「クレバテス-魔獣の王と赤子と屍の勇者-」は「いばらの王」や「ディメンションW」で知られる岩原裕二が、LINEマンガで連載中のファンタジー作品。人属(人間)すべてを滅ぼせるほどの力を持つ魔獣王クレバテスが、ひょんなことから人属の乳児を育てる決意をし、ゾンビ化させた勇者を引き連れて冒険や戦いを繰り広げる。
「クレバテス」は、単行本には一般的なフォーマットで描かれた原稿が掲載される一方で、LINEマンガの連載版ではスマートフォンでの閲覧に最適化した“Webtoon(タテ読みフルカラー)”のフォーマットが採用されている。後者においては、見開き2ページにコマを割っていく従来のスタイルとは大きく異なる表現方法を楽しむことが可能だ。コミックナタリーでは岩原にインタビューを行い、「クレバテス」についてはもちろん、タテ読みフォーマットについて、さらにはマンガ表現そのものについてどのような考えを持っているのか聞いた。
取材・文 / ナカニシキュウ
13人の勇者たちが、魔獣王クレバテスを討伐しにやってきた。クレバテスはその理由もわからなかったが、人間が自分の居場所を脅かす存在なのであればと、勇者を全滅させ、王都もあっという間に破壊していった。すると死に際の少年から、1人の赤ん坊を託され……。クレバテスは人間が生かす価値のあるものであるか確かめるため、赤ん坊を育て上げることに決める。
赤ちゃんを出したかった
──今回の新作「クレバテス-魔獣の王と赤子と屍の勇者-」は、剣と魔法の世界が舞台になっていますね。ある意味“ベタ”なファンタジーというか。
もともとファンタジーはいつか描きたいと思ってたんです。子供の頃からPCゲームや家庭用ゲームでファンタジー世界には慣れ親しんできたので。最初に好きになったタイトルは「ザ・ブラックオニキス」というRPGなんですけど……若い読者さんには通じないかもしれない(笑)。最近だと「スカイリム(The Elder Scrolls V: Skyrim)」が好きですね。
──「クレバテス」では、そういったゲームで言うところのラスボスにあたるキャラクターが主人公になっています。そのボス的な魔物が人間の子供を育てるために勇者をゾンビ化して従える、というとんでもない設定で(笑)。これは一体どういうところから思い浮かんだものなんですか?
いろいろ考えているうちに思いついたとしか言えないんですが……(笑)。とりあえず、「赤ちゃんを出してみたいな」とは思ってたんですよね。
──それを「ラスボス的な魔物が育てたら面白いんじゃないか」みたいな?
そうですね。勇者がいて魔物がいて、という定番のファンタジー世界を設定してはいるんですけども、そこで普通に勇者の成長物語を描くのではシンプルすぎるので、多少ひねりを加えて。まず冒頭のシーンで勇者が全員倒されちゃうところからお話を始めようかなと思っていました。読者にもなじみ深いであろう世界を描きながら、先の展開は読めないものにしたかったんですよね。ワクワクしてもらいたくて。それで自分なりの設定や物語を構築していった結果、こういう形に落ち着いた感じです。
──読者になじみ深い世界観としてファンタジーを選ばれたんですね。そうなると、今の流行りを考えたら異世界転生ものになっていてもおかしくない気がするんですけど、そうしなかったのは?
わからないですよ? まだ明かされていないだけで、実は転生のお話かもしれないじゃないですか(笑)。
──あははは(笑)。
まあ、たぶんそういうことにはしないですけど(笑)。
──いずれにせよ、“あえてベタをやることで作家性が際立つ現象”の典型だなと感じました。あと、舞台になっているエドセア大地ですけど、これはベルギーや関東地方程度の広さであると説明されていますよね。この広さ……というか狭さにした理由は?
広く感じつつ、でも果てはあるみたいな感じにしたかったんです。それが例えば北海道くらいの広さになると端から端までが遠すぎるし、それこそ地球くらいの広さにしちゃったら、船や飛行機がないと行けない場所がたくさんできちゃうじゃないですか。あくまでも、端から端まで歩けるくらいの世界にしたかったというか。
──手の届く範囲に世界を限定することで、そこで起きていることを読者が対岸の火事みたいに思わないように?
そうですね。変な話、どんなに広さを売りにしているオープンワールドのゲームとかでも、必ず世界の果てはあるじゃないですか。そういう感じで、読者が想像できるくらいの範囲内のお話として描きたいなと思って。
──先生の場合、それこそ「いばらの王」にしても小さな孤島の中だけで起こるお話でしたし、そういう描き方をしたい思いが一貫している作家さんなのかなと感じました。自分で責任を持てないところには手を出さないみたいな。
意識しているわけではないですけど、結果的にそうなっているのかなとは思います。「ディメンションW」の場合は最終的には世界規模になったんですけど、それぞれのシーンに関してはそんなに広範囲を描いてはいないですしね。
愛せないキャラクターは記憶に残らない
──ファンタジー世界を描くときと現実世界を描くときで、違いはどんなところにありますか?
