マンガ好きとして知られるお笑い芸人・吉川きっちょむ。さまざまなテレビやラジオ番組、雑誌などに出演し、よしもと漫画研究部では部長を務めている。そんな彼にお友達になりたいマンガ家を尋ねたところ、縦スクロールマンガ「氷の城壁」にてデビューし、「正反対な君と僕」が「マンガ大賞2023」第3位やコミックシーモア主催「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2024」男性部門賞を獲得するなど数々の賞を受賞している阿賀沢紅茶という回答を得た。
そこでコミックナタリーは「マンガ大好き芸人・吉川きっちょむのマンガ家交友録」と銘打った企画を実施。吉川にインタビュアーを務めてもらい、自身に考えてもらった質問を携えて阿賀沢を直撃した。
文 / 小林聖撮影 / 武田真和
「正反対な君と僕」
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いつも元気で誰とでも仲良くなれる女子・鈴木は、実は周りの目を気にしがちな高校生。クラスメイトで、物静かながらも自分の意見をはっきり言える谷くんに片思い中だけど、鈴木は周りの目が気になって谷と普通に接することができずダル絡みばかり。そんな中、鈴木が勇気を出して行動を起こしたことで2人の恋は進展していき……。真逆な2人の等身大のやり取りを描くラブコメディ。コミックシーモアの「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2024」男性部門賞を受賞している。
「氷の城壁」
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主人公は表情や態度、近寄りがたいオーラから周囲との間に壁のある女子高生の氷川小雪。本当は人と接するのが苦手なだけだったが、中学時代の経験から高校では誰ともつるまずに1人で過ごしていた。ところが、雨宮ミナトという男子だけはなぜかグイグイ距離を詰めてきて……。学校の人気者・美姫、のんびり優しい雰囲気の陽太も加わり、高校生4人のもどかしく愛おしい青春が展開されていく。コミックシーモアの年間ランキング2022の女性部門で第1位を獲得した青春ストーリーだ。
少数の人に刺さればいいな、が出発点
──この対談は電子書籍サイト・コミックシーモアの特集の一環でして、吉川きっちょむさんにお友達になりたいマンガ家にインタビューしてもらおうという企画です。吉川さんに希望を聞いたところ、阿賀沢紅茶先生とお話ししたいというリクエストがありオファーさせていただきました。
吉川きっちょむ このお話をもらったときに、最初に阿賀沢先生のお名前を挙げさせてもらったんです。本当に一番お話ししたかった方なので、今すごい緊張してて……。ちょっと待ってくださいね……(呼吸を整えて)あの、ご、ご趣味は?
阿賀沢紅茶 アハハ(笑)。
吉川 ちょっとアイドリングしないとと思って(笑)。実は以前出演されたラジオを聞いたりして知っていたんですが、レゲエとかヒップホップなんかがお好きなんですよね?
阿賀沢 そうですね。マンガ家になってからは特に、読むものとか目で追うものより、作業しながら聞ける音楽みたいな娯楽が多くなってる気がします。
吉川 マンガ家になろうと思ったきっかけって覚えてますか?
阿賀沢 実は明確に「なろう!」って思っていたわけではないんです。絵を描くのは好きだったので「絵を描いたり、デザインをしたりするような仕事につきたいなー」というぼんやりとした気持ちはあったんですけど、自分がお話を作れるとは思っていなかったので。
吉川 でも実際には、「氷の城壁」は2年以上の長期連載作になりましたよね。
阿賀沢 確かにそうですね。「氷の城壁」はもともと趣味で描いていたものを「集英社少女マンガグランプリ」っていう企画に応募してそこから連載になったんです。ただ、読者さんの反応を見るまでは、「これはわざわざマンガにするほどの内容じゃないんじゃ……?」って感覚で。派手な設定や展開があるわけじゃないし、誰か少数の人に刺さったらラッキーくらいの気持ちで描いてました。
吉川 まさに刺さりました! ごく普通の学生たちの些細な出来事を丁寧に丹念に掘り下げていて、これは誰にでもできることではないと思いながら読んでいました。今は「正反対な君と僕」を連載中ですよね。これは読み切りから連載になった作品ですが、最初から連載を見据えていたんですか?
