童貞の頃の感情を振り返ると、やっぱり面白い(北崎)
──おふたりが恋愛をテーマにすることが多いというのは、やはり人間とって普遍的なものだからなんでしょうか。
江夏 それもありますし、やっぱり自分が一番興味があることなんだと思います。自分の若い頃は恋愛体質ではあったんですけど、今はアーティスト活動が忙しくて、興味と憧れがあるんですよね。昔の楽しかった思い出から、「人を好きになる気持ちって無敵だな」っていうのがあって。恋愛じゃなくても、家族愛でも友情でも、人のために無敵になれるのっていいなと思ってるんで、愛について書いていけたらなというのはあります。
北崎 自分のいろんなものを剥いでいって、身の回りにある大切なものについて考えると、今の家族であったり、育ててくれた親だったり、っていうところにはなりますよね。そして自分の両親って僕から見たら「父」と「母」でしかないけど、彼らとて男と女で、恋愛の末に家庭があって、その結果として僕が生まれてるんだなっていうのは、すごく面白いと思っているんですよ。
──確かに自分も、両親に対して「この2人にも交際前は恋愛マンガみたいないろんな駆け引きがあったのかも」と気付いた瞬間は不思議な感覚になりました。
北崎 そうなんですよね。自分の息子も、僕と妻を見てただの父ちゃん、母ちゃんとしか思ってないかもしれないし。地球の歴史上、数え切れないほどの人間が恋愛をしてきたと思うと、人間で一番面白いのはそこだなって思っちゃうんですよ。だから面白いことを描こうとしたら恋愛マンガになるということだと思います。描きながら、その面白さの正体を知りたいという感じですかね。あとはそこに、彼らがどんな仕事でどんな生活をしてるか、何に夢中になってるかとかのプラスアルファがくっついてくるだけ。
江夏 先生のおっしゃることもわかりますし、あと僕は若い恋愛が好きなんですよね。「このSを、見よ!」も、歳を取ってから読むと倫くんのお父さんとかに感情移入しますけど、最初に読んだときはやっぱり倫くんの若さが好きでした。偏見かもしれないですけど、若い頃の青臭い恋愛というか……童貞の感情ってみんな一緒なんだろうなって思ってるんですよ。それは自分が生きていく中でスパイスになってるな、って思ってるんですね。
──若い頃に恋愛をして感じた、苦かったりつらかったりする部分がスパイスだと。
江夏 僕は、人間にとって音楽って衣食住と違って絶対に必要なものではないなと思いながらも、誰かの人生のスパイスになってくれたらいいな、と思ってるんです。だから若い恋愛、青春っぽい恋愛について多く書くのかなと。僕が書いた歌詞が、それを聞いた誰かの「自分の元カレとの恋愛ってこうだった」という思い出とドッキングしてもらって、懐かしんでもらったり、新たな恋愛に踏み切るきっかけなってもらえたらいいなと。
──北崎マンガの主人公も青臭いし、最初は童貞なことが多いですよね。
北崎 やっぱり童貞は面白い……って言うと他人事みたいですけど、自分を振り返ってみても、そのときの感情はすごく面白かったなって。「自分にはいつ、そういういいことがあるのだろうか」って悩みましたからね。本当にいいことかどうかもわからないんですよ?(笑) わからないのに夢が膨らむというのか、焦りとか、「自分はなんでこんなにモテないの」っていう怒りとか、負の感情もあって(笑)。
──江夏さんの言うスパイスな部分ですね(笑)。本当に女の子を好きなのか、性欲なのかわからなくなる、みたいなことですよね。
北崎 そうそう。もっと考えるべきことはあるはずなのに、そんなことばっかり考えてましたから。女の子に対して理想もあるけど、「理想ばっかり言ってもいられない」みたいになったりとかね(笑)。負の感情になるときもあるし、結局それが面白いなって。
──大学生の子供もいらっしゃるのに、童貞の感情を思い出せるのもすごいですね(笑)。
北崎 いまだにね、「いい童貞喪失をしたいな」って考えることもありますから。
江夏 あははは(笑)。
「コロナ禍だったからこそ、北崎先生に気持ちを伝えることができた」(江夏)
──ここからはエナツの祟りの新曲「無敵シュプレヒコール~このSを、聴け!~」について聞かせてください。
江夏 この曲を作り始めたのは、新型コロナウイルスの影響でステイホームが始まったときぐらいで。対面で人と逢えないことにストレスを感じることが増えたけど、でも恋愛にしても家族愛にしても、電話で毎日「好きだよ」って言うだけでも愛は深まっていくかもしれない。だからもっとシュプレヒコールしていこうよ、っていうのがこの曲のテーマです。「逢いたい」とか「お前が一番好きだよ」っていうことを、みんなで叫んで感情をあらわにしていこうと。例えば僕らとファンの間の関係も、ライブがずっとなかったらそのうち忘れ去られてしまうかもしれないし。
北崎 なるほど。「価値観という名の壁でいま試されている」という歌詞がありますけど、コロナ禍を壁ととらえてのことなんですね。
江夏 そして、曲を作ってるのと同じぐらいに、北崎先生と交流が生まれたんです。たまたまTwitterで先生が、「TOKYO MXでアニメを観てる」って書いてるのをリアルタイムで見たんですよね。それがちょうど、MXではそのアニメのあとに僕が出演するドラマが放送されてる時間帯だったから、北崎先生に引用RTで「そのままドラマも観てくれないかな」って書いたら「いいね」を押していただいたんです。僕は普段、SNSをそこまではやらないんですけど、コロナ禍で「みんな、もっと自分を出したらいいのにな」って思ってるときだったから、思い切って自分の気持ちをあらわにしたら反応があって、うれしかったです。そこからCDやDVDを送らせていただいて。
──いつもだったら愛を叫ばなかったかもしれないと。
江夏 みんなも思ってることを口に出すことで好きな気持ちが継続できるし、無敵になれるっていうことは言いたいですね。自分の実体験として、一番好きなマンガ家さんに反応してもらえたから、みんなもいいことがあるかもしれない。そして「シュプレヒコール」の頭文字が「S」じゃないですか。だから一番好きなマンガである「このSを、見よ!」をもじって、曲のタイトルに「このSを、聴け!」と入れたいと先生に伝えたら快諾していただきました。
「妻から初めてマンガのことで褒められました」(北崎)
──そこから新曲のMVでも、「このSを、聴け!」とコラボすることになりました。北崎さんはまだ1番までのデモ版しか観てないということなので、今日は改めてここで観てもらいましょうか(※取材は9月下旬に実施)。
──いかがでしたか?
