劇場版 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか ― オリオンの矢 ―|原作&脚本の大森藤ノが描いた“未知の世界”

坂本真綾さんのアルテミスは清楚さがにじみ出ている

──新ヒロインのアルテミスというキャラクターは、どのように生まれたのですか?

主人公がヒロインを助ける物語にしようと決めたときは、ヒロインを女神にしようとはまだ考えていませんでした。どんなヒロインがいいか手探り状態だったのですが、「ダンまち」は神話の要素をたくさん取り込んでいる作品なので、そこを踏まえて、ヒロインを神様にしようと思ったんです。神話の中でもネームバリューの高い神様が登場すると物語に入りやすいし、より楽しんでもらえるのかなと思い、ヘスティアと同じ「三大処女神」のアルテミスにしました。一応、原作の中でもヘスティア、アルテミス、アテナが「三大処女神」であるという設定だけは出していたので。それで神話について改めていろいろと調べ、アルテミスと(神話ではその恋人の)オリオン、この2つを物語のキーワードに決めました。

ヘスティア、アテナと並ぶ3大処女神の一柱であるアルテミス。厳粛で規律を重んじる性格で、特に色恋沙汰には異常なほどの厳格さを求める。

──アルテミスは、原作の中でもいずれ登場させる予定だったキャラクターなのですか?

具体的な予定はなかったのですが、タイミングがあれば出せたらいいな、くらいには考えていました。アテナのほうは実は予定があります(笑)。いろいろな読み物の中では、アルテミスよりもアテナのほうが格上な印象があるけれど、自分の中ではアルテミスのほうが上というか、すごく貞淑で高潔なイメージがありました。神話の中で言われているほど気難しい印象もなかったんです。だから、もし原作の中で出すとしたら、ちゃんとした見せ場のある魅力的なキャラクターとして出したいと思っていました。

──アルテミスという女神自体、惹かれるモチーフではあったのですね。

「劇場版 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか ― オリオンの矢 ―」より。

ただ、これはネタバレに関わるので詳しくは話せないのですが、ある設定のせいで、最初は脚本上でキャラクター性が見えづらいキャラクターになってしまって。監督をはじめとしたスタッフさんともかなり話し合いを重ねました。最終的には、とても魅力的なヒロインになったと思っています。あと今回、アルテミスのキャラクターデザインと、ほかのキャラクターのオリジナル衣装のデザインは、本編のコミカライズをやっていただいている九二枝さんに担当していただいたのですが、アルテミスのデザインが決まったとき、脚本も加速したといいますか。この雰囲気、この表情をしてくれるのであれば、こういうキャラクターなのだろうということが見えてきて、セリフもよくなっていった実感がありました。

──この取材に備えて、脚本、コンテ、PVなどの資料を拝見しましたが、アルテミスはとても魅力的なヒロインだと思いました。坂本真綾さんの声が加わることで、アルテミスの魅力がさらに膨らんだところもあるのでしょうか?

もちろん、そうですね。坂本さんのアルテミスを聴かせていただいたとき、清楚さがにじみ出ているというか……。坂本さんにやっていただいてよかったと心の底から思いました。この物語を考えたとき、まず頭に浮かんだ最後のシーンのお芝居についても、自分の想像よりも上をいかれた感があって。自分の想定していたものとは違ったのかもしれないのですが、「こっちのほうがいい!」と思わせてくれるくらいに力のあるお芝居でした。

整合性うんぬんではなく、面白さを追求して書いて

──主人公のベルに関しては、本作でどのような魅力を見せていきたいと考えていましたか?

「劇場版 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか ― オリオンの矢 ―」より、ベル・クラネル。

劇場版の脚本を作っていた時期は、スマートフォン向けゲーム「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか~メモリア・フレーゼ~」の(原案とプロデュースを担当した)1周年記念イベントのシナリオにも着手していて。「映画もゲームも出し惜しみはなしだ」ということを自分のスローガンにしていたんです。だから、ゲームのほうはスタッフさんから「これをゲームでやってもいいのですか?」と言われたくらいのシナリオにして、劇場版も「これ、本編じゃなくていいんですか?」と言われるくらいの内容になっています。どちらも時系列的にはアニメの1期と2期の間、原作では5巻と6巻の間のお話ですが、内容的にはこの時期にやっていいお話ではないんですよね(笑)。敵が強すぎるし、ベルはまだ未熟すぎる。もし本編で劇場版の話をやるのであれば、11巻以降じゃないとベルは太刀打ちできないと思っています。そのくらいのすごいストーリーにさせてもらいました。だから、原作の6巻以降の流れを知っている方が観ると、ちょっと「あれ?」と思ってしまうかもしれないのですが、そこは、小説やテレビとは別媒体ということで、目をつむっていただければなと思います(笑)。

──それくらい手強い敵と戦う、ベルの活躍が観られるわけですね。

そうですね。テレビとは媒体も違いますし、整合性うんぬんではなく、面白さを追求して書かせていただきました。

──ヘスティアに関しても、本作での見どころなどを教えてください。

脚本の第1稿を上げたとき、「大森さんは薄情だなあ。アルテミスのキャラクターは立っているけれど、ヘスティアはあまりキャラが立っていないですよ」と言われてしまって(笑)。

──監督からそう言われたのですか?

