ここ数年、女性向けコンテンツにおいて“和風恋愛ファンタジー”ジャンルが隆盛を誇っているのはご存知だろうか? 日本の明治や大正を思わせる時代設定、特異な能力を持つものの虐げられているヒロイン、そして男性からの溺愛。古来からの王道であるシンデレラストーリーに、それらの要素をまぶした和風恋愛ファンタジーとも言えるジャンルから、「わたしの幸せな結婚」をはじめ多くのヒット作が生まれている。
この特集では、そんな和風恋愛ファンタジーの魅力を解説。またコミックシーモアのオリジナル作品から、同ジャンルのオススメマンガ4選を紹介している。
文 / 岸野恵加
その流行の理由と魅力とは?
“和風シンデレラストーリー”の元祖は1000年前?
元祖“和風シンデレラストーリー”と称される、「落窪物語」をご存じだろうか。美しい容姿を持つ落窪の君が継母から虐げられるが、右近の少将に見初められて幸せを掴む……という筋書きで、平安時代に発表された作者不明の古典文学だ。同作をベースとしたマンガ作品「おちくぼ」を「なんて素敵にジャパネスク」で知られる山内直実が2014年から連載したり、田辺聖子が現代語訳した「おちくぼ姫」が2023年本屋大賞の発掘部門に選ばれたりと、1000年を経た現代でも、普遍的な魅力で支持され続けている作品である。
実は今、この「落窪物語」のような和風シンデレラストーリーが、女性向けマンガのカテゴリーにおいて大きな盛り上がりを見せている。友麻碧原作による藤丸豆ノ介「傷モノの花嫁 ~虐げられた私が、皇國の鬼神に見初められた理由~」は、コミックシーモアの総合ランキングで2023年1月に1位を獲得し、シリーズ累計140万部を突破。またクレハ原作による富樫じゅん「鬼の花嫁」はシリーズ累計250万部を数え、コミックシーモア主催「みんなが選ぶ!!電子コミック大賞2023」で大賞を受賞した。そのほかにも「東郷家へ嫁いだ話」「朧の花嫁~かりそめの婚約は、青く、甘く~」などさまざまな作品が、各電子書店の上位にランクインして注目されている。
「傷モノの花嫁~虐げられた私が、皇國の鬼神に見初められた理由~」を読む!
共通点は家族からの冷遇、姉妹との比較、そして……。
ブームの火付け役となったのは、間違いなく「わたしの幸せな結婚」だろう。2018年に小説家になろうで顎木あくみによる小説が発表されたのち、同年にコミカライズ連載もスタート。シリーズ累計発行部数は800万部を数える。2023年3月には目黒蓮(Snow Man)と今田美桜が出演した実写映画が公開されて興行収入28億円を記録し、7月より放送されたTVアニメもNetflixを通じて世界でヒットした。物語は異能の家系に生まれながらも能力を持たない斎森美世が家族から邪魔者扱いされ、冷酷無慈悲と噂される久堂清霞のもとへ嫁ぐことから始まる。自分は価値がない人間だと思っていた美世が久堂家で健気に振る舞い、清霞と少しずつ心を通わせていくさまは多くの読者の胸を打ち、「どうか幸せになってくれ」と祈るような感想の声が後を絶たない。
「わたしの幸せな結婚」を筆頭に、近年支持を集めている和風恋愛ファンタジー作品には、いくつか共通する要素がある。まず、主人公の女性は家族から虐げられている(虐待レベルの扱いを受けていることも)。そして優秀で能力を持つ姉妹(まれに兄弟)がおり常に比較をされて育ち、そのきょうだいからもひどい扱いを受けている……と、ここまではまさに童話「シンデレラ」に重なる部分が多い。そこへ容姿端麗で地位の高い男性が突如現れて、主人公の中に秘められていた能力を見出し、婚姻関係を結ぶ(タイトルに「嫁」「旦那」「結婚」などのワードが入っている作品も多数)。このように主人公が困難を乗り越えて幸せを得るまでを描くのが、一連の“お約束”だ。こうした筋書きには、小説投稿サイトで人気を博す「ざまあ系」(主人公を貶めたり悪事を働いていたキャラクターが不幸になる展開の作品)に重なる部分も感じられる。舞台は明治~大正を思わせる架空の時代に設定されていることが多いようだ。
和風恋愛ファンタジーが支持される要因とは
共通の要素を持つ作品が同時多発的に頭角を現し、流行の渦が作り上げられていくさまは、異世界転生ものや悪役令嬢ものがヒットしてきた流れを彷彿とさせる。多くの和風恋愛ファンタジーが「シンデレラ」と異なるのは、異能の力が作品世界で大きな意味を持ち、主人公がなんらかの能力を秘めていること。その能力が見出され、主人公が本来受けるべき正当な評価を受けて幸せを得ていくというカタルシスが、読者の心をくすぐる。
