自分の今の感覚をそのまま描きたかった「零落」
──「零落」は人気作「さよならサンセット」の連載を終えたマンガ家の深澤が、妻との関係も冷えきり、作家として迷い漂流するという話です。1年前にあるインタビューで「中年主人公の作品がなかったからやってみたい」「『デデデデ』は僕の普段の生活が反映されることはほぼないので、たまってきた個人的な感情だとか、そういうものも描く場所が必要」と話されていたんですが、それが形になったのがこの作品と捉えていいですか?
はい。1話目のネーム自体は、「デデデデ」が始まるときにすでにあったんですよ。
──もしかしたら「零落」を先に連載するかもしれなかった?
どっちにしようか悩んだんですけど、「プンプン」終わった後にそのまま「零落」を始めると、ちょっとマイナー作家が過ぎるなと(笑)。それで「デデデデ」優先という感じになりました。初期段階の「零落」のネームは少しニュアンスが違っていて、マンガ家が風俗にハマっていくのがメインの話だったんですよ。そしてもう少しマンガ的に内容も盛った感じだったけど、描けるタイミングがきたときに、どんどんフィクションっぽさを削る作業をしました。
──それはどうして?
うーん。「デデデデ」が嘘だらけのマンガだから、これ以上話を創作したくないっていうのと、いかにリアリティを感じられるかが、自分の中でこのマンガに関しては重要になってきて。だったらなるべく実際にあったことを描くしかない、と。
──マンガ家を主人公にしたのも、自分の等身大で掴めることが多い存在だからですか。
自分の今の感覚をそのまま描きたかったので、この設定しか考えられなかったですね。余計なことを考えなくて済みますし。
──「ネットのいいなりみたいな作品を作り続けたらいつか業界全体が落ちぶれます」など、主人公の発言は浅野さんが過去にインタビューでお話ししていることと被るところがあると感じたんですが、ご自身の考えを主人公の思考に反映されていますか?
そういうところもあると思いますが……僕、インタビューでそんなこと言ってましたっけ?
──おっしゃってましたね(笑)。
言ってたのか(笑)。でもマンガ界に物申したいとかそんなつもりはなくて、やっぱり中年期にさしかかると、愚痴が増えるので(笑)。それをセリフにしただけなんです。でも描くのにものすごい時間がかかっちゃって。中年マンガ家の日常だから、あらすじ的に何が起きてもいいし、どんなセリフをしゃべってもいいっちゃいいんですよ。その中で最適解を選ぶのにすごく時間がかかった。全部気が抜けなくて、ネームがとにかく大変でしたね。描き終わってからもこれが正解なのかが全然わからない状態でした。
──とはいえ単巻のボリュームなので、結末は最初から決まっていたんでしょうか?
決まってなかったですね。後半のほうはギリギリまで保留にしてて。僕は30代になってから、歓楽街に通うようになったことがあって、最初はそれを描かなきゃと思って始めたんです。なぜ通うようになったかっていう元を正すと、僕は以前結婚していたんですけど、それがいろんな問題の中核になっていて。そこを描くのがこの作品の一番重要なところだろう、っていう結論に途中で行き着いたんです。夫婦喧嘩のエピソードも、もともとは予定してなかったし、こんなに強調して描くつもりはなかったんですけど、一番大事なのはここだと思って。
──大きな山場ですよね。
ここを描いたから、このマンガがどういうマンガなのかが自分でやっとわかった。作品として成立したなと思いました。
──中年男性を主人公にするのは初めてだと思いますが、作画的な部分ではいかがでしたか。
もっとうまく描けないかな、って常に悩んでましたね。細かい話ですが、序盤は頬のラインを描いてたんだけど、顎と首の境を曖昧に描くとより中年らしさが引き立つことに途中で気付いて。このややたるんできた感じを出せたのが、自分の中で技を獲得した感がありますね。今後は中年も自信を持って描けるなと思います。
ハッピーエンドに誤読されてしまった
──単行本では8ぺージ、主にラストに描き足しがされていますが、これはどういった意図からでしょうか?
さっきの「ソラニン」と同じなんですけど、最終話の感想をネットで調べていて、ハッピーエンドに誤読されている可能性があると思ったんです。野暮だけど説明すると……最後のサイン会のくだりは、作家である自分と読者の感覚が全然噛み合ってないっていうことを表現したかった。けど、熱心に読んでくれているファンに主人公が救われた、というふうに解釈している人が多くて。
──確かに主人公の表情を見ると、そう読めなくもないですね。
セリフで説明もできるしそのほうが誤読も減らせるんだけど、やっぱり野暮な表現はしたくないっていうのがあって……。結局単行本で加筆することでわかりやすく直したけど、微妙な表現がいかに難しいかを久しぶりに実感しました。「デデデデ」はぺらぺらしゃべるキャラクターがいるから構造上やりやすいんですが、僕のマンガってもともと無口なキャラクターが多いから、心情を表現するのが難しくて。そうそう、このシーン、描くために実際にサイン会をやったんですよ。
──へええ! このファンの女の子も実在するんですか。
そうなんです。実際にいつもTwitterでこういうリプライをくれる子で。サイン会をやったらおそらく来るだろうと踏んでたら、実際に来てくれて。この子に作中と実際に同じポーズをとってもらって、資料写真も撮らせてもらいました。(マンガに)使うからねってちゃんと説明して。そしたら後日、この子が「零落」の最終回を読んだあと、「浅野先生は私の気持ちをすごくわかってくれてる!」って感想をくれて。良かったと思う反面、実際の僕は作品の完成度を高めることしか頭になかったわけで。改めて作家と読者の溝の深さを実感しました。そういうのも含めて、自分の生活とキワキワなところでやってるライブ感みたいなものはすごくやりがいはあったけど、まあ長くはできないですね。自分がすり減りましたし、このときはこれしかできない、みたいになってました。
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同時に出せることはちゃんと意味があるなと思う
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コミック 1620円
- 浅野いにお「零落」
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コミック 1050円
- 「ソラニン 新装版」&「零落」
単行本同時発売フェア -
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- 浅野いにお(アサノイニオ)
- 1980年9月22日茨城県生まれ。1998年、ビッグコミックスピリッツ増刊Manpuku!(小学館)にて「菊池それはちょっとやりすぎだ!!」でデビュー。2001年、月刊サンデーGX(小学館)の第1回GX新人賞に「宇宙からコンニチハ」が入選、翌年より同誌で「素晴らしい世界」の連載を開始。2005年から2006年にかけて、週刊ヤングサンデー(小学館)にて連載された「ソラニン」は、バンド経験を持つ作者によるインディーズバンドのリアルな心理描写で人気を博し、2010年に映画化もされた。そのほかの代表作に「おやすみプンプン」「うみべの女の子」など。2014年からは週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」を連載中。