コミックナタリー PowerPush - 吾妻ひでお×高橋葉介
狂気と洗練のリスペクト対談
吾妻ひでおと高橋葉介。濃すぎる作品と息の長い活動で熱狂的なファンを多く持つ2人の作家が2015年、復刊ドットコムからそれぞれ過去作品の短編集を出版した。長年のファン同士であるという2人は、帯にもコメントを寄せ合っている。
コミックナタリーでは作品集の発売を記念し、2人による対談をセッティング。お互いの作品に対する思いや、マンガ界に長く存在感を示し続けられている理由についてたっぷり語ってもらった。
取材/唐木元 文・撮影/安井遼太郎
こいつ、ちょっと頭おかしいなって
──吾妻先生は、高橋先生がデビューされたときからの読者だそうですね。
吾妻 僕は昔、マンガ少年(朝日ソノラマ)で「美美」っていうのを連載してたんですけど、ちょうどその頃、同じ雑誌で高橋さんが「江帆波博士の診療室」でデビューして。
高橋 そうですね。
吾妻 確か1977年の8月号で、僕もその号に「美美」を描いてたんだけど。そこに高橋さんのデビュー作が載ってて……センスのよさに引きこまれました。
──センスのよさといいますと、どのあたりに。
吾妻 絵柄とネームですね。あと筆で描くときの強弱の付け方がとても印象的だった。筆を使う人って当時はあまりいなくて、すごく異質な感じがしました。作品集に入ってるのでいうと「卵」とか「腹話術」とかは印象に残ってますね。「ミルクがねじを回す時」も、ミルクちゃんがかわいくてすごく好き。
高橋 マンガ少年に描きはじめたときに、編集者と「これは女の子には受けないよね」って話をしてたんです。気持ち悪いし(笑)。でも案外女性読者の反応が多くて、意外でした。
吾妻 美少年も出てくるからね。僕も「エイト・ビート」や「きまぐれ悟空」で、ギャグマンガに美少年を登場させてみたんだけど、あまり受けなかった(笑)。
──それは意図してやられていたんですか?
吾妻 ええ。当時のギャグって登場人物の顔で笑わせるのが多かったから、あえて美少年にしてみたんですよ。
高橋 今だったらもう、ギャグに美少年って珍しくないですもんね。
吾妻 うん。あと「遊介の奇妙な世界」はいつもより画面が白っぽくて、すごくいい感じだなと思いました。これは意図的にそうしたんですか?
高橋 ええ、通常よりも軽いタッチでやってみようかと思って。自分でやろうと思ったのか、誰かに言われてやったのかは覚えてないですけど。まだデビューして1、2年ぐらいで、どういう絵柄がいいのかもわかってない頃ですね。
吾妻 ああー、そうなんだ。でもすごくきれいな描線で、スタイルが確立されていると思いましたね。黒と白のバランスがよくて。
高橋 ありがとうございます。今回の作品集に収録されているものはまだマシですが、もっと前のやつだと、かなりグチャグチャなものもありますよ(笑)。
吾妻 あの、聞こうと思ってたんだけど、「江帆波博士の診療室」の、少年の髪の毛とかは筆で1本1本描いてるんですか。
高橋 ええ。最初の頃は面相筆を使ってました。
吾妻 面相筆と墨汁で?
高橋 墨汁ですね。開明じゃなくて、不易墨汁ってやつ。乾きが早いので。最初の頃は本当に直線とか枠組み以外、全部筆でやってましたよ。
吾妻 へえー、時間かかりそう。1作描くのに、俺だったら背景も入れて1カ月はかかると思う(笑)。
高橋 実際それぐらいかかってたんじゃないかな。マンガ少年だから載せてもらえてたっていうのもあると思います。今になって見ると、こんな絵描く奴とあまり付き合いたくないなって思いますね(笑)。
──ご自分でですか。
高橋 うん。こいつちょっと頭おかしいなって思う(笑)。ずっと絵を描くことが、狂気に対するセラピーになっているような感覚ですよね。だんだんまともになってきたなっていうのが自分でもわかるので。描いてる当時は、変わった絵だとは全然思ってなかった。それこそ部屋の電気を消して、スタンドの明かりだけでずーっと描いてたんで。あのまま発表せずに描き続けていたら、ヘンリー・ダーガーになってたかもしれない(笑)。
吾妻 この「腹話術」の扉絵の線も……。
高橋 これも自分で全部描きました。我ながら怖いですね(笑)。
だからギャグマンガ家は壊れちゃう
──逆に高橋先生が初めて意識された、吾妻先生の作品は何でしょう。
高橋 「荒野の純喫茶」っていう読み切りだったと思います。あれはチャンピオンでしたっけ?
