「青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない」石川界人×鴨志田一×増井壮一|ファンの愛に感謝! 「青ブタ」TVアニメと劇場版をキャスト・原作者・監督が振り返る

すごく人間的で、改めて咲太を好きになりました(石川)

──次は主人公の咲太について伺いたいのですが、石川さんはこの劇場版の中で咲太の新しい一面を感じることなどはありましたか?

石川 僕は、この劇場版では自分の中で「選択する」というテーマをずっと持っていました。今までのお話では、ヒロインたちが自分の意志で選択できるように咲太が導いてきたと思うんです。でも、今回の咲太は、今まで導いてきたヒロインたちに導いてもらう。導いてもらうことで、ようやく自分の選択に辿り着くみたいなところがある。だから、自分自身が選択する立場に立たされると、咲太ってこんなにも弱いんだなとは思いました。でも、それって咲太が特別に弱いわけではなくて。僕も選択肢の中から1つを選ぶときには勇気がいります。しかも、咲太のように自分の命がかかっている選択をするとなったら、なおさら勇気がいるだろうし、腰が抜けてヘロヘロになると思うんです。咲太もそこは同じで、そういった状況でヘロヘロになって、誰かに助けてもらわなきゃ立ち上がれなくなったりする。咲太は、作品上では主人公という位置にいますが、たぶん現実世界にいたら、僕らと同じ1人の人間なんだろうなって、この劇場版で思いました。ただの人として、自分にできる限りのことで四苦八苦してる。そこがすごく人間的で、改めて咲太を好きになりました。

鴨志田一

──鴨志田さんは、咲太が6、7巻で大きな決断をできる主人公へと成長できるように意識しながら、シリーズを書いていったのですか?

鴨志田 本当に石川さんが言ってくれたとおりで、咲太は、朋絵に対しても、(双葉)理央に対しても、(豊浜)のどかに対しても、「どうしたいんだ?」ということを聞いてきた人間なんです。でも、この話では、自分がその立場に立つ。しかも、みんなよりもさらにきつい状況で選ぶ立場になる。そこで選ぶことは本当に大変なのですが、人生って、どこかでそういうタイミングが来るものだと思うんですよ。「好きなもののどっちかを選ぶ」という選択ではなく、「どっちも選びたくないものから、どっちかを選ばなければならない」みたいな選択とか。咲太というキャラクターや「青ブタ」という物語を通して、そういう状況を皆さんに疑似体験してもらえたらいいなという思いもあったので、それが思った以上に皆さんに届いたのかなと感じられるのはうれしいことでした。

──増井監督は、咲太という主人公を描くとき、特にどのような部分を意識したのでしょうか? また、本作で特に見せたかったポイントなどはありますか?

増井 TVシリーズでの咲太は、傍観者でいられる時間が長かったと思うんです。自分の決断をしないで済む立ち位置にいたというか。1話の時点から、社会や人付き合いに対して、「俺はこんなもんでいいし、それ以上は期待しない」という諦めみたいなものがあって、どこか引いている感じもある。それは、前に苦しいことがあった末のことだとは思うけれど、ある意味、諦めている時間がずっと続いている。僕は、原作を最初に読んだとき、そこがすごく魅力的だと思ったんです。僕もそうだから。

──その気持ち、わかるわかる、と(笑)。

梓川咲太

増井 そう、すごく共感したんですよ(笑)。だから、最初から咲太という少年にまず感情移入したし、すごく興味を持っていたんです。でも6、7巻で、今、鴨志田先生が言われたような「決めなきゃいけないとき」がついに来るわけです。自分自身に置き換えてみても、なるべくそういうときは来ませんようにと願いながら、日々生きているのですが(笑)。それが来てしまった。「じゃあ、そんなときにどうするんだ?」というのは、咲太にとってだけではなく、それを映像化する自分も決断を迫られたような感覚がありました。そこまで導いてくれる存在としての咲太がいたからこそ、読者としても面白かったし、その決断や、そこに至るまでの過程を大事に描きたいと思わされました。

──アニメーション監督は、制作作業の中で、重要な選択や決断をする場面が非常に多いポジションだと思います。そこが咲太と重なった部分もあったのでしょうか?

増井 そうですね。監督って、毎日「これはあり、これはなし」と決断するのが仕事みたいなもので(笑)。それを繰り返しているうちに、よくも悪くも、まったく違う作品に変化していくわけです。TVシリーズもこの映画も、(尺的に)原作をギュッと濃縮して作らないといけなかったのですが、それでもできるだけ、鴨志田さんの書いた小説の鮮度を落としたくないわけで。そのためには、どこを割愛して、どこを残したらいいんだろうという決断をずっとやってきました。そういうとき、咲太という少年が作品のど真ん中にいてくれたことが非常に大きかったというか……。最初は諦めの境地にいる彼が7巻までを通じてどういう人になっているのか。それがこの作品の本筋だということは、あまり周りには言わなかったのですが、自分の中では常に意識していました。朋絵や理央たちが活躍しているときも、「これは咲太のストーリーだ。真ん中には咲太がいるんだ」と思いながらやっていましたね。

僕は、雪が降ってからのシーンは、全部好きです(鴨志田)

──Blu-rayやDVDの購入者に、特に細かく見てほしいお気に入りのシーンやこだわりのポイントはありますか?

