「彼方のアストラ」篠原健太(原作者)×安藤正臣(監督)対談|最後までネタバレを踏まないで! アイデアをギュッと詰め込んだSFサバイバル、アニメ化までの旅路を振り返る

「話し合い」で決まったキャスティング

──篠原先生はアフレコの現場にいらしたそうですね。感想を伺いたいです。

「彼方のアストラ」の場面カット。左から残念なイケメンのシャルス・ラクロワ、拳銃や弓矢などの扱いに長けたウルガー・ツヴァイク、一度見たものを完全に覚えられる映像記憶能力を持つアリエス・スプリング。カナタとともに宇宙を旅することになる。

篠原 「SKET DANCE」のときもそうだったのですが、声がついた瞬間感動しましたね。キャラクターが完成したな、と。

──完成した?

篠原 マンガでは、連続した動きを表現するのって難しいですし、音や声はそもそも出ないじゃないですか。そこを表現するのはマンガ家には太刀打ちできない部分だと思っています。キャラクターを構成するうえで、“声の力”が占める割合は大きいですよね。動きと声がつくことで、キャラクターが完成したというか……立派な大人になって実家を出ていった、という感覚を抱きました。あと、キャストの皆さんの声がすごくぴったりで!

──キャスト発表時、ファンからも「イメージぴったり!」という声が上がっていましたね。キャスティングはどのように?

安藤 今回はオーディションをせず、 スタッフの間でやっていただきたい声優さんの名前を出し合って、「この人がいい!」とお願いするという決め方をしています。皆さん実力があって人気の方ばかりなので、スケジュールが合わなくて断られることも覚悟していたのですが、奇跡的にスケジュールが揃って、ほぼ希望通りのキャストでやらせていただけることになりました。お願いしたこちらも「まさか全員揃うとは……」とびっくりしました(笑)。

──おお……! オーディションなしで、話し合いでキャストを決めるのはよくあることなのでしょうか?

「彼方のアストラ」の場面カット。左から自分を表に出すのが苦手なユンファ・ルー、IQ200の天才ザック・ウォーカー、芸術家肌のルカ・エスポジト、医師を目指すわがままお嬢様のキトリー・ラファエリ。同じくカナタとともに宇宙を旅することになる。

安藤 僕も(アニメーション制作を担当する)Lercheも初めてですね。 比嘉(勇二)プロデューサーが「今回はこういう決め方に挑戦してみよう」と決めたことなのですが、自分もそれがいいだろうと思っていました。本作は9人の少年少女それぞれに見せ場や作中での役割があるので、力量があって間違いなくやり切れる方にお願いしたいなと考えていて、本当に“任せて安心”の方に集まってもらえました。

篠原 カナタ役の細谷(佳正)さん、面白い方ですよね。お話しして、「カナタそのものだ!」と感じました。

安藤 いやー、本当に細谷さんに助けられています。先ほども言ったように、シナリオではたい焼きのあんこが今にもこぼれそうな状態なので、原作にある細かいギャグやニュアンスをどうしても拾えない部分が出てくるんです。でも細谷さんがカナタとしてしゃべることで、軽妙な感じや楽しい感じが“乗る”。こんなにテンションが高いアフレコ現場はなかなかないです。

篠原 皆さん、本当に仲がいいですよね。

──ヒロイン・アリエス役の水瀬いのりさんは、安藤さんが監督を務めた「がっこうぐらし!」に続いての現場ですね。

「彼方のアストラ」の場面カット。

安藤 海法(紀光)さんとのコンビ作ですし、ファンからは「またピンク髪のヒロインか!」と思われるかもしれません(笑)。

篠原 そういえば、水瀬さんに「やりづらいこと、ないですか?」と聞いたら、「アリエスの笑い方がわかりません……!」と返ってきました(笑)。

安藤 アリエスの変な笑い声「あっあっあっあっ」(笑)。あれはぜひ楽しみにしてほしいところです。自分たちもどれが正解かわからなかったのでいろいろテイクを録った結果、水瀬さんの直感でやってもらったテイクを使わせてもらっています。

篠原 音になったときのことを全然考えてなかった……。僕自身イメージができていないので(笑)、水瀬さんの「あっあっあっあっ」楽しみです!

黒澤桂子さんが陰の監督です(笑)

安藤 せっかくの機会なので、篠原さんに聞きたいことがありまして。マンガを描くときに、徹夜とかってするんですか?

