フランス革命期を舞台に、死刑執行人のサンソン兄妹の生き様を描く「イノサンRougeルージュ」。作者の坂本眞一は、かねてから作品の中で死や痛みを真っ向から表現するなど、相通じる世界が根底にあるDIR EN GREYの音楽を愛聴し、メンバーと交流を重ねてきた。コミックナタリーでは今回、坂本とギターの薫の対談を企画し、「イノサンRouge」について、DIR EN GREYの音楽について、創作活動に対するスタンスなどについて多岐にわたって語り合ってもらった。
取材・文 / 森朋之 撮影 / 緒車寿一
心に突き刺さるのは、人の弱さや痛みを描いていたり、死に直面した物語(薫)
──おふたりの交流が始まったきっかけから教えてもらえますか?
坂本眞一 2014年頃に僕がTwitterでDIR EN GREYのことをツイートしたんですよ。僕は子供が3人いるんですが、10年間くらい育児と仕事に没頭していて、ずっと好きだった音楽にも触れてなかったんです。子育てがひと段落して、少し自分の時間が作れるようになった時期に音楽雑誌を読んでいたら、DIR EN GREYのすごいビジュアルが目に飛び込んできて。
薫(DIR EN GREY) ありがとうございます(笑)。
坂本 DIR EN GREYの存在は以前から知っていましたが、久しぶりに目にしたビジュアルが大きく変わっていたんですよね。髪をカラフルに染めたりと、ヴィジュアル系と言われて多くの人が想像するようなイメージが自分の中にはあったのですが、当時のビジュアルにはそういった華やかさよりは無骨さがあるというか。アルバム「ARCHE」がリリースされたときだったので、早速聴いてみたら、本当に素晴らしくて。「ライブに行きたいけど、チケットがない」みたいなことをTwitterにアップしたら、それを薫さんが見つけてくれたんです。
薫 その前から「イノサン」を読んでいたので、驚きましたね。すぐにメッセージを送って、そこから交流が始まって。
──薫さんは「イノサン」に対してどんな印象を持っていましたか?
薫 フランス革命は実際に起きたことじゃないですか。史実を自分の物語として表現するのは大変だと思うんですよ。読み始めたときから、「どうやって描くんだろう?」と興味を惹かれていましたね。
坂本 「イノサン」の一番大きなテーマは、苦しみ、傷付いていく人々を描くことなんです。昔は少年マンガのジャンルで描かせてもらっていましたが、自分自身が年齢を重ねたこともあり、完全無欠のヒーローを信用できなくなったところがあって。現実の社会でも、まったく無傷な人はいない。そういう人たちを描きたいというのが、「イノサン」の原動力になっていますね。
薫 なるほど。自分自身、マンガでも映画でも、痛みを描いた作品に興味があるんですよね。楽しいだけの作品だったり、壮大なSFファンタジーなども娯楽としてはいいと思うんだけど、心にグッと突き刺さるのは、人の弱さや痛みを描いていたり、死に直面した物語なので。
死を扱うときは、美しさも同居させたい(坂本)
──「イノサン」では処刑、拷問など、凄惨なシーンも描かれています。
薫 確かにグロい場面も多いんですが、とにかく絵がきれいなんですよ。死や暴力を美しい芸術として描いているというか。
坂本 ありがとうございます。作品の中で死を扱うときは、美しさも同居させたくて。残酷なシーンをそのまま描くのではなく、美を添えることで命の儚さを表現できるんじゃないかなと。DIR EN GREYの曲を聴いていると、勝手ながら「自分と似ているな」と思うんですよね。暴力的だったり残酷だったりするんだけど、そこには必ず美意識みたいなものが感じられて。
薫 自分も「イノサン」を読んでいて、同じ匂いを感じていました。ただ、音楽はモノではないし、目に見えないので、聴いている人にどれだけイメージさせるかが大事なんです。曲を聴いたときに、感触だったり、風景みたいなものを想像させるというか。あとは、どれだけ激しい曲であっても、どこかに儚さや美しさ、繊細な部分を感じてもらいたいという気持ちもありますね。
──“音”に関して言えば、「イノサン」には描き文字の擬音が一切使われていないですよね。
坂本 はい。例えばガラスが割れる場面で「パリンッ」と書かなくても、読者はその音を知っているはずですよね。音を喚起させる絵を描いて、あとは読者の経験を信頼しているんです。長い歴史の中でマンガの読み手のレベルが上がってきているからこそ、そういう実験的なことができるんだと思います。「イノサン」ではミュージカルのシーンを入れることがあるんですが、それは「セリフを歌の歌詞にすることで、よりストレートに感情を表現できる」と思ったから。それも従来のマンガにはなかった方法論ですね。