「正反対な君と僕」「氷の城壁」の阿賀沢紅茶とお友達になりたい! マンガ大好き芸人・吉川きっちょむのマンガ家交友録 (2/2)

マンガ作りの中で実感したコミュニケーションの大事さと難しさ

吉川 でも、人の気持ちがわからないタイプだったのが、どうして今こんなに解像度高く人の気持ちを描けるようになったんですか?

阿賀沢 考えるようになったのは社会人になってからですかね。働くようになるとやっぱり考えなくちゃいけないことも多くなるし、この人はどんなふうに思っているんだろうとか考える機会も増えるじゃないですか。仕事だけじゃなく、年齢もあるんでしょうけど。10代だったらこういうマンガは描かなかったと思います。

「氷の城壁」カラーカット ©阿賀沢紅茶/集英社

「氷の城壁」カラーカット ©阿賀沢紅茶/集英社

吉川 僕も大学を卒業するまで全然感情がなくて、家族にもロボットと話してるみたいとか言われてたんです。マンガを読んでいく中で感情を勉強していったみたいな。

阿賀沢 AIじゃないですか(笑)。

吉川 マンガでディープラーニングしました(笑)。でも、いろんな人生経験が作品につながったんですね。

阿賀沢 じんせいけいけん……そう言うとなんか偉そうですかね、エヘヘ。ここ、カッコよく書かないでほしい(笑)。インタビューだとヘラヘラしてる感じがあんまり伝わらないですよね。「これまでの人生経験が作品に活きてる」って文章で読むと、めっちゃカッコいいこと言ってるみたいになるから(笑)。

吉川 ト書きで書かれてたらいいんですけどね、「ヘラヘラしながら言った」って(笑)。

阿賀沢 (笑)。でも、大人になるにつれて考えることが増えたって感じですね。

吉川 仕事って遊びじゃないから真剣に考えるようになりますしね。

阿賀沢 そうですね。あと、意外とマンガ家ってコミュニケーションが重要なんだなって痛感してます。編集さんにネームを出したときになんでそのシーン描きたいのかをちゃんと伝えないといけないし、アドバイスを受けたときも自分がどうしたいかとか説明する必要がある。できあがりきっていない作品を誰かに見てもらって、一緒に調整していくという作業が初めてだったんで、その会話、コミュニケーションがめっちゃむずいなって最初の頃は思っていました。

吉川 なんか、そのマンガ作りの話自体が、阿賀沢先生のマンガのテーマに近い感じがしますね。対話を重ねて自分の考えていることを言語化してわかってもらうっていう。言語化能力の高さって、そういうやり取りをしていく中で鍛えられた面もありそうですね。

吉川きっちょむ

吉川きっちょむ

阿賀沢 そうですね。実はマンガを読んでいただけの時期は、四季賞を受賞するような雰囲気の作品にめっちゃ憧れてたんですよ(笑)。読んだ人によって感想が変わる系とか、あとは皆さんで考えてくださいみたいな雰囲気の作品。

吉川 それはみんな憧れますよね(笑)。

阿賀沢 作中でわかるように全部説明しなくちゃいけないみたいなのはダサいっていう、嫌な尖り方をしてたんですよ。素人のくせに(笑)。

吉川 尖ってますね。

阿賀沢 ただ、自分で読んでいて憧れるものと自分の作風に向いているものは違うし、連載媒体も考えて描かないとただ読者が離れていくだけなので。どこかのタイミングで、自分で完全に説明しきったと思っても伝わらないことがあるのは割と普通だなって感じたんですよね。そこからはうるさいくらいに説明して描こうって思うようになりました。憧れは憧れで、自分が描くならそういうほうがいいというか。

吉川 阿賀沢先生の作品を読んでいると、今まで自分になかった考え方とか視点をインストールさせられることがあって、そういう全部言語化してくれているのも関係しているのかもしれないです。

「正反対な君と僕」のあの名物キャラは登場する……?

吉川 「氷の城壁」は縦スクロールマンガですよね。今は縦スクロールのままの配信に加えて、単行本では横読みの形に再構成されています。縦横それぞれの面白さってどんなところでしたか?