左から篠原健太、安藤正臣監督。

篠原 最初はメチャクチャありましたね。「SKET DANCE」の頃は、連載が安定するまではずっと徹夜状態でした。「彼方のアストラ」のときも大変は大変でしたが、隔週だったので。週刊連載の地獄と比べれば……(笑)。でも、アニメ監督のお仕事のほうが大変そうです。マンガ家は連載が終わればひと区切りですが、アニメ監督は終わりがないイメージがあるので。僕は今、連載が終わって充電期間をいただいているので、余計そう思うのかも。

安藤 アニメ監督には確かに充電期間がない……(笑)。ひとつの作品が最終回を迎えたタイミングで、すでに新しい作品が始まっていたりします。

篠原 それから、アニメ監督はマンガ家とは違って、大変な人数が関わっていく中で作品を作っていくのが大変そうですよね。

安藤 おっしゃる通り監督は大勢の人がいる現場で、その方向付けを考えていかなければいけないんですが、お任せできる人が増えていくと自分の作業量が減っていくんですね。今回は海法さんという「がっこうぐらし!」でも組ませていただいた大ベテランがいてくれたので、すごくお仕事がしやすかったです。海法さんはSF知識も豊富な方なので、航路の計算などもお任せできて頼りがいがありました。

──キャラクターデザインの黒澤桂子さんも、「クズの本懐」などに続いてのタッグです。

安藤正臣監督

安藤 黒澤さんが影の監督です! 本当は今日もここに来て自分の代わりにしゃべってもらいたかったくらい……(笑)。アニメのクオリティを決めるのにはいろいろな要素がありますが、Lercheの現場の重要な部分を占めているのが黒澤桂子という人間です。もともと黒澤さんは原作のファンなので、思い入れを持って引っ張ってもらっています。……ちょっとアストラ号のメンバーに似ているところがあるんですよね。

篠原 そう言っていただけるとうれしいです。そんな熱さが……?

安藤 なんていうんでしょうか、逆境に対する反骨精神の塊なんです。だいぶ変人でもありますし、そしてものすごく仕事が速くて力量がある。比嘉プロデューサーは「黒澤さんは『生きている間に自分は何になれるんだろう』と全力になっている人。ひとつの作業にかかるスピードを計算して仕事しているし、そこからどう成長できるかを常に考えている」と評していました。

篠原 黒澤さん、マンガ家に向いていますね(笑)。

「彼方のアストラ」の場面カット。カナタたちは学校行事の一環として、惑星マクパに降り立つ。

安藤 カナタとザックとウルガーを足して割らなかった感じです。それでいて人となりはフニやアリエスっぽさもあるんですよね……。アニメ業界で総作画監督の仕事をしていると、どんどん余裕がなくなってくるものなんですよ。ところが黒澤さんはけっこう佳境のタイミングのスタジオで謎の踊りをしていたり、スタッフに美味しいものを配っていたりとだいぶ自由(笑)。でもそういう雰囲気が出せるのは、自分の実力や進行を把握できているからなんだと思います。

──キービジュアルや場面写真を見ると、篠原先生の絵にすごく近いですよね。このキャラクターたちが動くのか……とワクワクしてきます。

安藤 アニメの現場ではある程度、作業の都合で自分たちなりにやりやすいデザインにすることもあるのですが、原作のデザインに意図と愛着を持たれるクオリティがあると思います。できるだけ原作に寄せることを目指して設定しました。

原作未読の人は最後までネタバレを踏まずに!

──篠原先生はアニメにはどのように携わっていますか?

左から篠原健太、安藤正臣監督。

安藤 篠原先生には、デザインやシナリオチェックなどを割と細かくやっていただいています。

篠原 最終段階のシナリオを見せていただいて、基本は「いいですよ!」なんですが、「どうしても」の部分だけ意見を言わせていただいています。こういうふうに要素をぎゅうぎゅうに詰め込んだ作品なので、原作者にしか気付かないようなミスがあったりするんですね。絵に関しては最初の段階で見せていただいて、デザインを詰めたり色の設定をしたり。特に色は、アストラ号のメンバー以外のカラー設定があまりないので、イメージをお伝えしています。

安藤 すごく助かっています!

