「恥ずかしい」のハードルをどう乗り越えるのか
──Cheese!の作品は、女の子が「こんな男性がいたら最高!」「こんなことされちゃったらキュン死にしちゃう」というエッセンスがぎゅっと詰まっています。読んでいるこちらが恥ずかしくなるほど甘くて刺激的な描写を紡ぐ舞台裏で、作者として「こんなことを描いたら引かれないかな?」「自分の欲望がバレちゃう」というような恥ずかしさや不安と、どう向き合っていますか?
朱神 私はもう乗り越えちゃいましたね(笑)。描き続ける中で、恥ずかしいっていう感情が途中からどこかへ飛んでった。今は、恥ずかしいよりも「これどうよ?」って感覚です。もちろん「どうしよう、描いていいのかな……?」って感覚もないわけじゃないですけど、それより「ドキドキしてくれるかな?」「こう描いたほうがキャー!ってなってくれるかな?」のほうが強いですね。ただ、そのなかでも、「下品すぎずきれいに描く」っていうのは意識していますが、恥ずかしいと思っていたらもう深見を描けないので(笑)。思う存分描かせていただいてますね。
──積み重ねの賜物という感じがしますね。
朱神 もう、振り切らないと描けませんね!
箕野 朱神先生、さすがだなって思いました。私は今も恥ずかしいですし、マンガに作家の性癖や変態性が詰め込まれているのは、読者さん自身がわかっているはずなので、そこを考えてもしょうがないとは思うんですけど……いやー、恥ずかしいですね! どうやったら朱神先生みたいな能力が身に付くんだろう……。
朱神 (笑)。やっぱ私、変態かなー!?
箕野 (笑)。ただ私も、それでも描きます。なぜなら桜夜がそうするから。ユリへの愛の言葉にしても、桜夜がそういうふうに言うから描かなきゃいけないし……、はい、そんな感じで描いてます。だけど、やっぱり恥ずかしいです。
朱神 ヤバい、私のその感情はどこいった?(笑)
箕野 いやいや、朱神先生はすごいです。そういえば昔、そのときの担当だった編集さんに「そういう描写が恥ずかしくて描けないんです」って相談したら、「恥ずかしいと思ってるってことは、それだけいいものが描けてる証拠だと思うよ」と言われました。だから私は、今でも恥ずかしいと思ったときにはその言葉を思い出して、「あ、たぶんいいものが描けているはず」って思うようにしてますね。作家自身の感情が動いているなら、ちゃんと面白いものを描けている、ということだなと。
──読者に強い感情を起こすものって、読者と作者の共通認識がないと成り立たないですよね。だから作者って、読者がいつも意識下で「こういうことをしたい/されたいな」と望んでいることを、形に出して差し出してくれるので、すごくありがたい存在ですよね。
朱神 ふふふ(笑)。身を削るってこういうことですよね。
──そして、「恥ずかしい」とおっしゃる箕野先生がすごいかわいらしいです。
朱神 いいなー、私も恥ずかしいって言いたかった(笑)。
箕野 (笑)。私はそれより、「これどうよ?」って感じで描いている朱神先生が羨ましくて、その域に行きたいなと思います。
朱神 お互い、ないものねだりですね(笑)。
限りなく甘くするための「インプット」
──甘い展開やキュンキュンするセリフ、シーンを創造するうえで、普段からどのようにインプットをされているのでしょうか?
朱神 特別、甘さを生み出すインプットというのは意識していないのですが、少女マンガやBLなど、いろんな作品をジャンル分け隔てなく読んでいて、例えば甘いセリフを言うキャラがいたとして、「これがさらに甘くなるセリフはどんなだろう?」と、自分の中で脳内変換するんですよね。「もっと溺愛っぽくするにはどうする?」「この展開のもっと甘いバージョンは?」とか、自分の中で読みながら妄想するというか。これが無意識に蓄積されて、出ていってるんだと思います。修行というか、勉強というか。
──常に、甘さの最上級表現をためて蒸留していってるんですね。
朱神 そうですね。深見を描くうえで、自然とそうやっているようです。マンガ以外だと、ゲームなんかは描いている世界と真逆のジャンルをプレイするんですよね。それこそ箕野先生におすすめしたい「龍が如く」とか。そういう、ヤクザものとかホラーとか、恋愛とは欲望の方向が真逆の作品をやります。ずっと恋愛に浸かってしまうと、恋愛を描くボルテージが上がらないので、まったく違うことをやって、「コヒバニ」に戻って甘いのを全部出す、みたいな。そういうバランスを無意識にとっているんだと思います。
──脳の使い分けをされているんですね。箕野先生は今おすすめされた「龍が如く」はプレイしていますか?
