映画「ダンボ」が全国で公開された。ディズニーアニメーションの名作「ダンボ」を新たな物語として実写映画化した本作は、大きすぎる耳のせいで笑い者にされていた子象のダンボが、サーカス団の仲間の力を借りて離れ離れになった母を助けるため、大きな耳を翼に変えて大空を舞う姿を描くファンタジーアドベンチャーだ。監督は「チャーリーとチョコレート工場」「アリス・イン・ワンダーランド」のティム・バートン。「ダンボ」に思い入れが深いというバートンが、どんな世界観を作り出すのかに注目したい。
ナタリーでは本作の公開を記念した特集を展開。コミックナタリーでは、「ダンボ」をいち早く鑑賞した板垣巴留にその感想を聞いた。二足歩行の動物たちによる群像劇で、“動物版ヒューマンドラマ”と称される「BEASTARS」の著者である板垣は、マンガ家になる前は大学で映画制作を学んでいた。ディズニー作品、ティム・バートン作品のいずれも数多く観ているという彼女が、新たな「ダンボ」を観て何を感じたのか、たっぷりと語ってもらう。なお映画ナタリーではティム・バートン監督とピース・又吉直樹の対談、および又吉のインタビューを公開中。さらに音楽ナタリーではサーカス風の独特な世界観で知られる姉妹ユニット、チャラン・ポ・ランタンのインタビューを後日公開する。
取材・文 / 松本真一 撮影 / 笹井タカマサ
アニメーションの「ダンボ」はピンクの象のシーンばっかり繰り返し観てました
──板垣さんはもともと映画監督になりたかったそうですね。映画はいろいろ観られていると思うんですが、ディズニー作品はお好きですか?
そうですね。三姉妹ということもあって家にいろんなVHSがあって、小さい頃からいろいろ観ていました。
──映画だけでなく子供の頃から動物もお好きということで、今は「BEASTARS」という動物マンガを描いてらっしゃいますが、そこにディズニー作品の影響はあるのでしょうか。
影響はすごく受けていると思います。それに「BEASTARS」がこんなに受け入れられてるのもディズニーのおかげだと思っていますよ。
──どういうことでしょう?
あのマンガで動物が人間みたいにしゃべっているのを違和感なく普通に見られるというのは、皆さんの遺伝子にディズニーが刷り込まれてるからですよ(笑)。
──それは本当にあるかもしれないですね。
もちろん「ダンボ」も好きで、ぬいぐるみも持ってました。とはいえ子供の頃の話なので、ストーリーとかはあんまり理解できてなかったと思うんですけど……。でもとにかくピンクの象のシーンがすごく好きでした。
──ダンボがお酒入りの水を間違って飲んでしまったときに見える幻覚ですよね。リズミカルな音楽に合わせてピンクの象が合体したり分裂したりするという。「子供の頃に観てトラウマになった」という人は多いと思います。しかもあのシーン、5分ぐらい続くんですよね。
そうそう、めっちゃ長いんですよ。長いし怖いんですけど病みつきになっちゃって、あそこだけ異常に繰り返して観てましたね。昔のディズニーのアニメーションは子供をびっくりさせる映像がちゃんとあって、子供を軽視してない感じがあるんですよね。「ダンボ」だけじゃなくて、「ピノキオ」とか「白雪姫」も怖いシーンがあるんですよ。
──そういう怖い部分を子供騙しじゃなく、ちゃんと作っていると。
そう、ちゃんと驚かせないと、子供の心に響かないというのがわかってるんじゃないですかね。そこには子供への敬意があったのかなと思っています。
──今回その「ダンボ」をティム・バートン監督が実写映画として撮ったわけですが、この組み合わせを聞いたときはどう思いました?
すごくよさそうだなって思いました。ダンボといえばサーカスですが、サーカスって楽しいもののようで、ちょっと怖い空間というイメージもみんな心のどこかにあると思うんですよ。見世物というか、滑稽なものを笑う場所というか。ティム・バートンはそういうものをきれいに、カッコよく撮ってくれそうだなと。
──今回の「ダンボ」でサーカス団のホルトを演じたコリン・ファレルは「稀代のビジュアルアーティストであるティム・バートンと『ダンボ』ほど幸せな組み合わせはない!」と言って出演を即決したそうです。
そうなんですね。確かに期待は大きかったです。
見た目がかわいいだけでは、応援はできない
──では実際に映画を観た感想を教えてください。まず動物好きの板垣さんから見て、ダンボというキャラクターの造形についてはどうでしたか?
