魚を弾丸のように発射する“サバマシンガン”は実在する
増村 香山さんの作品は「ベルリンうわの空」だけじゃなく過去作の「心のクウェート」や「香山哲のファウスト」も読ませていただいているんですが、特に「心のクウェート」はすごく好きで。
──香山さんがポーランド滞在時にカフェで出会った男性に聞いた「心のクウェート」という国の話を軸にしたエッセイ風のフィクションですね。
増村 はい。「ベルリンうわの空」に近い世界設定なんですが、「ベルリン~」よりもう少し物語として飛躍してるんですよね。例えば、ミスコンパスコンドルってキャラクターが出てくるんですが。世界のミスコンを爆竹なんかで荒らし回る、過激なミスコン反対派みたいな人で、主人公はなりゆきで彼女といっしょに旅をすることになる。そのとき、船の上で凶悪なサメを遠ざけるためにサバマシンガンっていう、サバを弾丸として撃ちまくる武器の話が出てくるんです。もう最高だな!って。私は昔から「ガンバの冒険」とか「ガリバー旅行記」とか、根無し草のキャラクターが自分の居場所を探す、作るという話が大好きなんです。「心のクウェート」はそういう話と同じ満足感がある。
香山 実はサバマシンガンって本当にあるんですよ。
増村 え、そうなんですか!?
香山 サバじゃなかったかもしれないですけど、安い魚をマシンガンみたいにバババッと撃ち出すものが。武器でなく、遠くにいる魚とかに餌をあげるためのものですね。僕、水産系の勉強をしていたので、船とか魚を描くのが好きであの武器を思いついたんですけど、描くときに「これ本当にありそうだな」と思って調べたらやっぱりあったっていう。
増村 えー、面白い! じゃあ(同じ「心のクウェート」に出てくる武器)ソルトカノン砲は?
香山 あれは存在しないです(笑)。
増村 「心のクウェート」に比べると「ベルリンうわの空」はそういう飛躍をさせすぎないところでバランスを取っていますよね。意識して方向性をまとめているのかなって。
香山 そうですね。でも、担当編集さんが優しいから5回に1回くらいなら(飛躍したネタも)許してくれるかなって思い、やるところではやってます(笑)。
増村 ビームもすごく優しくて自由に描かせてもらってたので、好きなシーンをいろいろ描けて楽しかったです(笑)。
──例えば描けて楽しかったシーンってどんなところですか?
増村 うーん、シーンで言うとコマ単位とかになっちゃうんですよね。この構図とか背景が描けてよかったな、とかって。キャラクターに関しては割と自然に動いてくれているという感覚なので。
──個人的には、移民センターのジャスミン先生が赤ちゃんに顔を引っ張られながらしゃべってるシーンとか好きなんですけど、ああいうのは自然に思いつくんですか?
増村 あの回は座っているだけのシーンが多かったので、「動かさなきゃ」って意識があったんですよね。特にジャスミン先生は立場的にも動きや表情が硬いから、赤ちゃんがギューッとしたりすると面白いかなって。同じ回だと、タミちゃんっていう手に乗るようなサイズのウサギ型のキャラクターが足の長い象に乗るところも描いてて楽しかったですね。意味はないけど、ちょっとひねった感じというか(笑)。
──香山さんは「ベルリンうわの空」で描いていて楽しかったシーンはありますか?
香山 話を聞きながら考えてたんですが、難しいですね(笑)。マンガって1人でいろいろな役割をこなすじゃないですか。スクリプト(台本・下書きなど。コンピュータでは簡易的なプログラムを指す)を作るとか、言葉を作るとか、さらに技術者として絵を描いたりもする。それぞれに喜びはあるんですけど、それが最終的に結実するのが絵を描く段階なので、そこに楽しさがあることが多いですかね。増村さんが背景の話をしていましたが、それって上手に絵を描けた以上の感情があると思うんです。無事にできてよかった、そこまで積み上げたものが台無しにならなくてよかった、という安堵感みたいな。そういう意味で言うと、最後のチェックの行程はやってて全ページ面白いですね。
増村 私はチェックのときは戦々恐々としてます(笑)。「間違ってないかな?」って。
東京の満員電車は、突然に水責めくらいされてもおかしくない場所
──おふたりの作品は移民というテーマもありますが、「バクちゃん」のUSBからシャボン玉が出る風景や「ベルリンうわの空」の人間が動物の姿で描かれているところなど、それぞれワンダーな要素を持っているのも印象的です。そういう発想のルーツって、どんなところにあるんでしょう?
