私のSF用語はほぼダジャレ
──「大ダーク」にはSF要素もありますが、SFを描いていて大変なことってありますか?
何が大変かって、用語だということがやってみてわかりました。SF小説とかも、独自のカッコいいSF用語があるんですが、私にはカッコいいのは無理だなって最初に思って。だから想像しやすい、簡単な言葉で作るようにしようと決めました。
──巨大小学校船タイボクガン、光土コンテナ、光油先生、闇の皮、闇のニーモツ……とてもオリジナリティに溢れているし、難解な用語ではなく親しみやすい字面です。
主人公側のアイテムは“闇の某”、敵対勢力の光力塊が作ったものは“光”土コンテナとか“光”油先生とか、ネーミングのルールを決めて。まずそれを決めるのにすごく時間がかかりました。
──SFマンガのネーミングだと、「BLAME!」の珪素生物とか、「シドニアの騎士」の奇居子(がうな)とか、弐瓶勉さんの作品がパッと思いつきますね。
弐瓶勉さんは本当にカッコよくて上手で……! 私にはそういうカッコいいのは不可能! そっちじゃないほうで行くしかない。“闇のニーモツ”とか、私のはほぼダジャレです。
──1話を読んだとき「この世界の人がみんな持ってる“ニーモツ”って、もしかして“荷物”ってことなのかな? リュックっぽいし」と思ったんですが、やはり?
そうですね、私、リュックが好きで。ネタ帳に雑誌から切り取ったリュックの写真が大量にあるんです。だからリュックをキャラにしちゃえ!と、闇のニーモツ・アバキアンが生まれました。それに“みぼすぱん”も、めちゃくちゃ悩んで。
──サンコの大好物・みぼすぱんですね。カイマンの大好物で「『ドロヘドロ』と言えば」という食べ物になった大葉餃子のように、「大ダーク」にも食べ物を出したいと?
ええ、なんかキャッチーな飯を出さなきゃと担当編集とも話していて。おにぎり、うどん、ラーメン、カレー……いろいろ検討したんですが、どれも世界観に合わない。どれも餃子に勝てないんです。「汁物がよくないっすか?」「宇宙で汁物はスっと出せない」とか打ち合わせを重ねるうちに「パンはいいね」となりました。
──パンまではわかるんですが、みぼすぱん……つまり“ミートボール・スパゲティを挟んだパン”に行き着く発想が面白いです。思いついたとき「これだ!」となりました?
「これだ!」とは思ってない(笑)。落書きでミートボール・スパゲティのパンを描いて、「ギトギトしていておいしそうでいいな」と思ったんです。でも名前が思いつかなかった。ミートボール・スパゲティ・パン……MBS(エムビーエス)パンならSFっぽいかなとか考えて。でも突然「みぼすぱん!」って閃いたんです。覚えやすいしいいかな、これでいこうと。
──林田さんは過去のインタビューで、「ドロヘドロ」のキャラにマスクをつけさせた理由を「顔を描き分ける自信がない」「クリーチャーのようなデザインが好き」とおっしゃっていましたが、「大ダーク」でもマスクをつけているキャラクターが多くいますね。
「ドロヘドロ」でクリーチャーっぽいデザインをたくさん描いて、読んでもらえた体験が大きいですね。「またマスクか」と思うかもしれないんですが、作家ごとに求めるものは違うんじゃないかなと。例えば、ずっと激しい音楽をやっていたバンドが突然キャッチーでアコースティックなサウンドに変わったら、それはそれでいいんですけど「こういうのを求めて買ったんじゃないのにな」って思ったり。だからそんなに自分の特徴を変えなくてもいいかって気持ちです。自分の好きなものを描こうと。
──お話を聞いていると、林田さんは「好きだから描く」「これは自分には描けない」という線引きがすごくはっきりしてますね。
そうなんです。私は嫌いなものを避けて、好きなものだけを描いてる。例えばストーリーにしてもキャラクターにしても、「ああいう感じを今の読者は求めていて人気があるから、私も描いてみるか」みたいな判断は絶対にできなくて。あまりにも融通が効かない……なんなんだろう、ちょっと頭がおかしいのかもしれない(笑)。マンガ家として、流行に乗れなかったり描けないものがあったりするのはヤバいと危機感を持ってるんですけど、絶対に譲れないところで。嫌いなものは本当に嫌いで、好きなものは本当に好きなんです。だから絶対に描かないものがあるし、好きなものは何がどう好きなのか全面に出していく。
──「ドロヘドロ本」の川崎ぶらさんの解説では、「作者が何かを避けようとしている形跡をいくつも見てとることができる」と考察されてます。
ぶらさんにはバレてるんです(笑)。だから多くの人に好まれる、青春とか恋愛とかは私の作品には入ってないと思います。
マンガを描く=単行本を作っている
──林田さんの作品は、単行本の装丁にかなりこだわっていて所有欲をそそります。林田さんはどのように装丁に関わっているんでしょうか?
