「男たちがハチャメチャやって楽しんでいた昭和」を懐かしむ映画ではない
──先ほどお話に出た「先生の白い嘘」に引き付けて言うと、「素敵なダイナマイトスキャンダル」に描かれる末井さんは、文字通り女性の裸を売り物にしているわけですよね。もちろん早藤のように乱暴なことはしないにせよ、適当なことを言って素人を脱がせては、エロ雑誌という商品にして販売している。映画を観ていて、それについて抵抗感はなかったですか?
鳥飼 そこは正直、アンヴィバレントというか……。自分の中でうまく整理が付かない部分はありました。私はこれまでレイプの被害にあった女性の主人公も描いていますし。もう少し軽いタッチの作品でも、ベースにはやっぱり男女の性差とか、社会における女性の生きにくさなんかが入っているので。そういう自分からすると当然、映画の中の末井さんを観ても、無条件で肯定はできなかったりするんですね。
柄本 この映画自体は、完全に男目線でできてますもんね。
鳥飼 たまにネットで自分の名前を検索すると、女性読者の方が「生きづらい私たちの代弁者」的なことを書き込んでくれているのも見ますし。そういったある種フェミニズム的な立ち位置を、自分が期待されていることも自覚している。その一方で、映画の中で、黙々と素人モデルの下の毛を剃っている末井さんを見て、「面白い……」って感じてしまう自分も確かにいるわけで(笑)。
柄本 ははは(笑)。そこに一喜一憂している男たちを。
鳥飼 この矛盾した感情をどんなふうに処理して生きていくかは、実は前々から、私にとってはわりと大きなテーマなんですね。
柄本 でもその矛盾って、なかなか解決しなくないですか?
鳥飼 しないですね。絶対しない。それって自分の立ち位置によっても変わると思うんですよ。私自身、子供が生まれる前と後では感じ方がまったく違っていますし。じゃあ世の中が“商品として扱われる女性”と“そうでない女性”にパッキリ二分されているかというと、それも違う気がする。
柄本 なるほどね。
鳥飼 実際にはすべての女性が、どちらの側面も持っているはずなので……。その意味で「素敵なダイナマイトスキャンダル」は、自分が持っている境界線の曖昧さについても考えさせてくれる作品でしたね。それともう1つ。この映画で描かれた後の末井さんについて、いろんな著書を通じて知っていることも大きかったんじゃないかなと。
──怒濤の生い立ちから、エロ雑誌業界のドタバタぶりを軽妙な文体で綴った「素敵なダイナマイトスキャンダル」が出版されたのは1982年。その後、末井さんは「自殺」(2013年)や「結婚」(2017年)などのエッセイ集を発表し、ダイナマイト心中した母親やご自身の離婚と再婚についても、より平易かつ内省的な文章で書かれています。
鳥飼 末井さんはその後、写真家の神藏美子さんと恋に落ちて……。映画であっちゃんが演じた最初の奥さんとは離婚してしまう。で、日々衝突を重ねながらも、1人の女性とドンと膝を突き合わせて生きていく。そこからはもう、茶番ではないと思うんですよね。今回の映画は、その部分も微妙に影を落としている気がしました。題名こそ「素敵なダイナマイトスキャンダル」になっているけれど……。
柄本 実際、脚本にもけっこうほかの本から引っ張ってきた要素は盛り込まれてますよね。冨永監督は末井さんの書かれたものすべてに目を通して。「素敵なダイナマイトスキャンダル」には入っていなかった要素も、少しずつ入れ込んでいる。たとえば、不倫相手の笛子さんとか……。
鳥飼 あの新入社員の女の子ですよね。末井さんが強引に言い寄って、その結果、心が思いきり病んでしまう。たしかに彼女のエピソードが入ることで、末井さんのヒドさがより際だって見える。無責任だし、やってることほんとメチャクチャだもん。
柄本 そうでしょうね。はい。そうだと思います。
鳥飼 あの笛子さんの描き方を見ると、この映画が単に「男たちがハチャメチャやって楽しんでいた昭和」を懐かしむ作品ではないってわかる気がします。むしろ、遊び半分で乗り切ろうとして乗り切れなかった部分が滲んでくるというか……。「世の中それだけじゃ済まないよ」という信号は、ガンガン入ってましたよね。だから女の人が観ても、必ずしも嫌悪感を引き起こすだけではない。あの茶番感が、かえって楽しめたんじゃないかなと。
