コミックナタリー Power Push - 「アンゴルモア 元寇合戦記」たかぎ七彦インタビュー
蒙古襲来!立ち向かうは島流しの罪人たち 幸村誠、安彦良和らも絶賛のニューカマー
史実にない部分は自由に創作できるということ
──短編での失敗を踏まえて「アンゴルモア」では主人公の存在を重視したというお話でしたが。朽井迅三郎という人物は、実在するんですか?
実在はしませんが、ただ文献を見ていたら、元寇の戦死者の中に「口井」という流人の名前を見つけて、これを主人公にしたら面白いんじゃないかとひらめき、字は変えて音だけいただきました。口井という人物のバックボーンはまったくわかりませんが。
──主人公・朽井迅三郎は島流しに遭った元武士で、その流された先の対馬で行きがかり上、蒙古と戦うことになります。アウトローのヒーローとして非常に魅力的です。
実際に傭兵を経験した方の本なども参考にして、朽井のキャラを肉付けしました。いろんな出自の流人たちが寄り集まって、集団となったときにどう戦うのか、想像を膨らませて描いてます。商人とか海賊が入り混じったときに、どういう化学反応を起こすのかとか。
──流人の中にお気に入りのキャラクターはいますか?
巨漢の鬼剛丸は、描いていて爽快感があり楽しいですね。この作品ではあまり超人的なキャラクターは出てこないですけど、1人くらいはこういうのがいてもいいかなと。
──そう言われてみれば、主人公の迅三郎も、突出した力を持っていたりはしませんね。知恵が回ったり剣術の使い手という部分で一般人より強くはありますが。
僕は現実の延長でキャラクターを考えるので、ひと振りで10人斬るとかそういうヒーロー像を描くのは得意じゃないのかもしれないです。読むぶんには、そういう人物が出てきても抵抗ないんですけど……。
──ちなみに、迅三郎は「義経流」の使い手ということになっていますが、これはどんな流派なのでしょう?
この時代には剣術の「流派」という考え方がまだなく、「義経流」というものは実在したようなんですが、資料が残っていなくて詳細がよくわからないんです。どうも忍術っぽいものだったらしいのですけど。
──忍術……秘密の奥義だから書き残されていないんですかね?
かもしれません。なので、作中では便宜上「義経の戦い方」を「義経流」として……迅三郎はそれを受け継いだ人物ということにして描いています。
──ヒロインの輝日も史実にはない人物ですか?
そうです。歴史の文書って女の人はあまり出てこないんですよ。でも史実に残っていないということは、自由に作れるよさがありますね。
──歴史的には壇ノ浦の戦いで命を落としたとされている安徳天皇が実は生きていて、輝日はその血を引いているという設定ですね。
安徳天皇が実はその後も生きていたという言い伝えは、西日本を中心にたくさんあるんです。対馬を治めていた宗家の江戸時代の資料にも「安徳天皇の流れを汲んで」と出てくるから、じゃあその設定を入れてみようかなと。
──輝日は女性ながらに自らも戦陣に加わろうとする猛々しさ、意外なかわいらしさが魅力的です。
鎌倉時代って男子に限らず娘が家督を継いだりしてるので、こんなお姫さまがいてもいいと思うんですよね。
時代を超えて感情移入できる、人間らしさを意識して
──戦記ものではありますが、迅三郎をはじめとする登場人物たちの人間ドラマにも引きこまれます。不測の事態にいきなり投げこまれ、蒙古が攻めてくるまで一刻の猶予もないという状況は、読む側も煽られるというか。
でも実は、蒙古が攻めてくるのは4話目で。戦記ものとしては、ちょっとゆっくりかなとも思うんですよ。元寇のマンガって言われたら、まず戦いが期待されるじゃないですか。だからまあ、どんなに遅くても1巻の中では蒙古軍を登場させないとまずいな、と思いながら描いていたわけで(笑)。
──「なぜ蒙古が攻めてくるのか。どういう状況でどのように迎え撃つのか」がきっちり描かれていて、とても感情移入しやすかったです。戦が行われているけれど、村には普通の村人も老人も子供もいる。そうした環境が描かれているのも、日常と戦いが地続きにあると感じられました。