場合によるんですが、例えば画集(「ドロヘドロ画集 MUD AND SLUDGE」)はコズフィッシュの祖父江慎さんと藤井瑶さんにお任せで、私はほぼノータッチでした。ずっと祖父江さんの装丁が好きで、ダメ元でお願いしたらOKしてくれたんです。打ち合わせで「こうにしてみたいので、これを描いてください」と言われて、それに合ったものを描いたくらい。ものすごくこだわってくれて、原画はスキャンじゃなくて撮影してるんですよ。
──なるほど。確かに、林田さんのカラーって立体的なものも多いですよね。ダンボールや麻に描いたり、造花やポリ袋を使ったりと、画集を作るにあたりどうやって画像として取り込むんだろうと思っていたんですが、物撮りしていたと。
そうです、それに絵の下に敷く紙を絵ごとに変えてくれたり。打ち合わせでそういう構想を聞いていたらもう悪いものになるわけない、と思って「全部お任せします」と。「ドロヘドロ」の単行本のときは、当時の担当の堀さんが「なんか鱗つけたーい」って言って(笑)。
──それで表紙に鱗っぽいエンボス加工を(笑)。
デザインは関根信一さん(セキネシンイチ制作室)が担当してくれて。1巻のときにタイトルの位置とかフォーマットが決まったので、あとは表紙の絵を自由に描いて関根さんに「どうでしょうか?」って出して、「こうしたほうがいいんじゃない?」ってやり取りして。私は絵を描くことだけしかできないんですけど、毎回ちょっと凝ったことしたいなってデザイナーさんと一緒に作り上げていく感じが楽しかったです。
──「大ダーク」も凝ってますよね。厚い透明プラスチックのカバー、マンガの単行本では見たことないです。
「大ダーク」は本当に大変でした。「ドロヘドロ」もこだわったから「『大ダーク』でも何かやらないとね」と話してて。サイズを「ドロヘドロ」のA5版から、通常の少年マンガのB6版にするっていうのは決めてたんです。書店に並べやすい、キャッチーなサイズにしたくて。
──「大ダーク」の装丁は、佐々木俊さん。
はい。ゲッサンで連載していた「カメントツの漫画ならず道」の装丁を担当したデザイナーさんで、「大ダーク」のロゴも作ってくれた方です。私はどんな装丁が技術的に可能なのかわからないので、「何か変わったことがしたいんです」と言ったらいろいろアイデアを挙げてくれて、その中にプラスチックのカバー案が出てきた。そんなの見たことなかったし「無理だよね」と話していたんですが、担当さんと佐々木さんが小学館の制作担当と営業担当を説得してくれて実現しました。
──プラスチックの質感やカバーを外した際のギミックなど、電子ではなく紙の本として持っておきたい佇まいですよね。
ええ。「大ダーク」の装丁、すっごく気に入っています。私はマンガを描くのって単行本を作ってるという意識が強いんです。それは物体としての本が好きだから。ストーリー展開を考えるときも、「2巻にはここまで入れる」とか単行本1冊の単位で考えることが多くて。単行本の装丁でパッケージして完成だと思ってます。
──2巻のカバー裏がどんな絵になっているのか、楽しみです。そういえば、「ドロヘドロ」初代担当の堀さんは「大ダーク」についてなんと?
堀さんは「大ダーク」をとても面白いと言ってくれています。堀さんに褒められると安心します。「もっと親しみやすい女性キャラが欲しいなあ」とも言われてしまいましたが(笑)。
──まだ目が6つあるデスと、いきなり槍で突いてくる店谷=ボックスくらいしか女性キャラがいないから(笑)。
確かにそうですね。やっぱりいろいろ、売れるマンガと逆行してる。本当に心配な「大ダーク」です。
かねてより「ドロヘドロ」の大ファンで、アニメ版にジョンソン役として出演していた木村良平。そんな木村に「大ダーク」の1・2巻を読んでもらい、メッセージを寄せてもらった。
みなさん、お待たせしました。「大ダーク」です。なんだそれは。
僕は、林田球氏の前作「ドロヘドロ」が大好きで大好きで、人生で初めて自分が関わっていない漫画作品のグッズを買って、頼まれてもいないのに雑誌に作品を語るコラムを書いて、アニメ化の際にかのジョンソンを演じることが出来た時には、飛び上がって喜んだ。そんな僕にとって氏の新作を手に取ることに勇気がいったことは、ご理解いただけることと思う。
しかし、杞憂であった。そこに懐かしいドロヘドロを感じさせる物語があったからではない。あの作品は見事に完結して、彼らは今も僕ら読者の中に生き続けている。
そこに広がっていたのは、僕が初めてドロヘドロに触れたときの、ぞくぞくと心をくすぐる新宇宙(2重の意味で)だったのだ。
誰も見たことのない世界。確かに息づく文化。真面目なんだか不真面目なんだか分からない、だけど酷くヘヴィなものを背負っていそうな芯ある登場人物たち。相変わらず言葉にするのは難しいが、やはり感じたのは(以前コラムにも書いた)「覗き見ている感覚」。その世界に飛び込んでいくのとは違うんだ、分かってほしい! 覗き見ているからこそ感じる憧れや、カメラの画角の外側に広がる匂いや奥深さがそこにはあるのだ!
具体性のまるでない感想で申し訳ない。僕には未だに林田氏の作品を語る力は無いらしい。おとなしくもう一度、「大ダーク」の世界を覗きに帰ります。良かったら、あなたもご一緒に。新たな混沌の中へ。