コミカライズは「Zero」から引き継ぐことを大事にしている
──「事件簿」に話を戻しまして、三田さんと「事件簿」にとって、「Fate/stay night」と「Fate/Zero」はどんな作品ですか?
三田 「Zero」は“奈須きのこ以外の人間がTYPE-MOON世界を書いていいよ”、つまり“あなたが書いてもいいですよ”って最初に示してくれた作品です。バイブルに例えると、「Fate/stay night」が旧約で、「Fate/Zero」が新約。「事件簿」は独立して読めるように書いていますが、細かいくすぐりについても「stay night」と「Zero」のあらすじだけ知っていれば9割わかるイメージで書いています。土台ですね。
──「Fate/stay night」を履修してから「事件簿」を読んでいる、という方がやはり多いんでしょうか?
三田 いえ、今や「Fate/stay night」からというよりも、「FGO」でエルメロイⅡ世を知って……という読者がおそらく多いですね。それでも、アニメだとかで、なんとなく「stay night」のあらすじを知ってらっしゃる方は少なくないように思いますが。
虚淵 「Fate/Zero」のときも、「Fate/stay night」をプレイしてないとわかんない話だと思ってたんですけど、意外と「Fate/Zero」から「Fate」を知ったって方もいらっしゃるんですよね。ただ「Fate/stay night」ネタで遊んだ話だったので、それを前提で読んでもらわないとわからない表現が多々あったんです。だからしばらくはTYPE-MOON BOOKS以外で出版するのをお断りしていたんですよ。
──基本的にTYPE-MOON BOOKSはとらのあななどの同人誌を扱っている店じゃないと置いていないので、必然的に「Fate」シリーズを知ってる人が手に取りやすい、という配慮ですよね。
虚淵 ええ。でも「Fate/stay night」のコンシューマー版が出て、世界観が異なる「Fate/EXTRA」もリリースされて、もうそろそろいいかなと思って星海社から文庫版を出しました。そこから考えると、今の「Fate」を取り巻く状況は隔世の感がありますね。今や令呪が1日1画復活する時代ですからね。3画使ったら死ぬという、かつての冬木の思い出は遠くなりにけり……。
三田 ふふ(笑)。虚淵さんは、その作品を手に取るまでの経緯というものをすごく大事にされますよね。例えば「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿」1巻で、虚淵さんがつけた注文はほぼ1つだけ。それはもともと3カ所あったライダーのセリフを「1カ所だけにしてほしい」というものなんです。それは3つあると「Zero」から受け継いだものが多く見えすぎて、独立して読めないものだと思われるから、という配慮で。
虚淵 「Zero」のときに、「案外『Zero』から入る人多いぞ」って思ったんですよね。元の作品との繋がりを濃くすればするほど、読むハードルが上がっちゃうかもなという思いは確かにありますね。
三田 実は、東冬さんのコミカライズには、その3つのセリフが全部入っているんですよ。僕、元の原稿を見せた覚えも、セリフのことを言った覚えもないのに。
虚淵 なんと。
三田 いやあ、驚いたし面白かった(笑)。「Zero」から独立性を保つと、「事件簿」のキャラクターが引き立つ。でもエモーショナルに引き継ぐなら、そのセリフがあったほうがいい。コミカライズは、「Zero」から引き継ぐことを大事にしたんだろうな、と考えています。
──真じろうさんの「Fate/Zero」コミカライズのオマージュが込められていると、編集さんに伺ったことがあります。マンガ版「Fate/Zero」のセリフの改行なんかも全部トレースしつつ、構図を変えて描いていると。「事件簿」のマンガでは「Zero」の7人のマスターと7騎のサーヴァントの絵がどーんと載っていたりするんですが、そこもファンの方が喜んでくれるそうです。
三田 「Fate」が広がった結果ですよね。知っている人が増えて、作品の繋がりが喜ばれる時代になった。
虚淵 そうですね。作品間の横の繋がりを読者の方が案外重視してくれてるのは、うれしい誤算かもしれません。
長髪をシャツの襟元からシュパッ! マンガで見る着替えシーンの豊かさ
──今お話にも出たマンガ版は、「剥離城アドラ」が1~3巻に収録されていて、「双貌塔イゼルマ」がヤングエース(KADOKAWA)で連載中です。読んだ感想を教えてください。
虚淵 観念的な話なので、コミカライズは難しかろうと思っていたんですよ。
三田 そうそう。
虚淵 でも、その不安が見事に払拭されました。城の不気味さや、モンスターの怖さが見事にビジュアル化されていて、さらにエルメロイⅡ世が蘊蓄をかなり語るんだけど、それで読み心地が損なわれない。
