「ブルーピリオド」を読んだ衝撃、こう描けばよかったのか
──山口先生は「ブルーサーマル」で気になったキャラクターはいましたか?
山口 私、「ブルーサーマル」だと脇の人たちがけっこう好きで。ピンクのつなぎを着たギャルの室井ゆかりちゃんとか、カメラをいつも持ち歩いてる成原映太くんとか。みんなつるたまちゃんのことが好きだし、友達だし、応援してるのも嘘じゃないけど、少し嫉妬というか、うらやんでいる感じがあるじゃないですか。ああいうのも込みで青春だよなって思うんですよね。
小沢 現実だとつるたまみたいな人はほとんどいなくて、彼らみたいな人のほうが多いですよね。自分でも脇のキャラクターのほうがリアルに描いている気がします。
山口 そういうキャラクターの深さが好きだなと思いました。1年から活躍して才能がフィーチャーされるつるたまちゃんも、陰の努力がちゃんと描かれているし、性格も真っ直ぐなところがいいんですけど、サークルに彼女のような存在がいたら、天才だなって脇のキャラクターたちと自分も同じこと考えたと思います。
小沢 私も自分が共感するのは天才じゃない部員なので、初めは努力型の主人公でネームを作ってたんですよね。だけど、描いても描いてもネームが通らなくて……。
山口 その感じすごくわかります。努力型の主人公だと暗い話になっちゃいますよね。
小沢 そうなんです、すっごく暗くなっちゃって(笑)。だから「ブルーピリオド」を読んで、努力型の主人公が魅力的に描かれているのが衝撃的だったんです。ああ、こういうふうに描けばよかったのかって。
山口 いやいやいや、ありがとうございます! でも、空知先輩とかがちゃんと努力型の暗さを持ってるキャラクターとして脇にいるので、バランスがすごくいいなと私は思いながら読んでました。
──「ブルーサーマル」「ブルーピリオド」で主人公のタイプは対照的ですよね。努力型の八虎はどのようにしてできあがっていったんですか?
山口 モノローグが多いこともあって、八虎には自分を重ねたセリフを言わせることも多いので似てる部分はもちろんあると思います。でもああいう理論努力型にしたのは、いわゆる「美術は感性、感覚」みたいな考えの逆張りをしたかったっていうメタ的な理由も大きいですね。
──一方の小沢先生は努力型から天才型へ変えていったそうですが、その理由はなんですか?
小沢 担当さんにネームを見せたときに、「題材がマイナーなのに主人公が暗くて下手だったら誰も読んでくれない」って言われたんです。その言葉で確かにと納得して、つるたまのキャラクターをガラッと変えてみたんです。そこからは天才型を勉強しなければと思って、グライダーの教官が言う天才がどういう人なのか聞いたり、うまい人が飛ぶ空の見え方を知りたくて、実際に同乗させてもらったりしました。
山口 面白い取材ですね。お話を聞いてまた、マンガと映画を見返したときにリアルさをより感じれる気がします。
「ブルーピリオド」はifの世界
──小沢先生は「ブルーピリオド」を読んで、美大に憧れることはありますか?
小沢 実は私、美大に行こうとして諦めた派なんです。だから「ブルーピリオド」が私のifの世界だと勝手に思っているんです。
山口 そうなんですね! 驚きました。
小沢 それこそ、八虎くんと同じ高校2年生ぐらいの時期に、美術の先生に呼ばれて進路のことを聞かれて。母方の家系に画家の人がいたこともあって、そのときは美大に行きたいって答えたんです。そしたら先生に「じゃあ明日部活やめてきて。そうじゃないと間に合わないから」って言われて……。
山口 すごい話ですね。それでどうしたんですか?
小沢 そのときは1日だけ悩んで、部活はやめられないなって諦めたんです。でも「ブルーピリオド」を読んだら、あのとき美大を目指していても私は八虎くんみたいに努力できてなかっただろうなと思いました。そういうこともあって「ブルーピリオド」にすごい思い入れがあるんです。
山口 本当にifの世界線って感じがしますね。そう思っていただけてうれしいです。
──小沢先生のように美大を目指していた方をはじめ、読者からの反応をいただくことは多いですか?
