コミックバンチがWeb雑誌にリニューアル!新編集長×マンガ家・井上淳哉が“継承と革新”のための企画会議 (2/2)

Webでも長編が読まれる時代だからこそ、骨太な作品を増やしたい

──今回のリニューアル創刊に際しては、「継承、そして革新へ」というフレーズが出されていました。「革新」の部分はいろいろ出ましたが、「継承」するバンチらしさとはなんなんでしょう?

井上 まずいつのバンチか、ですよね。それこそ週刊時代は原(哲夫)さん、北条(司)さんのいる雑誌という感じだったし。

西川 僕自身は月刊時代に入ったので、やはり月刊のイメージです。作家性のある方が揃った雑誌だなと感じていました。

井上 「作家性がある」って編集者に言われたら、僕みたいなひがみ気質のマンガ家は悪口だと思っちゃいますよ。意味を考えちゃいます(笑)。

前列が週刊コミックバンチ最終号。後列左から月刊コミック@バンチ創刊号、月刊コミック@バンチの増刊・ゴーゴーバンチ創刊号、月刊コミックバンチ最終号。

前列が週刊コミックバンチ最終号。後列左から月刊コミック@バンチ創刊号、月刊コミック@バンチの増刊・ゴーゴーバンチ創刊号、月刊コミックバンチ最終号。

──一般ウケしないってことか?と(笑)。

西川 いやいや(笑)。バンチの作家さんって作家性を担保しつつ、しっかりエンタメとして一般にもウケています。相反しそうな要素が同居しているのが素晴らしいなと思っています。

井上 月刊バンチはある意味舵取りをしてなかったですよね。みんなが好き好きに面白さを追求して結果を出していた。「怪獣自衛隊」も自衛隊というデリケートなモチーフを描いているので、編集部によっては及び腰になってもおかしくない。でも、新潮社もバンチも動じずに描かせてくれるのがいいところだと思っています。

西川 そうおっしゃっていただいてありがたいです。

井上 もう1つ今日編集長に聞きたかったのは、バンチKaiでは僕は何をすればいいですか、ということです。マンガを描くのはもちろんですが、それ以外のところで何をしたらバンチKaiを盛り上げていけるでしょう?

西川 井上先生に何かをしていただきたいというより、井上先生のようなマインドを持った作家さんを育てていきたいと思っています。後に続くような骨太な作品を描いてくれる作家さんが集まる場所にしたい。

井上 骨太な作品は増えてほしいですね。

井上淳哉

井上淳哉

──骨太な作品ってどういうものでしょう?

西川 骨太な作品とは何かという前に、ネットでバズりやすい作品というのがあるじゃないですか。例えばラブコメ作品やエッセイマンガなど、共感性の強い作品はバズりやすい。それはそれで大事だと思っています。ですが、単に共感性が高いだけだと、瞬間的にはバズるけど、ファンになってもらって、単行本を買ってもらうところまではたどり着けないということもある。その瞬間「そうだよね」と思ってもらえれば「いいね」はつくんですが、それはほかの作品でもいいし、動画とかでもいい。しっかりとファンになってもらうには、その作品でしか味わえない物語性や、作家さんの主張がある作品である必要があると感じています。そういった要素を備えているものが、骨太な作品だと考えます。

井上 縦軸と横軸ですよね。「西遊記」で言えば、孫悟空が都度妖怪を倒していくというのが横軸、天竺へ行くというのが縦軸。横軸が面白いことももちろん重要ですが、骨太の作品を作ろうと思ったら「この後どうなるんだろう」という縦軸が重要になってくる。ネットではサクッと読めて面白い作品がウケやすいという意味で、横軸が重要になりやすいですよね。

西川 そうですね。特にTwitterが浸透しはじめた10年くらい前はそうでした。当時はWebやスマホでマンガを読むことに読者も慣れていなかった。ボリューム的にも50ページもあったら、その時点でまず読んでもらえなかったです。20ページ前後、せいぜい30ページくらいにまとめてほしいと言っていました。ですが、今はみんなスマホでマンガを読むことに慣れていて、長いものでも読んでもらえるようになっています。骨太な長編もWebで戦えるようになっているし、バンチKaiでもそういう作品を出していきたい。意識して長編を作るというのは編集部内でも言っています。コミックバンチから移行する作品にも「怪獣自衛隊」をはじめ骨太な作品があります。1本2本でなく、もっと増やしていきたいです。