また読者のレビューを参照していくと、どん底からスタートした主人公が幸せになっていくという王道展開、スパダリが絶対的に主人公を愛する安心感、そして「ざまあ系」に通ずるスカッとした読後感も、和風恋愛ファンタジーが支持される要因のようだ。近年人気を集める作品の中には、悪役のバックボーンを丁寧に掘り下げ、正義と悪の境界線を曖昧に描くものも多い。一方で絶対的な悪が成敗される“the 勧善懲悪”な展開は、「落窪物語」が現代でも愛され続けるように、令和の今も読者の胸を掴むのだろう。
一定のセオリーがあると言っても、人外もののエッセンスが加わっていたり、バトル描写が見どころだったり、主人公カップルのイチャイチャを堪能できたりと、もちろん作品ごとに魅力はさまざま。コミカライズ作品であれば、原作小説と読み比べてみるのも一興だ。また「わたしの幸せな結婚」も含め、まだ連載が続いている作品がほとんどのため、まさに今が“乗るしかない、このビッグウェーブに”なタイミング。気になった人はぜひ「和風恋愛ファンタジー」「和風ラブロマンス」「和風シンデレラストーリー」などの検索キーワードでマンガの海を泳ぎ、自分の心に響く作品をディグってみてほしい。
オススメの和風恋愛ファンタジー4選
次々とヒット作が生まれている和風恋愛ファンタジージャンル。読んでみたい、面白い作品を知りたいというマンガ好きのために、コミックシーモアのオリジナルコミックでオススメの4タイトルをピックアップした。ぜひ和風恋愛ファンタジーの魅力を知るための一助にしてほしい。
「東郷家へ嫁いだ話」
作者・清水奏良
キャラクター紹介
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松方文
“天与”と呼ばれる能力がないため、家族から下女として冷遇されてきた主人公。つらい境遇でも気丈に耐えてきた心の優しいがんばり屋で、正治との縁談により運命が変わっていく。
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東郷正治
人の心などを読む“千里眼”の能力を持つ22歳の青年。一見人当たりがいいが、文には素のぶっきらぼうな言動を見せる。しかし、文の健気さに触れて徐々に絆されていき……。
あらすじ
風を起こしたり、火を操ったり……人々がそれぞれなんらかの能力“天与”を持って生まれ、10歳までに力を発現する世界。しかしまれに、力のない“呪い子”が産まれてしまう。主人公の文はまさにその“呪い子”で、10歳の頃に父親から「穢らわしい」と包丁を向けられ、下女として心ない扱いを受けながら暮らしていた。そんなある日、歴史ある家柄の東郷家から、縁談を組みたいとの報せが。両親は天与を発現した弟の樹への話だと信じて疑わないが、当主の正治が結婚を申し込んだのは、なんと文だった。自分のことを生きる価値のない人間だと思っていた文は、「東郷様のお側なら 私も幸せになれるのでは」と、淡い期待を抱くが……。
見た目も中身もイケメンな凛々しい正治に心を溶かされる
作者の清水は、2019年に別冊マーガレット(集英社)でデビュー。「東郷家へ嫁いだ話」では細部まで描き込まれた写実的な絵柄が作品の繊細なムードを引き立てており、文や正治の美しいキャラクター描写に目を奪われる。またその表現力の高さによって家族の冷酷さもより浮き彫りに。東郷の屋敷での暮らしに慣れ平穏を手に入れた文のもとへ、両親と樹が恐ろしい形相でやってくるシーンは迫力満点だ。
当初は寡黙な正治が何を考えているのかわからず、怯える文。さらに正治は人の心を読む“千里眼”の天与を持つため、文は心を読まれてしまい、どう接していいものかわからなくなる。そんな2人がともに暮らし、お互いの考えを知るうちに徐々に距離を縮めていく過程は本作の見どころのひとつ。見た目も中身もイケメンな凛々しい正治が、長い間家族に痛めつけられていた文の心を溶かしていく。
少しずつ心を重ねていく文と正治の関係性にドキドキする一方で、回を重ねるごとにサスペンス色が増していく。さまざまな天与が使えるという謎の紙を街で配り歩く、怪しい人物の目的とは……。また本作では主人公の比較対象となるきょうだいが姉妹ではなく弟という点も新鮮で、樹が文への恨みを募らせて次第に暴走していく姿は見ものだ。さらに文と打ち解けた正治の妹・琴音にも驚きの秘密が隠されており、物語は徐々に重厚に。先の読めない展開に、引き込まれる人も多いはず。