増村 私はマンガ大好きっ子だったのでいろいろな作品に影響を受けてると思いますが、SF的な部分で言うとやっぱり藤子・F・不二雄先生の影響が大きいと思います。日本にいたら自然に注入される要素ですし。ただ、意識してSF要素を入れたわけではないんですよね。「バクちゃん」はとにかく楽しいものとか自分の中にあるものを出し惜しみせず全部出そうって考えて土台を作っていったので、その中にF先生の要素も入っていたという感じです。舞台も近未来という意識は実はなくて「でもバイクが空飛んでるじゃん」って人に言われて「あ、そういえば飛ばしちゃってたな」って(笑)。初代の担当さんに言われてしっくりきたのは「すこし・リアル」って言葉です。藤子・F・不二雄先生のSFは「すこし・ふしぎ」の略だって言われているんですが、私の場合はそこに「すこし・リアル」が入るとイメージしていた形になるな、と。リアルとふしぎが補強し合うような形です。それは大人になってから知ったマジックリアリズム小説の世界の影響も大きかったと思います。
──マジックリアリズム小説というのはどういうものなんですか?
増村 ラテンアメリカで流行った形式で、フィクションなんですが政治とかをふんだんに盛り込んで、虚構と現実が入り交じる感じの小説です。例えば、「私はこの夏5000人とセックスをした」とかって書いてあって、「嘘つけ!」って思うんですが、それが同性愛への弾圧とつながっていったりする。
──「バクちゃん」の中でも、中央線の電車に急に水が注ぎ込まれるシーンとかありますよね。全然現実的ではないけど、妙にリアリティを感じた場面です。
増村 あのシーンは伏線じゃないかって考えてくれた人もいたんですが、全然伏線とかではなく「満員電車は水くらい入れられるでしょ」って感覚があって描いたんです(笑)。
──それぐらい苦しい、理不尽な目に遭う場所だと。
増村 もちろん現実に水は入ってこないけど、あそこなら水くらい入ってきてもおかしくないだろう、って。そういう感覚をマンガ的に面白いビジュアルにしようと思うとああなった。この場面は描いたあとに「社会構造を表している」って評価してくれる人もいて、「そういえばそうだな」って思ったんです。
香山 背が高い人は水から顔が出ているので苦しくないんですよね。その様子が、社会的に下駄を履いている人を連想させる。
増村 はい。で、小さい動物とか立場の弱い者は水の中に沈んでしまう。サバマシンガンの話にも通じる気がするんですが、真剣に嘘をつくと真実に近づいていくところがあると思うんです。現実の社会制度や発明品も、何かの必然性があって生まれている。だから、嘘でも突き詰めていくと、必然性から一般性が生まれるんじゃないかなと。これは逆もしかりで、現実も突き詰めていくと嘘っぽくなったりする。そういうものを織り交ぜていくと、私の好きな作風になるんじゃないかと思っています。自分が見てきたものが揺らいでくるというか、嘘っぽいんだけどどこか現実のことが描いてあるような気がしてくる。
香山 嘘だけど整合性があるという。
増村 はい。カフカの小説がそんな感じですよね。キャラクターでも、例えば2巻に出てくるコールセンターのメンバーは奇蹄目(ウマ目)の動物で共通点を持たせています。
──ああ、バクのバクちゃんもサイのリノも奇蹄目なんですね。
増村 同僚のブルチェリもシマウマで奇蹄目だったりします。もともとはビジュアル的な要請から考えはじめたことなんですが、そういう職場の設定も作ったりしています。
香山 種族が近いと故郷の星も近いんですよね。お隣だったり。
増村 そうなんです。
香山 出身の星が近いと形も似ているとか、そういうのがあとからわかってくるのもゆるい感じでいい。でも、それも結果的にリアルに感じるんです。例えばヒスパニック系の人はこういう職業に集中しがちだとか、特定の層が特定の職場に偏ることってあるじゃないですか。
増村 ドイツもそうだと思うんですが、白人社会にいるとアジア系の人にシンパシーを感じるようになりませんか?
香山 扱われ方が一緒になりますからね。仏教、儒教の影響を受けた国グループって感じで。
増村 マイノリティ同士なんですよね。日本と韓国なんかは社会システムや思想も近いから、自分たちの国への不満や問題意識も似てくる。共感ポイントが多いんですよね。
香山 そういうところも含めて、嘘を突き詰めると現実に近づくというところだなと思います。
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コンビニ店員やバスの運転手が優しい、それだけで救われるものがある
2021年3月31日更新