奈須きのこ以外が「Fate」を書くことに納得がいかなかったから、「Fate/Zero」は生まれた
──「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿」を語るのに、虚淵さんが執筆した「Fate/Zero」の話は欠かせないと思っていまして。「Fate/Zero」は2004年にリリースされたPCゲーム「Fate/stay night」で描かれた第五次聖杯戦争の10年前、第四次聖杯戦争が舞台で、ウェイバーはライダーのマスターとして参加しました。「Fate/Zero」は2006年末から刊行がスタートしましたが、そもそも虚淵さんと奈須きのこさんの出会いはいつ頃だったんでしょうか?
虚淵 最初の出会いは対談でした。2002年に出た「空の境界」のドラマCDのブックレットに載せるというので、秋葉原のひよこ家というメイド喫茶で対談したんですよ。
三田 「(吸血殲鬼)ヴェドゴニア」の頃?
虚淵 そうです、僕が「ヴェドゴニア」という2本目のエロゲーを出したくらい。ほぼ同時期に出た奈須さんの「月姫」も吸血鬼がモチーフだったから、2人で並んで語られることがよくあったんです。会ってみたら意気投合して、対談が終わった後も近所のファミレスで終電までずっとしゃべってた。それ以来、TYPE-MOONの皆さんと一緒に映画に行ったり友達付き合いに加えてもらって。そんな中で、TYPE-MOONが「Fate/stay night」というゲームを出すと。物語の途中途中で「interlude(インタールード)」という士郎視点じゃない章が挟まるんですが、そこを分担して書いてもらえないかと打診が来て。ただ結局、今回は奈須さんが全部1人で書き切りたいからとなしになったんです。僕は企画書を見せられて、全部ネタバレされただけで関わらずに終わった(笑)。
──それはひどい(笑)。
虚淵 で、「Fate/hollow ataraxia」という「stay night」のファンディスクが展開されるときに、幕間として「言峰綺礼と衛宮切嗣の対決シーンを書かないか」って話になったんです。でもそれをやるなら「もう第四次聖杯戦争を全部やっちゃっていい?」と話をして。
──それが、今でこそ大きなシェアードワールドになっている「Fate」作品群の、最初の“奈須きのこ以外が書いたFate”である「Fate/Zero」なんですね。
虚淵 今だから言えることかもしれないんですが、「Fate/Zero」を書いた理由は奈須さん以外の人が「Fate」を書くことに納得いかなかったからなんですよ。でも「奈須さん以外の『Fate』は納得いかない」ってただ言ってたんじゃ子供のわがままじゃないですか。だから「他人が書いた上で納得できる『Fate』」を自分なりに形にして示すしかないと思ったんです。なかなか伝わりづらい話かもしれませんが、自分が何もしないで文句を言うのは筋が通らないから、「『Fate』にはこうあってほしい」と奈須さんに面と向かって言うために、俺が思う『Fate』はこれなんだと晒しておきたかった。そのときの自分なりの全力を出した「Fate/Zero」より、上のラインを目指してくれるなら、誰が書いた「Fate」でも俺は文句を言わない。俺はここまでやったんだから、この先「Fate」に関わろうと思うならこれくらいのことをしてくれよ、という。
──めちゃくちゃハードルを上げましたね。
虚淵 いや、これはハードルを上げたことにならずに、いろいろな人に「よっしゃ俺も!」って発破をかけた形になったんです。萎縮せずに「俺も俺も」って手を挙げてくれる人が多かったから、ここまで「Fate」が大きいコンテンツになった。だからある種ネガティブな感情から生まれた「Fate/Zero」ですが、結果外伝作品が多く実を結んだと言うことで感無量です。
「ウェイバーの後年を書きたい」(三田)、「ユー、書いていいよ」(奈須きのこ)
──三田さんは、2012年に開催された「TYPE-MOON Fes.」でアニメの「Fate/Zero」を大スクリーンでご覧になったときに、「どうしても、この男(ウェイバー)の後年は語られなければならない」とお考えになったと1巻のあとがきにありました。なぜそう思ったのでしょうか?
三田 このフェスで流れた映像は、ものすごくキャラクターを掘り下げる感じに作られていまして。特にウェイバーに関しては「ウェイバーはこれから人生のスタートを切るんだ」「これからライダーの与えた使命に向かい合わなきゃいけない」という見せ方だったんです。これは、ある意味とても幸せなことで、人生にそれだけの意味を与えられた人間はどれだけいるだろうって思ったんですよね。そして、だったら、彼のこれからを、誰かが書かなければならないんじゃないかと。
──そして、奈須さんに相談を?
