コミックナタリー PowerPush - サラ イネス「誰も寝てはならぬ」
祝・完結! ベールに包まれた全貌を明かす キャリア初の17000字ロングインタビュー
影響受けたのって、ひさうちみちおさんだけですね
画材はずっとロットリングです。オモ線は0.4mmで、バック描いたりするのは0.2とか0.3ですね。ベタを塗るのは、呉竹の筆ペンの中字です。たまに細字も。他のメーカーだとホワイトを掛けると浮いてきたりしたので、呉竹じゃないとダメなんです。
──枠線もロットリング?
枠線はポスカの極細ってやつで引いたりとか。ホワイトは、えーとね、ドクターマーチンとかいう白いビンに入ったやつとぺんてるのペン修正液の極細。なるべく道具は特殊なものを使わないでおくことにしてるんです。なくなったときそこらで買えないのはアカンわと思って。
──トーンを一切使われませんよね。
使わないですね。机の上が汚いんで、トーン貼るとたぶんホコリが一緒にくっつくんですね。昔、オートスポーツで4コマ描いてた頃とか使ったりしてましたけど、ホコリがあんまり入るんでこれはヤダと思ってやめたんです。それとまあ、マンガ家というより、絵を描くという職業意識で一応来てたので、最後の線の1本まで自分で責任を持って描くっていう意識が、どっかにまだあるんでしょうね。
──トーンの網点に相当する濃淡を、タテ線で付けられてるという。
タテ線がね、どんどん目が見えなくなってきたない線になってきてるんで、そろそろ貼っつけるやつかMacにやらせるか何かにしたほうがいいかなと思ってるんですけど。
──この画風の原型ってどこにあるんですか。何かを真似した経験とか。
影響受けたのって、ひさうちみちおさんだけですね、ほんとに。それくらいじゃないかな。
──基本的には投稿時代から変わらないんですか。
1人でずっと描いてますから、ほかのマンガ家さんがどうやって仕事しているのかさえ、わからないから私は。
──最初は似顔絵的なイラストですよね。
モータースポーツ雑誌で海外のラリードライバーとかF1ドライバーの顔をずっと描いてて。あと学生の頃から、授業中にずっと描いてましたから、外人のミュージシャンの似顔絵とか。基本的には似顔絵から始まってますね。結局みんな外人顔なのはそういうことかもしれません。それに昔の少女マンガってそうだったじゃないですか。鼻が高くて、目がパッチリしてて。そういう時代的なものもあると思います。
解ったような解らんようなオチの感じは、スヌーピーかも
──絵じゃなくてお話のほうでの影響源みたいのはありますか。
最近気が付いたのは、スヌーピーですね。チャールズ・M・シュルツ。
──それはまた意外というか、どこからどうして。
子供の頃、月刊スヌーピーなる本があって、父親が英語の勉強にって毎号買ってくるんですよ。それを私も読んでたんです。もちろん英語はわからないから、谷川俊太郎さんの日本語訳で読むんですけど。
──谷川さんの訳は絶妙なところ突いてきますよね。
でも、ほんとのところの面白みやオチは、英語が解ってないと伝わってこないんじゃないかと思うんです。そうすると、それはそれで解ったような解らんようなオチの感じっていうのがあって、その感じが私のマンガによくある、どこに落ちるのか解らない感じに、かなり影響があるかと思います。あとなによりもキャラクターですね。
──たとえばどんな。
特に、サリーやルーシーやパティといった女の子たち。あの自己主張の強い厚かましさや、押し付けがましい口調は、私のマンガに出てくる女性キャラに通じるものがあるのではないかと。あと深遠な人生訓をガキに言わしたりしてるチグハグさとか……。いや、こないだひさびさに「PEANUTS」の訳付き本を読んでみて、ああそうか、これやったんやと。
──ちなみにお話を考えてるとき、これは描かないようにしておこう、みたいな、自分の中でのルールとかあったりしますか。
人が死んだりとかね、不幸ネタはあんまり描かないでおこうとは思いますね。不幸でも笑って話せるような話だったらいいんですけど、人が死んだどうのこうのっていうのはちょっと。ゴロちゃんが幼いうちにご両親を亡くして、っていうのは、あれはホント異例です。
──そうですね、ゴロちゃん実は、割と重いもの背負ってますよね。
背負ってるけど、本人はカラッとしてる。そこで救われてるから描けたっていうのがあるんですけど、あんまりそういうのは、ええ。
どっかにある事務所に、たまにカメラが入って映してる感じ
──デザイン事務所「オフィス寺」っていうのが、あのメンバー含め、実在してるとみんな信じて疑わないくらい、自然に動いてるじゃないですか。あれはサラさんの頭の中で営業中なんですか。
モデルはないです。ただどっかでやってる事務所に、たまにこう、パッとテレビカメラが入って映してるみたいな感じで描いてますね。だから完結しちゃったいまもどこかで営業してて。「豆ゴハン」もそうでしたね。そういうのがどっかにあります。
──取材とかされることは。
その話のために面と向かって取材です、っていうのはないです。実際に会った人や行った場所の記憶を色々持ってきて、というのはあります。あ、さっき言ったルールみたいな話で言うと、自分の見知った世界をなるべく描くようにしてるんですよ。旦那が本も作るような仕事ですんで、デザイン事務所は一緒に付いてったりして、見聞きして知ってたんです。デザイナーさんと話とかしてたりとか。
──オフィス寺は赤坂にある設定で、これは神宮前でも代官山でもない絶妙な所在地なんですけど、サラさん、いまお住まいは……。
赤坂(笑)。赤坂のはずれで。
──ずっと赤坂ですか?
このあたり15年以上住んでますね。
──あれ、いつまで関西にいらっしゃったんですか。
大学出て、豆ゴハンがだいたい終わるころまで関西にいましたよ。
──あ、じゃあ「豆ゴハン」は。
ずっと関西で描いてましたね。最後のほうで東京に出てきましたけど。
──どうしてまたこの辺りに住まわれたんでしょう。
それはね、神戸の地震に遭ったから、とにかくちゃんと建ってるマンションに住もうって決めたんですよ。もう高くてもいいから、って。
──いやいや、高級なだけだったら番町でも島津山でも砂土原町でもいいじゃないですか。どうして赤坂に。
赤坂って言っても、実際住んでいるとこは、あんまり高級じゃないですよ(笑)。むしろ大阪のキタの飲み屋街と雰囲気ちょっと似てるんです。新宿とかになると大阪のミナミのほうになるんでしょうけど。ちょっとそういうとこも気に入ってますね。
あらすじ
イラストレーターのハルキちゃんと、デザイン事務所社長のゴロちゃん。エエ年こいた大阪男が、東京は赤坂のオフィス「寺」を舞台に、愉快な仲間たちと繰り広げるボケ&ツッコミの応酬!? どこまでも続くゆる~い空気に、アナタも身を任せてみませんか?
サラ イネス(さら いねす)
オートスポーツ(三栄書房)の読者ページに投稿していたイラストが編集者の目に留まり、イラストレーターとして活動を開始。1989年、サラ・イイネス名義でモーニングパーティ増刊(講談社)にて連載開始した「水玉生活」でデビュー。続いてモーニング(講談社)で「大阪豆ゴハン」を1992年から1998年まで連載した。スクリーントーンを使わない手描きにこだわった独特の作画と、ありふれた日常を描く感性に定評がある。その後モーニングにて「誰も寝てはならぬ」を8年連載し、2011年12月に完結した。現在は次回作に向けて準備中。