井上 作家からするとそういう骨太な作品をやろうと思うと、「この先何年この作品と付き合っていくことになるんだろう」という気持ちになる。それにちゃんと付き合ってくれる、安心して描ける媒体だというのがわかるといいですね。

西川 バトルものや歴史物など、骨太の作品は作家さんも編集者も作るのにカロリーが必要ですからね。双方が「それでも作りたい」と思っている必要があります。少なくとも、編集部としては作りたいという気持ちを持っていますし、それを実際に連載という形にしてお見せできればと思っています。それが媒体の色にもつながっていくと思うので。

編集者だけでなく、マンガ家と一緒にマンガ家を育てるべき

──雑誌の色って、ヒット作はもちろんですが、あるヒット作や作家さんに憧れる若手作家さんが集まることで生まれるという側面もあると思います。そういう意味で、新しい作家さんの発掘・育成も重要になりそうです。

西川 はい。今はSNSからデビューという形が多くなっていますが、意外と持ち込みなども多いんです。コロナ禍があってオンラインで持ち込み可能にしたことで、気軽に来てもらえるようになった。

──木下いたる先生も長年やりたかった企画を持ち込んで「ディノサン」の連載が決まったそうですね。

西川 そうです。持ち込み以外にも、「BBGP(バンチボーダーレスグランプリ)」などのマンガ賞もしっかり応募があります。マンガ家志望者が増えているという手応えもあるし、デビューにつながるサイクルもできているので、それをバンチKaiでも引き継いで新人を育てていきたいです。

井上 そこは大事ですよね。応募する作家側からすると、持ち込みやマンガ賞って不安なんです。何を言われるかわからないし、どこに持っていくのが自分にとってベストなのかもわからない。だから、バンチに持っていったらこういうアドバイスをもらえるんだというのがわかるといいと思います。例えば持ち込みの様子を一部動画にして出したり。こういうセッションをしているんだっていうのがわかる。

西川 なるほど。

10人の部員が在籍するコミックバンチKai編集部。編集部のあるフロアには、壁にコミックバンチの歴代表紙がずらりと貼られている。

10人の部員が在籍するコミックバンチKai編集部。編集部のあるフロアには、壁にコミックバンチの歴代表紙がずらりと貼られている。

新作の原稿とネームを入れるボックス。この中のものが、毎月1回の連載会議にかけられる。

新作の原稿とネームを入れるボックス。この中のものが、毎月1回の連載会議にかけられる。

井上 それと、作家の育成に関しては常々思っていることがあるんです。編集者だけでマンガ家を育てるのは限界があるんじゃないかって。

──どういうことでしょう?

井上 例えば、編集者は具体的にコマ割りをいじって直すことはできないじゃないですか。そこまで踏み込んでしまうと、作家を傷つけてしまう。だから、仮に具体的な指示ができたとしても、抽象的なアドバイスに留まるしかない。内容についても作家はアドバイスを受けてアイデアを出し直すけど、それがボツになることもある。これを繰り返すと鬱になってしまう。親身になって一緒にアイデアを考えてくれる編集者もいますが、これも失敗しやすい。一緒に迷走しちゃうんです。僕はよく水泳に例えるんですが、作家は泳いでいる人なので、波にさえぎられたりして視界が悪い。だから、編集者は一緒に泳ぐんじゃなくて、船の上から的確な指示を出してほしい。ただ、それでも足りないと思うんです。泳ぎ方を教えてくれる人も必要なんです。

──マンガの場合は伝統的にはアシスタントを通じての師弟関係というのがありましたよね。

井上 僕の元アシスタントで今はヒット作家になっている人がいるんですが、実は僕は今もあやつのネームをチェックしてます。アシスタントを共有しているので、あやつの進行が遅れると僕にも影響が出るから始めたんですが(笑)。でも、これはすごくいいんです。あやつがある程度僕のことを信頼してくれている……というのがかなり重要なのですが、グサッと本質を突いてもへこたれないし、具体的なアドバイスもできる。結果的に、チェックと修正のキャッチボールがすごく速くなる。