箕野 ゲームはしないんですけど、ゲーム実況で見たりしています。ヤクザが登場する「恋弾」を描いているので、参考になればいいなと思って。「龍が如く」(の舞台)は、歌舞伎町の町並みそのままですし、世界観が現実的でありながらも、川の中に秘密基地があったりもして、非現実と混じりあっているところが面白いですよね。
朱神 めっちゃ面白いよね!
箕野 それから私の場合、インプットとしては常に雑多に映画やマンガを見ています。ただ、甘い言葉をどう思いつくかについては、やっぱりユリと桜夜の2人が1巻から8巻まで歩んできた道のりがあるからこそ生まれるものがあるので、桜夜が脳内で勝手に言ってくれるときもありますね。言い回しをもう少し工夫したいと思ったときには、映画を見たりして、参考になる表現を探ることもあります。
求めるヒロイン、無垢なヒロイン 女性像に込めた思い
──Cheese!の作品には、かなりキワドいエッチな描写もあるのが魅力です。特に「恋弾」のユリが自発的に求めていく姿は個人的に大好きです。男性キャラだけではなく、ヒロインを通して理想の女子像を形成する読者も多いと思いますが、ヒロインにはどんなこだわりをこめていますか?
箕野 こういう言い方もなんですが、「何かをやらかしてくれそうなヒロイン」。いい意味でも悪い意味でも行動力のあるヒロインがいいですね。すごく面白いエピソードにつなげてくれたりするので、私なりの「こういうヒロインがいいな」という理想像はユリに込めていますね。
──小料理屋でヤクザを一本背負いしたり、ユリが毎回暴走してくれるのは楽しみです。
箕野 ありがとうございます。行動力というより、ちょっと考えなしなところがあるので(笑)。「何やってんだよ、ユリ!」って思いながら読んでもらえるとうれしいです。あとユリは、私が男だった場合の理想の女性像でもあるんです。
──なるほど。
箕野 自分が男だったら、ユリみたいにストレートに「大好き!」って言ってくれるのはかわいいし、好きな人には触れたいと思うので、女性から積極的に来てくれるのもうれしいですよね。そういう背景もあり、ユリは積極的な子なんです。
──続いて「コヒバニ」のリサは、かわいさが具現化したヒロインですね。
朱神 ありがとうございます。リサは、深見が引き立つ子がいいなあと思ってこうなりました。ヒーローとヒロインって別個で考えちゃダメというか、私の中で別で考えるのが難しいんです。「この子とならヒーローがカッコよく見える」とか、「足りないところを補ってくれる」とか、2人合わせたバランスでちょうどよくなる、というふうにしています。
──ニコイチなんですね。
朱神 はい。だからリサというのは、完璧な深見がとても魅力的になるような存在です。田舎から出てきた本当にウブな子のほうが、より深見のスパダリ感というか、セレブ感がカッコよく見えますよね。あとは、深見が社長として厳しい世界を生きる中で、リサが癒しの存在であり、ウブなところが深見にとっての幸せなんです。いかに深見とリサがお互い求めていけるようなキャラになるかという感じで、ヒロインをどんどん作り上げていきました。
──そういう意味でも唯一無二のカップルなんですね。
朱神 それに、「コヒバニ」の最初の1話のときって本当に時間がなくて、当時の担当さんが「こういう男性ならどうよ?」って行動パターンを提示してくれながら、私がそれに対するリサの反応を考えてただただ描いていく、というものだったんです。
──「コヒバニ」1巻に収録された制作秘話でも語られていましたね。
朱神 だから、恥ずかしい話ですけど、第1話のリサって、ある意味私そのものなんですよね。「私だったらこうするな」をもとに1話ができて、そこからどんどん肉付けしていった感じです。リサが田舎出身なのは、私が田舎で育っているからで(笑)。こんな感じで、出だしは本当に堂々と言えるようなキャラ作りではなかったんですけど、どんどん回を重ねていくうちに、リサのこういうところが深見の癒しになっていて、その深見をカッコいいって思うリサがいて……、と、バランスをとりながら作っていきました。
──リサは本当に、朱神先生と一緒に成長してきたキャラなんですね。
朱神 そう! 本当にそうです。深見とリサ、2人ともそうだと思ってます。私と読者さんと担当さん、みんなで作っていったという感じがしています。
箕野 桜夜も深見さんも完璧主義系の男性だと思うんですが、他人に隙を見せないように、気を張り詰めて生きている中で、ピュアな存在が傍にいるのはすごくいいことなんじゃないかなと、「コヒバニ」を読んでいて思います。「恋弾」も、ユリといるときの桜夜はすごく癒されてるんだろうなと思いながら描いてます。
現実・非現実の折り合いをどこでつけるのか
──意地悪な質問かもしれませんが、深見さんや桜夜さんのような、容姿、財力、包容力などがすべて完璧な男子は現実を探してもほとんど出会うことができません。だからこそ私たちはマンガの中で夢を見るのですが、「非現実」を「もしかしたらありえそうなこと」として描くために、どのような工夫をされていますか?