柄本 絵柄的には、インパクトありますけどね(笑)。
鳥飼 ありますね。絵柄もそうだし、公衆の面前で言っちゃいけない単語をあんなにも連呼してる日本映画は、昨今そうないと思う(笑)。並べてみるとダントツですよね。それが単に懐古趣味のオモシロ映画になっていないのは、やっぱり柄本さんの表情とか佇まいの力じゃないのかなって。
柄本 ははは(笑)。そうなのかな。
鳥飼 本当に。それって「ロマンス暴風域」のサトミンにも通じるんですけど、映画のなかの末井さんを見ていると、「この人は結局、生きている無意味さを忘れられるほど誰かに振り回されたかったんじゃないかな」って思えてくるんですよね。
柄本 たしかに。その相手がときには不倫相手の笛子さんであり、ダイナマイトで心中してしまったお母さんの記憶だったのかもしれないですよね。この映画は、末井さんがパチンコ必勝ガイド(当時・白夜書房、現・ガイドワークス)という雑誌を創刊するところでエンディングになってますが、実際に末井さんをめぐる状況は、どんどんヘヴィーでディープな感じになっていくじゃないですか。もし機会があれば、そういう末井さんも演じてみたい。今度、冨永監督と飲むときに、聞いてみようと思うんです。「続編は撮らないんですか?」って。
鳥飼 あ、それ、ぜひ観たいです。あと、もしそういうチャンスがあったら、サトミン役もよろしくお願いします(笑)。
柄本 もちろんです!
- 「素敵なダイナマイトスキャンダル」
- 2018年3月17日(土)公開
- ストーリー
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岡山の田舎町に生まれ育った末井昭は、7歳のときに母・富子が隣家の息子とダイナマイトで心中し、衝撃的な死に触れる。18歳で田舎を飛び出した末井は、工場勤務、キャバレーの看板描きやイラストレーターを経験し、エロ雑誌の世界へと足を踏み入れる。末井はさまざまな表現者や仲間たちに囲まれ編集者として日々奮闘し、妻や愛人の間を揺れ動きながら一時代を築いていく。
- スタッフ / キャスト
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- 監督・脚本:冨永昌敬
- 原作:末井昭「素敵なダイナマイトスキャンダル」(ちくま文庫刊)
- 出演:柄本佑、前田敦子、三浦透子、峯田和伸、松重豊、村上淳、尾野真千子ほか
- 音楽:菊地成孔、小田朋美
- 主題歌:尾野真千子と末井昭「山の音」
©2018「素敵なダイナマイトスキャンダル」製作委員会
- 柄本佑(エモトタスク)
- 1986年12月16日生まれ、東京都出身。2003年公開の映画「美しい夏キリシマ」で主演デビュー。同作で第77回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞などを受賞する。主な主演作に映画「17歳の風景~少年は何を見たのか」「今日子と修一の場合」、テレビドラマ「シリーズ青春が終わった日 ぼくもいくさに征くのだけれど~竹内浩三・戦時下の詩と生」「生むと生まれるそれからのこと」「おかしな男-渥美清・寅さん夜明け前」「コック刑事の晩餐会」「ROAD TO EDEN」など。公開待機作として主演映画「きみの鳥はうたえる」「LOVERS ON BORDERS」が控える。
- 鳥飼茜(トリカイアカネ)
- 大阪府出身。2004年に別冊少女フレンド DX ジュリエット(講談社)でデビュー。「ドラマチック」「わかってないのはわたしだけ」を発表する。2010年に青年誌初連載作品「おはようおかえり」をモーニング・ツー(講談社)で開始。代表作に「おんなのいえ」「先生の白い嘘」「地獄のガールフレンド」など。現在は「ロマンス暴風域」を週刊SPA!(扶桑社)、「前略、前進の君」をMaybe!(小学館)で、「マンダリン・ジプシーキャットの籠城」をダ・ヴィンチ(KADOKAWA)で連載中。
スタイリング(柄本佑):林道雄
衣装協力(柄本佑):ジョンスメドレー
2018年3月20日更新