阿賀沢 いえ、全然。もともと「氷の城壁」をもっと知ってもらうためにTwitter(現X)で何か描こうと思ったのがきっかけなんです。「○○が××する話」みたいなマンガがTwitterで流行った時期があったじゃないですか。ああいうのを描いて読んでもらえたら、そこから「氷の城壁」を知ってもらえるかなって。
吉川 まさに僕がそうです。「正反対な君と僕」で阿賀沢先生を知って、そこから「氷の城壁」にもハマっていった。
阿賀沢 やったー! 計画通りですね(笑)。なので、構成的にもTwitterでの見え方を考えて作りました。Twitterって画像を1投稿につき4枚まで付けられるじゃないですか。見開きを1画像にすれば最大5枚。だから、3ページから5ページごとに「次のページも読みたいな」と思ってもらえるような何かを入れたいと思いながら構成していきました。
吉川 すごい現代的ですね。
阿賀沢 でも、結局初出は「少年ジャンプ+」になったんであまり意味なかったんですが(笑)。
吉川 でも、定期的に何か惹きつけることが起こるっていうのはマンガには大事なことですしね。
阿賀沢 はい。悪いことではなかったと思います。
友達に「これ、お前だろ」とバレて反響を実感
吉川 「少年ジャンプ+」で掲載になったのはどういう経緯だったんですか?
阿賀沢 「氷の城壁」はまだ会社員をやりながら描いてたんです。最初は「これを描き上げたらまた会社員1本に戻ろう」くらいの感じだったんですけど、思った以上に連載が長くなっていって。ここだけの話、働きながら週刊連載をするのって、実はけっこうしんどいんですよ。
吉川 みんな知ってます(笑)。
阿賀沢 だから、会社員をやりながら完結まで持っていくのは無理かもって思うようになったんです。でも、自分は縦スクロールマンガしか連載をしたことがなかったので、本当にマンガ家としてやっていけるのかなって不安があって。なので、「正反対な君と僕」は横読みの白黒マンガの練習として描いてみたという面もありました。で、ちょっとずつ描いて読み切りとして完成した頃に、ちょうどコミティアで出張編集部をやっていて。会社を辞めるかどうかの占いみたいな感じで持ち込んでみたんです。自分がマンガ家としてやっていけるのかどうか、ちょっと感想をもらおうって。
吉川 そこで担当さんと運命の出会いがあったんですね。
阿賀沢 はい(笑)。そのときはジャンプ編集部というものに偏見があって、「感想がもらえればいいほう」「ジャンプ(向きの作品)じゃないねって言われるだろうな」と思ってたんですけど、思いのほか褒めてもらえて。そのまま掲載できるくらいに言ってもらえたので、「もしかしたら横読みのマンガでもいけるんじゃないか」ってそこで思ったんです。
吉川 そこでようやくなんですね。
阿賀沢 石橋を叩いて叩いてようやく渡るタイプなんです。
吉川 でも、「氷の城壁」の時点で反響は大きかったんじゃないですか? コミックシーモアの2022年年間ランキングの女性コミック部門でも1位になりましたよね。手応えも大きかったのでは。
阿賀沢 手応えを感じたのは、年間ランキングというより、シーモアさんに広告をたくさん出してもらったときですかね。そのタイミングで「もしかして今めっちゃ読まれてる?」って感じました。編集さん経由で「今読まれてるよって」褒められたりもして。でも、年間1位はウソでしょ?って感じでした。
吉川 当時SNSでの反響はいかがでしたか?
阿賀沢 その頃には「正反対な君と僕」の連載も始まってSNSのフォロワーもじわじわ増えてきていた時期だったんです。それが連載の影響なのか、「氷の城壁」が読まれるようになったからなのかまではハッキリわからなくて。でも「氷の城壁」関連のキャンペーンの告知をしたときの反応も徐々に大きくなっていて、そのへんで「読まれてるなあ」とは感じましたね。あと、友達にマンガ家であることがバレて連絡が来たんです(笑)。そんなに広告出してもらってるんだってびっくりしました。
吉川 お友達もよくわかりましたね(笑)。
阿賀沢 字でバレたんです。くせ字過ぎて(笑)。「これ(描いてるの)、お前だろ」って言われるわけでもなく、無言で私のTwitterのトップのスクショがLINEで送られてきて。
吉川 (笑)。「正反対な君と僕」はコミックシーモアの電子コミック大賞2024の男性部門賞を獲得していますよね。
阿賀沢 本当にありがたいことです。ちょうど今月「正反対な君と僕」と「氷の城壁」の新刊が出たんですが(取材は3月中旬に行われた)、販促物の片方にはコミックシーモア年間ランキング2022女性部門1位って書いてあって、もう片方には「電子コミック大賞2024」男性部門賞受賞ってあって。それを見て「シーモア様、これからもよろしくお願いします」って思いました(笑)。「氷の城壁」が特になんですが、あの広告を打ってもらった時期がなかったら今もこんなことになってなかったんじゃないかな。(コミックシーモアの)会社がある方向には足を向けて寝られません(笑)。
吉川 両作とも男女問わず楽しめる作品だと思うんですが、ターゲットを意識したりはしていますか?