朱神 そうですね……私も深見は現実にいないだろうと思いながら描いてるし、読者さんもそう思いながら読んでいる方が多いと思うんですけど、でも中には「いるかも」って思ってくれてる人もいて。……なんというか、一番「コヒバニ」で気にしているところって、そういうところというか。というのも、深見とリサの出会いって普通のカフェなんですよね。普通の人もよく行くようなところに深見がいたわけです。
──確かに。
朱神 「社長がカフェで女の子をナンパから助ける」というのはちょっと非現実的かもしれないけど、「カフェで誰かと会う」とか、「カッコいい人を見つける」とか、そういう些細なことってどんな人にでもあることですよね。だから、「普通の人は行かないよね」という場所やシチュエーションはあえて描かずに、“あるある”な場所を意識して描いています。そうすれば、「来年から大学生になるんです」っていう人が読んでいてくれても、自分にもそういう出会いがあるかもしれない、ってワクワクしてもらうことができますよね。だから、作品の世界は、「セレブすぎず、でもちょっと特別」みたいな加減を意識しています。
──なるほど、すごく巧みで、私たちはそこにハマっていたんですね。
朱神 ハマってくれていたらいいなって思いながら(笑)。それでも、きっと読むうちに「こんなヤツいないな」ってなると思うんですけど、些細な部分で、「こういうこと、実際にあるわ」というのを描くようにしています。
──まさにテクニックですね。箕野先生は作品のなかで現実と非現実のバランスをどう取っていますか?
箕野 私自身、頭が固いので、現実との折り合いをつけようとすると、何も描けなくなってしまうんです。だから、もう非現実は非現実として割り切って描いているつもりでいます。だけど、恋心に関しては、どなたでも、どんな形であっても抱いたことがあると思うので、その部分で共感を得られるようにはしていますね。
──心情と舞台で、現実と非現実の使いどころを分けているんですね。
箕野 はい。だから舞台設定とかは、「2次元だから」と振り切ります。だけど、一見非現実的なことって、意外と現実でも起こっているんですよね。昔の記事やルポや、現在でもニュースとか見ていると、それがよくわかります。例えば、こういう記事も見かけました。「ヤクザからいろんなものを警察が押収したとき、対戦車ロケット砲が出てきた」と。
──ロケット砲!
箕野 はい。かなり昔に読んだ記事なので、事実かどうかも確かめられないんですけど、でもやっぱり印象に残る。現実でもそんな嘘みたいなことが起こっていたんだと思うと、あんまり「現実ではこんなこと起こらないよね」と思い込まないようになりました。だから「現実でも結構非現実的なことが起こってるな」ってわかりはじめてからは、マンガを描きやすくなりました。
マンガが私たちにくれるもの
──最後の質問です。Cheese!の読者には、それぞれの作品を通してどんなふうに成長をしてほしいですか?
朱神 「こういうふうに成長してほしい」というのは思ったことがなくて、例えば恋愛をして傷ついた子が癒されるとか、経験を経て成長せざるを得なかった人たちが、このマンガでリアルのつらさを忘れてもらえたらいいな、と思って描いています。
──素敵な信念ですね。
朱神 あと自分としては、リサのピュアな部分を描きながら、「私もずっとこういう人間でいたいなあ」と思ったりもします。人を疑わないでおきたいなとか、なんでもかんでも裏から見ないでおきたいな、とか。そういう理想や目標としてリサがいてくれるので、自然と読者の方もそんなふうに思ってくれていたらいいな、とも思います。
──確かに、リサのように、素直に真っ当に生きることができたら、深見さんに出会って愛されるくらいのいいことがあるかも、って思わせてくれます。
朱神 楽しい人生になりそうですよね(笑)。
──箕野先生はいかがですか?
箕野 そのマンガを見てどう思うかは、買って読んでくださった読者さんの自由なので、どのように受け取っていただいてもいいし、お好きなようにとは思います。ですが、一応自分の中で、「恋と弾丸」には裏テーマがあって、それが「欲望とそのリスク」というものです。あんまりそれを全面に出して描いてはいないのですが、つまりは「欲望にはそれなりの代償があるので、それだけは気をつけて」ということですね。
──そんな意味深でカッコいい裏テーマがあったとは!
箕野 あと、安全な恋をしてほしいなって思います(笑)。とは言いつつ、受け取るメッセージはなんでもいいです。Twitterを見てると、実際にそういう読者さんもいらっしゃったのですが、「『恋弾』読んで彼と会いたいな」とか、「彼とイチャイチャしたくなる」とかでも、全然うれしいです。買ってくださる読者さんの好きなように受け取ってもらえたらと思います。
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15人のCheese!作家も25周年をお祝い!