監督やスタッフさんですね。監督の桜美(かつし)さんはテレビの1期から(コンテや演出で)参加してくださってはいたのですが、密なやり取りをするのは初めてだったので、こんなストレートな言葉ではなく、すごくオブラートに包んで話してくださっていたんです。でも、以前からの(親しい)スタッフさんは、「大森さんは本当に男の子ばっかりで女の子に興味ないよね」って(笑)。もちろん嫌いではないのですが、どうしてもベルの話を優先してしまうところがあって……。それに、アルテミスの話にしたかったという思いもむき出しになっていたみたいです。先ほどもお話ししましたが、アルテミスをかわいく描きながら、ヘスティアの出番も増やすことが一番難しかったところではありました。

「劇場版 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか ― オリオンの矢 ―」より。

──どのような形で、それを実現したのですか?

ヘスティアはアルテミスの友達だから、ベルのことが好きというだけでなく、アルテミスにも心を寄せるんだろうなと思ったんです。そう考えたとき、自分の中で3人の関係がカチリとはまって。スタッフさんもすごくよくなったと言ってくださいました。それでも、まだ少し不安はあったのですが……。アフレコでヘスティア役の水瀬(いのり)さんの演技を観たとき、「これでよかった。正解だったんだ」と確信できました。

メインの3人に加えて、ヘルメスにも注目してほしい

──ベル、ヘスティア、アルテミス以外に、本作で特に注目してほしいキャラクターを教えてください。

「ベルのファン」を自称する男神・ヘルメス。飄々とした性格で、おどけた言動も多いがその大半は演技であり、実は勘も鋭く頭も切れる食えない人物。

一番注目してほしいのは、実はヘルメスなんです。ファンレターなどを読んでいると、彼は意外とヘイトを買っているなと感じるのですが、自分にとってはすごく親近感のわくキャラクター。主人公に助言をしてくれるけれど、完全に仲間でもないし、敵でもない。悪さもするし、いいこともするし、トリックスター的な存在です。自分はすごく頼りにしているし、いつもワクワクしながら書いているんです。今回のお話では、ベル、ヘスティア、アルテミスのトライアングルに加えて、ヘルメスにも注目してほしいなと思います。

──公式サイトのキャラクター紹介ページには7人しかいませんが、ヘルメスは7人目に入っています。それだけ重要な存在ということですね。

ヘルメス役の斉藤(壮馬)さんも収録前に、「ヘルメス、今回すごいですね」と興奮しながら言ってくださって。「裏主人公くらいの気持ちで書きました」とお伝えしました。

──久々のアフレコの雰囲気はいかがでしたか?

OVAから約2年ぶりのアニメではあるのですが、アニメがなかった期間もゲーム(「メモリア・フレーゼ」)の収録は定期的にあったので、久々の収録という雰囲気はありませんでした。ベル役の松岡(禎丞)さんや、リリ(リリルカ)役の内田真礼さん、ヴェルフ役の細谷(佳正)さんたちのかけ合いは、観ていて笑顔になってしまうようなお芝居でした。まさに、「『ダンまち』が帰ってきた」という感じで、安心して観てもらえると思います。

「劇場版 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか ― オリオンの矢 ―」より。劇場版にはリリやヴェルフらおなじみの仲間も登場する。

──それではこのあたりで、映画公開前に掲載されるインタビューの前編を締めようと思うのですが、公開を楽しみにしているファンに向けてメッセージをお願いします。

今回のシナリオでは、「『ダンまち』が帰ってきた」というワードを大切にしつつ、「『ダンまち』は、こういう作品でもあるんですよ」という新たな面も打ち出したものにさせていただきました。脚本を書き始めた頃は1人で自信もなかったのですが、監督やスタッフさん、キャストさんのお力によって、「ダンまち」が好きな人にすごく喜んでもらえるだけでなく、新しい景色も見てもらえる作品に仕上がっています。“未知”のものを楽しみにしている神様のような気分で、劇場に足を運んでいただければと思います。

──映画が公開されたら、試写などではなく、お客さんとして映画館で観てみたい気持ちはありますか?

どうせだったら、この作品に関する記憶を消してから観たいですね(笑)。もちろん、原作であり作った側として映画を観るのは初めての体験ですから、この立場で観るのも楽しみですが。やっぱり、映画やアニメを子どもの頃から楽しんできた身としては、何も知らない未知の状態で観てみたいと思ってしまいます。だから、ファンの皆さんのことをすごく羨ましくも感じているんですよ(笑)。


2019年2月22日更新