牧之原翔子

石川 特定のシーンだけでなく、全編を何度も観てほしいし、何度でも観られる作品だとも思うのですが、それでも、あえて特に観てほしいところを挙げるなら、翔子さんのシーン全般は重点的に観てほしいなと思います。ようやくここで翔子さんにフォーカスが当たりますし、なおかつ、翔子さん役の水瀬いのりさんのお芝居がすごいです。これまでに受けた取材では、僕個人の意見としてそう言ってきたんですけれど、大勢の業界の人も同じことを言ってました。というのも、最初にお話ししたように、この作品は、業界の人もたくさん見てくださっているのですが、「やっぱり、水瀬ちゃんってすごいね」という感想を、なぜだか僕に伝えてくれるんです(笑)。

鴨志田増井 ははは(笑)。

石川 「いのりん、すごい良かったよ」って。「で、僕は?」みたいな(笑)。同じ役者として嫉妬はありますけれど、彼女の見せ場のシーンは全部、何度でも観ていただきたいなと思います。きっとそこには、咲太も関わっているので(笑)。

「青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない」より。

鴨志田 繰り返して2回、3回と観てもらうと、意外に音のない静かなシーンが多かったりするんですよね。そういうシーンは、割と今回のお話の中で肝になっているなというのは感じます。あと、おそらく1回しか観てない人が2回目に見ると、「このシーンのこの表情って、こういうことだったんだな」とか、「このセリフは、こういう意味だったんだな」とか、より深くわかっていただけると思います。あと僕は、雪が降ってからのシーンは、全部好きです。

増井 実は作り手としては、あまり細かいところは気にせず観てほしいというか。「観ているうちに終わっちゃった」くらいの感じで、つるっと観てほしいという願望があるんですけれど(笑)。細かいところで言うと、今、鴨志田さんが雪の話をされましたけれど、今回は天気にちょっとこだわってみました。日にちや時間が経過する中で、晴れたり曇ったり雪が降ったり、小雪だったり大雪だったりという変化もあるのですが、「雲をどれぐらいの量にしておこうかな」とか、「どれぐらいの積雪量にしようかな」というのは、けっこう慎重に考えています。というのは、咲太が同じ時間を繰り返したりするので、そのときに同じ日時なら天気も合わせておかなきゃいけないという理由が1つと、天気の変化で、咲太とかの気持ちをどういうふうに表せるかな、ということにも注意して作ったんですよ。背景さんも非常にがんばってくださったので、天気の要素も少し気にして観ていただけるとうれしいなと思います。後から考えてみると、雲について、美術さんや演出さんともいろいろ相談した作品でしたね。

この先のお話も映像化できるなら、それもまた幸せ(増井)

──この作品の原作となった6、7巻以降も原作シリーズは継続していて、来年2月には10巻も発売予定です。鴨志田さんは、「青ブタ」を執筆する際、アニメから刺激を受けていたりすることもあるのでしょうか?

鴨志田 アニメが始まってからの変化で言えば、耳から入る情報は特にガッツリと頭に残っていまして。例えば書いてるときも、咲太は必ず石川さんの声でしゃべります。

石川 光栄です(笑)。

「青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない」より。

鴨志田 咲太以外のキャラクターもそうだから、役者の皆さんの声でキャラクターがしゃべりながら書いている感じで、「これは僕が書いてるのか、誰が書いてるのか」みたいな感覚になりますね(笑)。

石川 「勝手にしゃべるな!」って感じですかね(笑)。

鴨志田 ははは(笑)。あと、アニメでは、藤沢、鎌倉あたりのエリアをガッツリ取材してもらって、美術とかもすごくがんばっていただいたので、「これからもちゃんと取材して書くべきだな」とは思いました(笑)。

──まだ、アニメ化されてない8巻以降のアニメ化を期待する気持ちなどはありますか?

鴨志田 この先も映像作品として見られるのであれば、もちろん僕は見たいです。でも、そのためには、僕がさらに先まで小説を書かないといけない。それは憂鬱ですね(笑)。

原作小説第8巻「青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない」

増井 僕は、最初から7巻まで映像化することを目標にやってきて、そういう意味で、映像化としては1回区切りがついたわけですが。8巻、9巻と読ませていただくと、「全然、話が終わってないじゃん」って(笑)。

石川 全然終わってないですよね(笑)。

鴨志田 続いていますね(笑)。

増井 そもそも、咲太はこれから大学受験もしなきゃいけないわけですし。「そうだ、あれがあった、これがあった」という感じで、まだまだ読みたいお話が残ってる。そこは鴨志田さんの腕にかかっているわけですが(笑)。そういった、この先のお話も含めて映像化できるならね、またそれも幸せだなと思います。

──石川さんも、この先の咲太を演じたい気持ちは強いのでは?

石川 そうですね……。もちろん、僕自身も役者としてはすごくやりたいし、まだまだ彼らとともに生きていきたいという気持ちはすごく強いので、これまでは「続きをやってほしい!」と声高に言ってきたのですが。最近は、いちファンとして考えると、この大きな区切りで終わるのも、作品としてのきれいな去り際だったりするのかな、とか思い始めてもいるんです。ただ、監督もおっしゃっていたように、原作を読ませていただいたら、まだまだ咲太たちの物語は終わってないし。なおかつ、今後のほかのキャラクターとの関係性とかもいろいろとあるので。役者としては、そういったお話も、気持ちを作ってやりたいです。だから、自分自身が「この去り際が一番きれいなんじゃないか?」という不安に負けない役者になることが、これからの目標になると思います。

左から増井壮一、石川界人、鴨志田一。