「妖狐の旦那さま~大正花嫁奇譚~」
作者・もものもと
キャラクター紹介
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華村灯里
優秀な双子の姉と常に比較され、爪弾きにされて育った主人公。悲しみを紛らわせるために歌を歌っていたところ、高貴な一族の当主・九石実琴に出会う。
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九石実琴
子供の頃に灯里に助けられて以来、彼女を花嫁にすると決めていた一途な青年。ウブな灯里の一挙手一投足に心を揺さぶられてしまう。
あらすじ
音を奏でながら特異な力を発揮し、繁栄してきた華村家。主人公の灯里は5歳になっても能力が発現せず、予知能力を授かった双子の姉の比呂に「死ぬのよ」と言われてしまう。使用人として生きることで命拾いをした灯里。大人になっても比呂と両親に心ない扱いを受け続ける灯里の唯一の癒やしは、こっそりと歌を歌うことだった。ある夜、泣きながら歌う灯里の涙を、突如現れた銀髪の美しい青年が拭う。後日九石家で行われた夜会に灯里が足を運ぶと、そこで待っていたのは、あの夜に出会った青年・九石実琴だった。再会するなり、灯里は実琴から「花嫁になって欲しい」とプロポーズされ……。
儚い運命を背負った妖狐の青年、その一途な恋心に胸が高鳴る
妖の血を引く妖狐の実琴は、能力を持つ嫁を娶らないと、命が危険にさらされてしまう運命。儚さをまといながらも、まっすぐに灯里に愛を伝え続ける実琴は、なんとも魅力的なキャラクターだ。そして恋愛経験が乏しい灯里は、実琴から迫られてもとぼけたリアクションをしてしまう。2人のかわいらしいやり取りに、胸が高鳴る瞬間は多い。
背景までしっかりと描き込まれた緻密な筆致によって、幻想的な世界観がしっかりと浮かび上がっていることも本作の大きな魅力。月を背景に夜桜が咲き誇る場面では、和の景色ならではの美しさが際立っている。そしてラブラブな恋愛描写と緊迫感溢れるシーンのコントラストによってハラハラさせられ、読む手が止まらずに大人買いしてしまう読者も多いようだ。
また主人公カップルのみならず、周囲の人々との関係性がしっかりと掘り下げられているのもポイント。実琴に仕える3人の家臣は軽妙なやり取りを見せ、コミカルなシーンで和ませてくれる。中でも家臣の1人である長髪メガネの紫月は、物語を大きく動かすキーパーソン。実琴への忠誠心が高いゆえに、とんでもない展開を呼び起こしてしまう。そして灯里を虐げる側の比呂も、悪役としての凄味をどんどんと増していき、ついには妖術を使って実琴を操る。果たして実琴と灯里は、無事に愛を成就させられるのか。
「冥界の王の嫁」
作者・瀬緒ひかる
キャラクター紹介
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花岡菊花
高級料亭の当主とその愛人の娘として生まれ、女将と妹から日々いじめられながら仲居として働く。心の支えにしていた男性も妹に奪われ、意気消沈していたところで焔と出会う。
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仙龍焔
燃えるような髪の色と、人間離れした端正な顔立ちの青年。実はその正体は冥界の王で、人間の魂の美しさがわかる。菊花を「俺の嫁」と言ってはばからない。
あらすじ
高級料亭の花乃屋で働く菊花は、店の当主と愛人の間に生まれた子。母を亡くし、仲居として働きながら、店の離れで暮らしている。義妹の牡丹と義母に疎まれ、日頃からいじめを受けていた菊花は、ある夜牡丹によって山奥に置き去りにされてしまう。大きな屋敷を見つけるも倒れてしまった菊花を助けたのは、えんじ色の髪をした仙龍焔。実は彼は冥界の王で、菊花を嫁として迎えたいと言い……。
少しのことで嫉妬の炎を燃やす、冥界の王の溺愛が見どころ