三田 文字量、マンガとしてはかなり多いと思います。僕はネームを最初に見たとき、編集さんに「セリフを半分にしなくて大丈夫ですか?」って3回くらい確認しました(笑)。でも画力がとにかく高くて、セリフや文字を読んでいるときの滞空時間が長くても平気なんです。
──無意識の領域なのかもしれませんが、コマにかなり描き込みが多いから、セリフを読むために同じコマを見ていても目が飽きないと。
三田 ええ。これで絵がスカスカだったら読者はセリフを読み飛ばして、次のコマに行きたくなっちゃうと思うんです。でも1つひとつのコマへの描き込みが半端ないので、普通のマンガの倍くらいの時間をかけて読んでも退屈にならないんですよ。
──最初のプロローグ部分はマンガのオリジナルですよね。
三田 そうです。「アドラ」に登場する魔術師たちのシーンが次々と切り替わっていく映画的な作りになっていて。僕はここを見たときにすごく安心しましたね。この画力でこういうふうに構成できるのなら、任せて大丈夫だろうと。
──マンガならではの魅力的なシーンを挙げるとしたら?
三田 僕はエルメロイⅡ世の着替えのシーンが好きなんですよ。なぜかというと、小説だと「着替えた」というふうに報告を書いて終わりなんです。どうやって着替えたかってあまり書かないんですよね。でもマンガでは、エルメロイⅡ世は長髪だからシャツを着るときに襟元から髪をシュパッて抜く場面が描いてあって。彼の生活が浮かび上がったシーンで、すごく好きですね。
虚淵 僕はやっぱり舞台となる城の美術。絵がつくことによって空間の演出がわかりやすくなるんですよね。この剥離城の中に民族色豊かなコスチュームの人々が一斉に揃う感じが、マンガだと明確になって読んでいて気持ちがいい。それにまだ小説が完結してないから、どの事件が一番かというのは甲乙つけがたいんですが、強いていうなら僕は「アドラ」なんです。なぜかというと、コミカライズされたことで印象が上書きされて、面白さにブーストがかかった気がしていて。
三田 わかります、東さんの作られた雰囲気がすごいいいですよね。
虚淵 ええ、このイマジネーションの広がりは、小説の「アドラ」の格をも上げてる感じがある。「イゼルマ」は美に関する話なので、マンガがどう切り込んでくるかは非常に期待しています。
──マンガの「イゼルマ」で登場が楽しみなキャラクターは誰ですか?
三田 アトラムですね。
──アニメ「Fate/stay night [Unlimited Blade Works]」にも出てきた彼ですね。まさか「事件簿」に登場するとは……。
三田 Ⅱ世とは違う方向に駄目属性のついた、あの魔術師がマンガでどう描写されるのか……。TYPE-MOON BOOKS版の小説2巻では、ラストにすごく堂々とした挿絵がついていて。
虚淵 見開きでバーン!って(笑)。
三田 ラスボスかよ!ってね。東出(祐一郎)さんも爆笑してましたよ。
──私は橙子さんの活躍が楽しみです。
三田 そうですね、Twitterで橙子さんの登場したページを載せたらやっぱりみんな「橙子さん!」って(笑)。それにしても、TYPE-MOON世界で重要なキャラクターである橙子さんを、「事件簿」のメインキャラとして使っていいって許可はなかなか出さないと思うんですよ。でもTYPE-MOONさんは「オッケー!」って通してくれる。本当に贅沢な環境でスピンオフを書かせてもらってると思っています。
本日は『ヤングエース』の発売日! 掲載されてます『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』もよろしく。気に入ってくださいましたら、カラーページラストのアンケートも是非。原作ではこれくらいの頃に、FGOが始まったんですよね……(遠い目) pic.twitter.com/q8aO6PLiJW
— 三田誠/2月8日、『よすがシナリオパレェド』二巻発売 (@makoto_sanda) 2019年3月4日
──橙子さんの師匠にして、エルメロイⅡ世以外のロードも登場しますね。
三田 創造科の君主イノライ・バリュエレータ・アトロホルムですね。ああそうだ、僕はTYPE-MOON世界観上の重要キャラクターの名付けはきのこの領分だと思ってて。きのこの中で名前は大事ですし、名付けのルールが本人の中にあるので。イノライもきのこに決めてもらいました。
アニメのエルメロイⅡ世は、小説よりもウェイバー感がある
──7月からはTVアニメ「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -魔眼蒐集列車 Grace note-」が放送されます。「剥離城アドラ」「双貌塔イゼルマ」「魔眼蒐集列車」「アトラスの契約」「冠位決議」とロード・エルメロイⅡ世が挑む5つの事件の中で、なぜ「魔眼蒐集列車」がアニメ化されることになったのでしょう?
