「BLUE GIANT EXPLORER」かが屋・加賀翔、あの頃の自分を奮い立たせてくれた宮本大に感謝と期待の言葉を贈る

「BLUE GIANT」はジャズに魅せられた少年・宮本大(ミヤモトダイ)が、世界一のジャズプレーヤーを目指す物語。2013年から2016年までビッグコミック(小学館)で連載され、マンガ大賞2016の3位に輝いたほか、第62回小学館漫画賞の一般向け部門、第20回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門大賞を受賞した。「BLUE GIANT」に続く「BLUE GIANT SUPREME」では大が日本から単身ヨーロッパへ。現在はアメリカを舞台に描く「BLUE GIANT EXPLORER」が連載中だ。

「BLUE GIANT EXPLORER」の5巻発売を記念し、コミックナタリーでは同シリーズの大ファンというかが屋の加賀翔にインタビュー。加賀は2017年にJR新宿駅で偶然手に入れた「BLUE GIANT SUPREME」のカセットテープを持参し、「『BLUE GIANT』がなかったら、今ここにいなかったかも」と芸人としての下積み時代を同作が支えてくれたと明かす。また最後にはジャズのことしか考えていない大が、人間としてもう一回り大きくなるための予想外なアドバイスを送ってくれた。

取材・文 / 須藤輝撮影 / ヨシダヤスシ

「BLUE GIANT」4巻までは大にムカついていた

──加賀さんはどのようにして「BLUE GIANT」シリーズを知ったんですか?

連載が始まってしばらく経った頃だと思うんですけど、当時、僕はコンビニで働いていて、店に置いてあるビッグコミックの表紙で「BLUE GIANT」というタイトルは目にしていたんです。ただ、話題になっているのは知っていたけど読んではいなくて。その後、コンビニを辞めて夜勤のバイトをしていたとき、突然「今日は早く上がっていいよ」と言われ、終電の時間も過ぎていたのでマンガ喫茶で朝まで時間を潰そうと、たまたま入った店に店員さんのオススメとして「BLUE GIANT」が5巻まで並べてあったんですよ。ジャズはそんなに詳しくなかったんですけど、上原ひろみさんが好きだったりしたので興味はあって「5巻ならすぐに読み終わるだろう」と手に取ってみたら、まあムカつきましたね。

──ムカつきましたか。

4巻までは爽やか熱血サックス高校生の(宮本)大がひたすらがんばる物語で、もちろん面白いんですけど、どこかいけすかなさみたいなものを感じていて。あまりにもまっすぐすぎるので「なんやこいつ?」と思っていたんです。でも、5巻でピアニストの(沢辺)雪祈と出会うわけですよ。それまでは地元の仙台でサックスを吹いていた、いわば井の中の蛙だった大が、高校を卒業して東京に出てきて、自分よりも知識も経験も場数も上な雪祈から「オレと組もうぜ」ただし「ヘタなら、即クビね」と言われちゃう。そこで僕は「え、大丈夫なの?」って。

──雪祈は初登場シーンから強キャラ感ありましたからね。

「BLUE GIANT」5巻より。雪祈は4歳からピアノを始め、音楽に向き合い続けてきた。

「BLUE GIANT」5巻より。雪祈は4歳からピアノを始め、音楽に向き合い続けてきた。

だからもう心配で心配で。だけど、実際にジャズバー・TAKE TWOで大のサックスを聴いた雪祈は、組むかどうかの答えは保留にして大を先に帰らせてから、カウンターで泣くという。

──ピアノ歴14年の雪祈が、サックス歴3年の大の演奏を聴き、その3年間の努力の量を想像して感動するというシーンですね。

そこで僕も雪祈と同じように完全に突き抜かれちゃって。雪祈だってバイトを掛け持ちしながら毎日めちゃくちゃ練習しているから大の努力の底知れなさがわかるんですよね。そのあとすぐに5巻まで買って、以降も新刊が出たら買っては泣くというのを繰り返しています。

加賀翔

加賀翔

こんな残酷なやつ見たことがない

──努力という点に関していうと、大の高校の同級生で、東京の大学に進学した玉田(俊二)も……。

「BLUE GIANT」5巻より。大の高校時代の同級生・玉田。

「BLUE GIANT」5巻より。大の高校時代の同級生・玉田。

玉田いいですよね! もう、僕は玉田に何度泣かされたことか。玉田は元サッカー部で音楽経験も一切ないのに、「世界一のジャズプレーヤーになる!」と決めている大と、才能もあって努力も惜しまない雪祈のバンドにドラマーとして加入しようとするんですから。