北崎 いやー、自分の絵を使いたいというお話を聞いて、「ありがたいけど、ちょろっと使われるだけなんだろうな」と思ってたんですけど、こんなに使っていただいて……。とっても照れますね(笑)。こんなに使ってもらって大丈夫ですか?
江夏 あははは(笑)。
北崎 妻にもデモ版は観せたんですよ。僕のマンガはエッチだから基本的に妻は読みたがらないんですけど、動画を観せたら「カッコいい!」って言われましたからね。初めて自分のマンガのことで褒められました(笑)。
江夏 ホントですか!(笑)
──ヒキのある場面のコマが多く使われていますから、「このSを、見よ!」を知らない人が観ても、このマンガのことが気になりそうです。
江夏 そうですよね。
北崎 僕でさえ「このマンガ面白そうだな、どんな話なんだろう」って思いました(笑)。
江夏 どのコマを使うか、すごくこだわってるんですよ。最初は動画を編集するクリエイターさんにマンガを全部渡して、「これとこれは使いたい」と大まかには伝えたので、そのクリエイターさんが選んでくれたコマもあるんです。だけど僕は「このSを、見よ!」が好きすぎるから、「歌詞とマンガの絵を合わせるとこうなるのもわかるけど、これのセリフのあとにこのコマだと、倫くんと真琴ちゃんが付き合ってるように見えちゃう。こっちに変えてください」とか注文がどんどん増えていきました。
──こだわりすぎてしまったと。具体的に、「この歌詞にはこのコマを入れたかった」という部分はどこですか?
江夏 たくさんあるんですけど、1つ言うなら……。ラストのサビで「こんな俺も⼤好きなんだろ?」っていう歌詞があるんですけど、ここは千鶴ちゃんが「ていっ」と言ってるカットを入れました。
──倫くんと千鶴ちゃんのクリスマスのシーンですね。
江夏 「こんな俺も⼤好きなんだろ?」というのは一般的には強気な男の発言だから、倫くんが何かをやってるコマでもいいんです。だけどここは千鶴ちゃんの「お姉さんぶってる、そんな私も大好きなんでしょ」っていうのがハマるなと思って。女の子が「俺」っていう一人称でもおかしくないと思ってますし。
北崎 なるほど。
──ほかにこだわった部分は?
江夏 どうしても、マンガの絵だけでMVを作ると画面が白黒になるから、どっかに色を入れたいなと思ったんですね。だからコマ画像の背景に、いろんなカラフルな模様を入れてるんです。これの色が曲の進行とともに推移するんですけど、これは「このSを、見よ!」1巻から15巻までの、表紙の色に合わせて変わっていきます。
北崎 へえー! それは僕も気付きませんでした。そこまでこだわってもらってびっくりしますね。
江夏 あと実写部分もあって、僕がたくさんの女の子と出てるんですけど、僕の髪型とかメイクは倫くんをイメージしてるので、そこも注目してほしいですね。
北崎 僕の作品なんかをこんなふうにしていただいて本当にありがとうございます。だって、連載が終わってだいぶ経つ作品ですよ。自分の作品が誰かに届いてほしいって、マンガ家ならみんな考えてるんだと思うんです。もちろん一般の読者に読んでもらうのはうれしいんですけど、ほかのクリエイターに届いて、そのインスピレーションを広げるのに使ってもらえたというのは感謝しかないですよ。
──ここまで喜んでくれると、江夏さんもコラボした甲斐がありましたね。北崎さんからもらったものを返せた感じもあるのでは。
江夏 いや、本当に。こちらとしてもいまだに「本当にマンガを使っていいんですか?」と思ってますよ。使いたいと伝えて、嫌なふうに思われないかなとか思っていたので……。
──それどころか、お互い感謝しあっていて素敵な関係性だと思います。次は、もし「月に溺れるかぐや姫~あなたのもとへ還る前に~」が実写化した際に、エナツの祟りが主題歌を歌えるといいですよね。
江夏 いや本当に、担当させていただきたいですね。先約させてください!
北崎 よろしくお願いします(笑)。
江夏 それか、輝くんのお兄ちゃん役で出させてください(笑)。