コンビニ店員やバスの運転手が優しい、それだけで救われるものがある
増村 香山さんはゲーム制作がひとつのルーツですよね? 「ベルリンうわの空」でも最初のシリーズでは街角に貼られている謎のシールを探すというゲーム的な要素がひとつの軸になっていたり、ゲーム的な発想も大きいのかなと感じているんですが。
香山 そうですね。影響していると思います。僕はマンガってあまり読んできていなくて、自分のルーツを考えると「ドラクエ」とか「ビックリマン」になっちゃうんです。「ドラクエ」でいうと2、「ビックリマン」でいうと第10弾とか。
増村 あー! 「ドラクエ2」の感じはわかります!
香山 「ドラクエ2」ってマンガで言うと「風の谷のナウシカ」みたいなテイスト。トルコとか中東の雰囲気が入っている。ゲーム的な発想でいえば舞台が決まれば仕組みが決まる。例えば、トルコなんかも歴史的にいろんな民族に乗っ取られるというのを繰り返しているんですが、いろんな民族がぶつかる場所だからそうなるんですよね。必然的にパズル的になっていく。そういうゲーム的なことが起こる舞台が好きなのかもしれないですね。
──現実とのリンクという点では、香山さんは「バクちゃん」で共感する点も多いんでしょうか?
香山 移民の立場からすると全部あるあるというか「これは困るよね」って感じるポイントがたくさん描かれていて、最初からずっと感心していました。銀行口座を開くのが難しいという話なんか、「これを描くんだ!」って思いました。
──第4話で描かれる話ですね。永住権を取るためには働かないといけないけど、働くには携帯電話(連絡先)が必要で、その携帯を契約するには銀行口座が必要になる。だけど、その銀行口座を作るのがすごく難しいという。
香山 これってすごく困ることなんですけど、事務作業だからマンガとして描くには地味なんですよね。これを描くのは難しいだろうと思ってたんですが、最初のほうで描いてしまうっていうのはいいなと思いました。
増村 あそこは自分の感覚がズレズレでちょっと反省してるんです。私としては「こんなことがあるんだよ!」ってすごく面白い話、サービスみたいな話として描いたつもりだったんですが、出してみると「あれ? 思ったより反応が……」ってなって(笑)。面白かったといっていただけてうれしいし、描いてよかったとは思いますが、今だったら描くか迷うかもしれません。香山さんがおっしゃる通り、大切だけど地味な話なんですよね。
香山 でも、象徴的なエピソードだと思います。僕はオンライン銀行で口座を作ったんですが、実店舗がないので審査もビデオチャットだったんですね。で、パスポートを見せろって言われて、見せるんですが、ホログラムの部分が偽物じゃないか確認するためにカメラの前で何度も角度を変えて見せるんです(笑)。
──がんばって、本物だよってアピールしないといけない(笑)。
香山 怪しまれていることが前提なんですよね。そういう大変だったり、傷ついたりすることっていろいろあるわけですけど、「バクちゃん」でいいなと思うのは、日本人のバスの運転手さんやコンビニの店員さんなんかがチラッと描かれる場面があって、その人たちがすごく優しく描かれているんですよね。こういう職業の人たちって移民と日常的に接することも多い人たちなんです。自分のマンガを描いていても思い出すんですが、こういう人たちが優しいと、何かあったときもだいぶ回復が早まるんです。そういう意味で、移民にとってすごく大事な役割を果たしてくれている人たちだなと思います。
大人も子供も楽しめる、娯楽作品としての「バクちゃん」
──「バクちゃん」は完結を迎えたわけですが、最終回のイメージはどんなふうに固めていったんでしょう?
増村 終わらせ方はいくつか選択肢があったんですが、最初に描いたオリジナル版に呼応する形にしようとは考えていきました。オリジナル版には草原でバクちゃんが「この風は僕じゃない誰かのために吹いている」とつぶやくシーンがあるんですね。これを描いたのは、自分が移民としてカナダにいるときで、ちょうどアメリカでトランプ氏が大統領選で勝利した頃だったんです。彼の言う「We」に私は入っているんだろうか、というのを考えるとすごく怖かった。連載版のラストはそれに対するひとつのアンサーを入れる形にしようと。弱い立場の人たちが自分たちの場所を手に入れるまでの物語になったかな、と思っています。オリジナル版(参照:バクちゃん(オリジナル版) / Twitter)はWeb上で無料で読めるようにしてあるので、そちらも時間があったら読んでもらえればうれしいですね。
──香山さんは現在「ベルリンうわの空」シリーズの最終章となる「ベルリンうわの空 ランゲシュランゲ」を連載中です。ラストに向かってどんなことを考えていますか?
香山 そうですね、やりたいこと、やり残したことを描ききろうと思っていますが、僕の場合楽しくやるのが第一だと思っているので、その部分は変わらないです。それと、第1作から今描いている第3作まで、描く面を変えたりはしていますが、自分が読んでほしい人のイメージは変えないようにしています。自分の友達を5人くらいイメージして、その人たちやその人たちの友達と描いたものについておしゃべりしたら楽しいな、というような作品になるようにと思っています。これを読んで面白いと思ってくれる人とは友達になれるぞ、という感じで。なので、趣味が合いそうだと思ったらお付き合いいただけたら。
増村 「ベルリンうわの空」は技術的にも本当にすごい作品だと思っています。シリーズ2作目にあたる「ウンターグルンド」も、タイトルだけだとウンターグルンド=地下か、怖い話かなって思ったんですが、アンダーグラウンドの世界で人が居場所を作るとか、人が集まってくるとか、今の世界には足りない新しい仕組みを取り入れたベータ版の世界を作るみたいな話になっていて、すごく象徴的な作品なんですよね。何度読んでも楽しめるので、まだの人はぜひ手に取ってほしいなと思います。
香山 それでいうと「バクちゃん」こそ、多種多様な人が読んで楽しい作品だと思うんですよね。セリフも全部ふりがなが振ってあるから小学生でも読める。内容的にわからないことが出てきても差し支えないというか、「これがわからないと最後まで全然わからない」ってことがないじゃないですか。読んだ後に大人と子供とか、男の人と女の人とか、多種多様な人と話すのが楽しい作品だと思うので、大人も子供もみんな読んでみてほしいなと思います。
増村 そうなったらすごくうれしいです。さっきも話しましたが、社会的なテーマみたいな部分はもちろんあるんですが、娯楽として面白いものにしようと思って描いた作品なので、いろいろな人に読んでもらって、気軽に「楽しかったよ」という感じで勧めてもらえたらとってもうれしいなと思います。
──それぞれの作品の感想をありがとうございます。対談はここまで、と思いますが、増村さん、香山さんは何か話しておきたかったこととかありますか?
増村 まだまだ話したいこともあるんですが、もうそれは取材と関係ないというか。あの……これ、最初に話そうと思ってたんですが、香山さん、もしよかったらこの機会に私と友達になっていただけると……。
香山 あ、はい! またこういうお話ができるといいですよね。
増村 「ウンターグルンド」を読み返していろんな気持ちを思いだしたんですが、そのひとつが「人生短いので友達になれる人とはどんどんなっていかなきゃ」ってことだったんで。
香山 はい。僕は人と接するのがすごく苦手だから、マンガを通じて人に何かを伝えたり、あるいはこれをわかってくれる人とは仲良くしたいとか、ここで受け入れてくれる人は味方かもしれないと、ちょっとだけドアを開ける感じで描いているんですね(笑)。こうやって声をかけてもらわないとなかなか打ち解けられないので、今日みたいな機会がまたあればうれしいです。
2021年3月31日更新