コナリ 気持ちは近いんですよね。会っていなくてもSNSでお互いの近況は知ってたし、心は繋がってた……みたいなとこもあって。だから「このマンガがすごい!2019」の順位を聞いたときは「やったな俺ら!」「まさかな!」みたいに盛り上がった。

鶴谷 そうそう、LINEで称え合ってね。私は「メタモルフォーゼの縁側」が初の単行本だし、全然連載とかを持てなくて鳴かず飛ばずみたいな時期も長かったから、まさか1位をもらえるなんて……。ビックリしすぎて何がなんだかって感じでした。

コナリ 初の単行本で1位なんてドラマティックですよね。

コメダ先生には、私の女性マンガ家への憧れが詰まってる(鶴谷)

コナリ 最近マンガは電子で読むことが多いんですけど、今日はお互いのマンガの話をするっていうから「メタモルフォーゼの縁側」を本で買い直してきたんですよ。紙で読むとまた違った味わいがありました。とりあえず好きなシーンをいろいろ選んできたんですけど……。

鶴谷 わっ、すごい量の付箋! 私もそれぐらい勉強してくるべきだったわ……ごめん。

パピコをくわえながら自転車で走ってくる紡くん。コナリはそのパピコになりたいという。

コナリ でも好きなシーンとか、いいと思った場面を挙げるのって難しくないですか。自分が思い付くような感想とか、もうみんなが言ってると思うんですよね。私はうららちゃんの幼なじみの紡くんが好きで、この紡くんが食べてるパピコになりたいんだけど……。

鶴谷 ……!! それは初めて言われた! 初めて言われたよ!

コナリ ここ、紡くんがスーッと自転車に乗ってやってくるじゃないですか。その口にパピコがくわえられていて……「あ、このパピコになりたい」と思った。

──その感じで好きな場面を選んでいった結果が、その大量の付箋だと。

コナリ 紡くんの出てくるところに、すごい付箋を貼ってますね。幼なじみの男子って、すごくいい。こういう幼なじみいた?

鶴谷 こういう人じゃなかったけど、幼なじみはいたよ。でも別に、すごく仲良しみたいなことはなかったかもしれない。

コナリ うちはマンションだったのだけれど、同じ階にすっごいモテる同級生がいて。わたしが「タッチ」(あだち充)の南ちゃんだったら、この子と恋愛関係になれたのかもしれない……っていつも思ってた。クラスの女子みんなが好きな子だったから、バレンタインになるとその子にみんなでチョコを渡しに行くんですよ。紡くんを見て、そういう気持ちを思い出しました。

──紡くん以外で印象に残ってるシーンはありますか?

同人誌即売会にやって来た雪さんとうらら。

コナリ うららと雪さんが初めて同人誌を買いに行く話とかも、すっごい甘酸っぱい気持ちになった。私、超人気作家さんの同人誌を買うため冬コミに始発で行って友達と並んだことがあって。外でじっと開場を待ってるとき、めちゃくちゃ寒くて死ぬんじゃないかって思うんですけど、売り切れちゃったらどうしようとか、そういうドキドキのほうが強いんですよね。

雪さんとうららが大ファンのBL作家・コメダ先生と接触。鶴谷の「女性マンガ家への憧れが詰まってる」というビジュアルに注目。

鶴谷 「本当に買えるのかな……」みたいなことは、すごく考えちゃうよね。「メタモルフォーゼの縁側」で2人が行ったのはJ.GARDENっていう、池袋で実際に開かれているJUNE系のオリジナル作品だけを頒布するイベントなんだけど。

コナリ うららと雪さんが同人誌を買いに行った、BL作家のコメダ先生が美人なのもよかった。

鶴谷 コメダ先生はね、私の女性マンガ家への憧れが詰まってるから(笑)。あと、初めてJ.GARDENに行って、私がずっとファンだった作家さんがすごくきれいでびっくりしたときの印象もあるかも。自分はひきこもっていてボッサボサだったので余計に。

現実のおばあちゃんは「わしが~」とか言わない

止まっていた列が急に動き出し、身体がついていかずその場にしゃがみこんでしまう雪さん。

コナリ 好きなシーンを挙げればいっぱい言えるのだけど、やっぱり一番はつるちゃんの描く雪さんが“おばあちゃん”っていう記号にとらわれてないところが素敵なんですよ。雪さんは、自分のことを「わし」とか言わないじゃないですか。現実のおばあちゃんは「わしが~」とか「~なんじゃ」とか言わないのに、記号としての老人に寄っていっちゃう作品ってあるし、自分のマンガにもそういうところがある。足が戻るまでに時間がかかる、みたいなシーンとか。おばあちゃんをちゃんと知ってないと描けない。

──列に並んでた雪さんが、前の人が動き出したから歩き出そうとしたけれど膝の力が抜けて立ち上がれず「ずっと『立つ』をやってたから『歩く』に移行するのに時間がかかるのよ」と言う場面ですね。

鶴谷 あれは、作家の佐藤愛子さんの「九十歳。何がめでたい」の中で“膝が抜ける”って書いてあるのを見て「なるほど」って思ったのと、自分も立ってるところからすぐに歩き出すのができないときがあるんですよね。これはお年寄りになったらもっとキツいのだろうな、と考えたのがきっかけ。実際のおばあちゃんの動きも街で見るようにはしてるんですけど、実感みたいなところを描くときは一生懸命に想像してますね。想像しきれてないとも思うんですけど、なるべく想像して。

──コナリさんがおっしゃったような「記号としてのおばあちゃん」にならないよう、雪さんを描くときにこだわっている部分などはありますか?