吾妻 うん、確か週刊のほう。
高橋 砂漠の向こうに女の子が背伸びしている絵が扉で、「面白い絵だな」と思ったことを覚えてます。あとはやっぱり「やけくそ天使」が一番好きで。特に阿素湖と進也のやりとりを読んで、ボケとツッコミってこうやってやるんだなというのが初めてわかったんです。ギャグマンガを描く方って、ボケという狂気に対してツッコミという理性をぶつけることで、正気を保っているのですね。「やけくそ天使」は本能だけで生きてる阿素湖と少し理性的な進也との掛け合いが好きだったんだけど、その後の「スクラップ学園」になると全員ボケで、ほとんど精神病院の中の世界の話になってて(笑)。すごく面白いけど、これ描く人は大変だなと思いましたよ。
──大変というのは、正気を保つのが?
高橋 うん、狂気の配分が大変ですよね。「やけくそ天使」の頃は狂気の内包分が、多くてまだ20%ぐらいだったんだけど、「スクラップ学園」だと30、40%ぐらいになっていて。多分50%を越えたら、かなりまずいことになる気がします。
吾妻 自分では正常だと思ってやってるんですけどねえ。
高橋 本人はそう思ってるだろうな、というのもわかるんですよ(笑)。こういう狂気のはらみ具合を見て、僕自身はギャグの方向は危険だなと感じてました、昔から。帯にも書かせてもらったとおり、ギャグの才能って「神様の贈り物であり、悪魔の呪いでもある」と思うんです。努力してなんとかなるものでもない。
吾妻 ああ、帯のコメントは本当に名文でした。高橋さんがギャグに行かなかったという、その選択は賢かったと思いますよ。
高橋 ギャグって、積み上げて積み上げて精緻にしたものを、最後にバーンとひっくり返すんですよね。その快感を覚えちゃうと、もうひっくり返さずにいられない。しかも本当のギャグは理解されにくくて、あまり報われないでしょう。この道を行くのはつらいですよ。
吾妻 だからギャグ作品を描くマンガ家は、壊れちゃう人が多いんです。僕もネタ探しでは苦労しましたよ。取材で旅行に行ったり、病院に入ったりして……(2度にわたる失踪と、アルコール依存症による精神病院への入院のこと)。
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怪奇幻想マンガの第一人者として君臨し続けるマンガ家・高橋葉介。今回刊行されるのは1970~80年代にかけての初期作品群の中から美少年・美少女が登場する短編を中心に集め、エロ・グロを排し作品の絵の魅力が伝わる構成で再編集した決定版作品集。同時期の単行本未収録の作品を加え、コンプリートを目指す熱烈なファンの要望にも応えます!
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吾妻ひでお(アヅマヒデオ)
北海道生まれ。1969年にデビュー後、「ふたりと5人」「やけくそ天使」などのギャグ、「パラレル狂室」「不条理日記」などの不条理・SF、「日差し」「海から来た機械」などのエロティックな美少女ものなど様々な作風で各方面から絶大な支持を得る。1979年、「不条理日記」が第10回日本SF大会星雲賞のコミック部門賞を受賞。その後1989年に突如失踪、その顛末は2005年「失踪日記」として発表され、同書は第34回日本漫画家協会賞大賞をはじめ多数の賞に輝いた。近著に「カオスノート」「チョッキン 完全版」など。
高橋葉介(タカハシヨウスケ)
長野県生まれ。1977年、駒澤大学4年生のときにマンガ少年8月号(朝日ソノラマ)掲載の「江帆波博士の診療室」でデビュー。怪奇と幻想を題材にした深遠な世界観を描き、毛筆とペンを併用した独特の画風で唯一無二の魅力を醸し出す。作品は猟奇要素の強い幻想怪奇マンガが多いが、ブラックジョーク、コメディ、冒険活劇など多岐にわたる。代表作に「夢幻紳士」シリーズ、「学校怪談」ほか、近著に「人外な彼女」など。