山口 個人的にうれしかったのは芸術分野の人だけじゃなくて、主婦の方とか、おばあちゃん、おじいちゃんが「ブルーピリオド」を読んで、趣味の1つの選択肢として、絵を描くことはじめたというのを聞いたことですね。こういう影響もあるんだなあと驚きました。
小沢 私がうれしかったのは、マンガの連載が始まった頃に、大学の体育会航空部の方から新入生勧誘のチラシに絵を使わせてくださいっていう連絡をもらったことですね。マンガの始まりからグライダーを壊しちゃうので、関係者に受け入れてもらえるのか不安だったので。
山口 やっぱりその業界の人は気になっちゃうものですか?
小沢 傷ひとつつけるなって言われて育つんですよ。でも、この作品を発表して何年かしたら「ブルーサーマル」を読んで部活に入りましたって子も現れて。うれしい反面、グライダーを始めたことで全然違う人生になってしまうと思うので、不安もあったり……。
山口 それはありますよね。
──つるたまもグライダーとの出会いで人生が大きく変わりましたし、人に影響を与える仕事だからこその難しい悩みですね。
好きになったものに人生狂わされるのって最高だなって
──対談の冒頭でもたくさん質問していただきましたが、山口先生は小沢先生にほかにも聞いてみたいことはありますか?
山口 映画にはない原作のシーンなんですけど、部活の仲間がみんな空港だったり、自衛隊でパイロットになったり、空に関連する職業にその後就いているのが印象に残っていて。実際の進路もそういう人が多いんですか?
──最終話で登場するシーンですね。
小沢 そうですね。パイロットや管制官になる人も多いですし、自衛隊や、飛行機を造っている会社に入る人もいました。やっぱりみんな空が好きなので、そういう道に進む人は多いですね。
山口 私、「空から離れられない」っていうセリフが印象的で好きで。やっぱり無視できないぐらい、魅力を知っちゃうんだなあと思ったんです。これはいい意味でなんですけど、好きになったものに人生狂わされるのって最高だなって。
小沢 本当にそうなんです! 空には狂わされちゃうくらいの魅力がありますね、かくいう私もそうです(笑)。
山口 でも、空って見上げればあるわけだし、スカイツリーに登るだとか、飛行機に乗れば近くで見えるじゃないですか。でもそうじゃない、知らない空がきっとそこにあるんだろうなと思わされて、すごくいいセリフですよね。
──最後の質問になるんですが、この映画をどんな方に観てほしいですか?
小沢 映画を観てくださった方が、映画館を出たときに空を見上げたくなるような作品にしたいと最初に伺っていたんです。まさにそういう映画になっているなというのは感じました。空を飛ぶのって、みんなができることではないですけど、誰かがどこかに「あーわかる」と思っていただける遠いようで身近なお話だと思うので、本当にいろんな方に観てもらえたらうれしいです。
山口 本当に前向きなお話なので、空を見て癒されに行くでもいいですし、ちょっと背中を押してほしいときに観てもいいと思います。あとはやっぱり、天気がいいときに観てほしいですね!きっと鑑賞前と鑑賞後で、空の見え方も変わるんじゃないかな。
プロフィール
小沢かな(オザワカナ)
神奈川県出身。2015年「ブルーサーマル -青凪大学体育会航空部-」が月刊コミック@バンチ(新潮社)に連載されデビュー。同作の派生作品「ブルーサーマル FIRST FLIGHT」「ブルーサーマル-青い約束-」をはじめ、COMIC BRIDGE (KADOKAWA)で連載中の「BLUE MOMENT ブルーモーメント」など空に関する作品を数多く手がける。大学時代は航空部に所属し、自家用操縦士(上級滑空機)の資格も持つ。「ブルーサーマル -青凪大学体育会航空部-」は2018年にVR映画化もされた。
小沢かな (@kana_ozawa_blue) | Twitter
山口つばさ(ヤマグチツバサ)
東京都出身。2014年、「熱の夢」で「アフタヌーン四季賞 秋のコンテスト」の佳作を受賞する。2016年2月より月刊アフタヌーン(講談社)で連載された、新海誠原作による「彼女と彼女の猫」のコミカライズでデビュー。2017年6月、月刊アフタヌーンで「ブルーピリオド」を連載開始した。同作は宝島社が刊行する「このマンガがすごい!2019」オトコ編で第4位にランクイン。マンガ大賞2019で3位、マンガ大賞2020で大賞を獲得し、2020年には第44回講談社漫画賞で総合部門を受賞した。2021年10月からはTVアニメも放送された。
「ブルーサーマル」特集
- 「ブルーサーマル」をモグライダーが鑑賞 人生を楽しめるきっかけになる青春アニメ
©小沢かな/新潮社