マンガを読むなら紙が一般的だった時代に立ち上がり、ガラケーからスマホへと閲覧環境の変化を経て、今や月間利用者数3500万人超という多くの人に愛される電子書籍サイトとなったコミックシーモア。20周年を迎える2024年8月に向け、特設ページがオープンするなど数々の企画が進行中だ。
ここでは、どんな作品がコミックシーモアでよく読まれてきたのかを振り返る。マンガ好きとして知られる吉田尚記アナウンサーとともに、2004年から2023年まで1年ごとの人気上位作品を見ていった。シンプルに作品名が羅列されたデータから浮かび上がってきた、マンガ業界やユーザー属性、電子書籍に対する人々の向き合い方の変化とは。自分が読んでいたマンガの名前を探し、当時を思い返しながら読んでほしい。
取材・文 / 小林聖撮影 / 武田真和
欠品なしですぐ読める電子書籍の魅力
──今回はコミックシーモア20周年を記念して、これまでの売れ筋作品を振り返っていく企画です。まず吉田さん自身は電子書籍とどんなふうに付き合っていますか?
僕はもともと中学生くらいの頃から、マンガを年間100冊以上は買っていました。社会人になってからは年間500冊以上。なので、社会人になって気づいたら所有するマンガが1万冊以上になってしまって、物理的に死ぬって思ったんです。でも、マンガって捨てられないじゃないですか。
──捨てたくないですよねえ。
だから、その頃からもう電子に切り替えていきました。2010年代の初めくらいまでは電子で出ていない作品もけっこうあったので紙で買っていましたが、今はほぼすべての作品が電子で買える。なので、最近はマンガに関しては99%電子です。
──所蔵スペースももちろんですけど、電子書籍は読み直したいと思ったときにパッと出せますしね。
それなんです。だから、最近多いのが紙で持っているはずのマンガを電子で買い直すパターン。だって、(持っているけど)見つからないんですもん。
──すごくわかります! 探すくらいなら買っちゃえってなりますもんね。
うちに大島弓子作品が(紙・電子合わせて)何冊あるか……。
──うちだと吉野朔実作品がそれですね(笑)。あと、藤子・F・不二雄作品とか。
F先生に関しては子供の頃に買ってもらった藤子不二雄ランド版がそもそもあって、2009年に藤子・F・不二雄大全集が出てそれを買って、電子でまた買っちゃうという。
──ありがち!! じゃあ、電子書籍デビューはかなり早いほうなんですね。
2010年代初めにはもう買い始めてました。僕が発起人を務める「マンガ大賞」が2008年に始まったんですが、その当時はまだ電子書籍は周りでも浸透していなかった。買い始めたのはたぶん4年目くらい……2011年頃だったと思います。
──2010年には初代iPadが登場して、日本でもこの年が電子書籍元年と呼ばれています。
2011年の「マンガ大賞」で「進撃の巨人」が初めてノミネートされたんですが、話題になりすぎていて店頭にあまりなかったんですよね。「本屋さんに行ってもない。なら電子書籍という選択肢もあるんだ」という感じで手を出し始めた人がいた記憶があります。
──店頭在庫がなくならないというのは電子書籍の大きな魅力ですよね。品薄もそうですが、紙の単行本は完結すると意外とすぐに店頭からなくなっていきますし。
そうなんです。あと、僕は最近大きなテレビでマンガを読むのにハマってます。今、端末からUSB-Cケーブル1本でつなげられたりするじゃないですか。それで大画面で読むんです。
──うわ! 面白そう!
