小沢かな原作によるアニメ映画「ブルーサーマル」は、ひょんなことからグライダーで空を飛ぶ体育会航空部に入部することになった主人公・“つるたま”こと都留たまきの成長を描く青春ストーリー。サークルや恋愛などで充実したキラキラの大学生生活を夢見て上京したつるたまだったが、主将・倉持潤や仲間との出会いを通じて次第に“空”に恋をしていくことになる。主人公・たまきに堀田真由が声を当て、「ばらかもん」の橘正紀が監督、美しい美術描写に定評のあるテレコム・アニメーションフィルムが制作を務めた。
コミックナタリーでは映画の公開を記念し、原作マンガ「ブルーサーマル-青凪大学体育会航空部-」の作者である小沢と、美大受験や美大での生活を描く「ブルーピリオド」の作者・山口つばさの対談をセッティング。体育会航空部と美大と、自身の経験をマンガに活かす2人に、大学時代のエピソードや、お互いの作品の魅力、映画を鑑賞した感想を聞いた。対談の中で、山口は未知の体育会航空部に興味津々。まだ知らない空の魅力に思いを馳せている。さらに2人の意外な縁も明らかになった。なお映画ナタリーでは、お笑いコンビのモグライダーが本作の感想を語っているので、そちらも合わせてチェックしてほしい。
取材・文 / 粕谷太智
未知の世界“体育会航空部”に興味津々
──大学が舞台、作者の経験が活きている、なおかつ“ブルー”つながりということで、今回の対談を企画させていただきました。航空部に所属していた小沢先生は、一言で表すとどんな大学時代を過ごされました?
小沢かな 私はもちろん楽しかったんですけど、泥臭かったですね。
山口つばさ “泥臭い”なんかいいですね!
小沢 合宿が本当に多いんです。そこで、いいところも悪いところも全部ひっくるめて、部員とずっと一緒に過ごすので、キラキラというよりは泥臭い大学生活でした。
山口 どれくらい合宿があるんですか?
小沢 合宿はだいたい1.5カ月に1回、1週間の合宿がありました。
山口 そんな頻繁に!
小沢 今はもう少しゆるいかもしれないですけど、私が学生の頃は、ガッツリと体育会系だったので。公欠が取れて、合宿に参加すれば授業に出席する代わりになったのもあって、授業とか、バイトよりも合宿が優先でしたね。
山口 何人ぐらいで行かれてたんですか?
小沢 私の大学からはトータル30人ぐらいが行ってました。しかも、1つの合宿所に、3つの大学が集まって合同で合宿をするので、合計100人くらいの規模でした。
山口 すごい大所帯! 大学生でそんなにガッツリ部活するのを想像できてなかったので、航空部ってなにかと特殊な世界な気がしてきました。
小沢 そうですね。空を飛ぼうって人はやっぱり変わり者が多いっていうことは後で気付きました。
山口 そうなんですね。私はインタビューで、美大って特殊で変人が多いんでしょ?みたいなことを聞かれるんですけど、美大にも真面目な人もいれば変わり者もいて。確かに特殊な人が多い環境ではあると思うんですけど、その環境に慣れるとそっちのほうが面白く感じるみたいな感覚が私にはけっこうありました。意外と同じような環境なのかも知れないですし、航空部にも尖った人が多そうですよね。
小沢 でもあんまり尖った人は、共同生活に耐えられないのでやめちゃうんです。
山口 そのあたりは体育会系の協調性が、ベースにあるんですね。
小沢 やっぱり大学の部活だと、誰か1人をいっぱい飛ばすっていうことをあまりしないんです。もっと飛びたい人は部活を辞めて海外に行ったり、社会人クラブに入ったり。だから、大学でみんなと飛ぶことが好きな人だけが残るんですよね。
山口 面白いですね、無限に聞きたくなってしまう!
小沢 こんなに興味を持ってもらえると思っていなかったので、こちらとしてもうれしいです!
「メーヴェ」がつないだ2人の意外な縁
──ちなみに山口先生は、「ブルーサーマル」を観る前に、グライダーについてご存知でしたか?
山口 全然知らなくて、それこそ鳥人間コンテストとかパラグライダーを思い浮かべてました。だから、映画の中でグライダーの羽が折れちゃうシーンを観たときに、機体が何千万もするって初めて知って。鳥人間コンテストみたいに自作じゃないんだ、何千万もする機体が売ってるんだって、そこがもうカルチャーショックでした。
小沢 そうですよね。私もはじめはまさにそうだったので。
山口 じゃあどういう流れで航空部に入ろうと思ったんですか?
小沢 航空部の存在も入学までもちろん知らなかったんですけど、グライダーが大学に展示されていたんです。それを見て、「メーヴェじゃん!」って(笑)。
──メーヴェは「風の谷のナウシカ」でナウシカが空を飛ぶときに使う乗り物ですよね。
小沢 私、「風の谷のナウシカ」と「天空の城ラピュタ」が大好きで、展示されてたグライダーに見惚れてたら、航空部の先輩が「部室にパンがあるから一緒に食べよう!」って声をかけてくださったんです。それで、パンに釣られて入部しちゃいました(笑)。
山口 そんなきっかけだったんですね。
小沢 本当はバレーボールをずっとやっていたので、バレー部に入りたかったんですけど、女子部がないことを大学に入ってから知ったんです。親に航空部は危ないって反対されたのもあったので、航空部のほかに、サークルにも入ってみたんですがノリに馴染めなくて。体験で空を飛ばせてもらったら、やっぱりグライダーをやりたいなと強く思って入部を決めました。
山口 そういう流れで入部される方が多いんですか?