──練習量ではどうがんばっても2人に追いつけないですからね。

だから僕も「いやお前、やめとけって!」とめっちゃ思いました。でも、練習用のドラムセットを買って、子供向けのドラム教室に通ってね。雪祈は猛反対して玉田に面と向かって「200パーセントムリ!!」とかひどいことを言うんですけど、大は「『音楽をやりたい』って気持ちに、お前、『ノー』って言うの?」と玉田の意志を肯定する。そこに、大の残酷さが表れてもいるんですけど……。

「BLUE GIANT」6巻より。大、雪祈、玉田の3人での初ライブ後。玉田とバンドを組み続けるか、大と雪祈は意見が対立する。

「BLUE GIANT」6巻より。大、雪祈、玉田の3人での初ライブ後。玉田とバンドを組み続けるか、大と雪祈は意見が対立する。

──加賀さんは「残酷」と表現しますか。

こんな残酷なやつ見たことがない。雪祈は大のことを弱いやつには優しくできる人間みたいに考えていましたけど、「弱いやつには優しく」って相当に“上から”な態度ですよね。もちろん大自身はなんとも思っていないというか、別に優しくしているつもりもないし、ただ正直に動いているだけだと思うんです。でも、それがあまりにも残酷で、読み進めれば読み進めるほど、これはちょっと無理だなと。

──無理(笑)。

いや、大のことは大好きなんですよ。カッコいいし憧れもしますけど、ああはなれないというか、主人公としてイカつすぎますよね(笑)。

「BLUE GIANT」がなかったら、今ここにいなかったかも

──では、大の生き方に影響されるようなことはなかった?

いや、大がめちゃくちゃ練習していたように、僕もめちゃくちゃコントを書いていた時期があったので、そういう部分ではかなり影響されました。やっぱりどこか自分を重ねてしまうというか、僕はお笑いの勉強を始めたのが人より遅いんですよ。子供の頃から“面白い”側の人間ではなかったですし、18歳のときに友達に誘われてお笑いの学校(NSC大阪校)に入るんですけど、その友達が入学早々にバックレまして。

──ひどいですね。

1人取り残される格好になって、しかも同期がめっちゃ面白いんですよ。例えばゆりやんレトリィバァさんとか……僕は1回その学校を辞めちゃっているので、芸歴的には僕が下になるんですけど、ゆりやんさんをはじめとする同期の面白さが段違いすぎて。「ここからどうしたらいいん?」と悩んだ挙句に東京に出てきて、なんだかんだで賀屋(壮也)とコンビを組むことになったんですけど、箸にも棒にもかからないわけですよ。そんなときに「BLUE GIANT」を読んで「こんなにがんばらなきゃいけないの!?」って。ロールモデルとしては、すごく悪いロールモデルだったんですけど。

加賀翔

加賀翔

──悪いロールモデル(笑)。

大が規格外すぎて(笑)。でも、価値観の幅は広がりましたね。だからめちゃめちゃ感謝してるんですよ。僕には25歳までにライブとかでお金を稼げなかったらお笑いを辞めなきゃいけないという個人的な事情があったんですけど、その期限が2017年だったんですよ。当時、テレビにも出ていないし、ライブもうまくいかなくて不安でしょうがなくて。ある日、新宿でライブがあった帰りに、そのまま電車に乗るのが嫌で新宿駅の構内をうろうろしていたんです。そしたら、「BLUE GIANT SUPREME」のでっかい壁面広告が遠くに見えて。

──おおー。

写真を撮ろうかなと思ったんですけど、いったんその場を離れたんですよ。近付いて大たちの顔を見るのが怖くなって。

──だいぶ重症ですね。

でも、やっぱり見ておいたほうがいいと思って近くまで行ったら、なんか壁を触っている人がいて。「どうしたんやろ?」とよく見たらカセットテープがいっぱい貼り付けてあって、「ご自由にお持ち帰りください」と(参照:名曲入りカセットテープもらえる「BLUE GIANT SUPREME」広告、JR新宿駅に)。そこから引っ剥がしてきたのがこれなんですけど……。

加賀が持参したカセットテープ。

加賀が持参したカセットテープ。

──すごい。曲は何が入っているんですか?

ソニー・ロリンズの「Newk's Fadeaway」とジョン・コルトレーンの「Moment's Notice」で、A面には大が「とにかく聴いてみてくれ!!」と言っているイラストが描いてあって。なんかもうよくわからない感情になって「俺、マジでがんばろう!」みたいな。そこで奮い立って、事務所のライブはバトル制で毎月ランキングが出るんですけど、絶対に毎回1位になってやると決めて、年間で1位が9回、2位が2回という結果に。最初の1回は最下位だったんですけどね(笑)。

──(笑)。

もちろんそれは僕だけの力じゃなくて、相方の賀屋もがんばってくれたおかげなんですけど、そこからほかの仕事につなげていくことができまして。だからもし「BLUE GIANT」がなかったら、今ここにいなかったかもしれないです。