コミックナタリー PowerPush - サラ イネス「誰も寝てはならぬ」
祝・完結! ベールに包まれた全貌を明かす キャリア初の17000字ロングインタビュー
大人で、怖くて口がきけへんような女の人ばっかりだった
──「誰も寝てはならぬ」にはデザインの人たちのほかに、テレビや音楽事務所の人とかも出てきます。ああいう業界も見てきたことがあるんですか。
そうそう、うちの母親の友人が音楽事務所をやっていて、関西から引っ越すのに最初はその近所に住んだんですよ。遊びに行くのに近くがいいなと。もうお亡くなりになったんですが世良譲さんってジャズピアニストと母が高校の同級生で仲が良かったんですよ。その関係で、その音楽事務所の方とは、家族ぐるみで付き合いがあるんです。ヨリちゃんのモデルになった人はまさにそれで、世良譲トリオでベース弾いてらした木村新弥さんという方の奥さん。
──モデル、いらっしゃるじゃないですか(笑)。
ははは。木村新弥さんは60~70年代当時、ジャズのベーシストとしてすごい人だったんですが、ドラムのジミー竹内さんとか、そういう最高に実力のある人たちがアニメや特撮の劇中曲をかなりやってらっしゃったそうなんで、あのころの特撮モノのオープニングテーマとかいま聴いてもものすごいレベル高いですよね。ウルトラセブンのオープニングのベースとかすごいですよ。
──ヨリちゃんは作中ではモグリの割烹を開業してますけど、まさかそれも。
モグリではありませんけど、代官山のほうにお店とも事務所ともわからんようなものを作らはって、1階にカウンターがあって、みんな呼んで料理振る舞ってはりますね。
──うわー、素敵な大人って、いるところには実在するんですね……。
ヨリちゃんとか、平井さんとか、あの手の女の人っていうのは原型があって。大阪のロイヤルホテルの地下にね、セラーバーっていう、駄洒落じゃなくてワインセラーのセラーなんだけど、世良譲さんが週に1回、ピアノを弾きに来るバーがあって、当時大阪のキタの遊び人はみんなそこに集まるような店やったんですよ。
──はい。
土曜日の夜っていうのは、たまに両親に、そこに連れて行かれたんですよ。私がコンサート行ったりとかして、ほんなら帰りセラーバーで待ってるからって言って。そこで私あんまりお酒飲まれへんから、なんかエスカルゴとピラフ食べて、12時くらいまで何だか、モータースポーツの雑誌と音楽雑誌買うてきたのを、暗いバーの中でこうやって読んで、親たちが終わるのを待ってたような……そこにいた女の人たちは、それは綺麗で格好良かったんですよ。
──うっとりするようなお話ですね。東京でいうと飯倉キャンティのような。
大人で、子供の私なんか怖くて口がきけへんような女の人ばっかりだったんですよ。たまにその仲間のおっさんが、若い、ツンと澄ました女の子を連れてきたりするんだけど、よく見たらその子、タバコに火を点ける手が震えてるんです、怖くて。周りの女の人たちの雰囲気が凄いから(笑)。それのイメージなんです、ヨリちゃんとか、平井さんは。たぶん今もリーガロイヤルの下にあると思うけど、改装したそうなんでどうなっているんでしょうねえ。
恋愛の話はあまりマンガでは描きたくないんです
──オフィス寺はいい感じにゆるく脱力した空気感で、実は僕らの会社もちょっと意識してるところがあるんですけど(笑)。
ははは。あー、直接のモデルじゃないけど、私ね、コンピュータグラフィックスの黎明期に、デモンストレーション用に絵を描くバイトをしてたことがあるんですよ、大学出てブラブラしてた頃に。ダイナウェアっていう会社なんですけど、父の教え子が会社作ったっていうんで、手伝いにいってやってくれへんかと。
──ええっ、CADとかでけっこう大きな会社でしたよ。確かどっかに吸収されちゃったのかな。
そこができたばっかりだったんで、大阪大学の近所にある、もともとディスコやった部屋を借りてやってて。元ディスコだから事務所の真ん中にミラーボールがあるような、ものすごい雰囲気でやってたんですよ。
──日本のベンチャー企業の源流ですね。
開発とか、阪大の学生の子とか連れてきてて、そうすると強烈に頭がいいんだけど、仕事しながらずっと喋り続けてる男の子とかいるんですよ。社長に「うるさい!」って言われてんのに、「ハハ怒られちゃったよ、それでね」とか止まらない子で、そんなのがいてすっごい自由な空気だったんです。そこを意識しているところもありますね。
──そういったエピソードやディテールとは別に、大きなストーリーの流れというのは、決めていたことはありますか。
いや、ないですね、最終的にこの人とこの人にはうまくいってほしいというのだけは多少ありましたけど。だって、ストーリーないですし(笑)。ひたすら日常が続いていく、流れていくだけでしょ。
──とはいえ、恋愛の要素が、「豆ゴハン」よりはずっと多かったような。
ほんとはね、恋愛の話はあまりマンガでは描きたくないんですよ。でも担当さんから、やっぱり、描くと読者さんの反響がありますし、そういうの好きな方が多いんで、なんて乗せられて(笑)。だから一応、この人とこの人をくっつけて、そこはええ仲になるようにしとこか、みたいなのを考えたりもしましたが(笑)、ホントのところ、最後の最後までどんなゴールになるのかわからなかったです。
あらすじ
イラストレーターのハルキちゃんと、デザイン事務所社長のゴロちゃん。エエ年こいた大阪男が、東京は赤坂のオフィス「寺」を舞台に、愉快な仲間たちと繰り広げるボケ&ツッコミの応酬!? どこまでも続くゆる~い空気に、アナタも身を任せてみませんか?
サラ イネス(さら いねす)
オートスポーツ(三栄書房)の読者ページに投稿していたイラストが編集者の目に留まり、イラストレーターとして活動を開始。1989年、サラ・イイネス名義でモーニングパーティ増刊(講談社)にて連載開始した「水玉生活」でデビュー。続いてモーニング(講談社)で「大阪豆ゴハン」を1992年から1998年まで連載した。スクリーントーンを使わない手描きにこだわった独特の作画と、ありふれた日常を描く感性に定評がある。その後モーニングにて「誰も寝てはならぬ」を8年連載し、2011年12月に完結した。現在は次回作に向けて準備中。