小沢 だいたい2つに分かれますね。本当に全然知らなくて、私みたいにうっかり入っちゃうタイプと、親もやっていたりするような飛行機好きなタイプと。
山口 親もやっていて!?
小沢 入部の理由もいろいろで、飛行機の整備士になりたいっていう人もいたり、空が大好きだったり、私みたいなジブリが好きだからって人も時々(笑)。
山口 メーヴェに乗れたら熱いですもんね! 私が通っていた東京藝術大学の先端芸術表現科というところにメーヴェの実機を作った教授がいるんですよ。
小沢 八谷(和彦)さん(※)! 私、実は仲良くさせていただいていて、八谷さんが作ったメーヴェの乗り方をレクチャーしていただいたことがあるんです。
山口 本当ですか、すごい縁でびっくりしました! 人間関係、全然被ってないと思っていたらまさか八谷先生が間にいるなんて。
小沢 八谷さんがテストフライトをしていた滑空場で、ちょうど私がサイン会をしていたことがあって。そこから縁あって「メーヴェ好きなら乗せてあげるよ」って声をかけていただいたんです。操縦するにはすごく筋力と技術が必要で、実際には乗れなかったんですけど。八谷さんが実際に飛ばれるのを観に、北海道まで行ったこともあります。
山口 そんなにガッツリ関わっているとは。そうしたら、機会があればぜひ藝祭に一緒に行きましょう!
小沢 ぜひ行きたいです!
※ 東京藝術大学の美術学部先端芸術表現科で准教授を務めるメディアアーティスト。代表的な作品にポストペットなどのコミュニケーションツールや、メーヴェの機体コンセプトを参考に、実機「M-02J」を作りそれに乗るプロジェクト「オープンスカイ」などがある。
堀田真由から感じる主人公感
──2人の意外な縁も見つかったところで、映画のお話もお聞きしたいんですが、小沢先生はご覧になっていかがでしたか?
小沢 こんなに丁寧に作っていただけるものなのか!と、感想を抱くよりも先に感動が来てしまって。自分がモノクロで、静止画で描いていたものが、色が着いて音が付いて動くっていうことだけでもうれしいのに、それをいろんな方が深いところまで考えて作ってくださっているという事実がもう。実際にグライダーで飛んでいた自分が観ても、「本当に飛んでる!」という感覚がありました。自分で描いていたものを褒めるってなんか恥ずかしいんですけど……(笑)。それくらい手放しですごいと思えました。
山口 いやいや、褒めていいんですよ!
──山口先生はいかがでしょう。グライダー(滑空機)を知らなくても楽しめましたか?
山口 「ブルーサーマル」のことも存在は知っていたんです。今回の話をいただいて映画から観させていただいて、そこから面白くて原作もすべて読みました。作中の雰囲気とか空気感から、押し付けがましくない青春みたいなものを感じて、それがすごく心地いいなと思いました。それに映画は空や背景がめちゃくちゃ綺麗で、空気の綺麗さ、天気のよさ、湿度とか温度とかもすごく丁寧に描かれているんですよね。去年、自分の作品をアニメ化していただいたときに、いろいろと関わらせていただいて、背景を描く大変さなんかを知れたので、そういう部分も観てしまいましたね。
──空の描写には力を入れているそうなので、ぜひ映画館のスクリーンで空気感を感じてほしいですね。
山口 あと、つるたまちゃんに声を当てた堀田真由さんがすごくいいなと思ったんです。表情豊かな演技で、作品にレイヤーを与えてる声だなと、映画を観ながら感じました。特にシリアスなトーンでしゃべるシーンでの演技が強く印象に残ってます。何度もキャラクターを理解しようと咀嚼しないと、あの演技はできないだろうし、とても愛を感じました。印象に残っていたので、映画を観終わってすぐ堀田さんのことを調べたんです。そこで声優初挑戦だと知ってさらに驚きました。
小沢 私、堀田さんはつるたまみたいだなって勝手に思っているんです。
山口 なるほど。でもその感じなんとなくわかる気がします。
小沢 アフレコの現場にも行かせていただいたんですけど、堀田さんが真摯に一生懸命がんばるから、アフレコが部活みたいでした。みんなが堀田さんを応援したいという空気になっていて。
山口 いいですね!
小沢 現場で言われたことを次の回までに練習してきてくださるんですよ。それで、「練習してきたので、もう1回やってもいいですか?」みたいに向上心がすごくて。そういう人柄が演技にも出ているなって思います。
山口 つるたまちゃん中心で物語が動いていく感じと、堀田さんがリンクする部分がきっとあるんだなと、今の話を聞いていて思いました。
──倉持潤役の島﨑信長さん、空知大介役の榎木淳弥さんをはじめ周りを固める声優も豪華ですが、堀田さんの“主人公感”がしっかり出ていますよね。
小沢 アドバイスをいただいているときも堀田さんが「はい! はい!」みたいな感じで聞いているんです。堀田さんが素直に吸収しようとしているのが見えるので、周りの声優さんもアドバイスしたくなるのかなと思って見ていました。
山口 まさに主人公みたいですね。
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「ブルーピリオド」を読んだ衝撃、こう描けばよかったのか