三田 意外と単純な理由なんです。アニメ化するにあたり、どれをやるべきかというのはひと通り検討がありました。まず最初の事件である「アドラ」はTVアニメではやりにくいと。
──というのは?
三田 大抵の長編ミステリー小説って、劇場向きなんですよ。「剥離城アドラ」でも、物語が始まって舞台となる城に着くまでは淡々としてますし、事件が起きてテンションが上がって、そこからエルメロイⅡ世とグレイが調査して、また事件が起きて、最後にクライマックスで……というのをTVアニメの脚本にすると、6話くらいまで盛り上がりがこない(笑)。
──なるほど、最初の段階で視聴者を掴みにくい。確かに2時間ずっと椅子に座ってもらえる劇場版のほうが向いていますね。
三田 そうそう。同じ小説カテゴリでも、アクションもののライトノベルなんかだと少し話は違うのですけどね。僕がライトノベルを書くときは、1巻に3回盛り上がりがあるように書く。まず最初の50ページまでにバトルを入れて、120ページまでにもう1回バトルを書き、180ページまでに最高のバトルを作って盛り上げる。そして、240ページで1冊終わる。
虚淵 うん。
三田 これだとアニメにしても毎回盛り上がりを作れるし、だいたい4話ぐらいで大きな一山もつくれるんです。でも「アドラ」はそういう構成ではないし、「イゼルマ」はより劇場向きなストーリーラインなんですよね。そんなときに監督から「魔眼蒐集列車」はどうかと。確かにアクションや盛り上がる場面が多いけど、「事件簿」の前提となる知識……例えばグレイがどういった戦闘能力を持っているだとか、エルメロイⅡ世とライネスの関係だとか、エルメロイ教室の面々であるとか、そういうのは踏まえないといけないですよね。
──あ、「事件簿」のアニメは前半がオリジナルストーリーで後半が「魔眼蒐集列車」と発表されていましたが、オリジナルストーリーはより「魔眼蒐集列車」をわかりやすくするために……?
三田 そういう意図です。前半で、例えば「名探偵コナン」みたいに1~2話で完結するオリジナルストーリーをいくつか作ればいいんじゃないかと。実は「アドラ」と「イゼルマ」の事件の間には1カ月、「イゼルマ」と「魔眼蒐集列車」の間も1カ月、物語の中で時間を空けているんです。で、空白の時期の短編の構想は練ってあって。
──準備がよすぎる気もするんですが、それはなぜですか?
三田 「事件簿」を書くにあたって、何かの機会でメディアミックスがあるかもしれないし、ほかの人が書くこともあるかもしれないと思っていて、仕込んでいました。
虚淵 三田さんは本当にクレバーです(笑)。
──2018年の大晦日に放送されたアニメ第0話も、1巻で少しだけ触れられていたエルメロイⅡ世と猫の話でしたね。
三田 ええ。全部ではないですが、オリジナルストーリーは似た感じです。原作で匂わせたネタやさまざまな知識の補完をいれつつ、こんな日常や事件もあった……という感じに、アニメでは描いてもらってます。
──ところで気になっていたんですが、アニメ「Fate/Zero」の監督であるあおきえいさんが、「事件簿」のアニメでスーパーバイザーとして参加されていますよね。スーパーバイザーというのはどういうお仕事なんでしょうか?
