「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」発売記念対談、菅野文×萩尾望都が語る“歴史物”“女性主人公”を描く楽しさと難しさ (2/3)

外伝で紐解かれるマーガレット王妃の心の内

──「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」の構想はいつ頃からあったのでしょうか。

菅野 「薔薇王」の終わり頃にさしかかった頃、読者の方ももう少しこの世界を読みたいと思ってくれてるんじゃないかと感じて。私自身とても気に入って描いた作品で、これまでの作品で出せなかったものが描けたと思っていましたし。また、女性キャラの内面があまり描けなかったのが気になっていたので、それを外伝で描こうかなと。私も女性を描くのが苦手でこれまで連載作品で女性の主人公を描いたことがなかったんですが、男女両方の性を持つリチャードを描いたことで、今なら女性主人公も描けるかなと思ったんです。

萩尾 マーガレットは強い女性ですよね。夫のヘンリー六世が何もできないから王室では主導権とらなきゃいけないし。女だてらに戦場に行って戦うんですよね。でも、息子のエドワードは殺されちゃったり……かなりひどい人生だなと思っていたんですが。「薔薇王の葬列」の1巻で、ふっとロケットペンダントを取り出して「ウィリアム…」なんて言ってる。それが、この外伝で描かれるサフォークだったんですね。

「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」1巻より、マーガレットとサフォーク。

「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」1巻より、マーガレットとサフォーク。

菅野 史実ではサフォークはマーガレットと比べてものすごく年上なんですよ。カッコいいおじさんキャラにするか悩みましたが……これからいろいろあるキャラクターだし、少女であるマーガレットとの年齢差が気になって。で、若くしてしまいました(笑)。

萩尾 マーガレットのことをちょっと調べてみたんですけど、最終的にはフランスに帰っているんですね。

菅野 イギリスの王妃になってもフランス人であるという意識は強かったんじゃないかと思います。「王妃と薔薇の騎士」の冒頭は、マーガレットのおばあさまが出てきて、マーガレットに本を渡す場面で始まります。この本は、クリスティーヌ・ド・ピザンという人が書いた本という設定です。

萩尾 どんな人なんですか?

菅野 ピザンはフェミニストの祖みたいな人ですね。彼女が晩年にジャンヌ・ダルクについて書いた本があって、マーガレットのおばあさんはジャンヌ・ダルクを推していたし、本を持っていたとしてもおかしくないかなと。今作ではフェミニズム的なことにも触れられたらいいなと思っています。

「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」第1話冒頭より。

「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」第1話冒頭より。

萩尾 あ、いいですね。単に形見を渡したのではなくて、本にも意味がこめられているわけですね。でも、そんなに昔にフェミニズムについて書いた女性がいたんですね。

菅野 ピザンについて書かれた本を読んだんですが、当時のフェミニストと反対派が議論している内容が今とあまり変わらないんですよ。

萩尾 根の深い問題ですよね。

菅野 自分のことで言うと、けっこう今でも「女性ならではの視点の作品ですね」「女性作家だからこういうセリフができたんですね」って言われて「ええ?」と思うことはあります。

萩尾 言わんとすることはわかるんですけどね。言い方を変えると、そういうふうに言う男の人の「見落としてる感情」がいかに多いかということですよね。「どうしてここに気がつかないの?」っていう。

菅野 ああ、そういうことです!

萩尾 もちろん、そうやって言う人は男性だけではないでしょうけれど。男の人が見落としていることに違和感を覚えずにいられるのは、男の自分が上位にいるからなんじゃないでしょうか。女は弱い立場だから……と言ってしまうと身も蓋もないけど、女性は細かいところを掘り下げたり考えたりしないと生き延びていけない。だから、細かいことに気づけるんだと思います。気がつけなかった男の人に「女ならではの視点」って言われると──何かひとこと言い返したいですね(笑)。

菅野 例えば母親のセリフについて「子供を産める女性ならではのセリフ」とか言われたりして。でも、私は子供がいないし結婚もしてないです。それでも母親を描けているのなら、男の人だって描けるはず。私は、普段身近で子供のいる友達と話をしたり「こんなふうに考えるかな」って想像して描いてるんですけど。本気で観察したらわかることですよね。

萩尾 その言葉、いいですね! 「観察したらわかりますよ」って。

菅野 観察することを放棄してるんじゃないですかね。「女という生き物は不思議だな」みたいな言い方をする男の人がいますけど、そう言う人は観察する気もないから、「不思議」で済ませるんだろうなと。私はなんとなくそういう人の気持ちもわかるというか──自由でいたくて仕事がとても好きで、割と出世欲もある。「薔薇王」によく出てくる調子に乗った貴族の気持ちとかもわかるほうだと(笑)。だから、そういう立場だったら自分もそう思っただろうなという感覚もあります。

萩尾 多くの男の人って「この世界で俺は勝たなきゃいけない」っていう意識が強いですよね。

菅野 私自身も何かに「勝ちたい」気持ちが強いほうだと思います。だから社会的にという意味でも、2つの性の間にいるリチャードは描きやすかったのかもしれません。一方でヘンリー六世はある意味「これが男性」と思っていて。