よくこんなにかわいくなったなと。象って本来は、暴れると人なんてなんなくやられてしまうような、ちょっと畏怖を感じさせる動物じゃないですか。それをかわいいように見せてくれてるのがすごい。
──CGで描かれるダンボは、大きすぎる耳や青い瞳といったアニメ版の特徴は踏襲しつつ、でも本物の象とも微妙に違うデザインでしたね。実際にダンボがいたらこんな感じだろうなという。
そうそうそう。バランスがすごいなと思いながら観てました。デザインだけじゃなくて、ディズニーアニメーションのキャラクターはデフォルメされた感情表現が魅力だと思うんですけど、今回のダンボはそれを全部、目だけで表現していましたよね。
──確かに、アニメーション版のダンボってボロボロと大粒の涙を流したりもするんですけど、実写版は目の表情だけで感情を表していました。
本物の象の瞳って感情がわからないですよね。悲しんでるような微笑んでいるような、怒っているようにもちょっと見えるのに、ダンボは人間に近い表情をしていました。
──「BEASTARS」でいろんな動物のいろんな表情を描いている板垣さんから見ても、ダンボの表情の作り方はすごかったと。
感情に訴えかけてきましたね。それにダンボは言葉もしゃべらないじゃないですか。セリフなしで動物のキャラを立たせるのがすごいですよ。見てるだけで性格がちゃんとわかりますからね。「優しいけどちょっといたずら好きなのかな?」とか、「割と調子に乗るところもあるな」とか。そして、どんどんダンボのことを好きになる。終盤の展開なんて、絶対にダンボを応援しちゃいますもんね。ダンボは本当に性根がいいんだなって思わされました。
──セリフがないのに、伝わってくるものは多いと。
そうですね。見た目がかわいいだけでは、本当の意味での応援はできないと思います。ダンボには「お母さんに会いたい」っていう一貫した気持ちがあって、それが伝わる描かれ方をしているから、その生き様を応援したくなるんです。
──ちなみに「BEASTARS」の主要キャラには象ってまだいないですよね。今後登場の予定はありますか?
ありますけど、どんなキャラにするか難しいですよね。「BEASTARS」は肉食動物と草食動物の本能のせめぎ合いの話だけど、象はそれ以上に、ほかの動物に対して身体の大小に関するせめぎ合いがあるかもしれない。
──周りを踏み潰したりしないように気をつけなきゃ、という。
そうそう。そこのストレスがすごいんじゃないかと。あの世界に象を出すならそっちの悩みがあるだろうなって思います。
──ほかに映画を観て印象に残った場面は?
やっぱり……ピンクの象かな(笑)。
──どんな形で出るかはネタバレになってしまうので伏せますが、アニメーションをオマージュしたシーンがありましたね。
話の流れ的には必要ないのに入れてたから、本当にアニメーション版をリスペクトされているんでしょうね。
──ティム・バートンはキャリアのスタートがディズニーのアニメーターということもありますし、もともと「ダンボ」には思い入れが深いそうで、アニメーション版のオマージュは所どころにあります。ダンボが生まれる前にコウノトリが飛んでいたり、ネズミのティモシーっぽいキャラクターもいたり。
いましたね。サーカスのとあるシーンでも、アニメーションの記憶が蘇ってきましたから、ちゃんと似た構図を撮ったのかなと。序盤の汽車が走るシーンでもアニメーションで聴いたことのある曲が流れて、グッとくるものがありました。あと汽車のシーンでは、コンテナにサーカス団員の名前とか演目が描いてあって、順番に紹介されるじゃないですか。マンガだと冒頭にあんな説明をするのはご法度なんですけど、映像だと音楽があって楽しく盛り上がっていたので、映画ならではだなと思いながら観てました。
──ああいう紹介をマンガでやると、淡々とした感じに見えるかもしれないですね。
あとは個人的にはやっぱり、ラストにびっくりしたかな。あんまり言えないですけど、ティム・バートンの「アニメーションとは別のいいものを作ったぞ」みたいな気持ちが伝わってきて、うれしかったですね。
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負の感情が名作を生み出すと思う
- 「ダンボ」
- 2019年3月29日(金)全国公開
- ストーリー
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アメリカ各地で興行の旅を続ける落ちぶれたサーカス団で生まれた象のダンボ。ダンボは、サーカスの新たな看板スターとしてショーに出るが、大きすぎる耳のせいで観客の笑い者にされてしまう。ある日、サーカスの元看板スターだったホルトの子供たちが、ダンボと遊んでいると、大きな耳でダンボが飛べることを発見する。その“空飛ぶ子象”の噂を聞き付けた大興行師のヴァンデヴァーは、サーカス団をだましてダンボを手に入れようとたくらみ、愛する母と引き離してしまう。ダンボの姿に勇気付けられたサーカス団の仲間たちは、母象の救出に挑む。大空を舞うダンボが、世界中に“勇気”を運ぶファンタジーアドベンチャー。
- スタッフ
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監督:ティム・バートン
脚本:アーレン・クルーガー
音楽:ダニー・エルフマン
音楽監修:マイク・ハイアム
- キャスト
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ホルト:コリン・ファレル
ヴァンデヴァー:マイケル・キートン
メディチ:ダニー・デヴィート
コレット:エヴァ・グリーン
- 日本語吹替版キャスト
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ホルト:西島秀俊
ヴァンデヴァー:井上和彦
メディチ:浦山迅
コレット:沢城みゆき
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- 板垣巴留(イタガキパル)
- 2016年3月、週刊少年チャンピオン(秋田書店)にて4号連続の読み切り作「BEAST COMPLEX」でデビュー。読み切りの好評を受け、同年9月に「BEASTARS」を連載開始した。「BEASTARS」「BEAST COMPLEX」ともに、草食動物と肉食動物が共生する世界を描いている。2017年、「BEASTARS」で宝島社が刊行する「このマンガがすごい!2018」オトコ編で第2位を獲得。2018年には同作が第11回マンガ大賞、第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞、第22回手塚治虫文化賞新生賞、第42回講談社漫画賞少年部門を受賞した。2019年10月からは「BEASTARS」のアニメが放送される。