大きい画面で見るとやっぱり迫力がすごいですから。「こんなに描き込んでたんだ!」とか新しい発見もある。入ってくる情報量が違いますから、オススメです。
携帯電話というパーソナルな画面だからこそ売れた作品
──では、どんな作品がコミックシーモアではヒットしてきたのか、2004年から2023年までのデータを見ていきましょう。最初期は古い作品が多いですね。
2004年だとまず上がっているのが「サラリーマン金太郎」(本宮ひろ志)! ほかにも「俺の空」や「男樹」(ともに本宮ひろ志)なんかも入ってたり、本宮先生強いですねえ。あ、この頃からもう「静かなるドン」(新田たつお)が入ってるんですね。「静ドン」がこんなに売れるなんて思わなかったですね。
「静かなるドン」
──2020年には年間売り上げ6億円を記録したり、電子書籍でのヒット作品の代名詞ですよね。
我々世代からすると床屋さんにあるマンガという感じなので「なぜ今!?」と思いましたね。
──長い作品ですし、電子でないと改めて1巻から読む機会がなかったのもあるんでしょうね。で、読むと止まらなくなる。
面白いですからねえ。あと、早いうちから女性向け作品も人気ですね。2005年には「快感♥フレーズ」(新條まゆ)や「闇のパープル・アイ」(篠原千絵)、「BASARA」(田村由美)などが入っている。
──早くから電子化していたんですね。
2006年頃になるとちょっとエッチな作品が盛り上がってきますね。前年から入っている「快感♥フレーズ」に加え、やはり新條まゆ先生の「悪魔なエロス」とか、「まんがグリム童話 金瓶梅」(竹崎真実)、「夜まで待てない。」(太田早紀)、「罪に濡れたふたり」(北川みゆき)……携帯電話向けならではという感じがしますね。
──本棚に並べておくのはちょっと恥ずかしいけど、携帯電話というパーソナルな場所なら読みやすい、と。
「東京大学物語」(江川達也)とか男性向けの作品も多いですが、やっぱり女性向けが目を引きますね。2009年頃は人気上位の多くが女性向け。当時は「レディコミ」なんて呼ばれてましたが、こういった市場を電子で開拓してきたのが2000年代後半なんでしょうね。それにしても「金瓶梅」は強い! 2006年から2015年までずっと売れ筋作品に入ってる。
「まんがグリム童話 金瓶梅」
──コミックシーモアのヒット作といえばこれというイメージがありますね。
電子発のヒット作という感じですよね。僕、「金瓶梅」の紙の単行本って見たことがないですもん(笑)。
小さなガラケーでも読みたいと思わせるマンガ
──この時期、「金瓶梅」だけでなく、ぶんか社の「まんがグリム童話」シリーズとして「吉原 華の乱」(岡田純子)なんかも売れ筋に入っています。
あー、そうそう! この頃、ぶんか社の作品はみんな電子になってるイメージがありました。ほんわら(本当にあった笑える話)系の実録もの作品とか早いうちから充実していたイメージです。
──この頃は携帯向けサイトが盛り上がっていた時期ですよね。魔法のiらんど発の「恋空」が書籍化されて大ヒットしたり。
ニッポン放送の会員制携帯サイトもものすごく人気になっていました。上司からコンテンツの相談を受けたりしましたね。
──2000年代前半は完結済みの作品が多く、懐かしさで買い直している人が多そうな印象でしたが、2000年代後半になってくるとリアルタイムで連載中の作品が増えてきた感じがします。
2008年には「すんドめ」(岡田和人)や「ふたりエッチ」(克・亜樹)、「都立水商!」(原作:室積光、作画:猪熊しのぶ)なんかが入ってますね。「すんドめ」とか書店にもめちゃくちゃ置いてありました。
「すんドめ」
──ただ、時代的に言うと、iPhoneが日本で発売されたのが2008年。この頃はまだいわゆるガラケーの時代ですね。2000年代はやはり黎明期という感じがします。
みんな、ガラケーの小さい画面で読んでたんですもんね。
──携帯向けにコマ単位で切って縦に並べて見せたりしていた頃ですよね。
浦沢直樹先生は2021年まで自分の作品の電子書籍化を解禁していなかったんですが、スマホの小さな画面で読むものがマンガとは思えないというのがその理由だったそうです。それはひとつの考え方として正しい部分がありますよね。でも、スマホよりも液晶が小さかったガラケーでも、これだけいろんな作品が読まれていた。やっぱりマンガには人に読みたいと思わせる根源的な力があるんでしょうね。
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2010年代初頭はマンガ市場自体のターニングポイント