「浅野いにおの代表作は?」と聞かれたら、「ソラニン」を挙げる人が多いのではないだろうか。大学卒業後の揺れる若者たちを瑞々しく描いた当時、浅野は登場人物の種田や芽衣子と同じ20代半ばだった。完結から11年、その「ソラニン」が新装版になって帰ってくる。2017年を舞台とした新作読み切り「第29話」を引き連れて。
同時に発売される最新作「零落」は、行き場を失った30代半ばのマンガ家を描く物語。「ソラニン」とは対照的な一作だ。自身と同じくマンガ家を主人公に据えたこの作品に、浅野が込めた思いとは? 37歳を迎え、デビュー20周年の節目を来年に控えた彼に、これまでとこれからを率直に語ってもらった。
取材・文 / 岸野恵加 撮影 / moco.(kilioffice)
撮影協力 / 下北沢 Garage、ヴィレッジヴァンガード下北沢店、NODYGOLD
昔は続編なんてありえないと思ってた
──「ソラニン」の新作読み切り「第29話」が新装版に収録されるという記事(参照:浅野いにお「ソラニン」その後を描く11年ぶり新作読切、10月発売の新装版に)への反響はとても大きいものでした。浅野いにお作品の中でも「ソラニン」は自分にとって特別、という人は多いと思います。
「ソラニン」の連載をやってた期間って実質9カ月間くらいしかなくて、僕の中では一瞬の出来事だったんですよ。単行本も最初はすごく部数が少なくて、連載が終わってからじわじわと売れだしたんです。
──連載が終わったのは2006年。映画化されたのが2010年ですね。
執筆中は、読まれてる実感が持ちづらかったんですよね。映画化の直前くらいに増刷のピークを迎えて、僕の中ではとっくに終わっていたものが、後から盛り上がってきた感覚で。だからちょっと「ソラニン」に関しては、微妙に他人事みたいなところもあるんです。ただここ数年、「『ソラニン』読んでました」っていう30歳前後の人に会う機会が多くて。僕は新しい連載を始めるたびに、読者の年齢を下げるというか、20代前半にキープすることを意識しているんですけど、昔読んでくれてた人には僕が今描いてるマンガはたぶん読めないだろうなっていう気持ちもあるんです。でもやっぱり僕の同世代には同世代ならではの読みたいものがあるだろうし、30代半ばになったからこそわかるようになったことが僕にもあるし。そういうものも描かなきゃという気持ちを、ここ2、3年で持つようになりました。
──それが今回の「第29話」執筆につながった?
はい。サービス精神だと思うけど、もし当時読んでくれてた人たちの中に続きを読みたい気持ちがあるなら、描くのもありかなと思えるようになった。昔は続編なんてありえないと思ってたんですよ。今は増えましたけど、なんていうか……。
──野暮というか。
そう、蛇足になっちゃうから絶対にないなと思ってたんです。でもここ数年いろんなマンガを見ていると、スピンオフもありだし、作画が別の人でもOKみたいなのが当たり前になってきていて。自分の中でもこだわりがなくなったんです。
──Twitterでも「ソラニンの続きはいつか描こうと昔から考えてた」とおっしゃっていました(参照:浅野いにお (@asano_inio) | Twitter)が、本当は完結から10年に合わせて発表する予定だったんですか?
そうそう。でも、いつのまにか過ぎちゃってて(笑)。全2巻を1冊にした新装版を出したいなとはずっと思ってたんです。「ソラニン」の北米版がそういう形態で、サイズも大きいんですけど、それがすごく据わりがよかった。僕はもともと大判サイズのマンガが好きなんですよ。大判の単巻ものばっかり読んできたんです。初連載作の「素晴らしい世界」の単行本を出すときに、大判とB6版が選べたんだけど、「大判は売れないぞ」って編集部の人に言われて(笑)。
──(笑)。それで、売れるほうを。
選んだ。だから「本当はこの大きさじゃない」っていう気持ちが、そのときから残ってたんです。
なんでゲロを吐かせたんだろう
──今回の新装版で、本懐を遂げるということですね。新装版を出すにあたって「ソラニン」を久々に読み返したと思いますが、いかがでしたか?
基本、過去の作品は読み返さないので、「ソラニン」は映画化のときぶりに読んだかな。絵が下手、とかテクニック的に足りないのは、10年以上前の話なので仕方がないにしても、「今だったら絶対に描かないな」っていう部分が多くて……。
──例えば?
キャラクターが何度もゲロ吐くんですよ。ストーリーの文脈的にはまったくいらないのに。そういう露悪的な表現というか、あらすじを追うのに必要のない表現がすごく目について、なんで俺こんなこと描いてたんだろうって。
──でも20代前半の頃って、飲んでは吐く、というのが実際の日常だったりするので、リアルな描写とも言えますよね。
リアリティはあるし、そうやって日常生活にある些細なことも描こう、っていうふうに当時の自分は思ってたんだろうなとも思います。でもモラルに反した表現をフックにしようとしているところが安易だと思ったし、少なくとも今は絶対に描かない。やるにしてももう少し精度を高めると思いますね。そういうところで、思いのほか自分のマンガに対するスタンスの変化があったんだな、と実感しました。
──露悪的な表現以外には、どこに今との違いを感じましたか?
とにかくセリフで全部説明しようとしてるところですね。モノローグも多い。「読者に伝わらないんじゃないか」っていう不安がすごく強くて、主人公が何を考えてるか、なんでこういう行動を起こすのか、全部言わないと気が済まなかったんでしょうね。今の自分はあまり押し付けないようにしているので。
──読み手に想像の余地を残す、というか。
そうですね。「ソラニン」の頃は押し付けがましい印象を受けました。そういうの全部ひっくるめて25、6歳の自分にしか描けなかったものだから、もちろんこれはこれでいいんだけど。「第29話」は別個で、設定はそのままに、今の自分の描き方で描くっていうふうに決めてやりました。だからノリとか絵柄は当時と変わっちゃってますが、調整は何もしてないです。
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続編は“僕の想像する30代”
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コミック 1620円
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単行本同時発売フェア -
浅野いにおのイラストがあしらわれた500円分の特製図書カード2枚を抽選で100名にプレゼント。「ソラニン 新装版」と「零落」の単行本に巻かれた、キャンペーン用の帯に付属している応募券計2枚を集めて応募しよう。宛先などの詳細は帯の折り返しにて確認を。応募の締め切りは12月28日。
- 浅野いにお(アサノイニオ)
- 1980年9月22日茨城県生まれ。1998年、ビッグコミックスピリッツ増刊Manpuku!(小学館)にて「菊池それはちょっとやりすぎだ!!」でデビュー。2001年、月刊サンデーGX(小学館)の第1回GX新人賞に「宇宙からコンニチハ」が入選、翌年より同誌で「素晴らしい世界」の連載を開始。2005年から2006年にかけて、週刊ヤングサンデー(小学館)にて連載された「ソラニン」は、バンド経験を持つ作者によるインディーズバンドのリアルな心理描写で人気を博し、2010年に映画化もされた。そのほかの代表作に「おやすみプンプン」「うみべの女の子」など。2014年からは週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)にて「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」を連載中。