どんな「新しいこと」が出てくるか注目して

──今はアシスタントもリモートが増えていますよね。

井上 昔は自分の描きたい作品、絵柄に近い作家さんのところにアシスタントに行ってましたよね。そうすると、自分の絵柄に合ったアドバイスもしてもらいやすい。編集者とマンガ家という2つの軸で意見をもらえていたのがよかったんだと思います。直接アシスタントに行く機会が減った今なら、編集者とマンガ家がタッグを組んで新人を育てる仕組みがあってもいいかなと思います。たとえば、ちょうど連載をしていないベテラン作家さんにアドバイザーとして参加してもらうとか。マンガ家から新人に直接技術をアドバイスできるというのは、今までの出版社にはなかったと思います。僕も協力できますよ。流れて読めるネームの切り方とか具体的に教えられます。

西川 そうですね、作家さんが集まって、育てていける場にしないといけないと思っています。

──そのためにもいろんな「新しいこと」をやっていこう、と。

西川 はい。読者の皆さんにはこれからどんな新しいものが出てくるかを楽しみにしてもらえればと思います。サイトをオープンしてからもいろんなことをやっていこうと思っているので。

井上 僕は基本的には今までどおりマンガを描いていくだけですが、Webに移行しましたし、雑誌でできなかったこともできたらいいなと思っています。バンチでも巻末の目次で質問に答えることはやっていましたが、この質問が読者からのものだったらもっとモチベーションが上がる。読者もより作品や媒体に参加できますし。

西川 そういうふうに雑誌のことを考えてもらえるというのは、作品を描いてくれる以上にありがたいことです。我々もがんばります!

左から西川有正編集長、井上淳哉。

左から西川有正編集長、井上淳哉。

西川有正編集長&井上淳哉が選ぶ
コミックバンチKaiでまず読んでみてほしい1作

西川有正編集長が選ぶ1作

「応天の門」1巻

「応天の門」(灰原薬)

自分の担当作品はもちろんおすすめなのですが、担当作品以外からであればこの作品です。僕自身が歴史もの好きなんですが、作品としてもちょうど盛り上がってきています。応天門の変や菅原道真の今後は多くの人がご存知だと思うんですがその歴史的事実に合わせて物語がどうなっていくかに注目してもらいたいです。

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井上淳哉が選ぶ1作

「ディノサン」1巻

「ディノサン」(木下いたる)

絶滅していたと思われていた恐竜が日常に溶け込んでいる世界の物語です。第1話で登場する恐竜がギガノトサウルスと、いきなり通好みなんですよ。僕がプレイしている「ARK: Survival Evolved」という恐竜サバイバルゲームにも出てくるんですが、桁外れにヤバくて思い入れの強い恐竜なんです(笑)。「ディノサン」では恐竜が動物園みたいなところで飼われているんですが、園外の世界がどんなふうになっているのか考えるのも楽しいです。

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プロフィール

西川有正(ニシカワアリマサ)

少年マンガ誌の編集者を経て、2015年に新潮社に入社。くらげバンチ編集部にて「極主夫道」「売国機関」「クマ撃ちの女」などを立ち上げたのち、2024年、コミックバンチKaiの編集長に就任。

井上淳哉(イノウエジュンヤ)

1971年10月18日生まれ、高知県四万十市出身。1992年にゲーム業界に就職し、主に弾幕系シューティングを手がける。その後、2001年に本格的にマンガ家として活動を開始。2009年から2018年にかけて週刊コミックバンチおよび月刊コミック@バンチ(新潮社)で「BTOOOM!」を連載する。2018年から2022年まで月刊コミックバンチで連載された「BTOOOM!」のスピンオフ「BTOOOM! U-18」では原案として協力。2020年には月刊コミックバンチで「怪獣自衛隊」の連載をスタートさせる。同誌のリニューアルに伴い、「怪獣自衛隊」は今年4月からコミックバンチKaiで週刊連載されていく。