鶴谷 まずオシャレな人にしようというのはありました。これはキャラの対比っていう意味でなんですけど、うららちゃんはまったく見た目にこだわらない人なんで、逆に雪さんはお洋服とか好きな感じの人にしようかなって。長く生きると自分の好きなものがはっきりわかってくるので、こだわりを出すのもやりやすくなっていくと思うんですよね。好きなもの見つけるのがうまくなるんじゃないかと、自分の経験からも思ったり。

うららと同人誌即売会に行くため、口紅を塗っておめかしをする雪さん。
ボサボサの頭で学校に出かけるうらら。キラキラした同世代の女子を見て「別の生き物みたい…」と考える。

コナリ 雪さん、口紅もちゃんと塗ってるしオシャレだよね。

鶴谷 ブラウスとかも、歳を取ったらやっぱり寒さを気にしてハイネックを着たりするんじゃないかとも思うんですけど、雪さんは割とガバッと胸元が開いてるやつを着せることが多い。

──そこら辺は実際のおばあちゃん感よりも、キャラクターを優先していると。

鶴谷 自分のおばあちゃんにすごく憧れていたからっていうのもあるんですけど、おばあちゃんはカッコいいものっていうイメージがあって。その憧れみたいなものをキャラクターに詰め込んでいるので、ついヒーローみたいにしちゃうんですよね。それだけじゃなくてつらさとか、もっといろいろ描かなきゃいけないのになとは思ってます。

コナリ 「凪のお暇」も次に描くのがおばあちゃんの話なので、読んでてすごく染み入りました。記号のおばあちゃんにはしないようにしようって。

鶴谷 私、あのおばあちゃんを見た慎二が「コダマ!?」ってなるとこ超好きなんだけど。

──アニメの「もののけ姫」に出てくるやつにそっくりっていうネタですね。

凪のアパートの上階に住むおばあさん。ボロボロの服装で自販機のお釣りを漁る姿から「お釣り漁りババア」と近所の人から陰口を叩かれている。

コナリ おばあちゃんのビジュアルは、今思うとやりすぎた感じはしますね。第一印象で「こうはなりたくない」って凪をビビらせるため、見た目をみすぼらしくしなきゃいけなかったんです。「こんな人が、実は人生をとても楽しんでいたとしたらどうですか?」というオチを作るため、むしろヤバい人という記号に見えるよう作ったキャラだから。

鶴谷 ミサトちゃんは、昔からおばあちゃんにこだわりがあるよね。「珈琲いかがでしょう」に出てきたコーヒー屋のおばあちゃんもさ。

コナリ  何かと素敵生活をしているおばあちゃんとして世間に取り上げられて、それを本人が煙たく思ってるってやつね。勝手にカテゴライズされちゃう苦しみというか、世間が考えるおばあちゃんのポジションにけっこうイラッとしてて、ずっとそういう怒りはあるのかもしれない。そこは、ちょっとこれからも掘り続けたいところですね。

鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側①」
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ふと立ち寄った書店で老婦人が手にしたのは1冊のBLコミックス。75歳にしてBLを知った老婦人と書店員の女子高生が織りなすのは穏やかで優しい、しかし心がさざめく日々でした。

コナリミサト「凪のお暇①」
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場の空気を読みすぎて、他人に合わせて無理した結果、過呼吸で倒れた大島凪。仕事も辞めて引っ越して、モラハラ彼氏からも逃げ出して、新しい日々、始めます。共感の声続々の、大島凪28歳の人生リセットコメディ!
最新5巻では、新たなバイト先で今までとはまるで違う人間関係を築き始めた凪。一方、凪への想いを引きずる元彼・慎二の前にも、かわいい後輩が現れて……? 単行本でしか読めないスピンオフも2本収録。

鶴谷香央理(ツルタニカオリ)
鶴谷香央理
1982年富山県生まれ。2007年に「おおきな台所」でデビューし、同作品で第52回ちばてつや賞準大賞を獲得する。「メタモルフォーゼの縁側」が初めての単行本。初連載作品の「don't like this」もリイド社より発売中。
コナリミサト
コナリミサト
7月22日生まれ。ファッション雑誌のCUTiE(宝島社)で「ヘチマミルク」の連載をきっかけにデビュー。既刊に「珈琲いかがでしょう」(マッグガーデン)、「恋する二日酔い」(イーストプレス)など。月刊エレガンスイブ(秋田書店)で「凪のお暇」連載中。