現実を描くとなると、実際に存在するものを扱う場合に裏を取らなければならないんですよ。ディテールがどうなっているのかを事前に調べてから描くようにしているんですけど……。
──例えば警察官を出すときに、「警察はこんなことしないよ」というツッコミが入るかもしれないみたいな?
そうです。リアルな警察を出そうと思ったら、組織の仕組みや現実的なバックグラウンドをきちんとリサーチしてからじゃないと、なかなか難しいと思うんですよね。凝れば凝るほど難しい。その点、ファンタジーやSFの場合はそこを想像力で補えるから、自分としては描きやすいかなと思ってます。ざっくりした設定でも大丈夫というか。
──とはいえ、岩原先生は緻密な設定を作りたがる作家さんじゃないですか。
そうですね(笑)。
──そこは“有りもの”がないぶん、逆に大変なんじゃないかとも思うんですが。
まあ、大変ではあります。「クレバテス」で言えば、キャラクターの名前を考えるのは難しいですね。あまりにも変な名前だと頭に入ってこないし、かといって現実にありすぎる名前だとファンタジー感を失うし。名付けはけっこう難易度が高いです。
──具体的に、どのキャラのネーミングに苦労されました?
虫使いのメイナード・スワンですね。当初「スワン」の部分には違う名前を設定していたんですが、どうしても気に入らなくて考え直しました。最初になんという名前だったかはもう忘れちゃいましたけど……。ちなみに、もっと名付けに苦労したキャラを今描いていまして、のちのち登場します。あれは本当に難しかった(笑)。
──(笑)。でも確かに言われてみれば、ファンタジー系の作品にしては覚えづらい名前が出てこないですね。キャラクター名はもちろん、種族名などもすごく明快ですし。そこはこだわっているポイントなんですね。
そうです。あんまり頭に入ってこない名前は付けたくない。覚えられないんで(笑)。
──名前もですけど、生き生きとした個性的なキャラクターという要素は岩原作品の大きな魅力だと思います。特に、たとえ極悪非道なキャラであっても必ずどこか愛せる部分があるところが特徴的だなと感じていまして。今作で言えば、奴隷商人のブロコなどがそうなんですけど。
多少なりとも愛せる部分がないと、記憶に残らないんですよ。どんなにどうしようもない奴でも、ちょっと愛すべき部分を持たせることで印象に残りやすくなる。そこはけっこう意識していますね。それに、そもそもキャラクターに愛着が持てないと描いていて楽しくないんで、筆が進まないんです。モチベーションの問題でもあるというか。仮にストーリー上どうしても本当に嫌な奴を出す必要があったとしても、描きたくなくなるほど嫌なキャラだったら筆が止まっちゃいますね。
──実際、今までに「ちょっとこいつ描きたくないな」と感じたキャラはいるんですか?
どうでしょう……描きにくいキャラは記憶に残らないから、覚えてないですね(笑)。
──(笑)。逆に、別に記憶に残らなくてもよさそうな、一瞬出てくるだけのキャラであっても個性がしっかり描かれていますよね。ちゃんと生活感が感じられるというか、「この人、こういうことしそう」が見える。それはやはり先生がしっかり愛を持って描いているから?
愛かどうかはわかりませんけど(笑)、そこが伝わっているのであればうれしいですね。
──岩原先生の作品は全般的にキャラのみならず、世界設計、ストーリー構築、作画といったすべての要素の水準が高いなとも感じます。普通はもう少し得手不得手があってしかるべきかと思うんですが、全部を高いレベルに保つコツなどはあるんですか?
コツは……なんだろう。ちょっとわかんないですね。でも、基本的にはやっぱり「描いていて楽しい」ということが前提になると思います。そうしないと筆も進まないし、先を考えるのも面白くない。自分が楽しめる要素を見つけたり生み出したりしつつ……あとは“リズム”を大事にしています。
──リズムですか。
キャラデザインなら身長差でリズムを付けたり、ストーリーであれば出てくるキャラの順番にリズムを付けます。例えば女の子を出したら次はオヤジを出してみたりとか、大人の女性を出した後は子供を出したり、老人にしたり。そうすると読みやすくなるし、きれいにまとまるんですよ。そのほうが楽しく描けるというのもありますし、いろいろリズムを考えて描いていますね。
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タテ読みマンガはアニメを超える可能性もある