三田 各プロジェクトのスーパーバイザーって、毎回意味することが異なるんですよ。おそらく虚淵さんが認識しているスーパーバイザーと、僕の知ってるスーパーバイザーは違う。
虚淵 そう、スーパーバイザーの数だけ役職がある。
三田 「事件簿」のアニメでは、基本的にアドバイザーとして参加してくださっています。脚本会議にもすべて出てきてくださっていて、アニメ「Fate/Zero」との繋がりを強めていってくれている感じはしますね。原作の小説よりも、ウェイバー感のあるエルメロイⅡ世になると思いますよ。例えば第0話でも、エルメロイⅡ世がこけたときの声がウェイバーだったり。
虚淵 ははは、そうでしたね(笑)。
- 漫画:東冬、原作:三田誠/TYPE-MOON、キャラクター原案:坂本みねぢ、ネーム構成:TENGEN
ロード・エルメロイⅡ世の事件簿① - 発売中 / KADOKAWA
- 漫画:東冬、原作:三田誠/TYPE-MOON、キャラクター原案:坂本みねぢ、ネーム構成:TENGEN
ロード・エルメロイⅡ世の事件簿② - 発売中 / KADOKAWA
- 漫画:東冬、原作:三田誠/TYPE-MOON、キャラクター原案:坂本みねぢ、ネーム構成:TENGEN
ロード・エルメロイⅡ世の事件簿③ - 発売中 / KADOKAWA
魔術協会の総本山「時計塔」においてロードに叙されているエルメロイⅡ世は、義妹のライネスから依頼を受け「剥離城アドラ」の遺産相続に立ち会うことに。弟子のグレイを伴い訪れた城で、悲愴な事件が始まる。東冬によるコミカライズ。
- 著者:三田誠、イラスト:坂本みねぢ、原作:TYPE-MOON
ロード・エルメロイⅡ世の事件簿1「case.剥離城アドラ」 - 発売中 / KADOKAWA
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小説 821円
「Fate」シリーズに連なる“あの男”の物語が待望の文庫化!
時計塔においてロードに叙されているエルメロイⅡ世は、剥離城アドラの遺産相続に立ち会うため、弟子のグレイをともない城へと向かう。そこで待ち受けていたのは悲愴なる殺人事件だった……。
- 著者:三田誠、イラスト:坂本みねぢ、原作:TYPE-MOON
ロード・エルメロイⅡ世の事件簿2「case.双貌塔イゼルマ(上)」 - 2019年5月24日発売 / KADOKAWA
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小説 691円
魔術における究極の美とは何か? 待望の文庫版第2弾!
双貌塔イゼルマに住まう至高の美を持つ黄金姫・白銀姫のお披露目に、エルメロイⅡ世の義妹であるライネスも参加することとなった。三大貴族、冠位の魔術師、魔術と美、幻想と陰謀とが交錯する第2幕開演。
- 三田誠(サンダマコト)
- TVアニメ化された「レンタルマギカ」ほか「クロスレ×ガリア」など、ライトノベルの執筆を中心に活躍。近年では、TRPGのリプレイ形式創作物「レッドドラゴン」のフィクション・マスター、オリジナルマンガ「Bestia ベスティア」の原作、「魔法使いの嫁」のスピンオフマンガ「魔術師の青」の原作など、多岐にわたり活躍している。
- 虚淵玄(ウロブチゲン)
- 1972年12月20日生まれ、東京都出身。ニトロプラス所属のシナリオライター、小説家。PCゲーム「Phantom PHANTOM OF INFERNO」で企画、シナリオ、ディレクションを務めデビュー。小説「Fate/Zero」、アニメ「ブラスレイター」(シリーズ構成・脚本)、「魔法少女まどか☆マギカ」(シリーズ構成・脚本)、「楽園追放 -Expelled from Paradise-」(脚本)、「PSYCHO-PASS サイコパス」(脚本)、特撮ドラマ「仮面ライダー鎧武/ガイム」(脚本)、アニメーション映画「GODZILLA」(ストーリー原案・脚本)など代表作多数。原案・脚本・総監修を務めている日台合同映像企画の布袋劇「Thunderbolt Fantasy Project」では、新作「Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌」と第3期の制作が決定している。
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