コミックナタリー Power Push - 松本テマリ&芝村裕吏「キュビズム・ラブ」
前代未聞の「箱」ヒロインを生んだ 原作者と作画者が語るコミカライズの裏側
「わたし、箱です。それでも好きになってくれますか――?」斬新なコピーが目を引く「キュビズム・ラブ」は、交通事故に遭い、箱に脳が入っただけの存在となってしまった女子中学生ノリコと、青年医師・篠田の関係を描いたピュアラブストーリー。目下コミックビーズログ キュン!(エンターブレイン)にて連載中だ。
原作は「高機動幻想ガンパレード・マーチ」などで知られるゲームクリエイター・芝村裕吏。作画は「今日からマのつく自由業!」など、「まるマ」シリーズのイラストやコミカライズを手がける松本テマリが担当した。コミックナタリーでは、この前衛的なコミカライズの内情を知るべく、芝村と松本の対談を敢行。制作の裏側から作品の見どころまでを語ってもらった。
取材・文/坂本恵 編集・撮影/唐木元
この作品は松本テマリへの限界テスト
──まず作品の作り方からお聞きしていきたいのですが、芝村さんからテマリさんに渡される原作はどんなものですか?
芝村 いわゆるプロットとも少し違って、小説の形になったものをテマリさんに渡します。僕は作家によってはコマの割り付けを書いた字コンテを渡す場合もありますが、「キュビズム・ラブ」の場合はそれはないです。字コンテを渡してしまうと意図から大きく逸れることは防げますが、作画さんの創造性を摘んでしまうことにもなりますから。
松本 シナリオを頂戴してから私がネームを制作。それを芝村さんにチェックしていただいて、そこで何もなければ下描きに入ります。ただ、ネームに修正が入ったことはそんなにないですよ。
芝村 や、それは組んでいる作画さんによります。新人さんの場合はいろいろと指示を出します。例えば「同じ角度からの女の子のカットが3回連続で入ってるけど、これは大丈夫ですか」とか、「人間の自然な視線移動を妨げてるよ」とか。ただ「キュビズム・ラブ」はとても構成力が必要なお話なのに、テマリさんのネームにチェックを入れることはほとんどない。それはやはりテマリさんの手腕ですよね。
松本 とんでもない。ありがとうございます。
──「キュビズム・ラブ」には構成力が必要、というのはどういう意味でしょう。
芝村 このお話にはさまざまな制約があるんです。登場人物は事実上3人しかいない。主人公のノリコは箱なので、表情が決して出ない。さらに基本的に病室から動かない、などなど。その制約の中で、いかにうまく絵に起こすか。高度な積みパズルゲームみたいなものです。これはやはり構成力があるからこそできる芸当で、ぶっちゃけ「キュビズム・ラブ」は「松本テマリに限界テスト」みたいな企画ものです(笑)。普通の人には打てない球を投げてみようっていう。
松本 そうなんですか……! 今、初めて聞きました(笑)。
原作と作画は野球で言うと「バッテリー」
──難題だらけのシナリオですが、テマリさんが難しいと感じるのはどういうところですか?
松本 構図ですかね。動きの少ない作品なので、同じ構図の繰り返しになってしまうことがあって。それは毎回工夫しなきゃと心がけてます。
芝村 構図に関しては感心するところが多いですね。例えば第1話。最後に主人公が箱だっていうのがわかるまでの絵的な伏線の張り方は見事です。これはおかしいぞ、普通と違うぞっていうのがカットにうまく出ているなあと。箱だとわかるシーンに至るまで、主人公の1人称カメラはずっと下から見上げている構図なんですね。ほとんどのコマで天井が見えている。
──本当ですね! 言われてみれば……。
芝村 はっきり意識する読者さんはまずいないと思うのですが、なんとなく違和感が伝わるはずなんです。それが最後に「あんた箱だよ」って鏡を見せられたコマの衝撃につながる。ここら辺はやはり、テマリさんの本領発揮というところだなあと。
松本 ありがとうございます。あんまり言葉で説明されるとくすぐったいです。
芝村 しかも話が進むにしたがって、最初下から見上げていた目線が、だんだん上にあがっていくんですね。幽体離脱するように。
松本 そうですね。登場人物が増えてきたので、上から見渡せるように俯瞰を増やして。あまり意識してやってることではないですけど……。
芝村 実は毎回視線を気にしてました。作画さんによっては気付かないうちにそういった大きな決まりごとみたいなのが崩れていっちゃう人もいるんで。原作と作画は野球で言うとバッテリーなんで、いつもチェックして、「大丈夫かい、フォーム崩れてるぜ」みたいなことを言わないと。
松本 そうやって、いろいろ指摘していただけるのはありがたいですね。
あらすじ
陸上の試合に向かう途中で、事故にあったノリコ。目が覚めるとそこには、ノリコを心配そうに見つめる青年医師・篠田の姿があった。笑うと子供っぽくなる篠田に好感を持つノリコ。 だが、篠田の口から、衝撃の事実が伝えられる。事故に遭ったノリコは肉体を失い、小さな黒い箱に入った“脳”だけになってしまったのだと──!? 松本テマリ×芝村裕吏の豪華クリエイターがお贈りする、究極のピュアラブストーリー。
松本テマリ(まつもとてまり)
4月8日生まれ。2000年12月に発売された「今日からマのつく自由業!」(著:喬林知、角川書店刊)に始まる「まるマ」シリーズの挿絵とコミカライズを担当。現在はコミックビーズログ キュン!(エンターブレイン)で「キュビズム・ラブ」を、月刊ASUKA(角川書店)で「今日からマのつく自由業!」を連載中。
芝村裕吏(しばむらゆうり)
4月30日生まれ。ゲームデザイナーにして原作者。「高機動幻想ガンパレード・マーチ」「絢爛舞踏祭」などのゲームを手がけ、高い評価を得る。現在はコミックビーズログ キュン!(エンターブレイン)で「キュビズム・ラブ」を、電撃マ王(アスキー・メディアワークス)で「ガンパレード・マーチ アナザー・プリンセス」を連載中。