主人公の菊花は、どんなにつらい目に遭っても笑顔を絶やさない。陰で「いつも笑ってて気味が悪い」と言われているが、その背景には生前に母に言われた「ずっと笑顔でいればきっといいことがある」という言葉があった。ひどい目に遭わされた家族を恨んでいないのかと聞かれても、「むしろ感謝しています」「病気の母と私だけでは暮らしていけませんでしたから…」と答える菊花の心の美しさたるや。次第に「焔様の役に立ちたい」と奮起し、字を学んだり、地獄での仕事を手伝ったり。まさに健気という言葉がよく似合う主人公だ。菊花を応援したい思いで、必死にページをめくってしまう。
そして焔が閻魔大王であるという点も、この作品の大きな特徴。ストーリーが進んでいくにつれて彼の地獄での地位が明らかになっていき、ファンタジー作品としての読み応えが増していく。冥界の王という絶対的な立場でありながら、菊花のことを「かわいい」とこぼした付き人の篁に嫉妬の炎を燃やしたり、菊花が眠る布団の横に横たわって寝たりと、菊花を溺愛する焔の普段とのギャップにキュンとさせられることだろう。
控えめな菊花に対し、華やかなビジュアルで描かれる牡丹は、悪役としてこれでもかとばかりの躍動を見せる。父は比較的菊花の肩を持ち、「菊花が嫁に選ばれるとは誇らしい」「牡丹より菊花の方が才能はあった」と話すが、そんな父の言葉を聞いて、牡丹の恨みはさらにエスカレート。菊花が思いを通わせていた若手料理人の平次をかどわかし婚約したと思いきや、焔に出会うとその美しさに見惚れ、手のひらを返して「平次さんはお姉様にあげるわ だから仙龍様は私にちょうだい?」とのたまう。牡丹をギャフンと言わせる結末が待っていることを信じて、物語の行方を見届けたい。
「つがいの嫁入り ~異形の巫女は朱雀の当主に愛される~」
作者・島くらげ
キャラクター紹介
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榮枝 銀花異常な色素の薄さと、右半身のウロコの痣が原因で家族から気味悪がられている主人公。出家して尼僧になろうと思っていたところ、
万羽 と出会う。
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朱雀宮万羽
朱雀宮家当主。銀花に触れた瞬間に“
番 い”と認識し、柔らかい口調ながら猛アタックを開始する。
あらすじ
雪深き六華の里で崇められているのは、炎の神様である朱雀の血を引くとされる豪族の朱雀宮家。そこに嫁入りすることは里一番の名誉で、花嫁には美しい黒髪の巫女が代々選ばれてきた。榮枝家には長女の銀花、次女の朱音という姉妹が暮らしているが、整った容姿を持つ朱音に対し、色素が薄く右半身にウロコの痣を持つ銀花は“異形の白巫女”と揶揄されている。妹が生まれて以降、両親から虐げられ続けてきた銀花は、ついに出家して尼になることを決意。しかしある夜、朱雀宮家当主の万羽と出会い、彼から「お前さん… まさか俺の『番い』か…!?」と見初められる。
読者全員で「ざまあ」待ち!?
まず1ページ目から、妹の誕生シーンで「最初からこの子だけでよかったものを なぜか先に不要なモノが生まれてしまった それがお前だよ銀花」と、父が幼き銀花にひどすぎる言葉を浴びせるさまに度肝を抜かれる。銀花の尋常でなく過酷そうな人生を予想して読み進めていくと、案の定家族から暴言を浴びせられるシーンのオンパレード。胸が痛くなるところだが、本作の魅力はそのテンポのよさだ。波乱の展開が次々に巻き起こっていくので、先が気になり読み続けてしまう。
雪が降りしきる里や炎の描写は、モノクロの画面でも彩り豊かに感じられるほど、幻想的なムードに満ちている。作者の島はこれまでも「悪役陰陽師と呪われ令嬢」「もののけ屋敷に嫁入りしました」「荒ぶる神の後妻になります」「やくはら。」など和風ファンタジーや伝奇ものを多く執筆してきたこともあり、ファンタジックな世界観を高い解像度で提示してくれる。控えめな銀花と、そんな彼女に温かい愛を惜しみなく注ぐ万羽の、それぞれに凛とした佇まいも魅力的だ。
また大きな見どころが、妹の朱音の執念と、その性根の悪さがこれでもかと全面に出た表情。レビュー欄にも「妹の顔芸がとにかくすごい」という評判が多数躍っている。プライドの高い朱音は、自分ではなく姉が万羽に選ばれたことがどうしても理解できず、ついには銀花の生命を脅かす行動に出たり、里の者たちを大勢巻き込んで万羽へ直談判したり。どんなに万羽が「銀花が番いである」と断言しても、「自分こそが番いの嫁にふさわしい」と豪語するメンタルの強さには圧倒される。今後朱音が完全に敗北するシーンが描かれた際には、きっと読者全員で「ざまあ」とつぶやいてしまうことだろう。