三田 ええ。まず友人の成田(良悟)にその話をして、フェスの3日後くらいには奈須さんに……ああ、すいません。虚淵さんもいる場で改まった呼び方するとしゃべりにくいですね。それぐらいの頃に、きのこに切り出したはずです。たぶん、先に成田がきのこに「こんなことを三田さんが言ってましたよ」って話したんじゃないかな。きのこに言ったときには即座に「ユー、書いていいよ」って(笑)。
虚淵 さして間を置かずに僕もその構想を聞いて、まさに願ったり叶ったりでした。
──虚淵さんには、ご自身で書くという選択肢もあったかと思うんです。
三田 僕も、きのこにはまず「虚淵さんがウェイバーのこれからを書く予定はあるのか」と聞くところから切り出しました。あるんだったら僕が書く必要はないですからね。
虚淵 「Zero」の満足度が高くてやりきった感があったので、そこからさらに派生する物語を新たに書き足したい、という欲求はなかったですね。でも「FGO」ではまったく新しい舞台で改めて「Fate」を描く機会だったので、喜んで引き受けさせてもらいました。
──そして“ウェイバーの後年”、つまり第四次聖杯戦争から10年弱が経ち、「アドラ」の時点で28歳であるエルメロイⅡ世を主人公にしたミステリーを三田さんが執筆していると。2015年のTYPE-MOONエースのインタビューでは、ミステリーになったのは「ロード・エルメロイⅡ世の能力からの逆算」とおっしゃっていました。エルメロイⅡ世はバトルものでは勝てないから……。
虚淵 「1人にしたら死ぬぞ」ってよく言ってますからね(笑)。
三田 バトルはグレイに手伝ってもらわないと(笑)。まず“ウェイバーの後年”を書くということから、最初は冬木(注:「Fate/stay night」の舞台となる市)の解体戦争を題材にしようと思ってたんです。
──2006年8月にコミケで発売されたTYPE-MOONの設定読本「Character Material」内の「ロード・エルメロイⅡ世」欄には、「冬木市における聖杯戦争を解体した人物」と書かれていますからね。
三田 ええ。でも企画が紆余曲折しまして、ミステリーにしようか、となった。というのは能力からの逆算もありますし、「空の境界」が半分ミステリーだったから、TYPE-MOONとミステリーの相性がいいのはわかってる。「FGO」の企画も動いていたし、「Fate/Apocrypha」(注:東出祐一郎によるスピンオフ小説)もあったし、これからもいろいろな「Fate」が出てくるだろう。それに「月姫」のリメイク版も制作が発表されていたので、TYPE-MOONの世界には「Fate」以外にもこんな面白い側面があるんだよ、というのを伝えられたらいいのでは、と。
──なるほど。確かに「アドラ」ではルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、「イゼルマ」ではアトラム・ガリアスタと蒼崎橙子、「魔眼蒐集列車」ではカウレス・フォルヴェッジとオルガマリー・アニムスフィア……と、それぞれTYPE-MOON作品からゲストキャラクターが登場します。「魔法使いの夜」や「空の境界」から知ってる人は橙子さんの活躍がうれしかったでしょうし、「FGO」ファンも幼女のオルガマリーががんばっている姿を見れて感慨もひとしおだったのでは。
三田 そういう架け橋になれたら、という思いでTYPE-MOON×ミステリーの企画を提出したんですが、そのときは「空の境界」みたいに2分冊のつもりだったんです。5つのエピソードからなる短編集で企画していました。でもきのこが「長編にしちゃおうよ!」と。
虚淵 ははは(笑)。その“5つのエピソード”というのは、今ある5つの事件?
三田 そうです、事件のトリックとかは違うんですけど。で、きのこの要望で1巻の「アドラ」が長編になったんですが、そもそもこの「1」という巻数表記、最初はなかったんですよね。本をチェックするときにいつの間にか「1」って付いてて。ライトノベルを長く書いてきているので、人気があるなら続刊も出せるようには作っているんですが、「きのこ、『1』ってあるけど俺『2』も書くの?」「書くでしょ?」「いいけど、売れ行き見てからでなくても大丈夫? 本当に?」みたいなやり取りを(笑)。
──奈須さん、面白い方ですね。「イゼルマ」のあとがきでも、構想としては1年に1冊だから次巻は冬を予定していたけど奈須さんから「夏に出せないかな?」「マコトを信じてる」と言われて上下巻に分冊し、上巻を夏に出すことになったとありました。
三田 あれもひどかったですね、僕はその夏にアニメの企画を抱えていたのに(笑)。ただ、きのこに言われると「お前がそう言うならまあいいよ。ちょっとがんばってみるよ」みたいな感じで、つい張り切っちゃうんですよね。
虚淵 わかります。奈須さん、無茶しすぎなんですよ。
三田 そうそう、明らかに本人が一番無茶してる。僕の5倍は監修するものがあるはず。
虚淵 あれを見てると手伝おうかな、という気になっちゃうんですよね。
──お話しぶりからも仲がいいのが伝わってくるのですが、三田さんが奈須さんと出会ったのはいつ頃なんでしょうか?