阿賀沢 縦スクロールの場合、コマが下へ進んでいくので、それを使った演出や見せ方がキマるとうれしかったです。例えば、しゃべっているキャラクターの顔から見せて、そのまま下にスクロールして足元のアングルになると、読者がその場にいると思っていなかっただろう別のキャラクターの足が映り込んで、その場にいたことがわかるという演出なんかはうまくいったなと思いました。

「氷の城壁」8巻第73話より。©阿賀沢紅茶/集英社

「氷の城壁」8巻第73話より。©阿賀沢紅茶/集英社

「氷の城壁」タテヨミ版73話より。タテヨミ版では画面をスクロールしていくと、隣に別のキャラクターもいたことが判明する。©阿賀沢紅茶/集英社

「氷の城壁」タテヨミ版73話より。タテヨミ版では画面をスクロールしていくと、隣に別のキャラクターもいたことが判明する。©阿賀沢紅茶/集英社

吉川 横読みのマンガとは感覚が違う演出ですね。動画的でカメラワークに近いというか。横読みのほうはどうですか。

阿賀沢 「氷の城壁」の単行本版に関しては、再構成をしてくれる編集スタジオさんが横に組み替えてくれているんですけど、横読みになってより印象的になったシーンもあります。まだ単行本版が出ていないんですけど、秋の夕方に登場人物たちが話をするシーンがあるんです。夕日の感じとか含めて自分でも気に入っているシーンだったんですが、横読みでは見開きにしてくれていて、それがうれしかったです。縦スクロールマンガはスマホに合わせているので横が狭くて、見開きのような表現は難しいので。

吉川 表現方法がかなり変わりますよね。「正反対な君と僕」は横読み形式ですけど、どれくらいで慣れましたか?

阿賀沢 今も慣れてないんですよ(笑)。ネームがめっちゃ遅いんです。コマ割りが無理すぎて。考えた話をどうコマとして配置して、どうページに収めるかというのがもう……!

吉川 え、そうなんですか!? 勝手にネームが得意な人だと思ってました。

阿賀沢 絵がゆるいからネームが好きな人だと思われることも多いんですが、絵を描くほうが断然好きです。

吉川 キャラクター作りはどうですか? 「氷の城壁」も「正反対な君と僕」も群像劇的で、いろんなキャラクターが登場しますよね。登場時に設定みたいなものを考えたりするんですか?

阿賀沢 「氷の城壁」を描き始めたときは、箇条書きで「こんなタイプ」って並べていたりしたんですけど、描いてるときに見返すことがなかったし、あとから見ると「全然違うじゃん」ってなったりしたんで(笑)。だから、キャラ表みたいなことはやらなくなりましたね。なので、今はざっくりこういう系統の人というのは考えてますけど、あとはそういうタイプのあるあるエピソードみたいなものを積み上げることで、じわじわ固めていく感じです。

「正反対な君と僕」カラーカット ©阿賀沢紅茶/集英社

「正反対な君と僕」カラーカット ©阿賀沢紅茶/集英社

吉川 なるほど。描いている中でだんだん蓄積されていくわけですね。

阿賀沢 ただ、割と作中で実際描いても描かなくてもいいやってくらいの設定を考えておくと、「だからこういう発言がポロッと出てくる」みたいな場面が描けるので、あとでそれを回収することもあります。作中で設定を言わなかったとしても「そういうこと言いそうなキャラだもんな」って思ってもらえる範囲なら不自然にならないですし。

吉川 そういう裏設定みたいなものでいうと、ずっと気になってたんですけど、「正反対な君と僕」でずっと会話の中にだけ登場するガパチョってキャラクターがいますよね。ガパチョは今後登場しますか……?

「正反対な君と僕」1巻第1話より。ガパチョの名前は第1話から登場している。©阿賀沢紅茶/集英社

「正反対な君と僕」1巻第1話より。ガパチョの名前は第1話から登場している。©阿賀沢紅茶/集英社

阿賀沢 野暮だなあ(笑)。

吉川 そうですよね!! すみません!!

阿賀沢 きっちょむさんは出てくるのと出てこないの、どっちがいいですか?

吉川 いや、そんな僕の意見なんて! 出てくるかどうか楽しみにして連載を追おうと思います! もっといろいろ聞きたいことがあるんですが時間になっちゃいましたね。「吉川きっちょむのマンガ家交友録」という企画なので、実際にお友達になってまたいろいろとお話をお伺いできるとうれしいです。

阿賀沢 光栄です! ぜひよろしくお願いします。

吉川きっちょむ ©阿賀沢紅茶/集英社

吉川きっちょむ ©阿賀沢紅茶/集英社

プロフィール

吉川きっちょむ(ヨシカワキッチョム)

1988年12月11日生まれ、吉本興業所属。マンガ好き芸人としてさまざまなテレビ、ラジオ、YouTube番組や雑誌などに出演している。吉本興業所属タレントからなるよしもと漫画研究部では部長を務めており、お笑いライブ「行け!よしもと漫画研究部!」を定期的に開催。マンガをテーマにしたポッドキャスト番組「週刊マンガ獣」の配信も行っている。

阿賀沢紅茶(アガサワコウチャ)

2020年に縦スクロールマンガ「氷の城壁」にてデビューし、2022年からは少年ジャンプ+で「正反対な君と僕」を連載中。同作は「このマンガがすごい!2023」のオトコ編第9位、「マンガ大賞2023」第3位、「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2024」男性部門賞など数々の賞を受賞し、発行部数は100万部を突破している。