萩尾 ヘンリー六世ってすごく面白いキャラクターですよね。敬虔なキリスト教徒で、戦いは嫌いだと言って。みんなが血まみれになって戦争してるのに逃げ出しちゃって「羊飼いになりたい」とか言ってる(笑)。

菅野 ヘンリー六世を通して男性側のつらさみたいなのを描けるんじゃないかと。外伝ではそこも描きたいです。

萩尾 わあ、楽しみです。男の人の描く作品では、男性のつらさってあまり出てきませんよね。

菅野 「王のくせに自分の立場から逃げたいと思っているなんて情けない」と、ヘンリーを嫌う人もけっこういるんです。そういう人こそ自分の内面にヘンリーがいるんじゃないかと思っています(笑)。

動乱の時代を生きた人々の「感情を強く描きたい」という思い

──菅野先生は“少女マンガ”の土壌で作品を描くときに、意識していることはありますか?

菅野 「少女マンガは恋愛が成就することだけがゴールではない」ということでしょうか。これは萩尾先生の作品を読んでいても感じることですが、私自身も読み手としてだけでなく、少女マンガを描いていて自然とそういう物語を描くことが好きになっていました。もちろん恋愛の成就がゴールの物語を否定するわけではありませんが。

萩尾 何をテーマに描くにしても少女マンガはきれいじゃないとね。

菅野 「王妃マルゴ」の衣装、すごいですよね。実際に当時のドレスをご覧になったそうですが、かなり忠実に描いているんですか?

萩尾 見本にしたものもありますけど、画面がごちゃごちゃしすぎてしまうので省略もしています。マルゴの時代はお金持ちだということを衣装で強調するので、真珠を40個くらいぶらさげていたりするんですよ。重くて何もできないですよね。大きいえりも流行していたし。

菅野 私は衣装はかなりアレンジしちゃいました。

萩尾 リチャードの服、カッコいいですよね。

菅野 初期のデザインはバトルものの少年マンガっぽすぎたので、そこは少女マンガで表現したいことを意識して直しました。少女マンガとしては戦いのさなかにあっても“感情”を強く描こうと思いました。恋愛はもちろん身体の悩みについてなど……さまざまなことに触れて感情を描くことは少女マンガでないと難しいのかも。少年マンガだと省かれてしまう部分かもしれません。もちろん男性にも読んでほしいのですが。

「薔薇王の葬列」のリチャード。

「薔薇王の葬列」のリチャード。

萩尾 そうかもしれないですね。「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」の1巻が出て……このあとどんな運命が、どう描かれるんだろうとワクワクしています。薔薇戦争の時代は力があっちに行ったりこっちに行ったり混沌としていますから本当に大変だと思いますが、楽しみにしています。

菅野 ありがとうございます! あの……最後に1つだけ。萩尾先生、「新選組」を描かれる予定はないのでしょうか。ぜひ萩尾先生の絵で新選組が読めたらなあと思っているのですが。

萩尾 ええ⁉︎ 無理です(笑)。刀の持ち方から勉強しませんと……。

菅野 お会いできたのがうれしくて、つい言ってしまいましたが……もちろんどんなものでも萩尾先生の作品を楽しみにしております。お話しする機会をいただけて感謝しています。

萩尾 こちらこそありがとうございました。私も楽しかったです。

プロフィール

菅野文(カンノアヤ)

1980年1月30日、東京都生まれ。朝基まさしのアシスタントを経験した後、2001年に花とゆめ(白泉社)にて「ソウルレスキュー」でデビューを果たす。短編作品をいくつか発表した後、2006年、別冊花とゆめ(白泉社)で「オトメン(乙男)」の連載をスタート。同作のタイトルは流行語となり、2009年にはTVドラマ化されるなどヒットした。2013年、月刊プリンセス(秋田書店)で「薔薇王の葬列」を連載開始。2022年1月に完結を迎えた。同作は2022年にTVアニメ化、舞台化を果たしている。現在は「薔薇王の葬列」の番外編となる「薔薇王の葬列 王妃と薔薇の騎士」を連載中。

萩尾望都(ハギオモト)

1949年5月12日、福岡県大牟田市生まれ。1969年、なかよし夏休み増刊号(講談社)にて 「ルルとミミ」でデビュー。1975年、「ポーの一族」と「11人いる!」で1975年第21回小学館漫画賞を受賞。1986年「11人いる!」が劇場版アニメ化、野田秀樹と共同で脚本を書いた「半神」が舞台化、1996年に「イグアナの娘」が管野美穂主演でTVドラマ化されるなど、多くの作品がメディア展開されている。1980年「スター・レッド」、1983年「銀の三角」、1985年「X+Y」で星雲賞コミック部門を3度受賞。1997年「残酷な神が支配する」で第1回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞、2006年「バルバラ異界」で第27回日本SF大賞受賞。さらに2011年には第40回日本漫画家協会賞・文部科学大臣賞を受賞。2012年には少女マンガ家で初となる紫綬褒章を受章した。2019年には女性マンガ家では初となる文化功労者に選出。2022年にはアイズナー賞でコミックの殿堂(The Comic Industry's Hall of Fame)を受賞。日本人では7人目となる。現在は月刊flowers(小学館)にて「ポーの一族 青のパンドラ」を連載中。