阿賀沢 「氷の城壁」は縦スクロールで、特に当時は学生さんとかスマホをよく触る人が読むだろうと思っていたので、10代の現役学生の子が楽しめるように、リアルに感じるようなものを、とイメージしました。「正反対な君と僕」も同じように学校を舞台にした話なんですが、こっちは縦スクロールマンガとはまた読者層が違うとは思っていたので、学生時代の気持ちがキリキリするような部分はひかえめにして、描いているものの根は同じなんですが卵とじするというか、苦いものを感じすぎないようにしようとは思っていました。
普段笑わない人のツボがわかる瞬間が嬉しい
吉川 先生のルーツもすごく気になるんですよ。どんなマンガを読んできたんですか?
阿賀沢 小学生って無限に時間があるから同じマンガを何度も読んでました。「魔法陣グルグル」とか「赤ずきんチャチャ」とか、「ハレグゥ(ジャングルはいつもハレのちグゥ)」とか……。恋愛とかシリアスなシーンが入りそうになっても、隙あらばふざけるみたいなマンガばっかり読んでました。そういった作品が好きなので、自分で描くときもそういうシーンが入りそうになると茶化したくなるというか。
吉川 あー、なんかわかります! 僕も「魔法陣グルグル」好きでしたけど、デフォルメの感じとか線の丸みとか、確かにルーツと言われると納得です。この話を聞けただけでもう今日は大満足!! もうここで終わってもいいくらいです。
阿賀沢 これだけじゃ記事にならないでしょ(笑)。
吉川 でも、「氷の城壁」も「正反対な君と僕」もそういうコメディ要素や小ネタが多くて楽しいです。一方で、登場人物が自分の内面を言語化する、その解像度の高さにハッとするんですよね。やっぱり学生時代から人の気持ちとかに敏感なほうだったんですか?
阿賀沢 いや、よく学生時代の自分に近いキャラクターはいるのかとかも聞かれるんですけど、私自身はもう全然人の気持ちがわからない人間だったので(笑)。
吉川 えー、そうなんですか! 中学・高校時代ってどんなタイプだったんですか?
阿賀沢 友達といるのはもちろん楽しかったですけど、たくさんの友達に囲まれてってタイプではなく、何人かの仲のいい子とずっと一緒に過ごしてる感じでしたね。マンガのキャラクターだとすごく目立つタイプか、すごく地味なタイプのどちらかが多くなりやすいですけど、そのどっちでもないというか……。でもそういう人が現実では一番多いタイプなんじゃないかと思います。学校自体も好きだったかといわれると、楽しい瞬間もあったし、学校という空間に二度と戻りたくないという気持ちもある。描いているマンガもそんな感じですよね(笑)。
吉川 でも、僕、阿賀沢先生の描く高校生活ってすごい憧れるんです。僕は男子校だったんで、「正反対な君と僕」の西さんとかが、聞こえてきた男子たちの会話にクスっと笑ってる感じとか、あのすぐ近くに女子がいる感じがすごくよくて。
阿賀沢 近くの席の会話が面白くて笑っちゃうみたいなことは実際ありましたね。
吉川 ああいう場面すごく印象的です。クスって笑う女の子がすごくかわいらしく描かれていたので、阿賀沢先生のフェチ的な部分だったりするのかなって。
阿賀沢 普段あんまり笑わない、どんなことで笑うのかわからない人が初めて笑うのを見るのは好きですね。「(この人が面白いと思うのは)これか!」みたいになる瞬間がうれしい。
吉川 おしゃべり自体は好きなんですね。
阿賀沢 好きですね~。前に「氷の城壁」の担当さん2人が作品についてインタビューを受けていたときの配信を聞いたら、「私がどんな人か」って聞かれて2人とも「めっちゃしゃべる」「ずっとしゃべってる」って言ってました。
吉川 打ち合わせでも雑談が多かったり?
阿賀沢 人のエピソードトークを聞くのが好きすぎて(笑)。学生時代ってやっぱりいろいろ経験しているじゃないですか。こんなことがあった、あんなことがあったっていうのを聞いちゃいます。きっちょむさんの学校はどんなでした?
吉川 僕の学校はすごいマンモス校でしたね。1学年18クラスあったんです。
阿賀沢 ジューハチ!?
吉川 遠いクラスとかだと、トイレまで歩いて3分くらいかかりました。往復で休み時間が終わる(笑)。
阿賀沢 へぇー! 話を広げていい部分かわからないんですけど、そういう学校の食堂ってどうなってるんですか?
吉川 ほかの学校がどういう感じかはわからないんですけど、席はめちゃくちゃありましたね。
阿賀沢 そっか。その学校に通っていた人にとっては食堂といえばそれがスタンダードなんですもんね。
吉川 僕の話はいいんです、先生の話をもっと聞きたい!
阿賀沢 こうやって脱線しまくるから編集さんに「すごいしゃべる」って言われる(笑)。