ありがとうございます。そういう視点は大切にしたいんです。僕は大学時代は史学科で……専門は西洋古代史でしたが、休みの日には遺跡の発掘現場でバイトなんかもしていて。考古学って、発掘した壺の中に残っていた食べものの痕跡からいろんなことを推測する学問なわけです。そんなことから当時の人々の暮らしぶりを想像するのが面白い。だから、合戦以外の細かいディテールも描いていて楽しいんですよ。
──渋くて食べられない柿を、みんなで焼いて食べるシーンは印象的ですね。
あの場面は自分でも気に入ってます。なるべく個々の心象は、平成の人間でも思うようなことを描きたいなと。現代っぽくアレンジするという意味ではなく、時代は違えど今の人にも共感できる気持ちを紡ぎながら描く。超人的な人だって、斬られたら痛いに決まってる。そこをちゃんと描くことで、遠い昔、こんな時代があったと実感してもらえるように描きたいんです。鎌倉時代の土器とかも、地面を掘るとたった50cm下から出てきたりする。その考古学的な部分で感じる歴史と現代の近さというか、リアリティを意識して描いています。
──日本人が初めて異国の人に会った驚きも、ありありと追体験した気持ちになりました。
僕は中国を旅行したときに、その感覚を覚えたんですよ。横山光輝先生の「三国志」に出てくる雲南省を見てみたくて行ったんですが、カルチャーショックの連続でしたね。
──例えばどのような?
風景以上にインパクトが強かったのは、人の気質の違い。まさに異次元でしたね。ちょっとしたものを買うにも交渉が必要になるし、バスに乗ったら予約した僕の席に、すでに誰かが座っていたり。日本の日常とは大違いでした(笑)。
──そのときの感慨が作品にも活かされているかも?
そう思いますね、大陸ってすごいぞ!という。
──日本語が通じない蒙古軍相手に「やあやあ~!我こそは~!」と口上を述べると、返答が矢の雨で返ってくる……というシーンも目からウロコでした。
これは実は、資料にも書かれてるんです。戦う作法として当たり前だから蒙古相手にもやってたみたいで。
──でも、その作法が通じないと。
ただ日本人が口上を述べるのって、敵に対して宣言するだけじゃなく味方を鼓舞したり、手柄を他人に取られないようにするための宣言という意味もあるようで。大陸からきた相手に言葉が伝わらないというのは、さすがにわかっていたと思いますけどね(笑)。
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- たかぎ七彦「アンゴルモア 元寇合戦記」 / KADOKAWA
- 1巻 / 2015年2月10日発売 / 626円
- 2巻 / 2015年3月10日発売 / 626円
- 3巻 / 2015年6月26日発売 / 626円
- 4巻 / 2015年10月26日発売 / 626円
中世ヨーロッパを席巻し、恐怖の大王=アンゴルモアの語源との説もあるモンゴル軍。1274年、彼らは遂に日本にやって来た! 博多への針路に浮かぶ対馬。流人である鎌倉武士・朽井迅三郎は、ここで元軍と対峙する!
最新第4巻では、13世紀の最新鋭兵器“銃”登場! 対馬軍、苦境! 山間の隘路を撤退する朽井達に、モンゴル人の若き将軍ウリヤンエデイが迫る! 見通しのきかない曲がり道を巧みに利用し、ゲリラ的な待ち伏せ攻撃を企図する対馬軍は、蒙古軍を振り切ることができるのか!?
たかぎ七彦(タカギナナヒコ)
関西出身。大学では史学科に在籍し、専攻はメソポタミア史。大学時代に応募した作品が、小学館新人コミック大賞に入選したことからマンガ家を目指す。橋口たかし、武村勇治のアシスタントを務め、モーニング(講談社)で初の長編「なまずランプ」執筆。現在、WebコミックサービスのComicWalker(KADOKAWA)にて「アンゴルモア 元寇合戦記」を連載中。