篠原 「SKET DANCE」のときは原作が連載中で本当に「お任せ」だったんですが、今は時間的な余裕があるので関わらせてもらっています。

──最初に篠原先生は、「アニメ化はひとつのゴール」とおっしゃっていました。本作は「SKET DANCE」に続いて2作目のアニメ化ですが、篠原先生にとってのアニメ化の意味や価値はどのようなものでしょうか?

「彼方のアストラ」の場面カット。

篠原 そうですね……商業マンガを描いている人の多くにとって、アニメ化は“世間に評価された”という指針だと思います。それだけを目指しているわけではないけれど、アニメになったら「受け入れられたんだ」と感じる。そんな具体的な評価の表れですね。それから、マンガを読まないでアニメだけを観ている人もいるじゃないですか。自分の力が及ばない読者のところまで作品が届くチャンスでもある。世界が倍くらい広がるような感覚です。

──今回アニメで初めて「彼方のアストラ」の世界に足を踏み入れる視聴者もいると思うのですが、メッセージをお願いします!

篠原 よくぞネタバレを踏まずにここまで来てくださいました。どうか最後までネタバレに出会わずに、映像で表現されたアストラの世界を楽しんでもらいたいです。僕自身、記憶を失って何も知らない状態で「彼方のアストラ」を見てみたいです。僕は1回も読者や視聴者として楽しんだことがないので……(笑)。原作を読んでいただいている方はストーリーは知っていると思うので、マンガでは表現できない音や歌が見どころかなと。

安藤 自分も映像作品の「彼方のアストラ」を客観的に楽しんでみたいですね(笑)。毎週毎晩頭を悩ませています。でも、アニメ監督の仕事が面白いのは、スタッフが上げてくるものが想像以上になることがあるんです。「おお、こんな絵にしてくれたんだ」と。今回は撮影さんの質感表現が上手で、宇宙船や宇宙空間のバリエーションを感じる。光や音や声が合わさって完成していくのが自分自身楽しみですし、視聴者には楽しみにしていただきたいです。

篠原 「アストラ」の“旅情感”をぜひ味わってください!

「彼方のアストラ」
放送情報

AT-X:2019年7月3日(水)より毎週水曜日21:00~ ※リピート放送あり

TOKYO MX:2019年7月3日(水)より毎週水曜日25:05~

テレビ愛知:2019年7月3日(水)より毎週水曜日26:35~

KBS京都:2019年7月3日(水)より毎週水曜日25:05~

サンテレビ:2019年7月3日(水)より毎週水曜日25:30~

BS11:2019年7月3日(水)より毎週水曜日25:30~

配信情報

地上波先行配信

dアニメストア:2019年7月3日(水)より毎週水曜日21:30配信

Amazon Prime Video:2019年7月3日(水)より毎週水曜日21:30配信

ほか配信サイトでも配信予定

スタッフ

原作:篠原健太(集英社ジャンプコミックス刊)

監督:安藤正臣

シリーズ構成:海法紀光

キャラクターデザイン:黒澤桂子

メイン総作画監督:黒澤桂子

サブ総作画監督:山本由美子

音楽:横山克、信澤宣明

アニメーション制作:Lerche

キャスト

カナタ・ホシジマ:細谷佳正

アリエス・スプリング:水瀬いのり

ザック・ウォーカー:武内駿輔

キトリー・ラファエリ:黒沢ともよ

フニシア・ラファエリ:木野日菜

ルカ・エスポジト:松田利冴

ウルガー・ツヴァイク:内山昂輝

ユンファ・ルー:早見沙織

シャルス・ラクロワ:島﨑信長

篠原健太(シノハラケンタ)
サラリーマン生活を経たのち、2005年に「レッサーパンダ・パペットショー」が赤マルジャンプ(集英社)に掲載されマンガ家デビュー。2007年から2013年まで週刊少年ジャンプ(集英社)にて連載した「SKET DANCE」が、2010年に第55回小学館漫画賞少年向け部門を受賞し、2011年にTVアニメ化されるヒット作となった。2016年から2017年に少年ジャンプ+にて発表した「彼方のアストラ」は「第3回 次にくるマンガ大賞」のWebマンガ部門で第5位、「このマンガがすごい!2019」オトコ編で3位、「マンガ大賞2019」で大賞を獲得している。
安藤正臣(アンドウマサオミ)
アニメーション監督、演出家。これまでの監督作品に「WHITE ALBUM2」「がっこうぐらし!」「クズの本懐」「ハクメイとミコチ」など。