三田 2006年か2007年くらいだと思います。ちょうど「Fate/Zero」の1巻くらいの頃に、たまたまきのこが僕の「レンタルマギカ」を読んでいてくれたのと、「レンタルマギカ」の魔術考証をお願いしていた三輪清宗さんが、「Fate/stay night [Réalta Nua]」のゲール語考証をしていて。その縁で会う機会があって、会ってみたらすごく気が合ってちょこちょこ食事に行くようになった……という経緯ですね。
奈須さんの起源を2人が考えるとしたら……?
──おふたりから見て、奈須さんはどんな方ですか?
虚淵 底知れないですよね。付き合いが長くなりましたけど、長引くごとに底が知れなくなります。非常に人当たりが良くて気さくな方なんですが、どれだけ親しくても絶対に晒さない一面を常に維持していて。
三田 他人を入れないゾーンがありますよね。半径5メートル以内に人の気配があったら、原稿は絶対に書かないって言ってました。
虚淵 自分の中に、秘匿する場所がある感じ。魔術師みたいですね(笑)。
三田 確かに。あれだけコミュ強なのに(笑)。
──以前、奈須さんと坂本真綾さんに対談を行っていただいたのですが、奈須さんがご自身のことをたまに「きのこ」とおっしゃっていたのがとても印象的で。
虚淵 そこが底知れないところなんですよ。必ず「奈須きのこ」というアバターを構築して、そこを通して語ってくる。
──なるほど。TYPE-MOONの世界には「起源」という言葉がありますよね。“そのモノがそのモノである事をたらしめる”という、その人の本質を突く言葉で、本能と言い換えることもできます。奈須さんの起源をおふたりが考えるとしたら、どんな言葉になりますか?
虚淵 それを決して晒さないのが奈須きのこですからね。バレちゃいけないと思ってる……うーん、すごく熱狂するのに不思議と冷めたところもある人、っていう印象が強いかな。
三田 それはすごくありますね。熱狂が嘘なわけじゃないのに、違う視点も持っている。
虚淵 ええ、何かしら俯瞰している感じ。広い枠組みからものを捉えている感はあります。
三田 僕だったら、「城」って言葉にするかな。外側は飾ってるけど、内側にいろいろ隠している。それに、1人でこもって仕事やゲームをするのも大好きである。
虚淵 いいかもしれません。城といえば奈須さん、「DARK SOULS」も好きだしね(笑)。
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コミカライズは「Zero」から引き継ぐことを大事にしている
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- 三田誠(サンダマコト)
- TVアニメ化された「レンタルマギカ」ほか「クロスレ×ガリア」など、ライトノベルの執筆を中心に活躍。近年では、TRPGのリプレイ形式創作物「レッドドラゴン」のフィクション・マスター、オリジナルマンガ「Bestia ベスティア」の原作、「魔法使いの嫁」のスピンオフマンガ「魔術師の青」の原作など、多岐にわたり活躍している。
- 虚淵玄(ウロブチゲン)
- 1972年12月20日生まれ、東京都出身。ニトロプラス所属のシナリオライター、小説家。PCゲーム「Phantom PHANTOM OF INFERNO」で企画、シナリオ、ディレクションを務めデビュー。小説「Fate/Zero」、アニメ「ブラスレイター」(シリーズ構成・脚本)、「魔法少女まどか☆マギカ」(シリーズ構成・脚本)、「楽園追放 -Expelled from Paradise-」(脚本)、「PSYCHO-PASS サイコパス」(脚本)、特撮ドラマ「仮面ライダー鎧武/ガイム」(脚本)、アニメーション映画「GODZILLA」(ストーリー原案・脚本)など代表作多数。原案・脚本・総監修を務めている日台合同映像企画の布袋劇「Thunderbolt Fantasy Project」では、新作「Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌」と第3期の制作が決定している。
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